33話 渡り人である、という事
タツヒロの頭の中に、ギルマの声が響いてくる。
<告知 旦那様、狩人見習の派生アビリティ・弓術基礎が弓術に上位変成致しました。おめでとうございます>
<アビリティ系の話題をギルマから聞くの、久しぶりな気がする。っていうか勝手に変成した?>
<回答 旦那様、見習が語尾に付いたスキル、及びアビリティの上位変成は自動実行され、見習が削除されます>
<おお、そういう事か。これで、晴れて、まともな弓術持ちだな>
<告知 はい、旦那様。ご精進遊ばされましたな>
思わず、一緒にタバコを吸っていたナベに自慢する。
「ナベ、ついに弓術から見習が取れたよ。イェーイ! レッサー・オーガが効いたかな?」
「何だとぅ? 俺も負けてらんねーな。料理人の見習、早く無くさねーと、やべぇなこりゃ」
トシも耳聡く、タツヒロに声をかける。
「やったじゃねーか! いいよなあ、タツヒロとかナベはさ。俺の兵法家見習って、何をどうすりゃあいいのか、イメージすら湧かん!」
トシの悩みに、意外と律義に反応する二人。
「うーむ、確かに兵法家って言われてもなあ・・・。集団戦でも起きなきゃ、使いようの無いスキルだよなあ・・・」
「うーん、俺もナベも、何すればいいか、ある意味解りやすいよね。トシはその辺がちょっと微妙だよね」
会話が、考えてもどうしようもない方向に向かいかけているのを察して、トシが話題を変える。
「まあ、その辺は後で追々考えるけど、それよりもちょっと提案があるんだが、いいかな?」
「ん?」
「提案って?」
「そもそも、ここでじっとしてる目的ってさ、獲物の冷却じゃん。それが出来る処を、近場で何とかしないと、獲物取るたびにイチイチ川岸まで来るってのは、無駄の極みだと思わないか? それなら、森を開いて、穴掘って、板を敷けば水槽的なものが完成しねえ? そこにコテージから水流せば楽勝じゃん」
「ああ、なるほどな。確かにコテージの近くなら、運ぶのも解体も、何かと便利だよな」
「水槽かあ・・・。伐採した木で板作れば、何とでもなるんだったね。でも板って、どうやって作るんだ? トシ、何かいい方法ある?」
「その辺の細工は、俺の方で何とかする。チェーンソーを固定して、そこに真っ直ぐに当たるように、材木を載せて動かせる台車を作れば、板は十分に量産可能だ。明日は狩りは休んで、住環境、作業環境の整備に充てるか。あ、でもさ、さっき俺らが行った辺りを、タツヒロに見てきて欲しいんだよな。それなりに薬草類があったぞ?」
「お、そう? 俺も、狩りの途中に見つけたやつがあるし、面白いものも見つけたよ。ナベが喜びそうなもの」
「俺が? 料理系か?」
「胡椒があった。ゴブリン達は腐り止めの実と言ってたけど、これって胡椒じゃね? 鑑定的にもそう出てるんだが・・・」
「ああ、タツヒロ、これは胡椒で間違いない。俺らの方は岩塩も見つけたし、調味料が増えそうで、何よりだよ」
そのまま三人で、今夜のメニュー談義を続けていると、ゴブリンの次長が来る。
「皆様、まだ時間がありそうなので、森で採集してきます。申し訳ないのですが、その間、娘をお願い出来ますでしょうか?」
すぐにタツヒロが答える。
「こっちも、一度、様子が見たかったし、置いてってくれていいよ」
「すみませんが、よろしくお願いします」
ペコリと礼をして、次長が森に向かい、娘が一人残される。
「どれ、一度治療したところを見てみよう。そのまま脇を見せてくれ」
「・・・はい」
言葉少なに答えるのは、改めて傷を見せるのが恥ずかしくなったのか、ナベとトシがいて緊張してるのか、或いはその両方か・・・
タツヒロは、そんな反応はお構いなしに傷口だった処を見分し、脈を取ったり、手をかざして、目を瞑ったりしている。
「よし、問題はなさそうだ。血液量も八割方は回復したし、傷口だった処も申し分ない回復だ。それ以外は特に悪そうなところもない。このままゆっくり休んでいれば、帰りまでにはほぼ回復するだろう」
「ホントですか? 良かった~。・・・さっきのケガは、さすがに死ぬと思ってました。あんなに血を流したの初めてだったので・・・。今までは・・・、さっきと同じように血が流れるケガをした仲間達は、全員助からなかったです。タツヒロ様・・・、ありがとうございました。タツヒロ様は、命の恩人です」
「いや、いいんだよ。君が助かったのなら、それでいいんだ。それにね、こっちも必ず助けられると思ってやれてた訳じゃないんだ。正直なところ、五分五分だったんだよ。君のお父さんにも話したけどね、あれが一番最初の術だった。だから、上手くいって、こっちもホッとしてるところさ」
「それでも、私は助かりました。私にはそれが全てです」
「ただ、今後は気を付けるようにね。今回は偶々、俺が近くにいたから良かったけど、誰もいない処で同じ目にあったら、今度は助からないからね?」
「はい、それは肝に銘じます。もっと体を鍛えて、弓を習って、しっかりと生き残れるように鍛錬します!」
「そうそう、その意気だ。同じケガは二度としちゃいけないよ?」
「分かりました」
そこで、ナベがふと会話に入って来る
「ちょっといいかな、次長の娘さん。ずーっと君たちを見てて、不思議だったことがあるんだよ。君たちは名前を呼ばずに、どうやってお互いの区別を付けてるのかな? どうも誰も名前を呼ばないので不思議だったんだ。名前を隠してる理由があれば、教えてくれ。もちろん、差し支えなかったら、だが・・・」
「我々は名前を持ってません。我々の間なら、名前が無くとも不自由しないので、ずっとこのままです。もちろん、名前を頂けた場合は、その限りではありませんが・・・」
「名前を頂く?」
「はい、我々に取って、名前は主より授かるものなのです」
「ほう?」
「主に忠誠を捧げ、その見返りとして、名前をもらう事があるのです。それ以外では、人間やエルフの様に自分達で名前を付けることはありません。ただ、名付けは主にも負担が大きいため、滅多に行われるものでは無いと聞いております。故に、名持ちというのは、それほど多くはないのです」
「なるほど、そういう世界か、ここは」
次長の娘の話しを聞いて、一人納得するトシ。
(となると地力の低い種族ほど、名持ちは厳しいってことになるのかな? 確かにそういう状況だとゴブリンじゃあ厳しいか・・・)
トシの思案を、タツヒロの思い付きの一言が打ち破る。
「なるほどねえ。状況は分かったけど、こっちも他のゴブリンとの区別を付けるのが、大変なんだよねえ。弓を習いたいんでしょ? 俺的には、名前で呼べた方がはるかに楽なんだよなあ・・・。でも、この子だけ名付けをするってのも、それはそれで憚られるというか、何というか・・・」
「分かった、タツヒロ、次長さん来たら話してみるけど、俺らが主になるでいいんじゃね? あっちが不服なら話しは別だが、このまましばらく俺達ご近所さんなんだろ? 俺もタツヒロが感じる不便さは、ずっと感じてたんだよ。『そこのゴブリン君』とか呼びかけたら、全員返事しそーだしさ。だからさ、この際、面倒だから全員に名前付けて、それぞれ呼び分け出来るようにしようぜ」
「まーた始まったよ、ナベの悪い癖。“悪ノリ、アーンド、細けーこたぁいいんだよ”作戦。おい、タツヒロ、これっていつもの悪い癖のパターンだからな? ナ~ベ~、お前、面白そうだからいいや、とか思ってるだろ!? 違うか? よく、それで何年も、刑事やってこれたよなあ・・・ったく」
「そうは言うけどよ、トシ、気の毒だと思わねえか? 主を得たいが、非力で寿命も短く、将来に渡っても望みは薄そうと来たもんだ。『忠誠の価値が低い』ってのは、ちょっと俺的に身につまされる一言だったよ・・・。だったら、そんな奴らを部下に持つ、物好きがいても良いじゃねーか。どうせ俺らも、この世界じゃ外様だからな。気にする事は何もねーよ」
「トシ、ナベがこうなったらどうしようもないのも、充分知ってるだろ? ま、あきらめるんだな。今回の件に関して言えば、俺はナベに賛成だしな」
「まあ、俺だってそれほど反対って訳でもないんだがな・・・。この状態のナベの主張を黙って認めるのが、多少癪なだけで・・・」
「よし! なら、決まりだな。次長戻ったら、俺から言ってみっか・・・」
思わぬ話しの流れに、イマイチ付いていけない次長の娘であったが、話しの内容を反芻して、悪い話しではなかったなと確認している。それどころか、悲願の達成が可能になりそうな今後の展開に、密かに期待を寄せていた。