28話 ゴブリンとの狩猟研修
「おお、来たようじゃな」
典膳の言葉に三人が振り向くと、草ゴブリンが一人、おどおどしながらこっちに向かってくる。
「剣神様のお弟子様を迎えに参りました・・・」
「おお、参ったか。この者が今日厄介になる弘樹じゃ」
「どうも、弘樹です。よろしく、ゴブリン君」
「よ、よろしくお願いします・・・」
「では師匠、行って参ります。二人とも、今夜はバーベキューになるはずだから、期待してくれていいよ?」
「うむ、気を付けてな」
「一応、火は熾しておくからな」
「タツヒロ、がんばれよ」
別れの挨拶を聞きながら、タツヒロはゴブリンと共に、勇んで森の中に入っていった。
薄っすらと獣道になりつつあるところを、二人は歩いていく。
そのまま南へ、若干の下り気味に進むと、森が開けてくる。
一応、柵と呼べるものが、あることはあるが、作りは至って粗末だ。
その村と思しき場所の中央は開けており、数人のゴブリン達が弓やナイフを手に、所在無げに立っている。
昨日会った次長が、真っ先にこちらに気づくと、他のゴブリンも一斉にこっちを向いた。
結局、案内してくれたゴブリンとは、一言も話せぬまま村に着いてしまったタツヒロは、そのまま次長に挨拶をする。
「おはようございます、次長さん。皆さんも、今日はよろしくお願いしますね」
あくまでもにこやかに、次長を始めとするゴブリン達に挨拶する。
「みんな、剣神様のお弟子様でタツヒロさんだ。しっかり覚えておくように」
「「「はい!」」」
次長が、タツヒロを仲間に紹介すると、それなりに大きな声で返事が返ってくる。
昨日よりも、次長の言葉が聞き取りやすい。
(ギルマにも、慣れってあるんだなあ・・・)
変なところで人間臭いアビリティに、一人ほくそ笑むタツヒロ。
そんな心中を知らず、タツヒロを向き直って、次長は話しを続ける。
「タツヒロさん、今日の行程ですが、正午までという事でしたので、罠を二か所見て、その間に狩りを行おうと思ってます」
「罠ですか、いいですね。その途中の道程で狩りを行うんですね?」
「はい、獲物次第ですが、それなりに範囲を広く取って探してみます」
「分かりました。こっちはいつでも出れますよ」
「・・・あのう、タツヒロさんは矢筒などは持たぬのですか?」
「ああ、ご心配なく、別な矢を持ってますから」
「そうですか・・・、では出かけましょう」
次長の号令で、ゴブリンと人間の混成狩猟団、合計7名は最初の目的地に出発する。
東側に仕掛けたという罠に行く途中で、次長が手をあげ皆を止める。
黙ったまま、進行方向の左手を指す。
一人のゴブリンが進行方向へ歩き出し、もう一人のゴブリンが逆の方向へ歩き出す。
そのまましばらく行ったあと、それぞれ左手の森の中へと消えていく。
やっと、タツヒロにも何をしているのか解った。
ごく小さい気配が動いては止まり、動いては止まりしているのを左から感じたのだ。
(ゴブリン達が追いかけてたのは、こいつか・・・。これはかなり小さいな・・・、慣れないと気づけないぞ。)
その小さな小さな気配が急に動き出すと同時に、物音が聞こえ始め、急に藪音も激しくなる。
その内、小さな気配が消え、ゴブリン達が戻ってくる。
手には、仕留めたらしい灰色のウサギが握られている。
「雪ウサギですね。すぐに血抜きしますので、ちょっと待ってて下さい」
「あ、そう。じゃあ見学させてもらうかな」
そのまま血抜き処理を始めたゴブリンの手元を見ながら、手順を頭でなぞっていくタツヒロ。
次はやらせてもらおうかな、等と考えている狩人見習いであった。
血を抜きした獲物を、木の棒に吊るしてぶら下げたまま、ゴブリン達は歩き出す。
少しすると、最初の罠の処に着いたようだ。
罠は、いわゆる落とし穴。
それなりの深さのと、結構な深さのと二つ掘ってあり、それぞれ作ったままのようだ。
獲物は無し。
そのまま、もう一つの罠の場所へと移動を始める。
「罠って中々難しいのかねえ」
タツヒロが何となく気を使って、次長にフォローの言葉を投げかける。
次長も、肩をすくめて答える。
「入っているときは、グラスボアやレッドボア、オラント鹿辺りが掛かってることもあります。もちろん、入ってない時もありますがね」
「次の罠と、途中の獲物に期待だね、次長さん」
「はい」
短いやり取りを終え、二人とも前を向き直った。
次の罠に着いたが、罠の成果は茶色いトカゲの、そんなに大きくないやつ一匹だった。
体調で50cm以上あったので、トカゲとしては大きいが、獲物としては食べるところはあまり無い。鶏二羽分になるかならないか、といったところか。
日本なら雉や野鳩も狙い目だが、この森では、未だ鳥類に会ってない。
帰りの道程が最後のチャンスだな、そう思い、周りの気配は小さなものでも見逃さないように気合を入れた矢先、巨大な気配が突如、こっちに近づいてきた。
感知範囲に現れたばかりのようで、まだのっそりと歩いているような感じだった。
次長のほうを見ると、顔が青くなっている。
「まずい、あれは恐らくアイアンボアだ。あれの突撃は大木をなぎ倒す力を持っている。危険すぎる。近づかない内に回避しないと・・・」
焦った様子で、ゴブリン達を集め、状況を知らせる次長。
どうやら、彼らに取っては、会いたくない相手だったらしい。
タツヒロは何とも感じないが、ゴブリン達は次長の説明に、全員の顔が、次長と同じ顔色になっていた。
ゴブリン達は、気配を殺して逃げることにしたらしい。
だがその決定は、あと一歩遅かったようだ。
気付かれてしまったらしく、気配がこちらに向かって来る。
最初はゆっくりと向かってきたが、途中からは走っていると判る速さになってきた。
タツヒロは一人、覚悟を決め、向かって来る方向に弓を構える。
「無尽弓・穿」
突如、タツヒロの周りで魔力が膨れ上がり、矢が馬手に生じる。
それを感じて、動きを止めるゴブリン達。
そのまま狙いを付けず、目を瞑って気配に集中するタツヒロ。
「ここだな・・・」
そう言い放って、そのまま矢を放つ。
放たれた穿の矢が、まだタツヒロにも見えてないところで、気配の片方に突き刺さり、その気配が動きを止める。
最初に放った矢を感知で追いかけながら、すでに二の矢を番えていたタツヒロ。
「もう一丁!」
またも、目を瞑って気配に矢を放つタツヒロ。
目を瞑ると気配の輪郭が見えている気がしたので、そのまま頭と思しき所を狙っていた。
またしても、矢が気配に命中し、気配が動かなくなる。
その頃には、最初に打った気配の方は、その気配が消えていた。
そのまま、気配が消えた方に向かうタツヒロ。
「次長さん、何を仕留めたのか知りたい、一緒に来てくれ」
そう声をかけて向かう間に、もう一つの気配も感じ取れなくなってしまった。
藪を払い、気配が消えたあたりまで行くと、大きな猪が二頭倒れていた。
二頭とも、頭にタツヒロの“穿の矢”を受け、共に貫通している。
大きさは、一頭が2m弱、もう一頭が2m半ほどあった。
次長が、仕留めた獲物を見入ったまま固まっている。
「次長さん、これはさっき言ってた、そのアイアンボアとかいうやつでいいのか?」
「・・・、・・・ああ、そうだ。それが・・・アイアンボアだ。頭に平たい感じの瘤が付いている。それが当たると鉄並みの固さで大木すらなぎ倒す事から、アイアンボアと呼ばれている。これは皮が貴重品でな、行商に見せれば高く引き取ってくれるはずだ・・・」
そう説明しながら、次長はまだ信じられないものを見るような表情をしたままだった。
他のゴブリン達も、集まって来るが、その顔は次長と同じ表情をしている。
たった一人だけ、村までタツヒロを案内してきたゴブリンだけが、目を輝かせてタツヒロとアイアンボアを交互に見ていた。
「次長さん、血抜きの仕方を教えてくれ」
タツヒロの呼びかけで、ハッと我に返ったような次長が生返事を返してくる。
「あ、ああ、そうだな。血抜きをしないといかんな・・・」
次長がやる手順を見ながら、タツヒロは解体の知識と実際の作業をすり合わせて、解体作業の実態を学んでいく。
アビリティの見立てもあるので、どの臓器に何をし、どういった状況を確保するのかを詳細に記憶していく。
だが、血抜きの処置は始めたものの、これを持っていく方法を考え付かなかった。
「うーん、困ったな・・・、こんなにデカいのが手に入るとは思ってなかったぞ? はあ、どうしようか・・・」
打つ手無しの、タツヒロであった。