24話 宗匠
ナベは絶の話しに思わず閉口する。
(俺の目の前には、亡骸と3本の棒・・・、あー、あれは棒じゃなくて刀か? まあ、どっちにしろそれしか見えない。・・・ってことは、俺達には見えない存在、なのかねえ・・・)
「<いやいや、そなたハッキリと妾を見ておるぞ?>」
「おい! 考え事に反応するなよ、反則だぞ?」
「<何を言うか、何やら考え違いをしそうじゃったから、妾がそれを正したまでじゃ!>」
ナベと絶のやり取りを黙って見ていたトシが、助け舟を出す。
「ナベ、よく見ろ、何が見える?」
「何がって、亡骸と、あの棒に見えるのは刀だなありゃ、それが三振り。これだけだ」
「見えてるじゃねーか」
「は?」
タツヒロも我慢出来ず、会話に参戦しナベにヒントを出す。
「ナベってさ、変なとこ鈍いよね。あの亡骸が、その主って人のなら、少なくとも絶ってヒトじゃない訳だ。あと見えてるのは何?」
「そんなの見りゃ判る。刀が三振りだけ・・・、っておい、アンタは刀か?」
「刀ではない。刀たる絶より生まれたる守護霊、言わば絶の現身よ」
「刀に宿る霊のようなものか」
「まあ、その様な理解でよい」
トシがたまらず、口を挟む。
「ちょっと質問良いかな? さっき気になる名前を聞いたのでもう一度訊ねたい。君の主の名は?」
「小野次郎右衛門忠明様じゃ。それが如何した?」
「小野忠明・・・、そう名乗る前の名は・・・、神子上典膳吉明。ナベも知ってるだろ? 我らが宗匠だ」
「な!? 馬鹿いえ! 宗匠ってのは、“壮年にして閉門処分の後、開祖が師事、還暦にて身罷られるまで神子上流兵法の土台を築いた方”だと聞かされただろ? なんでこっちにいるんだよ!」
「ナベ、その辺はタエさんに聞いた方が早いだろうなあ・・・、タエさん、その辺りの話しを知ってるなら、聞かせてくれると助かるんだが、どうかな?」
「・・・そなたら、主の名を知るとは・・・、もしや主と同じ渡りに遭うた者か?」
「その通りだ。昨日の、こっちで言えば昼過ぎに渡りに遭った」
トシの答えを聞いたタエの空気が変わり、ふっと矍鑠たる老年の侍が現れる。
「儂が小野忠明じゃ。お主等には神子上典膳の方が通りが良いかな?」
「「え?」」
「渡りの経緯は儂から話をした方が早かろうと思うてな、絶には済まぬが儂が出て参った」
そのまま、神子上典膳本人から聞いたところによると、瓶割を譲ってからの晩年の愛刀が目の前に立て掛けられた絶という銘の刀らしい。
それを三度目の研ぎに出し、研ぎ上がりを受け取って帰る最中に、川縁の土手で物盗りに襲われる。
それらの撃退のさなか、足を引っかけて転んだ先に折れた杭があり、脇腹を破かれたまま界渡りに遭った。
無限とも一瞬ともつかぬ間にこちらへ渡ってきたが、脇腹の状態が悪く、余命幾ばくも無い状況と知り、死後の加護を界守りに願いつつ、この洞穴の前に現れる。
そのまま洞穴にて二日過ごし、そこでついに力尽きたらしい。
渡りの際に、界守りには、自分の技と意思をこの刀に封じ、それを託すものが現れるまで待つことを話していた。
その時に刀に宿る霊に気付き、絶と名付けて後事を託した。
僅かな時間しかやり取りが出来なかったが、主従として長年仕えてくれた事への感謝、自分の技と意思を託すものが現れるまで、絶自身と愛刀を守る事、次は自分の技を受け継いだ者に仕える事、それらを今際の際に伝えてこの世を去ったのである。
無論、魂はここには留まれず、既に冥途へと旅立ったが、技と意思はすべてここに置いてある。
そなたらが望むなら、我が剣と師より受け継ぎし技を託したい。
ここまでを一気に伝え、典膳は三人の様子を窺う。
突然の申し出だが、この状況で武芸の習熟を図れる、というのはタツヒロであっても大歓迎だ。
もちろん、ナベやトシに否やは無い。
何といっても、流派の宗匠である、望外の誉れといっていい事態だ。
ナベが三人に目配せをし、トシもタツヒロも意を決して頷く。
改めて、ナベが正面の刀に相対する。
「よろしければ、我ら三名一同にて、改めて宗匠への弟子入りのお許しを!」
ナベが代表して、直弟子志願の口上を述べる。
「うむ、相分かった。これより師として、そなたら三名を最後の直弟子と致す。存分に励めよ?」
「「「はい、師匠」」」
「そなたらへ餞別じゃ。誠人、そなたが絶を継げ。芳俊、そなたには脇差しを渡す。弘樹、そなたには懐刀を授けよう。それぞれ、得手の物を渡したつもりじゃが、どうじゃ? 不服があるなら申してみるがよい。絶もそのようにな」
その言葉通りに、三本の刀がそれぞれの目の前に浮いていた。
ナベが絶を手に取ると、絶の言葉が頭に流れ込んでくる。
<先ほどは失礼仕りました。お役目とは申せ、平にご容赦を>
<おう、こっちこそよろしくな。で、いいのかい?>
<と申しますと?>
<俺が、アンタに取って次の主って事になるんだよな? アンタはそれに不服は無いのかい?>
<先ほど、主様の力の片鱗を見せて頂きました。アレを見て、否やの有ろうはずがございません。我ら絶剣を存分に使いこなしてくださる方と、また巡り合えようとは思うてもみませんでした。前主、忠明様亡き後は、最早叶わぬ夢と諦めておりました故・・・>
<そうか、まあアンタ・・・じゃなかったな、タエの主として恥ずかしくないような腕を身に付けないとな。今後ともよろしく頼む>
<はい、我らこそよろしくお願いします、誠人様>
トシが、目の前の脇差を手に取り、鞘から抜いて刀身を確かめる。
それは紛う事無き黒刀であった。
「黒刀?」
<あ~、それなんじゃがな、儂と共に界渡りした際にのう、襲い掛かる気のようなものに曝され続けて、気付いたら三振りとも黒刀になっておった。じゃがそれが功を奏したのかのう、とてつもない刀に化けおったわ。相州正宗の作、一尺六寸の長めの脇差じゃ。そなたには小太刀の奥義を極めてもらうぞ?>
抜いた瞬間に、典膳の声が頭に響き面食らうトシ。
「大事に使わせていただきます」
そう答えるのが、トシにはやっとだった。
その隣では、タツヒロが懐刀を抜いてその威容に驚く。
「これって、ホントに懐刀? 鉈のレベルじゃないの?これ」
<案ずるな、その懐刀はな、別名包丁正宗と呼ばれる厚拵の逸品じゃ。刃渡りも一尺ある。それで捌けぬ獲物は無いぞ? そなたには弓の極意を伝えねばならぬが、狩人ならそのような品をもっておっても損はあるまい>
「いや~、仰る通りです。大事にしますね」
タツヒロの軽めの受け答えを横で聞きつつ、トシが口を開く。
「師匠、この洞穴はいかが致しましょうか? 差支えが無ければ、穴を掘り、亡骸を埋葬したいのですが・・・」
「おう、そうじゃったな。気になってはおったんじゃが、何分手が付けられなくてな。では芳俊よ頼めるか?」
「分かりました。ナベ、タツヒロ、穴掘るぞ。師匠の墓をちゃんと墓らしくしないとな」
「了解」
「そういう事なら、チャチャッとやらないとね」
三人は、トシの用意していた軍用ショベル(折り畳み式の小さな剣スコップ)で穴を掘り、もはや骨だけとなった亡骸を埋め、墓の体裁を整えていくのであった。
「ところでさ、ナベ。ナベって、何で普通に昔の言葉、喋れるの?」
タツヒロのもっともな疑問に、トシが答える。
「あー、ナベってさ、昔は爺ちゃん子でさ。小さい時から時代劇見せられまくったおかげで、あの当時の言葉をかなり流暢に話せるんだよ。ナチュラルに。それでいじめられてた時期もあったぐらいでさ。ああいう相手に出会ったら、それこそ自然に出てくるんだよ」
「あー、それでかあ、ってか、何か変な事聞いちゃったね。ごめんね」
「いや、気にすんな。昔の事だよ」
謝るタツヒロに、サッパリと答えるナベだった。
やっとタイトルが何のことを指すのか、につながりました。
が、こんなにかかるとはちょっと予想外でした。
4月20日:最後の時代劇のくだりを追記しました。