25話 受け継ぐもの
亡骸を埋め終わったのを見て、典膳が語り始める。
「これより儂はそなたらの師匠として、名を神子上典膳に戻す。将軍家指南役、小野忠明は廃業じゃ。神子上流を名乗るそなたらの師として、かつての名に戻り、そなたらに儂の全てを継いでもらう。よいな?」
「「「はい」」」
「ではまず、そなたらに渡した刀を抜け。・・・抜いたら車座に座り、中心に向かって両の手で刀を構えよ。・・・うむ、それでよい。そのまま、黙って刀を見ておれ。妙法:武精刻心身威譲身!」
典膳の口からその言葉が発せられた瞬間、三人の頭の中に、怒涛の勢いで流れ込んで来るモノを感じた。
それが何かを判別する余裕も無く、ただただその奔流に耐えている。
やがて、その流れが、突如止まる。
それと同時に、典膳の口から愚痴が聞こえてくる。
「やれやれ・・・、界守りの申したはこれか。体が無いはずなのに、疲れを感じるわい」
それを聞き、息を整えながらナベが典膳に訊ねる。
「お師匠、・・・今のは一体・・・」
「おう、今のか。今のが、儂が界守りにもらった加護よ。儂が技を伝えるべき相手が現れた時に、その真価を一度だけ発揮する真言。それだけを頼んで、こっちに来たのじゃが、上手くいったか、どうだか・・・」
トシが興味津々で典膳に訊ねた
「お師匠、今は何が起きたのでしょうか? 私の力でも何が何だか、さっぱり・・・」
「そうか、ならば実践あるのみじゃ。芳俊よ、刀を構えよ。ゆくぞ? 小太刀、上手入りの型!」
そう典膳が叫ぶや否や、トシの脳裏に動きが現れ、それの通りに、(若干覚束ない足取りながら)上手入りの型を披露していた。
典膳は満足そうに呟く。
「うむ、初回でそこまで出来れば上等というものじゃ。何をしたか聡いそなたなら、すでに分かったであろう、芳俊よ」
「はい、お師匠の技の全てが我々の頭に入ってきた、という理解でおりますが、如何でしょうか?」
「うむ、その通りじゃ。先ほども言うたが、そなたらには、儂の全てを継いでもらう積もりでおるが、技とは、使って、磨いてこそ技なのじゃ。今のままのそなたらでは、ただ技を知っているというだけの半端者に過ぎぬ。今後、半年間、技を使えるモノとするため、みっちりと鍛えてやるでな。覚悟しておれ」
典膳はそう言うと、うひゃひゃと人を喰ったように笑いながら、最後となるであろう弟子たちを、心中万感の思いで眺めていた。
ふと、タツヒロが思い出したように問いかける。
「お師匠、この辺で狩りが出来そうな所はありませんか? 幸いにも、寝床には不自由してないのですが、食料が乏しく、獲物を取ってこないといけません。もし心当たりがあるのであれば、お教え頂ければと」
「そういうことなら、ここから大分離れんと獲物はおらんだろうなあ。それと、そなたらの気を抑えんと、獣は寄って来ぬぞ?」
「気、ですか?」
「うむ、駄々漏れじゃ」
「分かりました。ではこのまま、北の方にでも向かいますか」
「それが良かろう。南には子鬼共が住んでおる故、獲物は難しかろうしのう・・・」
「子鬼? 何者です?、その子鬼とやらは」
「まあ、見た目にそう見えるでな、子鬼と呼んでおる。草色の肌に茶色い頭の子鬼じゃよ。まあ、そう構えんでもよい。頭は悪そうじゃが、気の良いやつらじゃ」
典膳の話しを聞いて、トシがボソッと呟く。
「あー、俺、そいつら何者か判ったかも・・・」
「あ、俺も俺も。恐らく、トシも俺と同じ名前が頭に浮かんでると思う」
タツヒロがトシに仲間アピールするが、ナベは置いてけぼりだ。
「何、二人とも、あれだけで判んの?」
「ナベには、ちょっとヒントが足りないか」
「だねー、ナベはゲーマーとは言えないもんね」
ナベもゲームをしない訳では無かったが、タツヒロの言う意味でのゲーマーではなかったのだ。
「おお、噂をすれば何とやらじゃ。子鬼どもが来よったわい。どれ、最後の挨拶ぐらいはしておこうかのう」
そういうと、典膳はそのまま洞穴を出て外へ向かった。
タツヒロとトシもその後を追うが、ナベはタエに語りかけながら歩き出す。
<ところでタエ、お前はお師匠の様に、姿は現さんのか?>
<主様、実は私にはまだ身姿がございません。現身としてこの世に生まれはしましたが、忠明様・・・、いえ、今は典膳様ですね・・・。典膳様には、身姿を頂くことなく、身罷られましたので、未だこのような状態でございます>
<ふうむ、そういう事か。道理で、声しか聞こえない訳だ。いいだろう、その身姿とやら、俺が何とかしよう。何をすればいい?>
<それならば、頭に見姿を思い浮かべて我が名をお呼び下さい>
<タエの見姿・・・、よし。タエ!>
<はい。ああ、この様な装束まで頂けるとは・・・主様、おかげで身姿を得る事が出来ました。今後ともよしなに>
<・・・お、おう。こっちこそよろしくな>
タエは、巫女衣装をまとった、可憐な絶世の美少女として、その身姿を得た様だ。
千早の裾と丈長で巻いた垂髪を翻し、その身姿を確かめている。
ナベもさすがにドキッとして、咄嗟に返事が出なかった。
そんなやり取りをしながら、タエとともに洞穴を出る。
そこには、確かに子鬼にしか見えないそれらと、話しをする典膳と、トシ、タツヒロがいた。
典膳がナベを振り返り、静かに告げる。
「済まぬな、誠人よ。それもやり残したことの一つ。気になっておったがどうする事も出来ず、今日までそのままよ。さすがに絶が不憫でなあ・・・。にしても、大分儂の印象とは違う身姿を得たのう。まあ、今の主は誠人じゃ。絶も併せて絶を可愛がってやってくれ」
「うお? それってさっきのタエさん? そんな恰好だったんだ・・・」
「あれ~、ちょっと可愛くない? もしかして、タエさんってば狙ってた?」
自分で選んだ訳では無いので、頓珍漢になってしまったタツヒロの突っ込みは置くとして、ナベも小声で状況を聞く。
「で? トシ、どんな話しになってんの?」
「なんかさあ、師匠ってあいつらから剣神様って呼ばれて、信仰されてたみたいでさ。弟子を取ったので、その修行の為、ここを離れるって言ったら、ちょっと大騒ぎになっちまった」
ナベも、ゴブリンだとトシに小声で紹介された彼らを見て、話しを聞く。
「剣神サマ、イマここを離れルのは危険デす。先ほど謎の音ガ聞こエ、北西側の木々がなぎ倒サれテおりました。様子のおカシな建物もアリマシタ。それらの怪しい事が解決してからの方が・・・」
自覚が大有りのナベは思わず、ネタをばらしてしまった。
「ああ、それなら心配ない。その音を出したのは俺らだ。ついでに言うと、様子のおかしな建物とやらも俺らの建物だ。余計な心配を掛けた様だな」
「おお、ソウでしたカ、剣神様ノお弟子様のものデしタか。ならば、もウ調べル必要はあリマセんな」
見てくれとは裏腹な、ある意味普通の態度に、素直にゴブリンに感心するナベであった。