30話 回復魔術
巨大な獲物を前に、タツヒロは仕方なくスマホを取り出し、ナベに連絡を取る。
『もしもし、どうしたタツヒロ、何かあったか?』
『いや、何かっていうか、獲物が持てないっていうか、そういうことが起こった』
『は?』
『いやさ、仕留めたのはいいんだけどさあ、とてもじゃないけど持てねーって、こんなの。ナベ、こっちに取りに来てくれね? 絶界なら苦も無く持ってけるはずだろ?』
『まあ、絶界の中に入れちまえば関係ねーしなあ。分かった、このままそっちに向かうから少し待っててくれ』
『了解』
これで、この大物を運ぶ算段は付いた。
後は、ナベが来るのを待つだけだ。
「次長さん、聞いての通り、運べる奴が来るまでここで待つことになった。休憩という事でどうだろうか?」
「そうだな、こっちもどうやって運ぼうか思案していたが、それなら待つことにしよう。みんな、少々休憩だ、この笛が鳴るまで採集しつつ体を休めろ」
「さて。次長さん、俺はタバコを一服してくるよ」
「了解した。では後程・・・。お前ら、この辺には確か、“腐り止めの実”が生えているはずだ、少し集めてこい。今日の獲物に見合った量だ、それなりに必要だぞ」
次長の指示を背中で聞きながら、タバコを吸いに行くためゴブリン達から離れようとした矢先、村まで連れてきてくれたゴブリンが小走りで近寄って来る。
「あ、あの、タツヒロ様・・・、さ、先ほどの弓の技、か、感動しました! アイアンボアを仕留めたの、生まれて初めてこの目で見ました! もし良かったら、こ、今度、弓を教えて下さい!」
それだけを一気にまくしたて、そのゴブリンは走り去っていった。
返事をする間も無かったタツヒロは、苦笑いを浮かべて頭をかくが、どうせまた会うだろうし返事はその時にしようと、そのまま一服しにゴブリンから離れた所へ向かった。
二本目のタバコに火を点けると、近くにゴブリンたちがやって来て、何かの実を結構な勢いで取っている。
ふと興味がわいて、タツヒロは思わず声を掛ける。
「なあ、そのさっきから採ってる実って、何の実なの?」
すると、声を掛けられたゴブリンが緊張した面持ちで答えてくる。
「ああ、これは“腐り止めの実”です。アイアンボアが捕れたので、その肉の腐り止めに使うんです」
「へえ、何それ、そんなのあるんだ」
興味を引かれたタツヒロが、その実を確かめる。
(あれ? この匂いって胡椒だよね?・・・。鑑定でも胡椒になるな。この辺に胡椒って生えてるんだ・・・)
「この実って、俺も採ってもいいのかな?」
「あ、構わないと思います」
「俺たちの、って訳でもないしなあ・・・」
消極的な許可、らしきモノをもらったので、タツヒロもそれなりに採りまくる。
ナベが来たら、こいつらも一緒に持って行ってもらおう。
胡椒らしきやつの、すぐ近くの草も目に留まる。
(ん? 薬草? オランタリア・リングベル、回復薬系の材料・・・か さすがに日本名は出て来ないか・・・ 乾燥させれば長期保存が可能とあるな、こいつも少し採って行こう・・・)
森の恵みの恩恵を享受していると、ゴブリン達の方から悲鳴が聞こえ、辺りが騒がしくなってくる。
何かが起きたと悟り、タツヒロも声のする方へ向かう。
見ると、さっき話しかけてきたゴブリンが、脇腹から血を流して倒れている。
そのそばに次長がおり、血を止めようとしているが、患部を押さえているだけで、医療的知識は皆無の様子だった。
急ぎ、次長のそばに駆け寄り、後を引き継ぐ。
「次長さん、どいてくれ。俺がやる」
インターンで、急患の当直をこなした経験が思い出される。
あの時とは、技量に大きな差があるはずだ。
大声で周りにケガの原因を聞く。
どうやら、ふざけていた拍子にこけたら、その脇にそれなりに鋭い“切り株の切れ端”があったらしく、そのまま脇腹に刺さって貫通したらしい。
それを抜いてしまったので、症状が悪化したようだ。
タツヒロは、素早くゴブリンのケガの状況を見立てる。
傷自体は致命的ではないが、出血のペースが不味い。
急ぎ、出血個所を特定して出血自体を止めねば、命取りになり兼ねない。
ゴブリンの状況に集中しだすと、体内の状況が手に取るように頭に浮かぶ。
出血場所も簡単に分かった。
ここを止めて、傷を塞いでいくだけだ。
そう考え、頭に過程を描いた瞬間、それが魔力によって実行されていく。
血管の破損が元に戻り、体内組織の断裂も修復されていく。
消毒も忘れずにしないと、と思っていると、傷口だった箇所の周りがぼんやりと光り、そして消えていく。
もちろん、魔力で再生された箇所に対する拒否反応らしきモノは皆無だ。
あとは、失った分の血液だなあ、と考えているとゴブリンの体全体が淡く光りだし、体内の血液量がじわじわ戻り始めている。
魔力が発動した際に、手先がほのかに光を帯びていたのだが、治療に夢中なタツヒロは気付いていない。
タツヒロ以外、周りのゴブリン達は、全員気付いていた位なのだが・・・
いずれにせよ、危機は脱した様だ。
落ち着いたゴブリンに、タツヒロが笑顔で声を掛ける。
「ダメだなあ、気を付けないと。弓を習いに来るんだろ? ケガはもう心配ない。少し安静にしていれば、歩くだけなら可能になる。そのまま村に戻って二日、三日は静養だ」
「・・・はい、ありがとうございました・・・」
さすがに今は、礼を言って、ペコリと頭を下げるのがやっとの様だった。
タツヒロは気にするなと言い残し、その場を離れる。
先ほど、休憩していた辺りまで戻り、今度は座ってタバコに火を点ける。
(あれが回復魔術か・・・、考えた通りに体の状況が変わっていくのはすごかったなあ。これって見立てが正確なら、開腹手術必要無さそうだなあ。傷が付かない手術なんて、想像だにしなかったなあ・・・)
そんなことを考え、ぼんやりしていると、ナベから着信が入る。
『間も無く、そっちに着きそうだぞ。やっとゴブリン達を目視出来る処まで来た』
『了解、待ってるよ』
スマホの終話を押して、タツヒロは会話を終える。
そのまま、ゴブリン達の方へ向かい、間もなく仲間が到着するので、出発に備えて
欲しいと伝える。
ゴブリン達が今日の収穫をそれぞれの手に持ち、集まってくる。
今日一番の獲物、アイアンボアの周りに全員集まったところでナベたちの声が聞こえる。
「タツヒロー、ずいぶんと大漁だったなあ」
タツヒロも大声でそれに応える。
「おおー、これが言ってたやつだー」
そのままアイアンボアの所まで来たナベは、タツヒロの戦果を確認する。
「これの頭を一撃か。大したもんだ。見習取れるのも、すぐかもな」
「アイアンボアか・・・。普通のイノシシの何倍だこりゃ・・・。肉は旨いらしい、期待してるぞ、ナベ」
「ああ、夕飯が楽しみだ。どれ、まずはこいつをしまうか」
そう言って手を当てると、フッとアイアンボアが消える。
もう一頭の方に近寄り、同じように手を当てると、それもまた音も無く消える。
「よし、戻るか」
ナベの掛け声で、全員が歩き出す。
ゴブリン達の顔は、タツヒロの弓技を見た時と同じくらい呆然としていたが、若干の呆れ慣れを感じさせる表情だった。