58話 買い物と貰い物
商人街の一角、皮革問屋の前に立つ調達組。
「オリヒメ、まずはここか?」
「はい、今回の一番の目的は冬用の上着です。毛皮をなるべく多く調達して、皆の分の上着を作りたいんです」
「よし、じゃあまずはここに入ろう」
トシの呼びかけで、四人とも店の中に入る。
皮革問屋なだけあって、なかなかに動物くさい。
しかも色々と混じってるので、かなりカオスな匂いだ。
奥の方から店主と思しき、中年の男がやって来る。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなものをお探しですか?」
「冬に向けて上着を作りたいんだが、毛皮が欲しい。しかも量も必要なので、安くて大量に仕入れられないとダメなんだが、そんな毛皮ってどういうのになる?」
「そうですねえ、量が供給できる毛皮となりますと、大分限られてまいりますねえ・・・、これとかこの辺でしょうか」
そう言って、店主は二つの毛皮を出してくる。
「こちらはオオカミの毛皮、若干ごわつきますが耐久性、耐候性は申し分ありません。それとこちらはファルーシャ黒羊の毛皮です。こちらは供給量と保温性が特徴です。価格も若干お安くできます。が、その分オオカミと比べると、耐久性、耐候性は劣りますねえ・・・」
「羊かあ、これは暖かいよなあ」
トシが、愛用していたボアジャケットを思い出し、羊の皮を手に取る。
オオカミは毛色が様々だったが、羊はほぼ黒一色だった。
「羊の白いのって無いの?」
「白系の羊は羊毛になる事が多くて、中々毛皮では出物が無いんですよ。その上、肉は黒羊の方が旨いので、毛皮としては黒ばかりがどんどん出て来るんですよ。あるとしても黒の十倍ぐらいしますねえ・・・」
「なるほど、黒は羊毛にはしにくい、か・・・。 オリヒメは何か見つけたか?」
「ざっと見まわしてみましたが、その黒羊の毛皮が一番良いようですね。これだと一枚から二人分くらい行けそうですし、暖かそうですし、大量に買えるのであればそれに越した事は無いかと・・・」
「よし、じゃあこれにするか。店主、これの在庫はどのぐらいある?」
「今ですと二百ちょっと、といったところでしょうか。充分にございますよ」
「二百ぐらいなら全部貰うか。いくらぐらいになる?」
「全部? 全部買っていただけるので? それはぜひ勉強させていただきます。そうですなあ・・・金貨十八枚でいかがでしょう」
「それぐらいならいいだろう。商談成立だ」
そう言って袋から金貨を取り出し、店主に渡す。
「はい確かに。ありがとうございます。お届けはどちらまででしょうか」
「いや、この場で受け取る」
「こちらでよろしいんですか?」
「ああ、構わない。すぐに持ってきてくれ」
「では、ただいまお持ちします」
その後、出てきた毛皮を片っ端から空間に仕舞っていくナベを見て、店主はあんぐりと口を開けていた。
その後は布帛問屋に寄り、在庫が豊富だったため帆布をこれまた大量に買い込み、それと普通の綿生地や麻生地、その他目についた生地、針や糸などもまとめて購入する。
こちらは全部で金貨二十五枚ほどかかった。
その後は食品問屋へ向かい、ナベのお目当ての小麦粉を仕入れる。
小麦粉は一袋がほぼ二十五キロ相当で、銀銅貨五枚だ、これを百袋頼む。
無くなったらまた買いに来るとして、百袋を食べ切る期間がどのぐらいかを把握しておかなければならない。
後はナベの強い要望もあり、蜂蜜を仕入れる。酒用の小樽で十樽あったので、それもまとめて買い付けた。
ナベとしては、米と砂糖と醤油が欲しかったが、それらに類する物さえ見付けられなかった為、ここでの調達はあきらめた。
トシは胡椒を探したが、店内には見当たらなかった。
聞けば、中々入って来ないスパイスで、普段は取り扱っていないとのこと。
隠していても、自然に笑みが漏れるのを、どうにか我慢するトシだった。
胡椒が無い時は肉の保存をどうしているのか尋ねると、塩漬けした肉を樽で保存か乾し肉が主らしかった。
そんな時、ナベが店の隅で大声を上げて固まっていた。
手に持った壺を開けて中を見ている。
「これはもしや・・・。店主!、これを味見させてくれ!」
「どうされたんですか、突然大声出して・・・。味見ですね、・・・はいどうぞ」
驚く店主が、ナベの勢いに引きつつ、木のスプーンを渡してくる。
ナベは恐る恐るスプーンを壺に入れ、中身を掬って手に取り舐めてみる。
「・・・、店主、この壺は後いくつある?」
「その壺ですね。あと二十ほどありますが・・・、まさか!?買って頂けるので!? それを!?」
「ああ、全部もらおう」
「ありがとうございます! 中々この辺では(見た目が)受け入れられないようで、持て余しておりました。その分、お安くさせて頂きます! ぜひ全量お買い上げを・・・」
「トシ! 味噌だ!」
「なにぃ!? ナベ! 良く見つけた!」
「おう! 任しとけ!」
二人にしか理解できない喜び様を眺めながら、首を傾げるオリヒメとタカマルだったが、どうやらまだ買い物は終わらないらしい。
今度はトシが店主と話しを始める。
「店主、大豆は無いか?」
「こちらです。大きめのウェストル種と昔からの東方種の二つありますが」
「なるほどな・・・、取りあえず両方頂こう。十袋ずつだな。それと大麦も欲しいのだが・・・、ここに在庫はあるかな?」
「大麦、でございますか・・・。申し訳ございません、粉にしたものしか仕入れておりませんです」
「製粉前の粒のままのが欲しいなあ・・・、今から頼めば取り寄せることは可能かな?」
「そうですね・・・、まだまだ時期的には間に合いますが、取り寄せますか?」
「ああ、それもひとまず十袋欲しいな。状況によっては、また頼むかもしれんが・・・」
「分かりました、では十袋手配しておきます。手配ものに関しては前金で半額を頂きますが、構いませんか?」
「ああ、それも計算に入れてくれ」
その後も香辛料やら豆類、穀物類を手あたり次第と言った勢いで買い付けて行く、トシとナベ。
実はこれでも飽き足らず、帰り間際に八百屋で野菜も大漁に仕入れる積りなのだ。
オリヒメとタカマルは、これから始まる戦闘団の食の広がりを、全く想像出来ていなかったが、トシもナベも楽しそうなので、それはそれでいいかと納得していた。
結局、食品問屋で金貨を百枚近く使ってしまったナベとトシだが、満足気な表情で店を後にする。
荷物の積み込みの際に店主が驚くのは、すっかり定番の行事となっていた。
その後は道具屋に馬車を仕入れに行き、取りあえず中古の馬車を二台買い付け、今持ってる三台と合わせてオークや丘ゴブリン達が、村へ向かえる様に段取りをする。
馬車を繋げて、マローダーで引いていく計画だ。
その後はトシとオリヒメは宿へ戻り、ナベとタカマルは武具屋へと向かう事にした。
武具屋では、タカマルの弓を新調する予定だった。
着いて早々、直ぐに店主に頼んで弓を見せてもらう。
今のタカマルの弓は、ゴブリン時代の弓である。
命中精度もそうだが、根本的に今の体格と合わない。
引く力が何倍にもなっており、今の体格に合わせた大きさが無いと、矢が安定しない。
いくつか見ている内に、隅の方に無造作に置かれた一つの弓がタカマルの目に付いた。
力強さを感じさせる大きめの弓で、禍々しさと妖艶な美しさが同居しているような、見事な仕上がりの弓だった。
タカマルがその弓に手を掛けようとしたとき、武具屋の主人が待ったをかける。
「お客さん、その弓は呪われた弓でな、売り物じゃねーんだ。あんたも触らん方がええ」
「呪いの弓か・・・、どんな呪いなのだ?」
「その弓は“誘いの魔弓”と言う名前でな、必ず当たる矢を放つと言われておるが 、持ち主はその代償として弓に宿る魔物に生気を吸われ、最後には枯れ果てた様に死んでいくという・・・。その身に呪いを受けたくなければ触るでないぞ?」
「その魔物とやらに勝てば良いのではないか?」
聞く耳持たずといった感じで、タカマルは主人の声を無視し、軽々とその手に弓を取る。
するとタカマルの頭の中に、突然声が響く。
<これは!? 主様が戻られた?>
<・・・、何とも面妖な・・・、お主は何者だ>
<ん? 主様じゃない!? この気の流れは主様のはずなのに・・・>
<俺はタカマル、お主の言う“主”とやらではない。そもそもお主は何者だ?>
<私はシュア、この“誘う弓”の守護精。主よりこの弓の守護を命じられ、それ以来この弓と共にいる>
<ほう、弓の精か。店の店主はお主達を呪われた弓と申しておったぞ?>
<誘う弓は、主でなければ使いこなせない弓。なので私が守り、次の主を探し続けているところだ>
<ふむ、そういう事か。してお主の主とは何者だ?>
<クレイン様の五人衆の一人、ヤコフ様です>
<その名は・・・、そうか、そういう事か。ならばお主は先祖伝来の弓として俺がもらい受ける。シュアとやら、俺に仕えよ。アルゴーの鬼人、鬼庭鷹丸が今日よりお主の主じゃ!>
<こ、れは・・・、ヤコフ様を超えるお方? ・・・承知いたしました。タカマル様、今日より我らが主として、精一杯お仕えさせて頂きます。今後ともよろしくお願いします>
「店主殿、俺には特に呪いの影響も無い様だ。この弓は、このまま有り難く頂戴いたす」
「あ~あ、知らねーぞ? そいつは、今の今まで使いこなせた者がいねえ、呪いの弓だ。持ってってくれるってんなら止めはしねえが・・・、ホントにいいんだろうな?」
「ああ、俺は何の問題も無い。逆に、良い弓に出会えたと感謝している」
「武芸者の考える事ってのは、判んねーなー・・・」
タカマルがナベに弓との会話の顛末を話すと、そういう弓なら使い手を選ぶよなあと言いながら背中を何発か叩かれ、少々手荒い祝福を受けていた。
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