3話 界渡り 1
最初に気が付いたのはナベだった。
警察官として、他の二人よりしっかりと体を作ってる、のが関係しているかどうかは判らないが、一人だけ目覚めたナベが、その体をゆっくりと起こす。
周りを見渡すと、幸いにも二人共すぐ近くで、自分と同じように横たわっていた。
だが、周りの様子は一変している。
何というか、まるで“暗い舞台にピンスポットが上から当たる”ように床?が明るく、白くなっている。
床、とは言っても材質は見当もつかない。
ナベの記憶に照らしてみて硬いので、床?と思ったが触った事がない感じの触感だった。
周りはとにかく真っ暗、遠くに何があるのか全く判別が出来ない漆黒だけがそこに有った。
そんな状況に呆然としていたナベだが、ふと気を取り直し二人を起こしにかかる。
「おい、トシ!、タツヒロ!、大丈夫か? おい! おい!!」
二人に呼びかけ、ゆすりながら起こすとナベと同じようにゆっくりと目を開き、体を起こし始める。
「ん? ナベ・・・ なんだ? これって・・・どうなってるんだ?」
「あっ、ああ、ナベか・・・。ここは・・・。ナベ!、俺達に何が起きたんだ? ここは何だ?」
口々に周りの様子に疑問を投げかけ、ナベにも確認していく二人。
その二人に答えようと口を開く。
「ああ、何かよく判らん。ここがどこかも判ら・・・!」
その返事は、ナベが4人目に気付いたことにより中断を余儀なくされる。
ナベの答えが止まったことに気付き、二人が問いかけようとしてすぐにその原因が判った。
そこに、ナベが気付いた4人目がいたのだった。
それは白髪に白髭の、杖を持った老人だった。
「ふむ、やっと全員気付いたようじゃな。さすがにこちらで起こすのも気が引けてのう・・・ 起きるのを待っておったのじゃよ」
老人は三人の前にどっかりと腰を下ろし、そう呟いたのだった。
さすがに三人とも言葉が出ない。
何が起きているのか、理解が追い付かないのであるから、当然と言えば当然か。
それを無視して老人は更に言葉を続ける。
「まずはそなたらに詫びを入れねばならぬ。それと併せて、判っている限りの状況も説明しよう。よいかな?」
三人には否やも応もない、それぞれに相槌を打つ様な答えを返すのが精一杯であった。
「あ、ああ・・・、お願いします」
「そうですね、まずは、何が起きているのかを教えて下さい」
「一人もケガとかはしてない様ですが、いったい何が起きたんですか?・・・」
それぞれの返答を聞いて老人は深刻そうに言葉を続ける。
「まず、最初に言っておくが、ここはそなたらの夢の中だ。全員で、同じ夢を見ている状態だと思ってくれれば、間違いない」
「そして、そなたらは元いた世界から界渡りしてこちらの世界へ来てしまっている」
「申し遅れたが、わしの名は・・・そうじゃな界守りとでも覚えておいてくれ。世界の綻びを見つけ、それを正すのがわしの役目じゃ」
「今回は、綻びを見つけた時にはすでに遅く、界渡りが起こってしまっておった」
「それ故、渡り人たるそなたらを、そなたらの言うところの夢の世界に呼び出し、それぞれが起きるのを待って、ようやく今のこの状況につながっておるのじゃ」
そこで界守りと名乗る老人は、一度その言葉を切る。
それを受けて他の二人がボーっとするなか、トシが問いかける。
「少しいいですか?」
「何かな?」
老人が答えると、トシは気を取り直すように質問を投げかけた。
「今仰られたことも含めて、ゆっくりと一つずつ確認させてください」
「よかろう、可能であれば何なりと答えよう」
「まずは、あなたが“界守り”とやらなのは判りました。お役目が名前になっている、そんな感じなのでしょう。それよりも界渡りとは何ですか? 今のお話だと、我々が違う世界にいるように聞こえたのですが・・・」
「左様、界渡りにてそなたらは、元いた世界よりこの世界に渡ってきた。その認識で間違っておらん」
「となると、ここは日本ではなく、その界渡りとやらが起きて渡ってきた別の世界であると・・・」
「その通りじゃ」
「そうですか・・・ 異世界・・・ では次の確認ですが、ここが夢の中であるということは、現実の我々は寝ている、またはそれに近い状態であるという認識で間違いないですか?」
「うむ、実際のそなたらは椅子の上で眠っておる状態じゃ。無論、ただの夢ではないのでな、ここで起こったことは普通に記憶しておるはずじゃよ」
「眠ってる・・・。危なくはないのですか?」
「危なく? ああ、そういうことか、それなら心配要らん。現実世界ではほとんど時間が経過しておらん。この状況は知覚加速が施されている状態じゃからな。話が終わる頃でも、現実世界では1秒かかっておらんじゃろ」
「・・・そうですか、ではそういうことにして・・・。次は、界渡りとは何かを教えて下さい」
「界渡りとは、お互いの世界の綻びが重なる時に起きる転移現象なのじゃ。こちらの世界の綻びが無ければ渡りも起きぬため、こちらで綻びを正してさえいれば、充分に防げるものなのじゃ」
「『界渡りは、世界の綻びの重なりによって起きてしまう』ということですか?」
トシの問いかけに、老人は頷く。
「その通りじゃ。こちらの正しが間に合わず、そこに他の世界の綻びが重なれば、渡りは起こる。今回は、結局渡りを防げなんだでな、詫びと申したはそれよ。済まぬことをした。この通りじゃ」
老人に頭を下げられ、三人は恐縮しつつも話しを続けた。
ナベが気になっている質問をぶつける。
「それで、俺たちが元の世界へ戻る方法はあるんですか?」
老人はナベの方を向き、厳しい顔で答えを告げる。
「いずれ戻れるのかもしれぬが・・・ 戻せはせぬのじゃ。」
その答えを聞いて、タツヒロが即座に疑問をぶつける。
「ん? 少々意味を図りかねますが・・・」
それを聞いて、老人が答える。
「うむ、言葉が足らんかったようだの。わしらではそなたらを戻せぬのじゃ。これはどうにも出来ん。戻るべき世界をわしらは知らぬでな、戻しようがないのじゃよ。」
今度は、トシがそれを聞いて確認する。
「では、戻れる、というのは?」
老人はそれを聞いて、なんとも複雑な顔で答える。
「戻すことは出来ぬが、そなたらが戻る方法を見つける可能性は残されておる」
「過去、併せて14回の渡りを確認しているが、その中で一人だけ元の世界に帰ったものがいたと聞いておる」
「渡りと同じ状況を作る、つまり、そなたらのいた世界の綻びと、この世界の綻びを意図的に重ねられれば渡りが可能となるはずじゃ」
「我々にはそなたらが来た世界を知ることができない、それ故に双方の綻びを重ねる事は出来ぬがそなたらは違う。この世界と元の世界を両方知っておるはずじゃからな」
「それ故、綻びを重ねる方法が判れば、そなたらが戻ることも可能となるであろう。それが戻れるとした理由じゃ」
トシは、界守りの老人が発した言葉の意味を考えていた。
(“綻びを重ねる”か・・・ それには、“重ねる世界の両方を知覚できている”のが、最低限の条件となんだろうな。じゃなきゃ、あの爺さんの口から“戻せぬ”という言葉は出てこないはず。あの爺さんはあくまでもこの世界側の存在で、元いた世界の存在を知覚出来ない限り、言ってみれば“道”、あるいは“トンネル”的なものは作れるはずがない。道には必ず、始まりと終わりが必要だからな)
そこまでトシが考えていると、界守りの老人が再び口を開く。
「それでじゃな、詫びのしるし、という訳でもないが、そなたらがこの世界で生き易くなるためのおまじないを一つ、やってみようと思っておる」