66話 オークの進化と精霊の住処
楽しく過ごした宴もお開きとなる頃、ナベはオークの者達を集める。
「実はな、お前達に氏族名を授けようと思っているがどうだ?」
「!? 願っても無い事! ぜひともお願いします!」
ジャレンが興奮気味に答えるのを見て、ナベは話しを続ける。
「よかろう! これより、そなたらは猪生一族と名乗るがよい。アルゴーのオーク、猪生一族だ。ジャレンは初代の族長となる。しっかり励んでくれ!」
「はは! 我等、これより猪生一族として、賜った名に恥じぬ働きをご覧に入れましょう!」
そう叫んでジャレンが跪くと、その声に打たれるように背後のオーク達もナベの前に跪く。
その途端、ナベ、トシ、タツヒロの体に慣れてしまった異変が来る。
「うお!? この場で来るか!?」
「おい、突然だな」
「今夜、寝る辺りかと思ってたのに・・・」
言葉とは裏腹に顔は笑っている三人が、莫大な量のマナを放出していく。
周りでは鬼人達が呆気に取られながら、その様子を見ていた。
「我等の時も、御三方様はこうなっていたのか・・・」
タダツグの呟きが、鬼人達の気持ちを代表している様だった。
そうこうするうちに、起きているオークはいなくなり、皆光に包まれながら地面に横たわっている。
いくつかの光の塊は、明らかに他のよりも大きいが、それが何故なのかは判らなかった。
マナの放出が落ち着いた三人が、オーク達の所に来る。
「こりゃ、朝までこのままくさいな」
ナベが状況から導かれた見解を述べると、
「異議なし、だな」
「だよね~」
トシとタツヒロも賛意を示す。
三人は鬼人達にこれで休む旨を告げ、今夜は解散となった。
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翌朝、飯もそこそこに起きて外の様子を見に行く三人。
そこに居たのは、オークだった者達だ。
その足音に気付き、目覚めさせてしまった一人のオークだった者が、こちらに近づいて来る。
「御三方様、おはようございます。昨夜は寝こけてしまったようですみませんでした」
と挨拶してくる者を見ると、緑がかった薄灰色だった体の色が、緑がかった薄い赤茶色に変化しており、ずんぐりしていた体が、引き締まった精悍な体つきになり、オークの特徴とも言える豚の様に上に向いていた鼻が消え、短かった髪が無造作に伸びている。
身に覚えのあるマナの感じだ。
ふと思いついて、ナベが尋ねる。
「お前・・・は、ジャレンか!?」
「はい、ジャレンでございますが・・・、如何なされましたか? 誠人様」
「皆の様子を見れば、俺が驚いた理由も判るだろうが・・・」
「皆の?・・・、ぬお!?」
振り返った途端、驚愕で目を見開いて反応するジャレン。
それもそのはず、そこにはオークよりも一回り大きくなった体躯を持つものや、ジャレンと同じく逆に元のサイズより小さくなったもの等が雑多に横たわっていた。
「これは・・・、進化したと聞いたのは夢では無かったという事か・・・。御三方様、これはある意味一大事です」
「というと? 進化はオークに取ってまずい事なのか?」
「いえ、まずくはありません、というか非常に稀で起こり得ない事なんです」
「進化がか?」
「我等は、自惚れを承知で言わせて頂ければ、ゴブリンやコボルドよりは上の種族です。その分我らの進化は容易には起こりません。進化を起こせるような存在はなかなか現れぬ為です」
「で、今回は現れた、と」
「はい! 皆がハイオークになっておりますし、一部の者に至ってはグレートオークに達してございます」
「ほう、まるでゴブリンロードの様だな」
「・・・敵わぬまでも引けは取らぬかと」
「頼もしいな。なにしろ、今の陣容と言うか編成は、あくまで平時のものだ。戦時編成では全員が兵務を担ってもらうつもりなんだが、その時はお前達も重要な戦力として期待させてもらう事になるだろう」
「もちろんでございます。我らの武勇を存分に示しましょう」
「後で、グレートオークに至ったものを教えてくれ。トシに伝えてくれればいいだろう」
「判りました。分かり次第、芳俊様にお伝えいたします」
「それと、明日の第一陣だが、お前達オークの土木建築班を送ることに変更するつもりだ。今向こうで最も必要なのはお前達の力だ。ゲルンと言う大工に任せてあるので、その指示で建設を進めてくれ」
「グレイン様から聞いた事がございますが、何でも親父の弟子であった方とか・・・。となると我が兄弟子という事でもありますな。委細承知しました、向こうではゲルン様の指揮下に入ります」
「頼んだぞ」
土木建築班への連絡はジャレンに任せ、準備の確認のため三人は村へ向かう。
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村では、資材の準備が始まろうとしていた。
「タダツグ、ちょっと待ったあ!」
一軒の小屋の周りに集まっていた鬼人達にタダツグが号令をかけた瞬間、ナベが叫んで止めさせる。
「これは御三方様、どうなされました?」
号令を止められたタダツグは不思議そうにこちらを見る。
そこでナベから、派遣人員の差し替えを聞き、止められた理由を察する。
話しの流れで、ジャレンたちが進化しハイオークやグレートオークになったことを告げると、タダツグは目を抑えながら首を振る。
「・・・、ハイオークとグレートオークでございますか・・・。やはり御三方様を選んだ私の目に狂いはございませんでしたな。しかしグレートオークとは、いやはや・・・ハッハッハッハ」
乾いた笑いと共に話しが違う方向に行きそうだったので、トシが元に戻す。
「それでな、タダツグ、明日向かってもらうはずのメンバーは第二陣に回す。明日中にはこちらに戻るつもりなので、第二陣の出発は明後日を予定している。その調子で順次出発して、十日以内にはこの村を引き払う予定だ。名残は尽きぬだろうが、我慢してくれ」
「芳俊様、名残が無いわけではありませぬが、私には我ら一族の飛躍の時と感じられてなりません。心配はご無用でございます」
「移転を言い出した者としても、そう言ってくれると多少は気が楽になるな」
トシの苦笑いに、笑みを浮かべながら頭を下げるタダツグであった。
その後、三人はメイサに戻り、昨日の作業を再開する。
ナベが穴掘り、タツヒロが水抜き、トシは設計だ。
三人で地味な作業に没頭してると、オーク達が目覚め始める。
気付きはしたが、ジャレンが声を掛けて回っているので、そのままにしておいた。
そうこうするうちに、ナベが、ついに望みの岩石の召喚に成功した様だ。
タツヒロも、材木の水抜き(強制乾燥)が、大きいので二分ほどで出来るようになっている。
トシは設計が終わったため、別な事に取り組んでいた。
休憩に入ったナベとタツヒロが、トシの元にやってきて怪訝な顔をしている。
トシは石を持ってペンで何かを書いていた。
タバコをふかしながら、ナベが代表してトシに聞く。
「トシ、それは・・・何だ?」
「これか? ちょっと試作品を作ってるんだよ」
「試作品? 石でか?」
「まあ、試作だからな。今は石でいいんだよ」
「そっか・・・」
トシが何を、と言わないのでナベとタツヒロは顔を見合わせ、仕方なく飲み物を取りに行く。
少しして、ナベがお茶のポットを持ち、タツヒロがマグカップを持ってトシの所に戻って来る。
オーク達は半分ぐらい目覚めた様だ。
「トシ、お茶が入ったぞ」
「お、サンキュー」
礼は行ったが口は付けない。
どうやら最後まで作業を終わらせる気らしい。
トシとタツヒロが次のタバコを吸い終えたところで、やっとトシから声が上がる。
「ふう~、取りあえずこんなもんか」
そう言って石をテーブルに放り出し、お茶を飲み始める。
「で、トシ。これは何だ? 何を試作してたんだ?」
トシのだんまり作戦に堪り兼ねて、ナベが問い質す。
「これか? これはだなあ・・・、まあ論より証拠だ。ナベ、これにナベの精霊力を注入してくれ。壊れる限界まで全力で。ただ壊すなよ?」
「壊れる限界まで、か。どれどれ?」
そのまま石をつかんで精霊力を入れ始める。
濃密な精霊力が辺りに漂うが目には見えない。
その内に石が光り出し、透明なうすい灰色に変化していく。
「このぐらいが限界だと思う。これ以上やると壊れそうだ、と感じた」
ナベの判断で、精霊力の注入を止め、透明になった石をトシに手渡す。
「あ、これは持ってていいんだ。ナベ、シフに依代として使えるかどうか確認してくれ」
「なるほど・・・そういう事か。分かった聞いてみる」
<シフ、出てこい>
「なんだい誠人、また練習始めるかい?」
美しい精霊がナベの傍に顕現し、それを見ていた一部のオークはその出来事に茫然としている。
「シフ、この石って依代になるか?」
「ああ、こいつかい・・・なるほどね。そのままじゃあダメなんだが、・・・まあ何とかなるさね」
そう言うや否や、石に入ると同時に石の色が徐々に茶色くなっていく。
琥珀よりもちょっと暗い、完全に透明な茶色になった時点で、シフが飛び出してくる。
「大丈夫だ、申し分ないよ。すさまじい精霊力が詰まってたからねえ、染めるだけなら何とでもなるさね」
「トシ、これはあれか? アーティファクトの試作品か?」
「そうそれ。テストだから石でやったけどもうちょっといい材料なら、精霊力をもうちょっと貯められるかもね」
「何をどうやって・・・」
「メイサのアーティファクトを見てたら気付いたんだよ。細かくなんだけど、ルーンが刻まれていた。なのでルーンを鑑定して解読・解析を終えてたんだよ。で、精霊たちのこと聞いたからさ、まあちょっと試してみっか、てな訳でこれに至る」
「正直、アーティファクトどうしようかと思ってたんだが・・・。トシ、これって別に石でなくでもいいのか?」
「まあ、いいいとは思うけどな。試作してみないと判らんなあ」
「分かった、今度材料になりそうなものを持ってくるわ」
「誠人、あたしはこれでもいいんだけどねえ」
「シフ、この大きさだと俺的には携帯するのにちょっと大きいんだわ」
「そうか、そんなもんかねえ。ただ次のが見つかるまではこれでいいよ」
そう言ってシフが石の中に消える。
「それは全然構わない」
ナベがシフに答えるその横で、
「トシ、後でアナイティスとニンリルの分もよろしくね~」
これ以上ない笑顔でおねだりするタツヒロであった。