34話 準備 ~斎藤芳俊のスキル~
トシが思い出したようにタツヒロに話しを始める。
「それでだ、俺もこの時間を利用して、スキルを磨いておきたい。タツヒロ、無尽弓の記憶を見てみたいんだが、いいか?」
「それは構わないが、どうした急に?」
「いやな? 無尽弓の矢の生成過程を確認しておきたいんだよ。創成魔術の仕組みを理解するのなら、今はタツヒロの無尽弓が、一番教材として的確だろうからな」
「そういう事なら、俺も協力させてもらうよ。じゃあ、頭に手をかざしてくれ」
「お、早速始めるんだな? ・・・オッケー」
トシの頼みに、即座に作業を開始するタツヒロ。
トシも準備を開始する。
トシ側
<レイチェル、知覚連携で記憶をもらう。準備してくれ>
<告知 畏まりました、マスター。個体名:竜沢弘樹の執事・ギルマに知覚連携の支援を要請しました>
タツヒロ側
<告知 旦那様、個体名:斎藤芳俊の秘書・レイチェルよりアビリティ・知覚連携への支援要請を受けました。記憶の再生時の情報の詳細化と精密化で知覚連携の支援を開始します>
<ああ、頼むよギルマ>
トシ側
<告知 マスター、双方の支援準備が完了しました。これより知覚連携を開始します。個体名:竜沢弘樹側の執事・ギルマに記憶の再生を要請しました>
<告知 受託されました。記憶の再生が開始されます>
<レイチェル、再生された記憶情報から、魔術の発動に関する情報を分析鑑定してくれ>
<告知 了解しました。記憶隷属への直接転送と同時に、分析鑑定された結果も記憶隷属へ送っておきます>
<告知 ・・・>
<告知 記憶再生が完了したと執事・ギルマから連絡がありました。これで知覚連携を解除します。お疲れ様でした、マスター>
<ああ、レイチェルもお疲れ。ざっくりと、転送中の記憶を覗いてたが何となく見えたかな? あとは分析結果見る他ないが・・・>
<告知 マスター、分析鑑定した結果の、記憶隷属への転送が完了しました>
<分かった。ふむ、はるほど、解ったぞ!。仮想転換炉の起動方法というのか、起動術式?の詳細がやっと理解出来たな。これでマナから魔力へ随時変換できるようになる、つまり魔術が行使可能になる訳だ。っていうか、改めて確認したけど、マナって体内でこうなってるんだなあ・・・、初めて知ったぜ。外部からマナを取り込んで、多段増幅かけて外部に放出して、内外を循環させてるのか・・・、結構面倒な事してるんだな。ん?、マナの流れがこういう仕組みになってるという事は、あの術適性ってのは、仮想転換炉の転換率というか入出力比というか、そういう数値になる訳か、なるほどな。色々と解ってきた。これで魔術が使えるようになってれば、完璧なんだが・・・、レイチェル、どうだ?>
<告知 はい、マスター。スキル:魔術が顕現しております。派生アビリティとして、攻撃魔術、防御魔術、付与魔術、創成魔術、複製魔術、魔力感知、魔力遮断、魔力共有、魔力妨害を獲得しました。おめでとうございます。また、単独アビリティとして、アビリティ・マナ感知を獲得しました。これに伴い、スキル:心眼が顕現しました。これにより、単独アビリティの、気配感知、魔力感知、精霊力感知、法力感知、マナ感知はスキル:心眼の派生アビリティとなります。>
<よし、魔術が顕現したか! これで、タツヒロにだけ魔術の負担が行かずに済むな>
「タツヒロ、お陰様で、なんとか魔術が使えるようになった。それと心眼とかいうスキルも手に入れた。スキルを磨くまでには行かなかったが、使えるスキルが増えたのは重畳ってやつだ。術適性通りの働きを期待しててくれ」
協力してもらったタツヒロに、まずは報告する。
掻い摘んでスキルの説明をし、アビリティもざっくりと報告した。
ナベもタツヒロも手放しで喜んでいた。
「おお、すげえじゃねーか。さすがトシだよ、期待を裏切らない男だ」
「俺もそうだけど、トシも魔術獲得はあっさりだったね。不思議なもんだよね」
「タツヒロ、その辺は術適性と関係あるかもな。適性高い術は顕現しやすい、とかあるかもしれねえし」
「ナベは精霊力と霊力特化、俺は魔力と精霊力、霊力のバランス型、トシは魔力特化で精霊力と霊力がちょぼちょぼ。それで考えると、ナベに魔術関係は厳しいのかもな」
「その辺は、俺も二人に任せる気満々だから、よろしく頼むよ。俺的には脳筋要員で充分だしな」
ガハハと笑うナベの、諦めと言うか、丸投げと言うかの宣言を聞いた後、トシがふと考える表情をする。
「そういやさ、ゴブリン達ってスキルとかアビリティとかは、持ってる、或いは持ち得るもんなののかねえ」
「あー、それな。もし、今アビリティとか持ってないのがさ、持てないのか持つ機会がなかったのかじゃあ、天と地ほども違うからなあ・・・」
「俺個人は、今無くても、いずれ持てればいいなと願ってるよ」
「その辺もどっかで聞いておこう」
「いや、トシ、ここにいるじゃん。次長さんの娘」
「あ・・・、声とかしないからすっかり頭から抜けてた・・・、ごめんごめん」
「あ、そんな謝らないで下さい。ジッとしてましたし・・・」
「それで、どう? 話しは聞こえてたと思うけど、ゴブリンってスキルとかアビリティとかは持てるもんなの?」
「うーん、その辺の詳しい話しは次長や村長、あるいは長老辺りなら判るかもしれません・・・。ただ、聞いたことが無い類の話しなので、まったく判断が付きません。願わくば持てればいいなとは思いますが・・・」
「その辺りは、村に帰ってからでないと判らんだろうから、詳しくはその辺のメンバーが集まれるタイミングで、だな」
「だな」
「それでいいよ」
ナベの確認に、トシとタツヒロが賛意を表す。
それを確認して、徐にタバコに火を点ける。
一服して、思い出したように、ハッとトシを見てナベが話しを始める。
「トシ、大事な話しがあるんだが、いいか?」
「何だナベ、改まって」
「こいつを魔術で複製できるか?」
そう言って渡したのは、ナベが予備で持っていた未開封のタバコだった。
眉根を寄せ、キリッと表情が引き締まるナベと、それを見守る厳しい顔のタツヒロ。
そしてそれを受け取る、半目のトシであった。
「・・・、はいはい。これな・・・。まあ、やってみるから」
まったくやる気の感じられないトシの言動に、ナベは茶化すこともなく、
「頼んだぞ!」
と、まるで今際の際の秀吉が家康にするかの如く、トシの手を取って力強く握っている。
(あれ? ナベのやつ、マジだ。茶々すら入れねーとは、こりゃよっぽどだな。タツヒロもすっかり同じ風だし・・・。まあ、煙組に取っちゃ死活問題ってのも、あながち判んねー話しでもねーからなあ・・・)
「とりあえず、試験だから。やってみるだけだから、期待すんなよ? ダメならそのとき方法を模索してみるから・・・」
タバコを受け取り、どっかりと腰を下ろし、タバコを目の前の地面に置いて、トシは複製魔術を使ってみる。
タバコを置いた地面の隣に、どこからともなく白いもやが集まり始め、それがだんだんと四角い形を取っていく。そして表面の模様まで同じように形取られたそれは、最後に淡く光って、もやと輝きが収まる。
タバコが出来ていた。
「それで出来たと思うが、まずは吸ってみてくれ」
その声を聴いて、出来たタバコを恐る恐る手にした途端、ナベはクシャリとタバコを潰す。
苦も無くつぶれたタバコを見て、トシの顔が固まる。
「ナベ、その吸いかけのタバコ貸してくれ」
新しいのを一本箱から取り出し、匂いを嗅ぐ。
今度は、トシの顔が本気の顔になっている。
さっきのは、結局見た目だけが複製されたっぽい。
これではダメだ、再現度が低すぎる。
トシの集中が研ぎ澄まされていくが、それはトシにしか判らない。
ナベとタツヒロは先ほどと同じ様に、厳しい表情で見守っているだけだ。
魔術適性から言っても、術自体が使い物にならないのは己の自己責任だ。
素質が無い、という言い訳は通用しない。
それ故に、このレベルの些事であれば、失敗は許されないのだ。
先ほどは、そこまで覚悟が至らなかった・・・。
『たかがタバコ・・・』なのだが、“一事が万事”になってしまっては拙い。
再度挑戦するトシの頭の中に、今度はタバコがイメージで構成されていく。
寸分の狂いもなく、中身も二十本で葉はみっちり、キャラメルパックも完璧だ。
そのまま、複製魔術を実行する。
先ほどと同じ様に、いずこからか白いもやが現れ、形を成し、四角い箱になっていく。
また淡く光って、魔力が収まる。
「これでどうだ」
トシがさっきよりは自信を込めて促す。
「分かった、まずは吸ってみよう」
ナベが最初にトライする。
タツヒロは、ナベの次に続く事にした様だ。
キャラメルパックを剥き、蓋を開ける。
しっかりと詰まった20本のタバコを確認し、その内の一本を手に取り、香りを確かめる。
「うむ」
短く頷き、タツヒロとトシの目を見た後、ゆっくりと火を点け、息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
「・・・うむ、いつものだ」
サムズアップで出来を伝えるナベ。
トシにも新しいのを一本渡して、味を確認してもらう。
「ああ、申し分ないよ」
タツヒロも、煙と共に、短いが思いの詰まった返事をする。
「編成魔術は思った以上に奥が深い、あとは練習あるのみだな。まだまだ咄嗟に出せるレベルには至っていない。魔術の精度もどういう状態かよく判ったしな。しばらくはタバコ増やしながら精進するよ」
「おお、そりゃ有り難い訓練だ」
「トシー、俺のもタバコも頼むね~」
トシのこれ以上ない申し出に、喜々として応えるナベとタツヒロであった。