26話 修行の為に
典膳は、ここに来たゴブリン--次長と呼ばれていた--が、平静を装っているだけなのを看破していた。
(誠人の気勢を何とかせねばのう・・・。仕方がない、絶に任せるか・・・)
「誠人、剣を持ってこっちに来い」
徐に、ナベを呼ぶ典膳。
「はい、何でしょう」
「他でもない、そなたのその気勢を押さえねばならぬ。絶、少しこやつの気を削げ、削いだ気は剣の気力として貯め置くのじゃ。誠人、そなたは絶に気を削いでもらえ。そなたの気は、普段でも少々大きすぎる。これより、儂が良いというまで絶にその気を削がせる。良いといったところの気勢を、体で覚えておけ。普段、どの程度に抑えておくか、目安となろう」
「判りました。タエ、やってくれ」
「はい、主様。では、参ります」
「・・・、ふうむ、まだか、・・・、・・・んむ、こんなものかの。どうじゃ誠人、覚えたか? 平時は、この程度まで気勢を抑えよ。絶、誠人の気がここを超えるようなら、平時はすぐに削ぎ取れ。戦時はその限りに非ず。両名とも、よいな?」
「「はい」」
「いずれは、絶の力を借りずとも、抑えられるようにせよ。小鬼のやつ、そなたの気に当てられ、内心では冷や汗を流しておるぞ?」
最後の言葉を小声で囁き、典膳はゴブリンの方へ戻っていく。
「剣神さマ、お見通しデしたか。お気遣い、感謝いたシまス」
「何、気にするな。これも修行の内よ」
「間もナく、村長も参リます。最後にご挨拶ヲ」
「左様か、ならばゆるりと待つとしようかのう。弘樹よ、今のうちに狩り場の話しを、聞いておいた方が良いのではないか?」
「あ、そうですね。ゴブリンさん、この辺りで、あなた方に影響の無い狩り場はありますか?」
「狩り場デすか、結界から少し離れレバ、問題ありマセん」
「結界、ですか?」
「四代前の村長が、剣神様にご助力頂き、結界を張ってあります」
「なら、その結界とやらの外側に行けば、獲物が獲れるんですね?」
「ハい、我々も結界の外に狩りニ出ておりマす故・・・」
トシが意を決して典膳に話し始める。
「お師匠、一つご相談が・・・」
「ん? 何じゃ芳俊、改まって」
「修行場所の件です。ここを、そのまま修行場所にしてしまうのは、如何かと思いまして・・・」
「ふむ、儂は一向に構わんが・・・」
「ここは、広く地面がむき出しなので、ちょっと均せば、すぐに使い物になるかと。我々の寝泊まりする場所は、何とか致しますので。如何でしょうか?」
「そういう事なら、否やは無い。良きに計らうように」
「では、早速準備して参ります」
典膳はゴブリンの次長を振り返り、仔細を告げる。
「・・・という訳でな、修行にはここを使うことにした。なので春までの間、もうしばらくは煩くなるじゃろうが、気にせず暮らすがよい」
「そうデござイますか」
「何なら、弘樹達を狩りへ連れて行ってやってくれんか? 狩りの腕はまだまだじゃろうが、弓の方はそれなりに使えるぞ?」
「はは、村長と相談しマす」
「村の分も、こやつらの分も併せて獲ってくればよい。これもあやつの修行の一環じゃ」
「分かりマシた」
トシはナベとタツヒロを呼び、ここに拠点を移すことを話す。
「・・・という風にお師匠には話しておいた。あそこは、特に居なければならない理由が有る訳じゃない。それどころか、修行の為なら、木を切り開かないと使い物にならない。それなら、ここにコテージ持ってきた方が、よほど楽だ」
「確かにな。ただ単に暮らすんならあそこで良いんだろうけど、修行となると話しは別だな。うん、俺もトシに賛成だ」
「俺もそれでいいと思うよ、トシ。問題はナベがコテージを持って来れるかどうかだね。そういう事なら、今日は狩りをあきらめよう。まずは引っ越しだ!」
三人は典膳に、ここでの修行の準備をしてくる旨を告げ、典膳の依代にと絶の小柄を地面に指して、洞穴を後にする。
そのまま、真っ直ぐコテージに戻り、ナベは戻る道中に考えていた方法を、試すことにした。
まず絶界を解除し、森の中の手ごろな隙間を物色する。
判り易いように、目印を付け、その間に球形に力場を展開してみる。
「ちょっとテストな、絶界・換」
すると力場で区切られた空間が突如消え、ごうと風が流れる。
そのまま、ナベは別の場所に移動した。
そこも先ほどと同じように、少し木々の間に隙間がある場所だった。
そこでナベは、先ほどと同じぐらいの球形力場を形成し、アビリティを発動する。
「絶界・換」
すると、最初に絶界で消えた空間が、元の空間と入れ替わるように現れる。
そして、そのまま最初の場所に戻り、またアビリティを使う。
「絶界・換、・・・これでよし!」
結果的に、植生がお互いに入れ替わった球形空間が二つ出来ていた。
トシとタツヒロが声を上げる。
「なるほど、絶界・封を空間に適用したのか。で、出し入れして空間を入れ替えた感じか?」
「ふえー、ナベやるねえ。これってもしかして、水も汲み放題?」
「水ねえ、イケるだろうなあ。だろ?ナベ」
「おう、空間で切り取れるなら、何でもイケそうだ! じゃあ、本番行ってみようか!」
そういうと、ナベがコテージの方を向き、出かけるときに掛けた絶界と同じ球面の力場を作る。
その力場で閉ざされた空間に絶界・換を発動する。
今度は、先ほどのように空気は流れず、見事に地面が丸く抉れていた。
「・・・ふう、本番でまた少しやり方変えたから、ちょっと緊張したが、出来たな。これで、移動は自由自在だ」
「絶界って応用性あり過ぎだろ、ナベ」
トシがちょっと羨ましそうに訴える。
それを聞いて、タツヒロが明後日の方向の決意を新たにする。
「ナベがそれ出来たんなら、俺もタバコの創成、頑張んなきゃな」
「おう、タツヒロ、期待してるぞ!」
「まーた、お前ら煙の話しかよ・・・。ほら、お師匠の所にさっさと戻るぞ! 急げ、急げ~!」
二人を急き立てつつ、洞穴まで戻る頃には、夕方か?と当たりを付けるトシであった