55話 おまけが・・・
シャキールは、夕方の門限前に出かける用意を、たっぷりと余裕を持って進めていた。
元締めとの連絡役を務めるいつもの男から、驚愕の指示を受けるまでは・・・
連絡役の男の持ってきた指示はこうだった。
『全ての奴隷を引き連れて直ぐにこの町を出ろ。店はこちらで処分する。代金はヴィエネラで渡すので、後はヴィエネラで暮らせ。落ち着いたら追って連絡する』
それだけを告げて、男は疑いの眼差しでこちらを見つめながらそそくさと雑踏に消えていった。
何が起きたのか解らないが、状況が一気に変わった。
残念ながら、シャキールに取って悪い方に・・・
混乱する頭を抱えながら、するべきことを再確認する。
商品を積む、すぐに町を出る。
今すべきことはこれの準備だけだ。
頭の中をはっきりさせると、急いで準備に取り掛かる。
まずは商品を運ぶ準備だ。
馬車は用意してあるもので何とか足りそうである。
あとは馬車に積み込むために、商品を梱包しないといけない。
地下と、そこから続く坑道を通って行ける牧場脇の建物で、眠り薬と眠りの魔術で梱包の準備をし、いろいろと動けないようにした後、同じ大きさの箱に詰めていく。
地下からの商品運び出しはさすがに重労働だったが、もたもたしていると重労働すら出来なくなりそうなので休んではいられない。
用意していた馬車にヘトヘトになりながら積み込み、門限を待つだけになってやっと一息つける。
商品を入れた箱は二重底にしてある。
上には錆びた槍を入れ、商品にも錆びた鉄をふんだんにまぶしておいた。
馬は四頭立て、馬車は三台をつなげてある。
“待ち合わせの野営地に行くので、門限間際だが町を出る”。
門衛への言い訳も準備は完ぺきだった。
後は目立たぬように町を出るだけだ・・・
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トシとヤシャマルが宿に戻ったのは夕方ごろだった。
「は~、撒いた撒いた」
「お、戻ったか、ってか飲んできたのか?」
「ああ、役得と言うか業務上必要でと言うか・・・」
ナベに微妙な表現で応えるトシ。
ヤシャマルも少々、酒臭い。
「酒場から、通りから、詰め所から・・・、まあ、撒けるだけの場所にエサは撒いてきた。後は獲物が掛かるのを待つだけだな」
「あれで動きが無ければ、相当肝の太いやつですね」
トシの報告にヤシャマルが補足を入れる。
「そんなに太くもなさそうだぞ? ヤシャマル、あのギャビンてやつ居ただろ?商工会で見た三人目の男、あいつ何か知ってるかもな・・・。奴隷の話しを始めたら、一気に心拍数が跳ね上がってた。分かりやすいよなあ」
「ん? どういう事?」
「いや、もちろん詳しい事情は分からないんだが、奴隷という話題で明らかに反応がおかしかった。あいつは絶対に何かを知っている。それは間違い無いな」
タツヒロの疑問にトシが答えていると、ナベからも重要証言が飛び出す。
「トシ、昨日から今日まで変化が感じられないので、ちょっと意見を聞かしてくれ。ここに来る前に会った獣人達がいただろう? あいつらの気配もこの町に来て感じてたんだが、昨日からまったく動きが無い。今朝になっても動かず四つが固まったままだ。で、そのままかと思いきや、さっき四つとも少し動いた。動く前は、方向からしてどうも地下に居たっぽいんだよ。そんな宿もあるのか?とか能天気に考えてたが違うくね?」
「おっと、爆弾発言キタコレ。四つって言ったな、しかもそれが地下から? ケガした二人が動かないのは判るが、そうでないと思われる者も同じように動かず、か・・・、怪しすぎるな・・・。・・・だがそっちは今は放って置こう。オーク達の救出が優先だ。獣人達の件はそれからでも遅くないだろ。じゃあ、今夜から夜はあの建物を交代で見張ることにしよう。配置は俺とヤシャマル、タツヒロとグレイン、ナベとタカマルこの組み合わせで行こう。オリヒメはオークの子と留守番を頼むぞ。ナベ、オーク達に変化はないな?」
「ああ、変化なしだ」
「よし、なら一直目は誰が行く?」
「まずは俺とグレイン組が行こう。その後がナベ・タカマル組、最後はトシとヤシャマル組、にしよう」
「じゃあ、それで」
「ああ、俺もそれでいい」
タツヒロのシフト案にナベとトシも賛成し、順番が決まる。
その後は全員で食事を済ませ、見張りに備えようという事になった。
その食事中、ナベが力の入った声で皆に告げる。
「状況が変わった。オーク達が動き出した。トシの言ってたエサとやらの成果か? オリヒメ!、お前は部屋で待機!。あとのメンバーは出かけるぞ!。奪還作戦開始だ!」
皆が応と叫び、食事もソコソコに部屋に戻る。
それぞれの得物を持ち、準備万端で宿を出る。
オークの気配が動いているため、その動きの方向を見極めながら進んでいると、どうやら向かう先は東門の様だった。
「トシ、このままだと外に出る様だ。町外での接触奪還プランで行く」
「ああ、それで行こう」
それだけを話し合って、六人は少し歩みを緩める。
門を出たと確信した辺りで、一気に東門まで駆け付けた。
見ると門の外に馬車が街道を東に向かって走り去って行くのが見える。
六人も門限間際の東門を抜け街道に出ると、そのまま脇道に向かい、人目が無くなった辺りでマローダーを用意し、直ぐに発信させる。
そのまま距離を置いて馬車を追跡し、適当に町から離れたところで奪還を開始する作戦だ。
作戦自体はは単純だった。
・マローダーで馬車の横に並走し、タカマルが馬車に飛び移る。
・マローダーが馬車の前に出て馬車を止める。
これで馬車を奪還すれば作戦完了。
逃げているもぐりの奴隷商(だと思われる人物)は、正直興味が無かったが、生きて捕まえられれば衛兵に突き出すか、くらいであった。
「タカマル、気を付けて行けよ?」
「は!、お任せを!」
ナベは助手席のタカマルに声を掛け、馬車に接近を開始する。
ある程度近付いた段階で一気に速度を上げ、音に気付かれても構わない様に距離を詰める。
助手席を開けたまま、タカマルは構えを取り、一瞬速度が緩んで御者台と並んだ瞬間に飛び降りる。
タカマルはしなやかに飛翔し、危なげなく御者台に飛び乗ると、乗っていた男の首筋に手刀をたたき込み、そのまま蹴り落とす。
そして、教えられた通りに手綱を握って引く動作を掛けると、自然に馬車の速度は落ち、無事に止まった。
それを見届けながら、ナベは方向転換し、蹴り落とされた男を追ってマローダーを走らせる。
逃げていた男をすぐに見つけるが、どうやら腕を折った様子で、左手が上がらぬまま走り歩きで逃げていた。
一気に加速し、男の前に回り込み、即座にタツヒロが中から躍り出る。
そのまま弓を構え矢を放つと、離れて逃げようとする男の太ももに命中し、もんどり打って倒れる。
そのまま有無を言わせず縛り上げ、傷だけ治療してやる。
「いろいろ聞かせてもらいたいんだよねえ・・・」
そう言って男を引き摺り、マローダーまで連れてくる。
その間、グレインが止まった馬車の元へ行き、馬車をマローダーの近くまで馬ごと連れてきていた。
「おい、トシ、その馬車の中から獣人の気配もするぞ?」
「おや~?、オーク達の救出と思ってたが、そっちも一枚噛んでたのかなあ?」
そう言いながら、トシは縛られている男を見やる。
男はさっきから一言も言葉を発していない。
「まあ、なにもしゃべらなくてもいいんだよ。この荷物の中の人に聞いてみるから」
うすら笑いを浮かべながら、トシは積み荷を一つ改める。
「これを開けると・・・、ほほう槍か。しかも錆びた屑鉄扱いの槍・・・。でもこれだけじゃないよなあ、中身は・・・」
そういって箱を調べ、開けていくと中には縛られた茶色いゴブリンとでも言えるようなのが眠っている。
「あれれ~? どうして槍の下にこんなのがいるんだ~?」
最終的に、すべての箱を確認し、獣人、オーク、茶色いゴブリンもどきを見つける。
獣人の中には、グレインの知り合いの獣人もいたらしかった。
「よもやあの獣人達がズークの一族だったとはな・・・、世の中狭いもんじゃ」
感慨深げにつぶやくグレインを余所に、トシは開けて確認した箱をまた戻すように指示を出す。
「思ったより眠りが深い。マローダーに全員積むのも無理だ。このまま馬車に積んで町の近くまで戻ろう。そこで朝まで明かせば、その間に目覚めるかもしれないな」
トシの指示で、グレインが馬車を回送し、その後ろをマローダーが追いかける。
ちなみに、乗っていた男はマローダーの床に転がされていた。
「よし。この辺で野営しよう」
後部座席から男を降ろしマローダーを絶界に仕舞うと、馬車を一部壊して薪とし、火を焚く。
その火を眺めつつ、ナベが夜食用にとナミルに頼んでいたサンドウィッチを出し、とりあえず腹をつないでそのまま朝を待つ六人だった。