37話 誓いの儀
ナベは薄暗い中、体の痛みを覚えながら目が覚めた。
あれ?っと思い周りを見渡すと、ゴブリン達がゴロゴロと寝ていた。
ある者は酒瓶を抱え、ある者は大の字になり、トシとタツヒロも缶ビールの空き缶まみれになりながら、横たわっている。
次長も、村長も寝ていた。
昨夜はさんざん肉を焼き、ビールを飲み、酔ったタツヒロがウィスキーの瓶を出してきたところまでは覚えてる。
それ以降、今までの記憶がない。
とりあえず、ロケットストーブを取りに行き、火を熾す。
中でサイクロンが見えた事を確認し、天板を付けて鍋をかけ、湯を沸かす。
タバコを吸いながら、そこまで終わらせると、三々五々、起きてくる者たちがいた。
最初に起きたのは、昨日ずっと助手をしていたゴブリンだ。
「おはよう」
声をかけると、ポヤッとしながら挨拶を返してくる。
「・・・おはぁざっす・・・」
まだ、ボーっとしている様だ・・・。
次に起きたのは、タツヒロだった。
「・・・あー、・・・寝てたのか・・・、・・・おはよう」
ナベはタツヒロの備蓄物資から、粉末コンソメを取り出し、昨夜の焼き残りの肉と一緒に鍋にぶち込む。
塩と醤油で味付けし、テーブルに紙コップを用意して、飲めるやつから飲めと告げて助手に任せる。
助手のゴブリンが試しに一口すすると、人が変わったように紙コップになみなみと注ぎ、息を吹きながら飲み干していった。
「おい、コップの数が足んねーから、そのテーブルの上に使い終わったら置いとけよ?」
二鍋の即席スープは、大変に好評の様だった。
続々と起きだしてきたゴブリン達は、スープに気付くと我先にと飲み始め、全員目が覚めたころには、30cm鍋が二つ、ほぼ空になっていた。
「ナベ、ああすると焼き残しの肉も、ちゃんと食えるモンになるんだな。ちょっと感心した」
トシの、方向がずれた賞賛を『まあな~』で聞き流し、タツヒロの、『毒物耐性で何で酔わなくなるんだよ!』という愚痴を、笑っていなしながら自分に確保したスープを飲み切る。
東の空が、だいぶ明るくなってきた。
時間は七時を回った辺りだった。
次長が、村長に耳打ちする。
村長と次長が、揃ってナベを見る。
どうやら、例の話しを始める様子だ。
ナベも、トシも、タツヒロも、黙って頷く。
「皆のもの・・・、これから重大な話しがある・・・。もうちょっと近くに寄って、聞いて欲しい」
「村長として、次長と話し合いをし、長老からもお墨付きを得たので、ここに、一つの大事な決断をするに至った」
「我らは、剣神様のお弟子様であるお三方に忠誠を誓い、我らが主としてお仕えしたいと思う!」
「お三方の意のままに、手足となりお仕えし、我らを配下に迎えたいと申し出て下された、そのご恩に報いるのだ!」
「じゃが、もし不服があれば申してみよ。誰も咎めはせん。我が村の一大事じゃからな、遠慮なく申してみよ」
そこまで一気にしゃべり、言葉を切る。
村長の思いが迸る、そんな勢いの呼びかけであった。
ゴブリン達は、シーンと静まり返っていた。
誰しもが、言葉は分かるが意味が解らない、そんな表情をしている。
ゴブリンである事の苦労は、その身に刻まれている。
昨夜の焼いた肉も、初めて食べた美味しさだった。
ゴブリンに取って、食事は生が当たり前だったので、肉を焼いているのを見て『焼いても食えるのか・・・』と思うほど、火を使う調理をしない。
火は、森に住む彼らに取って、それだけ危ないものだったのだ。
食べられる、と伝えられてきたものを、伝わる通りの方法で食べる。
狩りや採集で頑張ったところで、皆で分け合えば、一人当たりの量など多寡が知れているし、狩場も広げられる訳ではない。
それが、ゴブリンにとっての当たり前だった。
主を得れば・・・、強き主がいれば・・・、もし進化が適えば・・・、それらは全て、見果てぬ夢でしかなかった。
今までは・・・。
一人のゴブリンが声を上げる。
「村長!、本当に俺達は主を得られるのか?」
それを皮切りに、次々と声が上がる。
「お三方のような強きお方が、本当に我らを配下に?」
「次長、あんたが次代を担うんだ。あんたはどうなんだ?」
「本当に、本当にお仕えすることが叶うのか?」
今度は次長が声を上げる。
「お三方より、この話しを最初に承ったのは、実は私だ。私も最初は耳を疑った! お三方の言ってる事が信じられなかった! 我らは弱い、数も少ない、我らを配下にする利が無いと伝えた! だが返ってきた言葉は『そういう事は関係ない、俺らがそうしたいからそうする!』との事であった・・・。・・・私はお三方に賭けてみようと思う! お三方と共に未来を見たい! お前たちはどうだ? 今まで通り、森の中で怯えながら暮らすか? ・・・あのアイアンボアを造作もなく一矢で射殺したのを見て、正直なところ私は震えが走った。だが、恐怖では無かったよ・・・。光が差し込んでくるような・・・、もやが晴れるような・・・、道が開かれていくような・・・、そんな震えだった。私はこの方々にお仕えしたい! その類まれな技の全てをこの目に焼き付けたい! この方々の行く末を近くで見ていたい! 同じ思いを持つ者は私に続け! この場で忠誠の証を立てようぞ!」
次長の言葉が終わるか終わらないか、という辺りからゴブリン達の熱気が、天をも衝く
勢いとなっている。
村長がこちらを向いて膝をつくと、他のゴブリン達も一斉にそれに倣う。
「誠人様、芳俊様、弘樹様。我らはお三方に忠誠を誓いこの命尽きるまでお仕えする所存です」
村長は大きな声で宣言し、頭を垂れる。
それと同時に両手で差し出された短剣を、ナベは受け取り村長の両肩に順番に当て、そのまま下げ渡す。
ナベが初めて口を開く。
「相田誠人だ。お前らの忠誠を俺らは全て受け止める。お前らの敵は俺が倒す! 安心しろ!」
ナベが下がってトシに目で合図する。
一瞬、え?という顔をしながらも前に出る。
「斎藤芳俊だ。誠人が武でお前達を守るように、俺は知恵でお前たちを守ろう! 解らないことがあれば聞いてくれ」
ナベがタツヒロにも目で合図する。
タツヒロは弁えた様に前に出る。
「竜沢弘樹だ。俺は俺の術と弓でお前達を守ろう! 今後ともよろしくな」
その後、またナベが前に出てきて最後を締める。
「後ほど、お前らに名前を付ける。それが終わったら、お前らはまず風呂だ。風呂ってのも後で教えてやるから、必ず入れ。分かったな? だいぶ臭いぞ?」
それを聞いたゴブリン達は、さっきの熱気がそのまま目力に来たかの如く、キラッキラの目をして三人を見ていた。