57話 グレインの当て
グレインの紹介で、アルゴーの森に住む獣人、灰狼の族長ズークと知己を得た戦闘団一行は、ルロへの途中で出会っていたその他の獣人三名とも、改めてお互いに自己紹介をし、色々な行き違いや勘違いが解消されていた。
最初に出会った三人は、ズークの娘アルメイダと、その守役のノード、そしてノードの娘でアルメイダの近習を務めるオルレアであった。
ノードなどは恐縮することしきりで、
「いや~、すまなんだ。あの時は完全に、新手の追手か何かかと身構えておってな・・・」
「まあ、不幸な行き違いじゃったと言うだけで、遺恨が残った訳でもない。今日の所は『勘違いだったな、ワハハハハ』で双方とも問題無かろう?」
ノードの言葉を途中で遮り、グレインが両者に問うてくる。
戦闘団の一行は特に含むところがある訳もでなく、察するに余りある状況でもあったため、代表でやり取りをしているトシは同意する他ない。
「確かにな、グレインの言う通りだ。我々としてもこうして知己を得られた訳だし、何の問題も無いな」
「そう言って頂けるとありがたい。だが、あれだけの傷の治療をしてもらったにもかかわらず、これを無視ではそれこそ恩知らずと成り果てる。いささか些少ではあるが、これをお納め下され」
ノードがトシに向かって礼をしながら、何やら細長い箱を出してくる。
受け取った瞬間にズシリと重さを感じるその箱を開けてみると、中には金貨が入っていた。
「これは・・・。これは余りに過分な礼では?」
さすがに怪訝に思ってトシが正すと、ノードは苦笑いしながら答える。
「いやいや、これは族長を救うために持参した金貨の一部。皆様方がおらねば、そもそもこれは敵の手に渡っておったもの。姫も我が娘もケガで既にこの世になく、某と族長だけが奴隷になっておったはずでな?、それが全て解決されて今ここに至っているのは真に重畳。この金貨はせめてもの感謝の証、族長からくれぐれも渡すようにと仰せつかっておるでな。ささ、受け取られよ」
「ううむ、・・・そういう事情ならこちらとしても渡りに船。有り難く使わせていただきましょう」
その後も雑談はしばらく続き、その勢いで“皆で夕飯を!”となり酒場へ繰り出していた。
その場の勢いもあったが、オークやゴブリン達も併せた人間と亜人たちの大宴会へと発展し、酒盛りは白銀の麓亭に場所を変えて、夜更けまで続いていた。
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次の朝、乾いた喉を潤そうと、トシが宿の一階に降りてくる。
昨夜はどうやって帰ったか全く覚えていないが、今朝になって目が覚めたのは(ちゃんと)自分の部屋だった。
「・・・おはようございます」
まだ眠気眼でナミルに挨拶する。
挨拶されたナミルも、昨夜はしこたま飲んでいた。
どうせなら皆でパーッとやろうという事で、ナミルも奢りの対象となり、久しぶりに浴びるほど飲んだ。
鬼人達は『ドワーフの本気を見た』と言って笑っているし、ナミル自身こういう飲み会は機会が少ない。
存分に、はっちゃけた。
その代償と戦っている真っ最中の顔で、トシに挨拶を返す。
「・・・ああ、お客様、おはようございます。あ、水などいかがですか? 私も丁度飲みに来たところで・・・」
「同じく、です・・・、水下さい」
二人で並んでぐびぐびと水を飲む。
そこへ、晴れ晴れとした顔をしたナベが現れ、挨拶もそこそこに二人と一緒に水を飲む。
そして徐にトシに向き直ると、
「トシ、ちょっといいか?」
「・・・なんだ、ナベ、どした?」
「昨夜の宴会中だが、この町で昨日の宴会メンバーの他に、俺達を知ってるやつが居そうだぞ?」
「ん?、なんだそりゃ」
「突然、強烈な敵意を感じた」
「・・・、何人いた?」
「二つ、二人だな。それとかなり低めのが一つ。全部で三人は確実だ」
「そうか・・・。ナベ、もしかすると俺達にはもう一波乱あるかのもしれんな」
「やはりそう思うか?」
「まあな・・・。昨日の雑談の最中に出て来た話しを思い出せ」
「ノード達を捕らえた、ノールを従えた人間、か」
「俺達は、そいつらに全く気付かなかった・・・」
「確かに。少なくとも、俺の探知範囲にはいなかった訳だ」
「向こうは俺達を知っているが、俺達は向こうを知らない。そして、俺達を巻き込まない様に間合いを測る周到さもある。面倒な事にならないように祈るしかないな・・・」
その後、皆が起き出して、ナミルも食事の準備が出来たらしく、朝食となった。
どうやら客は我々だけだったようで、気持ちよく貸し切りとなっている。
その席で出たのが、丘ゴブリン達の処遇だった。
そもそもの住処はここからかなり遠いらしく、本人達も帰りたいのはやまやまだが、路銀の問題や途中の旅程の問題も含めて、帰れる気がしないと嘆いており、皆も困り果てている。
そこにナベがしゃしゃり出てきて丘ゴブリン達と話しを始める。
「ちょっといいか? お前らの得意な事ってなんだ? 村に居た頃は何の仕事してた?」
「俺らの村ってのが、山の近ぐにあってな? そごに住んでだドワーフの村の下働きをして食い扶持稼いでだんだな、これが」
「んだな。いろいろやってだったな。岩砕ぎ、フイゴ拭ぎ、鍛冶仕事もやってだったけな」
「そういう事なら好都合だ。しっかり働くのなら俺らで面倒見てやるぞ? 鍛冶が出来るやつを探してたんだよ。どうだ来るか?」
(タツヒロ。また始まったぞ、ナベの悪い癖)
(トシ、いつも言ってるけど、こうなったら止まんないから)
(まあ、解ってて言ってんだけどな・・・)
「ちょっと考えさせでけろや。結論出だら伝えっから」
「ああ、後で返事聞かせてくれ」
そう言って丘ゴブリン達九名は一つの机に集まり、話しを始めた。
それを横目に、戦闘団は今日の予定の打ち合わせに入っている。
延ばし延ばしにしていた買い付けと、グレインの言う当ての処へ話しに行かないといけない。
買い付けはオリヒメとナベ、トシ、タカマルが出かける事にし、グレインの当ての所へは、グレインとタツヒロ、ヤシャマルが出かけ、オーク達はその間は宿で待機とした。
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グレインは久しぶりに会う、同郷のドワーフを思い出していた。
(ゲルンか・・・、数年ぶりじゃが元気にしておるのかのう)
数年前に会った時に住んでいた工房は確かこっちの方だったな、と記憶を頼りに通りを歩く。
だんだんと金鎚の音が聞こえて来始め、目的地に着く。
(おお、まだこの町に居てくれたか)
「ヒロキ、ヤシャマル、二人はここで待っていてくれ。儂が話しを付けてくる」
「そっか、分かった」
「分かりました」
そう二人に伝えると、グレインは工房のドアを開けて中に入っていく。
工房に入ると、奥の方でドワーフが一人、組み上げた箱の前で何かを吟味していた。
「ゲルン!、儂じゃ!、グレインじゃ!」
呼ぶ声を聞き、ゲルンと呼ばれたドワーフはこちらを身て破顔する。
「おおおお、グレインか! 久しいのう、達者でおったか?」
「何の! ゲルンこそ釘と間違えて手を打ってはおるまいな?」
「抜かせ! お主こそ、鎚が上がらず、鉄ではなく足を打っておるのではないか?」
「わははは」
「がははは」
ひとしきり旧交を温め、ゲルンが工房内の作業台にエールを用意する。
「さすがはゲルンじゃ、こうでなくてはドワーフではないな」
「当たり前じゃ! 他の者が来たならまだしも、あの“酒樽”が来たのならこれしか出すものはあるまい」
グレインもゲルンも当然の様にエールを飲み干し、次のを小樽から注いでいく。
二杯目に口を付けながら、グレインが本題に入る。
「実はのう、今日はお主に頼みがあって来たんじゃよ」
「ほほう、頼みとは珍しいのう。何じゃ、儂に出来る事か?」
「ああ、お主と見込んでの頼みじゃ」
「ならば、話しを聞こうか」
「ジャレンは知っておるな?」
「ああ、師匠の息子じゃろ? 確か今は族長か何かになってなかったか?」
「ああ、最近までは・・・な」
「ん?、何かあったのか?」
「・・・この間、レッサー・オーガの襲撃があった・・・。村は壊滅、北西にあったゴブリン達の村へ、命からがら辿り着けた者は、僅かに十六名。つい昨日も、村の連中を奴隷にしていたやつを捕縛して、僅かに十五人ながら取り返すことが出来た。今確認できてる生き残りはそれだけじゃ・・・」
「何と・・・、師匠の村は百五十からオークがいたはずじゃが・・・」
「襲われたときは二百を超えておった・・・。さすがに生き残りが三十人で、村の建物もほぼ全てで建て直しが必要ともなれば、村の復興はほぼ絶望的じゃな・・・」
「う~む、師匠の村がのう・・・」
「そこで、儂は考えたのじゃ。そのゴブリンの村に合流しようかとのう」
「オークがゴブリンの村にか? 正気か? オークが納得する訳無かろうに・・・」
「ところがそうでもない・・・。そもそもゴブリンの村ではなくなっておったんじゃよ」
「・・・要領が掴めんのう。どういう事じゃ?」
「ゴブリン達は三人の人間の主を戴き、村ごと戦闘団になっておったのじゃ」
「・・・俄かには信じられん話じゃが・・・」
「まあ、そう思うのも無理はない。この目で見た儂とて信じられんかったからのう・・・。話の肝はここからじゃ。帰ってからジャレンを説得しようと思っておるが、儂ら村人全員もその戦闘団に加わろうかと思っておる」
「・・・正気か? ゴブリンの戦闘団なぞ、森の中では“獅子に踏まれるアリ”以下ではないか。そのような処に入ったとて、どうにかなるとは思えん」
「その主たる人間の中に、レッサー・オーガをものともしない剛の者がおったとしてもか?」
「は!? それは余りにも荒唐無稽すぎる! あのレッサー・オーガじゃぞ? 我らは何と教わった?」
「儂もこの目で見るまでは、そう思っておった。この目で見るまではな・・・。実はその人間の一人とゴブリンの一人を連れてきておる。その目で見た上で、本物か紛い物か判断してくれい! そしてお主の目に適うならば、一緒に戦闘団に入ってくれぬか? お主の腕が必要なのじゃ! その親父さん仕込みたる大工の腕がな! どうじゃゲルン、お主の師匠の村の者達を助けると思って着いてきてくれぬか?」
「・・・師匠の村がその状況じゃ、そういう身の振り方も必要じゃろう。儂に出来る事なら、手助けするのは全く吝かではない・・・。じゃがその戦闘団とやらはのう・・・」
ゲルンが言葉を切ったので、そのまま周囲に沈黙が流れる。
瞑っていた目を開き、ゲルンがグレインに告げる。
「分かった、その者達と会ってみよう。お主の頼みじゃ。会わずに帰すわけにもいくまい。じゃがな、着いて行くかは別問題。その辺はしっかりと値踏みさせてもらおうぞ?」
「おお、会ってくれるか。値踏みとやらは存分にやってくれ。実は外に待たせておるでな、今すぐここに連れて来る」
そう言ってグレインは工房を出て、表へと向かう。
グレインの帰りを待っていた二人と何やら話した後、三人は工房に入って来た。
「ゲルン、こちらが三ツ星戦闘団の主が一人、ヒロキ。で、こちらが元ゴブリンで今は鬼人、鬼庭一族のヤシャマルだ」
「初めまして、竜沢弘樹です」
「お初にお目にかかります。鬼人、鬼庭一族が一人、鬼庭夜叉丸でございます」
それぞれから手を出され、しっかりと握り返すゲルンだが、その顔には驚愕と疑問の表情が交互に浮かんでいた。
そして、意を決したように口を開く。
「儂が大工のゲルンじゃ。儂の師匠がジャレンの親父さんでな、その縁で今回の話しになったとグレインから聞いておるが・・・、お主等は一体何者じゃ?」
「俺は分かりやすく言うと、渡り人です」
「某は御三方様に忠誠を誓い、進化にて鬼人となりましたゴブリンです」
「・・・信じられん。鬼人と称しておるが、お主は間違いなくゴブリンロードであろう? いにしえの昔に国盗り衆と呼ばれた・・・」
「昔はそう呼ばれていたと聞いておりますが、今は鬼人として生まれ変わっております。ゴブリンロードとやらよりも恐らく格が上かと・・・」
「ふうむ、さらに上、とな? そして、それを従える渡り人・・・。何とも面白い事になって来たのう」
「分かるかゲルンよ、儂がお主を誘った訳が!」
「応よ、実際目にするまでは疑っておったが、それは勘弁せい。よかろう、グレイン! 儂を連れて行け! ルロで燻っておるより、よっぽど面白そうじゃ!」
ゲルンがグレインの背中を叩き、豪快に笑う。
「・・・何だかよく分からないけど、スカウトには成功した、のかな?」
「は、そのように見受けられますな」
若干、以上に蚊帳の外の二人が着いていけぬまま、ゲルンの戦闘団入団が決まっていた。
20170518:ナベとトシの会話シーンに若干の加筆を行いました