18話 準備 ~何をどうするか?~
今朝のメニューは、ナベ謹製ハムチーズトーストと、昨日の焼き肉用の野菜の残りを使ったスープだった。
タツヒロの買い込んだ物資の中に、翌日用にというスライスチーズを見つけたので、ナベの用意したハムと合わせて簡単にトーストにしてみた。
三人とも、朝はそれなりしか食べないので、それで済んだらしい。
その後、朝食が済んだダイニングテーブルで、食後のコーヒーを片手にタバコに火を点ける、ナベとタツヒロ。
ダイニング脇のリビングスペースでは、トシがソファでお茶を飲みながら、昨日のノートに目を通していた。
4人用ということで、2~6人用コテージを借りたのだが、予約時の空室が、このラグジュアリータイプしかなく、予約した当初はこの無駄な空間と経費を、予約担当のナベは嘆いていた。
なんたって、寝室が二階に予備を含めて三部屋なのだ。
普通のコテージでは、考えられない設計だった。
ラグジュアリーというカテゴライズは、伊達ではなかったのだ。
それら寝室のうち、二つはベッドが二つずつ並び、想定利用人数は一応四人である事が窺える。
予備の部屋については、利用時にこのキャンプ場の管理棟から、布団を持って来て対応するらしく、通常は荷物部屋としてご活用下さい、とある。
一階のスペースはリビングとダイニングが一応分けられており、キッチンも普通のシステムキッチンレベルのモノが付いていた。
そのリビングとダイニングの間には、南側の玄関脇の壁沿いに薪ストーブが付いている。
リビングの北側にはソファが並び西の壁際のテレビと南側の窓の景色を一望できるようになっていた。
多少高くても、薪ストーブがあるから我慢しよう、とさえ思っていたのであるが、界渡りをした今となっては、ここで良かったと、心の底から素直に思える。
他の予約客、グッジョブ!と心の中でサムズアップするナベなのであった。
朝食を食いながら改めて部屋割りを話し合った三人は協議の末、ベッドを一部屋一つにして、残りを一階に置きソファ代わりにすることに決めた。
いわば、横になれるソファ・豪華版!的なモノにするらしかった。
その上で、階段から一番近い予備部屋をナベ、次の部屋をタツヒロ、一番奥の部屋をトシが使うことに決まる。
昨日調べなかった道具類の様子だが、キッチンのガスコンロは、その下の大型オーブンを含めてアーティファクトになっており、ちゃんと火が点いた。
その一方、リビングのテレビはダメだった。
電源は入るが、そこまでで、どのチャンネルも映像が映らなかったのである。
ネットがダメだったので、事前に予想された通りの結果だった。
トシは、電波を使ってやり取りするモノは、全滅だろうと予想している。
スマホ同士の通話のみ、対象となるお互いがこの世界に存在しているので、可能になったではないかとの推論だ。
それ以外の電化製品関係は、ナベが朝食を作ってる間に、トシとタツヒロで一通り動作確認してみた。
エアコンやドライヤー、電子レンジ、冷蔵庫、炊飯器、洗濯機などは問題なく動いている。
トシが、分電盤の魔力がどのぐらいで切れるのか、確認が必要だと、二人に注意喚起して屋内確認作業は終わったのだった。
「あのさあ」
カップの中のコーヒーを飲み切って、ナベが二人に話しかける。
「今後は、周囲の調査結果次第で、場合によっては他の拠点を探す、みたいなこと言ってたじゃん。あれ、止めね? ここを中心に大々的に開拓してった方が、俺らの生活的には絶対楽になんじゃねーかと思うんだよ。でさ、今日から確か9月だよな? 9月でこの気温なら、ここは少なくとも北半球だよな? マローダーを動かせる道を、チェーンソーで切り開いて、近くの村とかまで行けるようにしてさ、そこと上手く取引出来りゃ、冬が来ても乗り切れそうじゃね? どうよ」
「あー、確かにナベの言う通り、ここを中心に活動するのは俺達にとってメリットが大きいな」
「だろ? だからさ、これから一週間の調査も、定住前提の情報収集をすべきなんじゃねーかと思うんだよな」
「そう・・・だな、タツヒロはどう思う?」
「俺か? ナベがそういう意見なら、俺も基本はナベに賛成だ。このコテージがアーティファクトになったおかげで、日本の生活をほぼ踏襲できるってのは、俺達にとって、ありえないほどの癒しになるはずだ。仮にこの世界の文明が俺達より進んでいるとしても、ノスタルジーを満足させられるってのは、精神的に無視できない効果があるんだよ。なんで、ここの拠点化は基本的に賛成だ。あとは周囲の状況次第で、対応を変えていけば、充分やってけると思うよ」
「二人の考えは分かった。俺自身としても、二人の考えを覆す材料より、二人に賛成する材料の方が多いようだしな。ここを拠点に活動を始めよう。それでだ、今日の予定に関してだが、午前中はスキルと装備の準備に充てようと思う。今のスキルの中で、改善できる部分はやってしまう。装備も、鎧とかはさすがに無理だが野外活動用の服なら上着で何とかなるだろうし、武器になりそうなモノも、俺の道具から見繕えば、それなりに用意出来るはずだ。最低限、狩りの出来る準備は可能だと思ってる」
「そうだな。そんな装備なんて、当たり前だが用意してねーしな。今あるもので、何とかするしかねーよな」
「あ、俺はアーチェリー持って来てるから、最低限の武器はある。後はナイフがあると便利かなあ」
「よし、じゃあ動き始めるか。昨日も言ったんだが、スキル関連でやりたい事があるんだよ。全員で外に行こう」
トシの言葉に全員が外へ出る。
「俺を挟むように二人で座ってくれ」
トシの指示で、外のテーブルセットに、トシを挟むようにナベとタツヒロが陣取った。
「タツヒロも、見てたから判ると思うけど、昨日の感じで、俺の頭に二人とも手を乗せてくれ。昨日の記憶の中で、俺が必要だと思う部分を送る」
「分かった。昨日と逆だな」
「おお、ついに俺もこれやるのか」
「よし、始めよう。それぞれの技神が支援してくれるはずだから、問題ないと思うが」
そう言ってトシは、昨日の自分とレイチェルとのやり取りを二人に送る。
また、ナベとのやり取りも、自分視点の記憶として二人に送る。
レイチェルに転送完了を告げられ、意識を戻したトシが二人に話しかける。
「こんな感じで俺はスキルを調整したんだよ。この通りではないんだろうが、二人もさらにスキルやアビリティを磨いてくれ。二人がそれやってる間に、俺は持ってきた道具を見てくる」
「分かった。こっちも始めよう」
「俺も、反応鈍くなるけど、よろしく」
トシの言葉に応えながら、またそれぞれのスキルとの会話に入っていく二人を確認すると、トシはコテージに戻る。
コテージの玄関脇にある土間部分に、昨日の内に車から積み替えたトシの荷物が重ねてあった。
その中から一つの箱を選び蓋を開ける。
中には布に包まれた細長いモノが、いくつも入っていた。
布を開きながら中身を確かめ、四本目で目的のモノを見つける、それを脇にどけ、また中身を確かめながら別のモノを探す。
結局、布の巻かれたそれらは、大小合わせて三本あった。
「これは俺の、これはナベのだな。そしてこれをタツヒロに渡しておくか。・・・にしてもこんな趣味全開のモノが、曲がりなりにも役に立つ日が来ようとはねえ。人生、何が起きるかホントに判らん・・・」
そう呟きながら、一旦外に向かい、ナベの車を開けて、中から一本の錫杖を取り出す。
山伏修行の時に特注して作ってもらったもので、出羽三山の焼き印を押してもらっている、トシの思い出の品だった。
その先端、遊環周りの部分を止めている蝶ねじを外して飾りを取ると、先ほど、ナベのと選んだ刃渡り一尺ほどのナイフの握りをばらして遊環の代わりに錫杖の先端へ取り付ける。
そのまま持ってきていた針金を先端から巻き始め、20cmほど巻き付ける。
最後はねじで止め、即席で槍が完成する。
「山伏修行の時、万が一に備えてと自分に言い訳して作ったこいつが、俺達のメインウェポンだな」
若干、自嘲気味の笑みを残して、出来上がった槍(素槍というのがふさわしいか)を持って、外へ出るトシであった。