51話 白銀の麓亭
「さて、では宿に向かうか」
グレインの一言で、一行は冒険者ギルドを後にする。
「グレイン、宿に伝手はあるのか?」
トシが気になって尋ねると、グレインから予想された答えが返ってくる。
「ああ、皆に差し支えが無ければ、儂の定宿に向かおうと思っておったが・・・」
「問題ない、そこに行こう」
トシの回答で、今夜の宿は決まった。
「ここじゃ」
グレインの案内で、一行は一件の宿屋の前にいた。
あの後、北門近くまで戻り歓楽街を抜けて宿屋らしきものが並ぶ通りの端の所まで来ていた。
ルロの町は、北側の西部に歓楽街があり、そこから南に向かうと宿屋の並ぶ通りとなっていた。
その一角、重厚さと古さのバランスが絶妙な建物が今夜の宿らしい。
グレインが全員居ることを確認し、そのまま中へ入って行く。
「いらっしゃ~い・・・、おお、“酒樽”グレインか久しいな。二年ぶりか?」
「おお、お主も変わりないようじゃな、ナミル。あー、皆にも紹介しておこう。儂と同郷でな、この街で宿屋をやっておるナミルじゃ。ナミル、早速だが今夜は七人だ、部屋はあるか?」
「おう、空いておるぞ。だが、一人部屋が四つ、二人部屋が三つだ」
空きはあったが、部屋割りが必要の様だ。
トシが思案の上、ナミルに告げる。
「ナミルさん、ご厄介になります。部屋割りは一人部屋を三つ、二人部屋を二つでお願いします。グレインとオリヒメはそれぞれ一人部屋、ヤシャマルとタカマルは二人部屋、俺達の内二人が二人部屋、一人が一人部屋という割り振りにしよう」
「そうかい、じゃあ・・・、これが部屋のカギだ。朝飯はどうする?」
「そうだな、一応全員分で頼んでおきましょう」
「なら前金で、銀銅貨三十三枚だ」
「なら、銀貨四枚で。釣りは酒代に回していただければ」
「おお、太っ腹だな。ありがとよ。もうすぐ飯の時間が始まる。期待して待っててくれ。おっとっと、大分遅れたがこれを言わんと始まらんよな。
ようこそ、白銀の麓亭へ」
満面の笑みでそう言われて、笑いながら脇に目をやると、イスとテーブルが並び、正面の階段の脇にカウンターが続いているのが目に入る。
「ご亭主の自己紹介も終わったし、まずは部屋に入って一息つくか」
トシの呼びかけで、それぞれが階段を上り部屋へ向かう。
三人の部屋割りは、じゃんけんで最初にナベが勝ったため、ナベが一人部屋を勝ち取っていた。
その後、三々五々、一行が下に集まり、飯の時間が始まってすぐ位には全員が席についていた。
「みんな、飲み始める前にちょっといいか?」
集まったと思いきや、ナベが皆に呼びかける。
「実は、何の気なしに周りを探って気付いたんだが、この街に俺らを警戒している者がいる」
「・・・つまり、我々を知っている者がいると?」
「マコトよ、それは先ほどの獣人達ではないのか? あのままこの街に入ったやもしれん」
「そいつらとは、別の場所から感じてる。なので多分違うやつだ」
「とは言ってもさあ、俺等ってこっち来て四~五日だよなあ・・・。仲間内以外で知ってる人間がいるとは思えないんだけど、その辺はどうなの?」
さすがにタツヒロがナベに聞き返す。
それにナベが答えを返す。
「ああ、そのはずなんだよタツヒロ。いる筈がねーんだ・・・。となると、考えられるのは、俺達がレッサー・オーガを狩っていたところを誰かに見られていた、という辺りかな」
「まあ、確かにレッサー・オーガは強いらしいし、それをほいほい倒してるの見たら、そりゃ警戒とかしてても、おかしくは無いと思うけど・・・」
「うーん、まだ実害が出た訳でもなく、敵意でもないから今はスルーしかないんだろうな」
ナベとタツヒロの会話を、トシが引き継ぐ。
「まあ、それ以上は今すぐ何も出来ん。その話しはそれぐらいで、ひとまず置いておいた方がいいだろう。ところで明日の予定だが、冬支度の買い物と、グレインの当ての件と、二つか。他に何か用件は無いか?」
「他にか・・・、特に無さそうだが・・・」
「なら明日はこの件で動こう」
そこにナミルが現れる。
「話し合いは終わったかい? 差し支え無きゃ、注文を伺おうか」
「儂は赤の辛口を小樽で、食い物は任せる」
タツヒロが酒を確認する。
「ナミルさん、酒は何があるんだい?」
「ああ、ナミルでいいさ。そうさなあ、白の甘口の樽が昨日から入っておって好評じゃな、あとは白の辛口、赤の辛口、それと少々値が張るが久々のグレンシアエールが二樽入っておるぞ?」
「じゃあ、それ全部小樽でもらおう。食い物はナベ、注文してくれ」
「おい注文してくれったって・・・、ナミル、この店のお勧めは?」
「お勧めか? そうさなあ、今日は雉と猪が入ってるからな、串焼きが旨いぞ?」
「ああ、じゃあ、それをもらおう。あとは適当にナミルにお任せでいこうか」
「分かった、じゃあ、少々お待ちを」
その後、酒と料理が卓に並び、飲み兼食事会が始まる。
ナベなどは、久しぶりに他人が作った夕食を口にし、感慨深く頷くのであった。
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ルロの町のとある屋敷の一室、珍しい組み合わせの二人が酒を酌み交わしながら話しをしている。
「まずは首尾よく行ったらしいな、ルシウス」
この地では、見かける事自体が珍しいオーガの男が、もう一方の人間の男に向かって労いの言葉を掛けている。
「ああ、ウルク。若干、想定していた流れと違ったが結末は想定内に収まった」
ルシウスと呼ばれた男が、ウルクという名のオーガに返答すると、そこにまた問いかけが来る。
「なら、報告にあった者達も特に問題視しなくても良さそうだが・・・。今度の連中はどこへ送るんだ?」
「ああ、考えていたんだが、どうせならエプレリアの先っぽ辺りはどうかなと。あそこならもはや帰還も叶うまいよ」
「まあ、ルシウスがいいならそれでいいが・・・、しかし後三つか」
「ああ、俺の見積もりでは後三つ落とせば、何とか併せて五百を超えると思う。前回のと今回のを併せて三百。後五百あれば、当初の目標のアルゴーの森で八百から千というのを、ギリギリ達成可能だ」
「だがルシウス、前回はまだしも、今回はどうもなあ・・・。あのギーズとやら、あれはまだイケそうだが、部下のケールとやらは曲者だぞ? グルノールもさすがに危惧してたよ。あれは早々に何とかしないと、足を引っ張られ兼ねない」
「ああ、やつな・・・。分かった頭に入れておく。存外ギーズのやつも人望が無かったな。反主流派という存在は、もう少しいるのが普通なんだが・・・、あるいはあの族長の手腕かな?」
ルシウスはそこまでしゃべってから、シャキールに売った獣人達を思い出していた。
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ここは商家が立ち並ぶ地区の裏通り、少々寂れてはいるが人通りは途切れない。
その誰もが気を張って、目に鋭さが見え隠れしていた。
その一角の目立たない商家の地下に、シャキールの裏の事務所があった。
普段はこの上で売れもしない道具屋、シャキール商会を営む主をやっているが、彼の本業は地下の事務所の奥にいる商品の売買だった。
彼を含めて、何件かの奴隷商がルロの町にはいるが、公認の奴隷商の鑑札を持って商売しているのは、その内の一軒だけである。
他はシャキールと同じ、もぐりの奴隷商だ。
元締めからの指示で、先ほど訳アリと思しき相手から商品を受け取っている。代金は格安での引き渡しだったが、少々面倒な条件が付いていた。
『エプレリア半島にて売却せよ』
売却に赴くための路銀まで渡される念の入れように、少々訝しみながらも売却益を考えると請けざるを得ない仕事だった。
「どうにもこうにも、しばらく出かけるしかないか・・・。まあ道具の仕入れの旅とでも言やあ、何とでもなるんだろうが・・・。・・・店は元締めに任せるしかないか」
商品は獣人だった。
ウェストルでは伝統的に獣人が少なく、獣人の奴隷もいつも品薄であった。
しかも今回のは、自分に回ってくる仕事である。
違法奴隷であることは目に見えていた。
(まあ、そうは思ってても口に出さねえのが、裏の奴隷屋の長生きの秘訣だがな)
蛇の道は蛇である。
裏には裏のルートがある。
そこに流せば、獣人四人なら金貨百枚どころか、金貨で二百枚も夢ではない。
降って湧いたビジネスチャンスに、シャキールは嬉しさを抑えられずにいた。
明日は一日中旅の準備となろう。
北周りは遠くなるので南回りで地中海沿いに西進し、地中海西端のボレアス海峡で地中海北岸に渡る。
あとはイオニア海北岸沿いを西へ進めば、すぐに大西洋に面したエプレリア半島に入る。
取らぬ狸の皮算用が止まらないシャキールには、昨日届いたオークと丘ゴブリンを入れてある奴隷蔵から子供のオークが密かに抜け出していたことなど、想像すら出来ていなかったのだ。