49話 ルロの町
対峙するグレインと獣人の脇を、何事もなかったようにすり抜け治療を始めようとするタツヒロ。
「な!?」
タツヒロに向かおうとする獣人を、グレインがハチェットを獣人の足元近くの地面に打ち込んで牽制する。
目を光らせたまま、グレインは獣人に声を掛ける。
「やつは医術師だ。あの二人を助けたいのであれば黙って見ておればよい」
タツヒロの手が光り、その直後に二頭の狼がパタパタと眠りにつく。
そのままタツヒロは治療を始めた。
ケガの度合いはそうでもないが、動きすぎたため血がかなり失われている。
数か所で折れていた骨をつなぎ、裂傷も数か所見つけたのでこれを塞ぐ。
ケガの治療そのものは直ぐに終わり、造血剤を体内に投与して手当が完了した。
タツヒロはそのまま黙ってグレインの所まで戻り、いまだグレインと対峙している獣人に告げる。
「君が守っていた娘さん二人はこれで大丈夫だ。逃げていた事情は特に興味が無い。俺達はやつらを狩りに来ただけだ。後は好きにするといい。グレイン、用事は終わったから車に戻ろう」
「ヒロキの用事が済んだのであれば、これで戻るとしようか」
それらを後ろからじっと見ていたトシが、別れ際に獣人に声を掛ける。
「俺達はこのままあの町へ向かうつもりだが、見ての通り荒事は嫌いじゃない。何か困り事があるようなら、相談に乗るから言ってくれ。我らは三ツ星戦闘団だ」
その言葉が終わるのを合図に、三人は車へと戻る。
マローダーの前では、ナベ達狩り組がレッサー・オーガを全て乗せようと、必死に戦利品のパズルに挑んでいた。
そしてその努力は、トシの『・・・絶界は?』の一言で露と消えるのだった。
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マローダーが走り去るのを確認した獣人は、目を覚まさないもう二頭を優しい目で見やりながら傍らに座り込み、一息付いている。
(しかし、先ほどの術はなんだ? 神法術でもないのに、ケガが治るだと? 考えられん・・・、あれは完全に魔力が使われていたぞ?・・・。しかも後ろのやつらのでたらめな強さは・・・。あの人間、一人で瞬く間にレッサー・オーガ三体を始末していた・・・。いったいあいつらは何者なのだ?)
体は休めつつも、頭の中は先ほどからグルグルと同じ疑問が出ては消え、出ては消えしている。
その内、獣人は気付かずにウトウトとしていたようだが、そのせいでやつらの接近に気付く事が出来なかった。
(・・・ん!?、ああ・・・寝てしまっていたか・・・。これは!? 拙い! 気付くのが遅れた!)
その時、遠くから声が聞こえた。
「獣人君、もはや君等が逃げることは不可能な状況だよ。おとなしくしておくことだ。そうでなければこんな所で命を散らす事になるよ~? その娘等が、だけどね」
最後は笑みを浮かべながらの脅迫だった。
その後ろに居並ぶノール達が構える弓と投げナイフの数が、逃亡の望みを絶ち切っていた。
「貴様あ、何者だ! 我々は約束通り、ちゃんと身代金を用意して三人で確認に来た! それなのにも関わらず、この事態は何だ! 貴様ら、族長をどこへやった!!」
「族長? ああ、彼か。大丈夫、心配は要らないよ。必ず彼とは会わせて上げるからねえ、クックック(奴隷としてな~)」
「くそ! その臭い、覚えたぞ!、人間!」
「おい、全員縛ってシャキールの所へ連れていけ!」
獣人と話していた男は、ノール達に命じるとそのまま踵を返して馬に飛び乗り、町の方に向かう。
「・・・少々邪魔が入ったが無事に獣人達を捕まえることは出来た。ここまでは計画通りだが、・・・やつらは要注意だな・・・」
馬上でそう独り言ちつつ、油断のない目を光らせていた。
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町が大分近づいた辺りで、マローダーを止める三ツ星戦闘団の遠征調査隊一行。
「よし、この辺で降りよう。後は徒歩だ」
そのままマローダーをしまい、町に向かって歩き始める七人組。
話題は先ほどの獣人に終始する。
「グレイン、さっき聞いた話しだと、過去に獣人と知り合ったような事を言っていたが、そうなのか?」
トシが気になってグレインに問いかけている。
「ああ、もう四十年も前になるか。若い時分に気の合う獣人がおってな、そいつと組んでオランタル中を旅していた。町から町へ宛てのない旅、冒険者として稼いでいた時期も長かったなあ・・・。だがそんな生活も十年で終わった。やつは自分の群れの族長となるべく群れに帰り、儂はジャレンの親父さんの所を訪ね、そのまま村に世話になる事になった。それ以来やつとは、ズークのやつとは会っていないが、元気にしていると思いたいもんじゃ」
「それなら獣人だと一目で判ったのも道理か・・・。獣人とは皆、ああいう風に動物になれるもんなのか?」
「いや、そうでもないらしい。ズークが前に儂に自慢してきたことがあったから知っておるが、あの変化は獣化と呼ばれる秘技らしくての、それに目覚めた者は獣人の中でも真祖獣人と呼ばれておる上位種だそうじゃ。中々現れないので、俺は偉いのだと、やつは抜かしておったわ」
「で、グレイン、あそこにいたのは全員そうなのか?」
「ああ、間違いない。全員が真祖獣人であった」
「そんな連中がレッサー・オーガに追われていた・・・、ある意味異常事態だな」
「何か事情が有ったのやもしれぬが・・・、今は言っても詮無き事じゃ。あの気の立ち様では、あの場で話しなぞ出来んかったであろうからのう・・・」
「まあ、うちらの名前は伝えてきた。何かあれば協力するのもやぶさかではないが・・・」
「確かに、ズークに連なるものであればそれもありかもしれんがなあ・・・」
グレインと話し込むトシにナベの呼びかけが聞こえる。
「そろそろ町全体が視認出来るぞ~」
さほど高くない壁で覆われた町で、正面に門が見えている。
町の方角的には北門に相当するはずだ。
時間は四時半を過ぎた辺り、予定通りである。
門に近づくと左右に門衛が立っているが、特に何をしているという事でもなさそうな所在無げな印象だった。
トシがふと疑問を感じ、グレインに確認する。
「グレイン、普通こういうところじゃ、町に入る為の金を取るか、町に入る連中を把握する作業をするかしてるもんだと思ってたが、ここじゃどっちもしないのか?」
「ああ、他の町と違うてな、ここじゃあそういう事はせん。考えてもみよ。ここに来る者の半数以上は森生まれの種族じゃ。森で取れたものを持ち寄り、物々交換していた市がこの宿場町・ルロの起こりよ。なので元々そういう面倒なことはせんのじゃ。さすがに壁で町を覆うようになってからは、門限が出来たがの」
「ほう、そういう起源があったのか。ならば何もしないのも納得だな」
「その代わり町中の売買に税が掛かる。それで町を運営しておるという仕組みじゃよ」
「ほう? 売買に税?」
「この街ではな、店を出すのに登録と税金が必要だ。買い取りだろうが販売だろうが店を出すなら必ず、な。今回の我らの場合、買取の店に売りに行き、販売の店に買いに行くだけじゃからな、登録は必要ない。それぞれの取引の時にその一割を税として持っていかれるだけじゃ」
「なるほどな、事前にいい情報をくれた。感謝するよ」
「それなりにこの街には来ておったからな、知っていることは話しておくさ」
そうやって会話を続けながら、一行は城門をくぐり町に入る。
「さて、まずは持参品を換金せんとの。皮革類は冒険者ギルドに卸すのが定石じゃ。他にも皮問屋は無いわけではないが、ギルドなら買値がしっかりしておるでな。誰でもギルドに持っていくものよ。もう一つの特典もあるからのう・・・」
「特典?」
「冒険者ギルドにおける売買は、免税対象じゃ」
「ほう、なるほどな、そういうのがここにもあるのか・・・。しかも、特典も有りときてる。ならこのままギルドに向かおう」
「分かった、こっちじゃ」
一行は、グレインの案内で冒険者ギルドに向かう。
その道すがらにもグレインからギルドへの入会を勧められていた。
「もし今後も皮を持ち込むのであれば、この機会に冒険者の登録をしておいた方が良いかもしれんのう・・・。登録した冒険者からの買取は若干だが色が付く。匙一杯から池一つ、じゃよ」
「(今のは塵も積もれば・・・のこっちバージョンか?)分かった、ならうちのメンバーは全員登録しておこう」
「それが良かろうな・・・。ほれ、着いたぞ。ここがこのルロの町の冒険者ギルドだ」
作りは地味だが、大きさだけは一線を画す建物、それがこの街の冒険者ギルドだった。
20170511:冒険者ギルドが免税で有る旨の会話を追加