16話 そして、異界の夜は更け行く 1
夕飯は豪華焼き肉大会になっていた。
最初は、しっかり節約して一食でも多く備蓄から捻り出そう、という案も出たが、生肉などはどっちにしろ持たないので、保存の効かなそうなものは食ってしまえ!で結論が出て、飲めや歌えの大宴会になったのである(歌を歌ったとは言っていない)。
タツヒロの、(寮での備蓄目的の)買い出し物資も、保存が効くものが主だったので二人からは先見の迷?を褒められ、全てコテージの食糧庫に仕舞われた。
すっかり日も落ち、コテージの明かりと焚火の火に照らされたコテージ前は、振ってくるような見覚えのない星空と相まって、得も言われぬ雰囲気を漂わせている。虫が寄ってこないことを不思議に思いつつ、その“兵どもの夢の跡”を片付け、今は焚火を囲んだ食後のティータイムになっている。
三人ともコーヒーとなり、甘いものを摘まみながら、先ほどの話しの続きが、始まろうとしていた。
「いやー、食った食った。ビールも飲んだし、肉も食べ終えたし、満足満足」
「食った食った。一家に一ナベ、だな」
「あ、それ賛成。一家に一ナベ」
旨かった、の表現がそれかよといった表情で、ナベがタツヒロにお返しとばかりに、明日からの非常なる現実を告げる。
「そういやタツヒロ、明日から担当業務の狩りだからな? さすがの俺も材料無いと、何も出来ねーから、材料よろしくな~」
「ああ、それな・・・、いきなり明日からかあ? まあ、狩りが必要なのは理解してるんだが、そっかあ・・・、明日からかあ・・・、俺、医者だったはずなんだけどなあ・・・」
「おお、そうだ、その辺の話しようと思ってたんだ。ナベ、タツヒロ、明日以降の生活というか、やる事というか・・・、どうするんだ?」
「ん? どうするって?」
「何のこっちゃ?」
トシは二人を向いて口調を改める。
「いや、文字通りのどうするか、だよ。まず、今俺達に必要な事は、周囲の探索と食料の確保だ。これは外せないってのは判るだろ? ここがどういうところなのか、俺達は全く知らない。ここが平地なのか、丘の上なのか。どこまでも森なのか、すぐに森は途切れるのか。周りに人は居るのか、人跡未踏の地なのか。そもそもこの辺は気候が温暖なのか、寒冷なのか。そういった俺達を取り巻く周辺情報が、ほぼ不明なままだ。で、その上でだ、ここを拠点に生活するのか、ここを出て他所に拠点を探すのか・・・、その辺りをまず決めないといけない」
「ああ、なるほどな。そうだよな。今後の方針というか、方向性というか、それは決めないとな」
タツヒロの返事を聞いて、ナベは珍しくトシに異論を唱える。
「いや、トシ、タツヒロ、その結論はもう少し先でいいと思う。まずは一週間、この辺の狩りと調査に専念する。周りの状況と、狩りの出来高を見て決めてからでも、何も遅くはねえ。その間に、俺たちはそれぞれのスキルを、使いこなせるようになってねーとな。どうするか、はその状況も加味して決めねーと、色んな前提を見誤る事になんじゃねーかな・・・」
言葉の勢いだけではない説得力に、トシはあっさり前言を翻す。
「ナベから意見とは、飯以外では珍しいな。そういう事なら分かった、それで行こう」
「ほう?、まあトシがそう言うなら、俺も特に異論はないな。ナベの言う通り、特にスキル周りはなるべく高めておかないと、ここでは生死に関わるんだろうからな」
「そういう事だ。まだまだ俺達なんざ、高める前の段階だからな、練習あるのみだ。トシはトシで今日、既にアビリティを獲得してる。そういうことをしっかりやってく中で、まずは一週間やってみよう。一週間後の時点での情報を基に、それ以降の方針を決めようぜ」
「それなら後で、ナベとタツヒロに少し見てもらいたい記憶がある。スキルの連携を設定したときのやつだ。二人に何らかの参考になればと思ってる。後で時間を取ってくれ」
トシの提案を、タツヒロが了承する。
「分かった。しかし、あれだな、調べてないから当たり前だが、情報が足りな過ぎるな。この世界に来て、たったの一日目じゃ高望みなのかも知れないが、判断を下せないってのは、正直言うと困りもんだよ」
ナベも同様な様子で、言葉を引き継ぐ。
「自分のスキルやアビリティさえ似たような状況だからな。ある意味、しょうがねえっちゃしょうがねえよ」
そこでトシが話題を変えるようにスマホを取り出し、二人に見せる。
「それと、これに関しても結論が出そうだ。良かったら。タツヒロもナベも、スマホ見てみろよ」
そう言って、自分のスマホを触り始めたトシの言葉に、ナベもタツヒロもそれぞれ自分のスマホを確認し始める。
「いろいろあって、スマホをそんなにゆっくり見てなかったから、気付くのが遅れたが、これも、実はアーティファクトになってたよ。だが、機能は一部だけの維持に留まってるな。少なくとも、ネットには繋がらなかったな。ネットに関わるアプリは全滅だったよ」
「どれどれ、うお!?、ダメだ・・・、これは?・・・ダメだ・・・、うげ・・・これもかよ・・・」
肩をすくめるトシの言葉に、慌てて、いくつかのゲームを起動し、落胆していくタツヒロ。
それを、ナベが諦めさせようと説得し始めた。
「いやいや、タツヒロ、トシがネットは全滅だって言ったじゃん、ゲームは無理だって。男は諦めが肝心だ、って言うだろ?」
「そう言うけどなあ、ナベ、このゲームなんかさあ、それなりに課金してたんだよ俺・・・。診察時間の隙間を見つけてはさ、シコシコと頑張って育成してたんだがなあ、全部ダメかあ・・・」
そこに口調を変えてトシが混ざってくる。
「タツヒロには残念な結果になっちまったな。でもなタツヒロ、ネットはダメだが、生きてる機能も一部あるんだ」
そう言って見せて来たのは、八月三十二日を指す、横に八マス並んだカレンダーだった。
曜日の色分けの無いカレンダーで、日付は基本的に黒、十日、二十日、三十日のみ、背景に赤地の丸があるり、今日の日付らしきところが、青くなっていた
タツヒロもナベも、それを見て固まる。
「明日は九月一日らしいよ。そして、この機能も生きてる」
今度は四つの数字の並んだデジタル時計だった。
それを二人に掲げながらトシが説明を始める。
「最適化、と言っていいのか、この世界に合わせて調整されているがな・・・、と言ってもここの文明度次第では、これほどの正確な情報はこの三人しか知らない事になるが・・・」
ナベが時計表示を見て呟く。
「時、分、秒までは分かるが、瞬ってなんだ? しかもこの瞬て、何気に速くね? ・・・しっかし、秒の下の時間があんのかよ・・・、っつーか八月三十二日って何だ? しかも一週間が、八日になってね? ・・・こういうの知ると、ここってやっぱ異世界なんだなあ、としか言えねーよなあ・・・」
「このペースだと、1瞬って0.5秒ぐらいか? それと1秒が10瞬だな、およそ、地球の5秒ってとこかな?」
「まあ、ナベもタツヒロもそんなに心配しなくてもいいはずだ。時間に関しては今まで通り、時分でいけるよ」
そこでトシがスマホを操作して耳に当てる。
突然、タツヒロのスマホの通話の着信音が鳴った。
「おい、これって・・・」
タツヒロが恐る恐るスマホの通話ボタンを押すと、聞きなれたトシの声がスマホからも、トシの口からも聞こえてくる。
『これも生きてるな、タツヒロ』
『ああ、ちゃんと通話になってるな、トシ』
タツヒロの返答を確認して、トシはスマホの終話ボタンを押す。
「じゃあ、今度は俺な」
ナベがひとしきりスマホを操作した後、トシのスマホのSMSの着信音が流れる。
「ほう、やっぱりこれも生きてるんだな。番号での通信が出来たから、出来るかな?とは思ってたんだが・・・。SMSも大丈夫だと、応用範囲が格段に広がるな」
トシがそう言いながらスマホのSMSを立ち上げると、短く『相田誠人 参上』という文面が確認できた。
「いや、族じゃねーんだから」
お約束のツッコミを入れるトシであった。