32話 ゴブリンである、という事
休憩中に、ゴブリンの次長がタツヒロに話し掛けてくる。
「タツヒロ様、少しよろしいですか?」
「ん? どしたの?」
「先ほどの件です。先ほどは娘をありがとうございました。我々は所詮、力の弱い草ゴブリン。あの状況で、お助けいただけるとは思わず、感謝の言葉をお伝え忘れておりました。我らは、忘恩の徒ではございません。改めてお礼申し上げます。ありがとうございました」
「いやいや、いいっていいって。俺自身も助けられるかは五分五分だったし、気にしなくていいよ」
「そういう訳にはいきません」
タツヒロと次長が話してる内容に興味を持ったのか、トシが会話に混ざってくる。
「次長さん、何かあったの?」
「実は先ほど・・・」
ゴブリンの次長は、先ほどの顛末をトシに語った。
その術が、あり得ないことに魔力を感じた事も併せて。
「神法術にはそういう力があると聞いておりましたが、魔力にそのような力があるとは聞いておりませんでしたので、何が起きたか解らぬまま娘が治っていたのを、呆然と見ておりました」
「まあ、話すと長くなるのでこの場では言わないが、タツヒロは回復魔術の創始者だ。その施術の第一号が、娘さんという訳だ。これは自慢してもいいだろうな」
「はあ、何とも実感が湧きませんが、大それた事だというのは何となく理解しました。それでタツヒロ様、先ほど娘が申しておりました、弓を教えていただく件とは?」
「ああ、その話しか。さっき突然言いに来てさ。まあ、本人も弓持ってたし、俺が師匠に教わるときに近くにいるか、何なら一緒に教わってもいいんだよ。習いたいのなら習わせてやろうかなと。それだけさ」
「そういった話しでしたか。・・・実は、我らの様な者に取って、主を得る事は悲願であり、特に強き主は、本当に得難きものだと聞かされ、育ちました。また、我らですら進化に至ればその力も、寿命も、飛躍的に伸びるとされています。その進化のカギを握るのも、我らの仕える主の存在なのだとされています。どういった意味合いなのかは、それを伝える長老たちですら、もはや判ってませんがね」
最後に肩を竦めてみせる次長だった。
それを聞いて、ナベも会話に混ざってくる。
「そういう事なら、早くそういう主を見つけるのがいいんだろうが、次長さんらは見つけたのか? 何となくそうではないような雰囲気だが・・・」
それを聞いて、次長はバツの悪そうな表情を見せながら、答える。
「もちろん、見つけられればそれに越した事は無いのですが、如何せん、我らは弱く、知恵も回りません。我らが誓う忠誠の価値は、余りに低いのです。娘も、せめてその価値が少しでも上がればとの思いで、弓を習うと考えたのかもしれません」
「ああ、そういう事かあ。確かにちょっとだけ背も低いなあ・・・」
最大のお世辞込みで身長を評価するナベだが、成功したとは言い難い。
こういう世界で、よく物語に登場するドワーフより、更に小さいとされているのがゴブリン達だ。
そもそも次長でも、その身長が140cmは無さそうである。
先ほど助けた次長の娘なぞは、そもそも人間の子供ぐらいしかない。
これで、痩せ型のこの体格では非力と言わざるを得ない。
「それでも我らは剣神様のおかげで、結界を張れました。結界のおかげで大過なく、この五十年、過ごせていると聞いております。感謝してもしきれません」
「ん? 四代前の村長が五十年前?」
「我らは、寿命が三十から四十年年ほどです。まあ、長い方ではありませんな」
トシの疑問に、次長が回答し、そのまま言葉を続ける。
「このような弱さでも、死なずに狩りが出来る方法の一つが、弓なのです。娘が教えを請うたのも、タツヒロ様の弓に、可能性を見出したからでございましょう」
「まあ、確かにアレの真似が出来れば、この世界じゃ無敵だよな〜・・・」
ナベが、木々をぶち抜いていった、無尽弓・爆穿の威力を思い出しながら、タツヒロに茶々を入れる。
「まあ、さすがにあそこまでは無理だとしても、ある程度の基礎的な部分までは教えられると思う、けどいいの?」
「娘はやる気満々でしたよ」
「なら、いっか? あとで師匠にも聞いてみよう。俺の弟子にして妹弟子でもあるのか・・・」
その時、突如ナベが立ち上がり、声を荒げる。
「敵だ!、でかいのが来る! 数は4、いや5だ! 全員、木の陰に退避!!」
そう叫んで、刀を抜き、鞘を手の内に消す。
「トシ!、ゴブリン達の避難を先導してくれ。タツヒロはあの徹甲弾を準備だ。四の五の言ってられないぞ! タエ!、出番だ!」
「はい!」
その指示の後、アイアンボアの数匹が、こっちにやって来るのが判った。
ナベは、それには目もくれない。
当のアイアンボアも、こちらには目も向けないで、脇を駆け抜けていく。
それを視界の隅に確認しながら、タツヒロが、ナベの少し後ろで弓を構える。
「五つだな。俺にも判った・・・。確かにデカいな。じゃあナベ、俺は弓ってことで先に行かせてもらうよ・・・。お前ら! 耳塞いでろよ!? 行くぞ! 無尽弓・爆穿!」
あの、試運転の時と同じように、矢が放たれた後、一瞬の遅れで爆音が響き、木々の間を真っ直ぐに突き進んだ後、デカいのの気配が三つ消える。
「あとはよろしく~」
そう言い放って、ナベの後ろから森の中へ撤退していくタツヒロ。
それと同時に、タツヒロが開けた視界に大男と言っていい人影が二つ、姿を現す。
上背が2m半を超えた辺りに見えるが、それだけではなく体格が横にも大きい。
力強さだけは、ヒシヒシと伝わってくる。
それが、のそりのそりと早歩きぐらいのペースで、こっちに向かってくる。
仲間が倒された事を理解して、なおかつこっちに向かってきているという事は、多少は知能がある証拠なのだが、この場合は、本能に従って逃げるべきだったのだ。
ナベが、それまでだらりと下げていた刀の切っ先を正面に向け、そのまま霞に構える。
そして、その相対する距離が5mを切った辺りで、ナベが消える。
「悪いな、こっちも死ぬわけにはいかねーんだよ」
その呟きは、デカいのの後ろ側から聞こえてくる。
それと同時に、首が二つ、コトリと落ちた。
「終わったぞ~」
ナベが、刀を振りつつ手から鞘を出し、そのまま刀を納める。
特に血で汚れたところは無かった。
三々五々、木陰に避難していた連中が戻ってくる。
トシが労いがてら、ナベに報告に来る。
「お疲れ、ナベ。こいつらだがな、レッサー・オーガというらしい。オーガとは似て非なるものだそうだ。マナ溜まりから発生したり、極稀に群れを作って繁殖したりしているらしい。反応が五つという事は、群れ未満と言っていいだろうな。群れに昇格する前段階、ぐらいじゃないかな。まあ見た目通りの連中だよ、知能が低く、膂力はそれなりにある。集まると厄介らしいが、ナベとタツヒロにかかったら、そいつらが気の毒に思えてくるぐらいだな。ま、いずれにせよ、休憩継続だ」
「そういう事だ。休憩再開~」
そう言って、ナベはタバコに火を点ける。
今回もタツヒロは付き合う様だ。
「あと2時間くらいか?」
ナベに聞かれた残り時間をタツヒロが答える。
「だな、そんな感じだ」
時間をカウントしてなかった、とは言えないタツヒロであった。