52話 魔術の習得
翌朝、グレインの当てと冬支度の買い物が、ルロの町の南東を占める商人街だけで用が足りる事が分かり、トシを除く全員で商人街に行く運びとなった。
トシは冒険者ギルドに用があるらしく、別行動を取る事になったのである。
「じゃあ用事が終わったら、商人街に来てくれ。そこで合流しよう」
「分かった。じゃあ後でな」
ナベとトシがそう言い終えて、それぞれの目的地へ向かう。
トシは、この機会に魔術を本格的に身に付けようと考えていた。
夜寝る前に、ナベと組み打ちの練習は行っていたが、組み打ちだけではやはり心許ない。
複数を制圧するには、トシならやはり魔術が一番効果が高いだろう事は、適性から言っても容易に想像が付く。
そして、冒険者ギルドに行けばその手掛かりか、若しくは教えてくれる存在に出会えるかもしれない。
その期待が、トシをして単独行動を取らせる要因になっていた。
うろ覚えながら、すっかり寝静まった歓楽街を抜けて、何とかかんとか冒険者ギルドへと向かうトシ。
途中で通った北門の辺りなどは、既に昼間の喧騒に包まれていた。
人々の往来をかき分け、冒険者ギルドの前に辿り着くと、そのまま中へ入る。
中は昨日とは違い、人影はまばらだった。
トシは真っ直ぐに登録カウンターへと向かい、用件を伝える。
「すみません、ちょっとお聞きしたいのですが・・・」
すると、昨日の担当だった女性職員がこちらに向かって来る。
「ああ、昨日いらした新規登録の方ですね。どういったご用件でしょうか」
「実はですね、魔術を顕現致しまして、どなたかに教えを乞うか、教本の様なものがあればご紹介頂きたいなと思いましてお邪魔しました。魔術の師が居りませんので途方に暮れておりまして・・・」
「そう・・・ですか。大変、お珍しい事例ですが、何例かは聞いたことがあります。少々お待ち下さい、ちょっと聞いて参ります」
そう言って、女性職員はカウンターを離れると、そのまま階段を上り二階へと消えていった。
少しすると、二階から女性が降りてきてトシの前に立つ。
「お待たせしました。こちらへどうぞ、サブマスがお会いしたいそうです」
「サブマス・・・、サブマスターですか」
「はい、どうぞこちらへ」
そう言って、女性職員は席を立ち、二階へ向かう。
トシも後を付いて二階へと向かった。
二階は、言わば“関係外立ち入り禁止”的な雰囲気があった。
そのままある部屋まで来ると、その扉を差してこう告げる。
「中で、サブマスのギュンターがお待ちです」
そのまま扉をノックして開く。
「サブマス、先ほどの方をお連れしました」
「どうぞ、お入りになって下さい」
トシは遠慮なく中へ入り、ギュンターと呼ばれたサブマスと対面する。
線が細めな感じで、金髪に長い耳・・・。
これはもしや噂に聞く・・・。
ギュンターが片手を差し出し、自己紹介してくる。
「初めまして。当ギルドのサブマスをしておりますギュンターです。まあ、見た目通りエルフですよ」
「ヨシトシと言います。宜しくお願いします」
トシも差し出された手を握りしめながら応える。
「どうぞお掛け下さい。リリイ、お茶を頼めるかな?」
「畏まりました」
「何分狭い部屋でしてねえ、恐縮です」
「いえいえ、どうぞお構いなく」
通り一遍の挨拶を済ませてお互い席に着く。
「ご足労頂いてすみませんでしたね。この後ご用事などは?」
「連れが商人街の方に行っておりますので。これが終われば合流する予定です」
コンコン。
「お茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
「では失礼します」
リリイを見送り、ギュンターがカップを持ってお茶をすする。
「どうぞ。安いお茶ですが、無いよりはマシでしょうから」
苦笑いしながらギュンターがお茶を勧めてくる。
トシも一礼しお茶をすする。
安いという言葉ほど悪くは無かった。
「早速ですが、魔術が顕現されて途方に暮れていらっしゃると伺いましたが・・・」
「ええ、そうなんですよ。魔術の顕現は起きたものの、魔術の使い方は知りませんので使えません。この状態を何とかしたくて・・・」
「そうですか・・・、状況は判りました。さぞやお困りでしょう。よろしい、魔術に関して、さわりだけでもお教えしましょう。私の教本をお貸しします、それでお昼ぐらいまで講義を致しましょう」
「ほう・・・、突然に押しかけて不躾なお願いをしてしまいましたが、よろしいのですか?」
「今日はさほど用事も立て込んではおりませんので、構いませんよ? 早速始めましょう。こちらへどうぞ」
ギュンターはそう言って席を立つ。
トシも合わせて席を立つと、ギュンターの後に続く。
すると、ギュンターは本棚に手を伸ばして一冊の本を手にし、そのまま階段を下りて、裏の扉を開け外に出る。
いわば、中庭といった処か。
外に出ると、ギュンターは手にした本をトシに渡しながら話し始める。
「この本は、魔術の初級者用の教習本です。私が一番的確だと思っていますので、教習本はぜひこれをお勧めしますよ。この本の第一章の炎の所を実地でやってみましょう」
「判りました」
「まずは指先に魔力を集める練習からです。魔力を指先に集めてみて下さい」
「・・・、こんな感じでしょうか」
「!?、そうそう、そうです。集まってますね。次は指先に蝋燭の火が灯る様子を想像してください」
「蝋燭ですね・・・。おお、火が付きました。なるほど、これが魔術の感覚なんですね」
「・・・。あとは魔力の量を増やし、火の強さの様子を大きくしてあげるだけで、実際の火も大きくなるでしょう」
「ほう・・・。これで・・・、おお、大きくなりました」
「自分が想像する状況と魔力が釣り合っていれば、想像した状況が具現化される、それが魔術の根幹です」
「ほほう・・・。こうして・・・みると・・・、ああ、ダメでした。確かに、仰る通り魔力だけ増やしても、術は失敗するんですね」
「そういう事です。『現象の具現化に要する魔力の適正供給』は魔術の基本にして、最も大事な要素です。ぜひ覚えておいて下さい」
「分かりました」
「ちなみに精霊術も多少であれば手ほどき出来ますので、良かったらギルドに来て頂ければ・・・」
「そうですか、その時は一つよろしくお願いします」
「はい、ぜひお待ちしております。あー、話しが逸れましたね。基本をしっかり練習してみましょう。次は別の指で炎を出してみて下さい」
「なるほど・・・、これで?・・・、出来た」
「その調子です。では次の指を・・・」
そのまま、ギュンターを相手にトシの基礎修業が続くのだった。
時間にして小一時間ほどだろうか、みっちりと基礎をやった。
後は練習あるのみだった。
「基礎はすべてに通じますから、しっかりと練習して下さい」
「これで一人で練習する目途が立ちました。ありがとうございました」
「また何か困ったことがあったら、いつでもどうぞ。出来る事なら力になりますよ」
「そうですね、またお世話になる時が来るかもしれません。その時はよろしくお願いしますね」
「どうぞどうぞ」
トシがギュンターに礼を言いながらギルドを辞する。
ギュンターも手を振りながらトシを見送る。
トシの姿が見えなくなると、ギュンターは自室へ戻って来る。
自室には先ほどの女性職員のリリイが椅子に座ってお茶を飲んでいた。
「ずいぶんしっかりとやってたじゃない。あそこまで親切に教えて上げるとは思わなかったわ」
「これはギルマス、そういう指示を出しておいてそれですか?」
「まあまあ・・・、で?、どうだった?」
「あくまでも個人的な感触でしかありませんよ?」
「それでいいわよ。どう感じた?」
「そうですね、少なくとも普通の人間ではないですね。マナが綺麗に循環してました。エルフに伝わる口伝通りです」
「そう・・・、私の勘に間違いはなかったようね。あの感覚、登録に来た駆け出しの冒険者のはずの彼らから受けるあの圧力は、実際に目の前で対峙してみないと判らないわよねえ・・・。偶々、冒険者登録に来てくれたから良かったようなものの、そうでなければ気付けないわね・・・。で?、我がギルドのサブマスは彼らをどう見るの?」
「そうですね・・・、積極的に誰かを害するような御仁ではないかと・・・。ただ、どのような価値観を持っている方々なのか、はもう少し詳しく調べた方が良いでしょうね。何でもない処で軋轢を生むような真似は避けたいです」
「そうね、それはギュンターの言う通りだわ。パーティーに種族が鬼人と名乗る連中もいたし、ちょっと気になり過ぎるわね・・・。もう少し調べを進めてみないといけないわ。何かいい手は無いかしら、ギュンター・・・」
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<ナベ、こっちの用事は終わった>
<うあ・・・、おおトシか。まだこれには慣れねーなあ>
<まあ、いずれは慣れてもらわないとな。で、今どの辺だ?>
<ああ。実はちょっとあってな、今は宿屋に戻ってきてるところだ。昼飯も宿で取ろうかって話しになってるから、商人街じゃなくて宿に戻ってくれ>
<ふうーん、分かった。宿に戻るようにするわ>
<ああ、頼むわ>
<ああ、じゃあ後でな>
(ちょっとって・・・、誰かが何かやらかしたか? 大事じゃないといいけどなあ・・・)
このトシの心配は結果的に外れていた。
20170515:リリイとギュンターの会話に鬼人への言及を追加