45話 瀕死の避難民
幹部会が終わり、遅い昼食後のお茶も終わった昼下がり、ゴブリン達の村に彼らは辿り着いたらしかった。
それを告げる知らせがメイサに着いたのは、そのもう少し後で、三人がそれぞれ午前の続きを再開しようとしていた矢先だった。
「御三方様、急ぎ村までお越し願えますでしょうか? 少々厄介な訪問者が来ておりまして・・・」
息せき切って走ってきた、哨戒班長のウシワカが困った様子で急を告げる。
直ぐに向かう旨を告げると、お待ちしておりますと一言残し、トンボ帰りで村に戻っていく。
タツヒロの先導で、ゴブリン達の村に向かうとそこには、ウシワカの言う厄介な訪問者と見受けられる集団が、大騒ぎしながら少々緊迫した様子で誰かのところに集まっていた。
三人が村に着いたのが伝わったのか、タダツグが三人を迎える。
「御三方様、ご足労をお掛けして申し訳ありません。ですが、話しを聞くにこの者らを放ってもおけず、お呼び立てした次第です」
「この人達は?」
タツヒロが焦り気味に確認する。
「南東にあるオークの集落に住むオークの一族です。集落が何者かに襲われたらしく、一番近くのこの村まで、ここにいる者達で逃げ延びて来たとか。怪我人も居りましたので、我々だけでは如何ともし難く、お出で頂きました」
その返答を聞くやいなや、タツヒロがオークの群れに飛び込んで行く。
タツヒロの目に入ったのは、怪我人の群れだった。
瞬時に見立てを行い、一刻を争う者が一名、直ぐに治療が必要な者が三名、軽傷者が五名と判断する。
「ハルナガ!、こいつらは敵とか仇とかいう訳じゃ無いんだろ?」
「お、おい! 何すんだ・・・」
「はい、そういった関係ではありません」
ハルナガに関係を確認しながらも、近くのオークを押しのけ瀕死のオークを詳しく見立て始める。
体中の骨が折れ、既に息が荒く浅い。
目に力が無く、焦点も合っていないようで、このまま放って置けば五分も持たずに死にそうだ。
普通なら、延命すら出来ず、そのまま死出の旅に出るのであろうが、ここにはタツヒロがいる。
体全体の活性化のために気を送り、内部で薬剤を作りながら、タツヒロは周りに誰となく問う。
「何が起きてこうなった!」
「あの、あの・・・、あの、あの大きいのが、」
慌てふためく隣のオークの反応に、脇から声が割り込む。
「レッサー・オーガじゃ。やつらに吹っ飛ばされて、運悪く硬い木の幹に突っ込んでな、そこを別な奴に足で踏まれたんじゃよ。逃げてくるのに置いて行けんでな、そのまま連れてここまで来たが、もはや虫の息じゃ」
髭もじゃの小男が、悲痛な顔で答えていた。
「この男の家族はいるか? いたら声をかけてやってくれ。本人の生きる意志が生死を分ける!」
タツヒロはそう叫びながらも、全身の骨をつなぎ、内臓を修復していく。
千本の針に糸を通し続けるような作業を、驚くべき速さでこなしていくタツヒロ。
オークのメスと思しき者が、治療中のオークの傍に寄り添い悲痛な声を上げる。
「あんたあ、死ぬんじゃないよー! 死んじゃ嫌だよお・・・、ねえ、あんたあ・・・」
「君は? このオークの奥さんか何かか? そのまま呼びかけ続けてね? 君の声が届けば、結果が違ってくるから!」
タツヒロがその様子に気付き、声を掛ける。
本人の生きる意志は、医者に取って何よりの治療の後押しなのだ。
そのままメスのオークの叫びを聞きつつ、作業に没頭するタツヒロ。
・・・それからどのぐらい時間が経ったのか、タツヒロの肩が落ち、ふうと一息付く。
「骨は全部つないだ。内臓も修復は終わった。必要な薬剤も投与してある。後はこいつの生命力次第だな・・・。さあ、次だ」
そう言って、次の怪我人に取掛かるタツヒロ。
結局、その後は三十分程で全員の治療を終わる。
オーク達は茫然と、力が抜けた様にその場にしゃがんでいる。
張っていた気が抜けたのだろう、どこを見る事無く、ただただ地面を見つめている。
タツヒロは、話せそうな髭もじゃの小男に詳しく様子を聞く。
「儂は、ドワーフのグレイン。昔、こいつの親父さんに命を拾われてな、その縁でこいつの村で鍛冶屋と大工の真似事をしておった。やつらが村に現れたのは昨日の昼じゃ。突然村に入って来おってな、そのまま村を蹂躙し始めた。片っ端から家々をなぎ倒し、柵を壊し、逃げる人々を喰らいながら、滴の木に向かっていった。幸いにも滴の木は、まだ植え替えたばかりでな、ほれ、そこに持ってきておる。じゃが、それを守ろうとしたレンドのやつがやられてな、その間にその場にいた者達、十数人でこうして逃げるのがやっとじゃった。お前さんが助けてくれたジャレンは、若いながら村長でな、レンドとは親友だったのじゃよ。で、あのジャレンの傍にいるオークがエサニエ、ジャレンの妻でレンドの妹だ」
「それは何とも災難だったな。俺らも一昨日かな?、あのレッサー・オーガとかいうやつと出会ったよ。アイアンボアの縄張りを荒らしに来たっぽくて、アイアンボア狩ってたらそのままご対面だった。五人、でいいのか?、その位だったからそのまま蹴散らしたが・・・。そっかあ、あいつら人喰うのかあ・・・、皆殺しで正解だったな・・・」
そのタツヒロの話しを聞いて、グレインは口を開けながら固まる。
「・・・おいおい、お前さんら、レッサー・オーガ五匹を皆殺しじゃとお? 何でそれで無傷でおられるんじゃ」
「ん? 強いの?あれ」
「知らんのか? 伊達にオーガの名を付けられた訳では無いぞ? 種族としては無関係らしいが、その膂力、体力、体躯は本家のオーガに勝るとも劣らぬ程じゃ。本家とは違って、頭が悪いでな。そのせいでレッサーと付けられておるが・・・、にしても驚きじゃのう。ドワーフでは、あれと戦うなら一匹に五人で組めと教えられておるぞ? それでも勝負としては互角ぐらいなのじゃ・・・」
「そうか、それなりに強いのか・・・」
「それよりも、この村はどうした事だ? ここには二度ほど来たことがあるが、ここはゴブリンの村ではなかったのか? お前さんらのような人間はいるわ、どうやらゴブリンから進化を遂げている様だわ・・・。しかもホブゴブリンではないように見受けられる・・・、!? よもやハイゴブリンか?」
「ああ、そうなったって言ってたなあ。ちなみに、俺らがこいつらの主だ」
そう言ってタツヒロが辺りを見回すと、ナベとトシが消えていた。
「あれ? タダツグ、ナベとトシは?」
「お二方は何でも、ちょっと荷物を取って来る、とかでメイサに戻られました。弘樹様が気付いたら、そのままここで待機しててくれ、との伝言を承っております」
「荷物ねえ、まあいいや、そういう事ならちょっと休憩させてもらうか・・・」
タツヒロはそう言って立ち上がり、タバコに火を点ける。
グレインがそのまま付いてくるが、タバコの煙に目を見開く。
「おい、弘樹とやら、それは水タバコの親戚か何かか?」
「ん? 水タバコあんのか?」
「いや、この辺の文化ではない。東のイストルのとある港町で一度吸ったことがあるが、一口でひっくり返ったわい。儂には酒が一番じゃと、改めて思ったほどだ」
「そっかあ、タバコあるんだあ・・・ウヒヒヒ」
「ああ、タバコの話しはどうでもよい、それよりもさっきの続きだ。もう一度聞こう、ここの者達はハイゴブリンへと進化したのか?」
「ああ、そうだって言ってたよ。何人かはゴブリンロードまで行ったって事だし、間違いないよ。もっとも、そのせいで村、というか拠点を新しく作り直さないといけなくなったけどね」
最後は肩を竦めながら答えるタツヒロだが、ドワーフの目は驚愕の色を浮かべながら、見開かれたままになっていた。