17話 そして、異界の夜は更け行く 2
カシャ!
シャッター音と同時に光が迸る。
「オッケー、オッケー。カメラも特に問題なく動作したな」
満足そうな声でタツヒロがスマホを操作していた。
その後、ナベとトシのスマホが着信音を鳴らす。
「ん?」
「何か来た・・・」
二人がスマホを開くと、半目のトシがナベにツッコミを入れているであろうシーンが、写メでSMSに届いていた。
タツヒロが、悪戯成功!的な顔で二人に確認する。
「行った?」
「あ~、来た来た」
「ってか、またしょーもないモノを・・・」
SMSに写メを添付するテストとしては、もちろん成功で何よりなのだが、素材については、一言モノ申したいトシであった。
そんなトシとタツヒロに、ナベがしみじみと話し始める。
「しかし、あれだな。こっちに来たのが三人で、だったのはホントに不幸中の幸いだったよなあ・・・。これがもし、一人でとかだったら、俺なんかどうなってたんだか・・・。トシみたいに頭は無いし、タツヒロみたいに腕も無いし・・・。ただ、警官て、案外潰しが利かねーのな、ってのだけは判った」
「ナベ、お前はそうは言うけど、俺だってスキルがあるから思考の部分だけ何とかなってるだけで、食糧確保とか外敵から身を守るとか、その辺を実施しようとする段階で詰むぞ?。一番潰しが効くのは、結局タツヒロのような気がする」
「いやいや、ちょい待ち! 俺の場合は、余りにも特殊だからね? ケニヤ生まれケニヤ育ちの日本人なんて、そうそういないよ。少なくとも俺の他には見たことが無いよ。目が良くなったのも弓を習ったのもケニヤ時代だし、そういう意味じゃ、芸は身を助くってな具合だけど、それが日本でどうだったか、知ってるだろ?」
タツヒロの言葉に、思い出したようにナベが応じる。
「そういや、あん時の、タツヒロが転校してきた時のインパクトはマジで凄かったな~。っつーかさ、生まれてから幼稚園までアフリカのケニヤにいて、小学校入学で東京に戻って、4年生で仙台に転校だろ? タツヒロの人生の前半って、マジで怒涛の展開だよな」
「俺は、そん時はナベとは別クラスだったし、タツヒロともまだ一緒じゃなかったから、そのインパクトの記憶が薄いんだけど、なに?、当時の2組って、そんな凄かったのか?」
「ああ、とんでもなかったぞ? 転校生が来る!、東京から!、外国生まれなんだって!、でクラス中大興奮でさ。そこに来たのが、今もだけど、当時もそれなりにイケメンのタツヒロだろ? 女どもが大騒ぎだったよ」
「東京に居た時は、まだケニヤ生活が抜けきれなくてさ、かな~り浮きまくって、こっちも参ってたんだよ。だから仙台に来たときは、もう少しマシになるのかな?と期待してたんだけど、初日からのみんなの反応にちょっと面食らって、逆にちょっと引いちゃってさ・・・」
「ああ、それ知ってた。そんで、あんだけ騒いでた女共がさ、一週間ぐらいで潮が引いてく様にさあーっと居なくなって、どうしたんだ?とか思ってたら、ちょっとイメージと違ってた、とか言い出してさ。何それ?とか思ったもんよ。あれだな、あの時人生で初めて、不条理ってものに出会ったな。その後すぐだよな、家に遊びに来ないか誘ったの」
「そうそう。だからさ、大学時代に飲んだ時にも言った事あるけど、あの当時のナベの存在は超ありがたかったんだよなあ。で、5年生のクラス替えでトシも一緒になっただろ? 何回も言うけど、ナベとトシが居なかったら、俺ってそのままボッチで、今とは大分違う人生を歩んでた気がする」
トシが、以前に聞いた、タツヒロの東京時代の話しを思い出す。
小学校から日本に来たため、とにかく常識が通じなかったらしい。家の中が日本で、家の外がケニヤという生活で身に付いたモノでは、その絶対量が余りにも足りなかったのである。
タツヒロは、当然のように小学校で孤立していくが、当時のタツヒロに成す術は無かった・・・。
そのタツヒロが転機を迎えるのが、仙台への転校とナベやトシとの出会いである。
その後は水を得た魚のように、生き生きと成長していくのだが、タツヒロ自身は、常に自分の変化の原点に立ち戻り、忘れることが無いようにしている。
「確かに。ケニヤ生まれでケニヤ育ちの日本人なんて、日本での生活は、ヘルモード間違いなしだからな。ナベも言ってたけど、俺もそれだけは同情する」
「まあ、タツヒロの親父さん達の出会いが、ケニヤで国境無き医師団だかの活動中だろ? で、現地で結婚して、そのままタツヒロを産んで、小学校までケニヤにいるって選択をする辺り、ある意味、ブッ飛んでるよな。その間も、ずっと国境無き医師団やってたんだろ?」
「いや、東京時代もやってたんだよ・・・。転勤で仙台に来るまでは、ちょこちょこ行ってたよ。父方の祖父ちゃん家が東京だからさ、ちょくちょく祖父ちゃんと祖母ちゃんが、飯造りとかで家に来てくれてたよ」
「仙台に来るまでやってたのか・・・。ある意味、豪傑だよな親父さん」
「家の場合、医者夫婦だからな。母親にも豪傑の気があると思う。まあ、俺も色々あって、結局のところ医者なんだが、あれだけは目指さないと心に誓ったよ。でも結局、こうやって異世界に来たところを見ると、同じような道を辿ってるなあ、と」
「あ、そういう事ならナベだってそうだぞ? まさか警官になるとは、周りの誰も思ってなかっただろうし・・・。 しかもそれが叔父さんの影響だろ? 血は争えないってのはナベも一緒だな。タツヒロもそう思うだろ?」
「まあな、あの“土建屋”が警官だよ? 誰だって驚く」
ナベは、大学時代、建設関係のバイトにはまり、免許を取ってまで現場作業をこなす始末であった。
マローダーを運転できたのも、ナベにとっては当たり前の事だったのだ
政経学部で漠然と将来を考えていたナベ自身も、このまま現場に就職でもいいかな?とさえ考えていたのである。
付いたあだ名が“土建屋”なのも、納得の大学生活であった。
「実は、叔父さんから遺言っていうか手紙もらってたんだよ。それ渡されたのが大学三年の時でさ。まあ、内容はここじゃあ省くが、それの影響だったな。あとは猛勉強したよ。まあ、バイトはしっかりこなしつつ、だけどな」
「うん、さすが土建屋」
「うん、名に恥じぬ土建屋魂を見た」
ナベが反撃のようにトシに訊ねる。
「そういうトシは、まだ学生やるつもりだったのか?」
「あ~、うん、もう一つ二つ通いたい学部があったからな。幸い学費は心配しなくていいからな。それが終わったら論文書いて、博士と修士と二つずつ取れればなあ、とか思ってたよ」
「うへえ、トシってまだ大学行く気だったのか・・・。俺なんか、医学部だからか知らんけど、もう早く卒業したくてさ。完全に、大学はもういいやになってたな」
「まあ、結局のところ、もっと知りたい!っていう知的好奇心だけで大学行ってたからな。そういう意味じゃ、ちょっとタツヒロと俺とじゃ大学の持つ意味が違うっぽいな。大学は、楽しくてしょうがなかった」
そう言いながらスマホを見て立ち上がるトシ。
「さて、こんな時間だ。そろそろ寝ないと明日に響くかもな。ベッド割りは決めてた通りでいいよな?」
「ああ、ベッド割り変えるんなら、明日起きてからにしよう。さすがに今日は面倒だ」
「トシが寝るなら、俺らも寝た方が良いんだろうな、こりゃ」
「だな、トシの場合、大体こういう判断に間違いはねーからな」
「お? お前らも寝る?」
「ああ、そうする」
トシの問いかけにナベが眠そうに応える。
タツヒロもあくびを我慢しながらそれに続いた。
「今日は、何というか怒涛の一日だったな」
「そうだな。明日は明日でまた色々あるんだろうから、二人とも体はしっかりと休めてくれ。特にタツヒロは狩りだから、睡眠は充分にな」
トシが二人にかけた声が、就寝の合図になった