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苦手な方はご注意ください。

22回目の世界で

作者: nagito






────────彼女は死んだ。


もう彼女から体温を感じない。


あの咲き誇る花ような笑顔はもう、ない。

あの雪の日のはしゃぐ声はもう、聞こえない。

あの娘は、もう、いないんだ。


...................いないんだ


彼女は僕の胸の中で眠るように瞳をとじている。

その瞳はもう、開かれることは無い。


「.......................ごめん...........................」

きっと痛かったよな。

その体には、幾つもの穴がぽっかりと空いている。確実に彼女を死に至らしめるだけの量の血液が、彼女の身体を離れ僕の衣服を汚していく。


「.............守れなくて、ごめん...................」


これで何回目だ。

今度こそは守るんじゃなかったのか?

命にかえても守るんじゃなかったのか?


ああ、胸が苦しい。


なあさっき、君はこう言おうとしたんだろう?


────私はいいの。もう、逃げられない。

自分が一番、分かってる。

私は死ななきゃダメみたいだ。

..............でも、あなたは違う。

..........だから貴方は─────────



「私なんか見捨てて、自由に生きて......」

彼女は僕の悲しそうな顔を見て最後まで言わなかったけれど、きっと君は、そう言おうとした。僕には分かる。





だってその言葉聞くの、もう5回目だよ....?







彼女から目線を上げると、目の前に兵士が立っていた。彼女を殺した奴だ。

こいつのせいで...........!

僕は兵士を睨む。あらん限りの恨みをこめて。

しかし兵士は、それに怯んだ様子も見せず引き金を引いた。

眼を瞑る。


一瞬の静寂が、その場を支配した。


そして銃声が響く────



そして僕は、



そして、



僕は──────────────────






* * * X X * * *






僕はこれまで何度も生き直している。


いわゆる転生というやつだ。

原因は『不明』。


僕の場合、ただ生まれ直すだけではない。この転生には一定の法則と制約が存在する。


まず、僕は何度生まれ変わっても「カスミ」という人物として転生する。

ちなみに男だ。

親の名前が違っていたり、周囲の人々が違っていたりと多少の変化はあるが、僕の身分が低く平民向けの魔法学校に入るということは変わらない。


そこで、毎回彼女と出会うのだ。



王の名を冠する「ライラック」という少女に。


21回目の世界である今回もその例に漏れない。

国王の娘である彼女は、社会見学の一環として平民の魔法学校に通う。

彼女は彼らに紛れて教室の窓際の席に座っていた。

しかし、彼女の王の後継者としての溢れんばかりのオーラは隠しきれるものではなく、どこか近寄りがたく、触れてはいけないもののような神聖な気配を放っている。

一方で彼女も自分から話しかけるような社交的な人間ではなく、いつも本を読んで自分の世界へ引きこもっているのである。


故に平民ばかりの魔法学校の中で彼女は異質であり、注目を浴びながらもいつも一人ぼっちであった。


ここまではどの世界でも毎回同じだ。


──────問題はこの後である。




「今回も......きっとあいつは死ぬ」

それは決定事項だ。

彼女は、僕と出会い、そして変わっていく。


ある世界では社交的になって学校の色んな人たちとの交流を深め、王女となった後、精力的に活動をしていた。

その時、僕は王女の側近として尽力した。


ある世界では魔法を極めて「聖女」と呼ばれ、僕と一緒に世界を旅した。


また、ある世界ではクーデターを起こす危険分子として指名手配され、僕と共に逃避行を繰り広げた。


そしてそのどの世界でも────────



彼女は理不尽で惨たらしい死を迎える。



それは、逃れられる事の出来ない残酷な呪いであり、この転生の法則である。


なお、この転生で記憶を引き継いでいるのは僕だけであり、これを誰かに打ち明けようと思った事はない。

打ち明けたところで信用してくれるとは思えないからだ。言ったところで頭のおかしい奴だと思われるのが関の山だろう。


それに、言ったところでどうにか出来るとも思えない。

僕が20回人生を繰り返し、20回彼女を死なせた事実がそれを証明している。


だから、僕は決めた。

これ以上、彼女を目の前で失わないために、

彼女を苦しい目に遭わせないように、

一つの決心を。


彼女と僕の出会いは、一つの分岐点のようだ。


ここから未来が枝分かれし、彼女の死という一つの終末へと向かっていく。



僕と彼女が出会うことで彼女の運命がきまるというなら、


僕が彼女を好きになることが彼女を死に追いやるというなら、


最初から彼女に関わらなければいい。


それなら、彼女は安全な人生を送れる...筈だ。


だから、僕はこの恋心を殺す。

自分の気持ちなど関係ない。

ただ、君だけが助かればいい。


それが僕の全てだから。



そして時は巡る。




季節は............春。

僕と彼女が魔法学校に入学してから2年たった。




僕らは、魔導祭の準備をしていた。魔法学校の学園祭みたいなものだ。


平民出のクラスのみんなは和気あいあいと楽しげにクラスの出し物の為の機材を運んだり魔法道具を作ったりして準備している。

ただし、その輪に溶け込めてない生徒が一人いた。

...... ライラックである。

彼女は一人、手持ち無沙汰で教室の隅から作業を眺めていた。


一人の生徒がライラックにも声を掛けようとするが、そのオーラに当てられたように諦めて退散していった。

長い間彼女と過ごしている僕からみると、彼女が相手側から話し掛けて欲しがっているのがありありと伝わるのだが、奥手な彼女は自分から協力したいと言えないようだ。

よく見ると涙目になっている。


気の毒だが僕が話し掛ける訳にはいかない。


彼女が自分で何とかするしか...


その時だ。


ガラガラ、と音を立てて教室の扉が開く。

そして筋骨隆々で仏頂面をした教師が入ってきた。

「おい、お前らしっかりとやってるか?」

不機嫌に尋ねると、教室がピリピリした雰囲気へと変わった。


まずいぞ、と僕は思う。


誰も問いに応えないことに苛ついたのか、周囲を見渡すと、教室の隅で作業も何もやらずに縮こまっている生徒を見つけ、一層顔をひそめさせる。


「おい、ライラック、貴様は何もしてないように見えるが?」


「ひっ、いえ...手伝おうとは思っていたんですが...」


「言い訳はいい。貴様は、他の生徒が頑張っている事に胡座をかき、楽をしようとする卑怯者だ。恥を知れ」


この教師は人の話を聞かないことで有名だ。ライラックに助け船を出してやりたいが、ぐっと我慢する。

耐えろ自分.......!


「あの....私、みんなを手伝いたくて...。

でも、最初の一歩が踏み出せなくて....」


「はあ?なにを言っているんだ。

人の手伝いもろくにできん奴がこの学校に来るんじゃない!」


「でも、私....!そんな自分を変えたくてこの学校に来たんです......!」


ライラックの顔は燃えるように真っ赤で、無理して喋っているように見える。その目には涙が貯まっており、今にも泣き出しそうだ。


「教師に口答えする気か!

もういい!お前は懲罰房行きだ!」


「えっ、そんな...」


「人との付き合いも出来んようなデクノボウがこの先やってけると思うのか?」


その瞬間、彼女の顔は一層悲痛に歪んだ。

それを見て、僕は....





* * * XIX * * *







数回前の世界。


一面に咲くシオンの花が風に揺られて波をたてる。


僕と彼女は心地よい風を感じながら花を枕に寝そべっている。


僕は彼女の過去の話を聞いていた。


彼女が学校に来る前の、話を。


「私ね......国王様の本当の子供じゃないの」


打ち明けられた秘密が国家規模だったことに、僕は目を見開いて驚いた。


「そんな大事なこと、僕に......いいんですか?」


「いいよ。カスミだしね。

それと.......敬語は禁止!」


彼は僕の口にその小さな人差し指を押し当ててにかっと笑った。


「私はね...昔、親の名前も分からないような孤児で、掃き溜めみたいはスラム街に住んでたの。

体力も筋力も人並み以下でね、日々生きていくのがたいへんだったよ。

毎日、色んな大人にこきつかわれては苛められてた」


「............」


風が止んだ。僕は彼女の話に黙って耳を傾ける。


「その癖、人と話すのが苦手でさ。

─────でくのぼうって、呼ばれてた。

なんも出来ない、役立たずだってね......

お前なんかこの世の誰も必要とされてないって、ずっと言われ続けてきたの」


「......それがどうして王の娘に...?」


「んー、どうしてだろうね。

なんだか分からない内に王宮に呼ばれて、

『今日から君はうちの娘だ』なんて言われて、豪華な服を着させられて、王としての作法を覚えさせられて、

...........この学校に送り込まれた」




何かの陰謀なのであろうか?

これは僕の転生とライラックの人生はなにか関係しているのではないだろうか?


彼女は悲しげな笑みを浮かべて続ける。


「でもね...たとえなにかの陰謀だとしても、私は嬉しかった。


誰かの役に立てることがとても嬉しかったんだ。


利用されるだけされてまた捨てられるんだとしても、私は王様とこの国のためになにか役に立ちたいと思ったの!」



胸がやけつくような感じがした。



「私はもう、役立たずにはなりたくないから...」



彼女の目を見れない。

きっと僕は彼女よりひどい顔をしているだろう。



「.......でくのぼうなんて、呼ばれたくないから」



顔をあげて、ライラックの目を見た。

彼女はもう悲しげな顔などしていなかった。

優しい風が彼女の黒髪を揺らす。



口から押し出されるようにして

言葉が、突いて出た。


「僕は.............ライラックが価値の無い人間だなんて思った事なんて、ありません。

だってあなたは──────僕にはないもの、人には無いものを持っていますから」


彼女は驚いたような、嬉しいような顔を浮かべた。


「何があっても、守らせてください」


安い同情はしたくないが、ただ僕は、彼女を守りたいと思った。




私でいいの?と彼女は、はにかむ。




「僕が...僕だけは...最後まで守るから」










たとえどんな、世界でも。









* * * X X * * *



「──────そこまでにしてください」








気がつくと、僕は彼女と仏頂面の教師との間に割り込んで話していた。



彼女は突然のことに驚き、教師はますます不機嫌そうに眉間の皺を刻む。


「なんだ貴様は?」


「彼女のクラスメイトです。

彼女にはクラスの作業の監督役をやってもらっていたので、あまり叱らないでって欲しいのですが?」


教師は面食らった様子だったが、すぐに持ち前のふてぶてしさを取り戻し、


「そんなもの必要ないだろう。大体貴様は関係ないだろうが」


「いえ、彼女は人との付き合いが苦手なので、作業に加わってもらうより、全体の状況を把握してもらった方が作業の進行がスムーズになると考えただけです。

........それに、関係ないのは先生もおなじですよね?

彼女の生き方は彼女が決めるべきことです」


もちろんでまかせだが、教師は少し考えた後、不機嫌そうにいい放つ。


「まあ、懲罰房は許してやろう。

だが、次に反抗的な態度をとったときは容赦せん。

カスミ。貴様の態度も目に余るが...まあいいだろう。だが次は無いと思え」


教室の扉を荒々しく閉めると、静寂が訪れる。

クラスの誰も口を開けずにいた。

ライラックは、 呆然としながら潤んだ瞳を僕の方へと向けている。





...........................................やってしまった。


彼女には関わらないと決めた筈なのに。


頭から血の気が引いた。



やばい、やばい、やばい、やばい....!

またやり直さなきゃいけなくなる!


無言のまま、その場を去ろうとする。


教室を出て、廊下を早足で歩く。


しかし、後ろから猛スピードで迫る足音が聞こえる。うわ、追いついてきた。


「待って!」


スピードを上げる。


「ちょっと!待って!!」


意外に速い。そう言えばライラックは足と魔力だけは秀でていたな。


逃げ切れないと思い、足を止める。


「なに」

出来るだけ不機嫌に、仏頂面を意識して話した。


「あの......助けてくれてありがと.....................ございます...」


「別に助けたつもりはない。みんなの作業に支障が出るから止めただけだ」


想像していたよりも冷たい声が出た。

まあいいや、このまま突き放そう。


「ねえ待って...どうして私を助けてくれたの?」


「いや、だから違うって...」


「でも...私ね、嬉しかった...。

あなたが助けたつもりじゃなくても、すごく嬉しかった...」


彼女のすがりつくような顔を見て、胸が締め付けられる。

やめてくれ。

そんな目で、こっちを、見ないでくれ。


「そうか。

でも、もう僕には関わらないでくれ」


彼女の顔が凍りつく。


「え...どうして...」


ライラック、君は僕とは関わっちゃいけないんだ。


ライラック、僕は遠くから君を守るから。


だから──────どうか、この気持ちに、気付かないでくれ。


「君が嫌いだから」




彼女はただただ呆然としていた。

僕はそれを背に、歩き出した。

その背は少し震えていたかもしれない。






僕はこの世界で初めて、彼女を突き放した。











そして季節は...夏。


僕とライラックの関係は少しずつ変わり始めていた。


「カスミくーん!お昼ご飯、一緒に食べよ?」



明るい声で、彼女は僕の名を呼ぶ。


「おいカスミ、ライラックちゃん呼んでるぞ?行ってやれよ」

ニヤニヤと笑いながら友人が背中を叩いてくる。


「うるせえ。僕はあいつ嫌いなの」


「またまたー!いざという時は守る癖に!」


「うるせえ!しばくぞ!」


彼女にも数ヶ月で友達が増えつつあった。

クラスメイトが魔導祭の事件を発端として、彼女に声をかけてくれるようになったのだ。

もう一緒に昼食を食べるような友達もいる筈だが.......。


彼女は何故か、僕と絡もうとしてくる。


その度に邪険に扱うのだが、彼女は突き放す度にめげずにやってくるのだ。

突き放すにも体力が要るのでそろそろやめてほしい。

それにこのままだといつもの転生と同じ結果になってしまいそうだ。


僕は己の不甲斐なさに歯噛みする。原因は分かっているのだ。それはきっと僕の甘さだ。

彼女を突き放つ度、彼女が悲しそうな顔を見せる度、これまでのライラックとの記憶が蘇ってくるのだ。

僕が幸せに出来なかった彼女が僕の胸を締め付けてくるのだ。


僕は故に彼女を完全には突き放せないでいる。


「カスミくん!お弁当持ってきたよ!食べる?」


「いらん。売店で買ってきたやつがあるし」


ライラックは苦笑する。

「料理できないなら私が作ってあげるよって前に言ったのにー」


「人からの施しは受けんって前にも言っただろ?」


「でも、魔導祭の時のお礼もまだ出来てないし....」


「はぁ...、いいんだよあれは。

僕が勝手にやった事だ」


「じゃあさー1個だけでいいから贈り物をさせて!」


「はあ?なんでそんなん貰わなきゃ...」


「そしたらもう、無理に付きまとったりしないから。

ね?いいでしょ?」


彼女が瞳を潤ませてこちらを見上げてくる。

かわいい。

くそ、ずるいぞ。



しかし、これは彼女と距離をとる良い手だ。

僕は仕方無く了承した。


彼女はやれやれといった感じの僕の顔を見て微笑む。


「なんかカスミくんの顔って見ると安心するなー。

どこか昔懐かしい感じがするっていうか...」


「なんだそれ。僕の顔なんかどこにでもあるような顔だぞ」


「そんなこと無いよ。目が優しそうで、髪がさらさらで、ほんとうちの猫みたい!」


「猫かよ...。なに、お前の中で僕は猫なの?」


「うーん、確かに猫みたいだね。優しくするとそっけない態度とられるし、かと思えば不意討ちで優しくしてくれるし」


お前のなかで僕はそういう扱いなのか。

ちょっとショックだ。


「あー、今ふっと笑ったでしょ」


「笑ってないし」


「絶対笑ったー!」


「絶対笑ってない」


彼女は花のように笑う。


それが昔のように懐かしくて、僕の頬は自然と綻んでいった。



こうして、この世界で初めて楽しいと思える夏が過ぎていった。



しかし、僕の不安は大きくなっていく一方だ。

僕とライラックの距離は確実に少しずつ近くなっていく。

このままじゃ彼女を守れない。

どうしたらいい?

彼女を突き放すにはどうしたらいいんだ?



前回の世界がフラッシュバックする。

銃声────────

腕の中で冷たくなっていく彼女。

何も出来ず、ただただ涙を流すだけの不甲斐ない自分。

彼女の血で紅く染まっていく僕の衣服。


......彼女の泣いた顔。

彼女の笑った顔。

思い出すと胸が痛い。

痛い。



どの彼女もいなくなってしまった。

僕を置いてきぼりにして。


いつも僕ばっかだ。

辛いのはいつも残される方だ。


彼女を守りたいんだ。

でも、僕には荷が重すぎる。


運命は僕なんかには変えられないんだ。

何度も立ち向かって、歯向かって、ボロボロにされて、

───────────もう疲れた。

──────────もう終わりにしよう。



彼女とは、もう、さよならだ。





きりきりと痛む胸を押さえて、僕は誓った。










そして季節は........秋。


僕はライラックに校舎裏のシオンの花畑へ来るよう言われていた。

この場所は、ライラックにはじめて秘密を打ち明けられた場所だ。


「シオンの花言葉って知ってる?」

後ろから声が聞こえた。

どの世界でも変わらない、僕の愛してやまない春の風みたいな柔らかい声だ。


ライラックの問いであるが、僕は知っている。

「...........知ってる。《君のことを忘れない》だろう?」


「なんだ。知ってたんだねー。

カスミくんが博識で私びっくりー」


「なめんな。僕は学年首席だぞ」


21回人生を重ねて学んだ知識は、魔法学校でも遺憾無く発揮された。

僕はそのお陰で学年トップを毎年維持していた。ずるをしているようで気は引けたが、ライラックをなんとか助けようとこれまで頑張ってきた証だ。許してほしい。


「そうだね。やっぱりカスミくんはすごいや」


少し顔が火照っているのを感じる。

彼女に誉められると未だに少し照れるな。


「そんで、なんで呼び出したんだ?」


「あー、夏に約束したでしょ?

カスミくんになにか贈り物がしたいって。それでねー、大したこと思いつかなかったんだけど......少し、目を瞑ってて?」


「なんだよ...」


「いいから!はやく!」


目を瞑る。ライラックの方から迸る魔力の奔流を感じた。


魔力が立ち上っていく。

なにをしているんだろう。


目を瞑ったまま、このあとの事を考えた。


僕は彼女の目の前から去るつもりだ。

だが、彼女に一言も残さずに去るのは後ろ暗さを感じた。

だから、最後に会って誤魔化してから学校から去ろうと思う。

これでいいんだ。


「出来たよ!目を開けて!」


ゆっくりと目を開ける。





瞳に映し出されたのは─────────

視界一面に広がる、紫宛色と薄紅色の世界。





目を奪われた。



─────なんだこれは。


雨のように降るシオンの花弁。

そしてそれを彩っているのはライラックの魔力だ。

花弁を纏うように風と一体化した彼女の魔力はその鮮やかな色を反射し、紫宛色の幻想的なドームを作り出していた。


「凄い.................」


「でしょでしょ♪」


彼女はその魔力を維持しながらも楽しそうに笑った。


「見直した?」


「まあ、花びら一枚くらいは...」


「全然見直してないし...」


心の奥底から自然と笑いがこみあげる。

二人は笑いあった。







しばらくして、一面は元のシオン畑へと戻った。


「気に入ってくれた?私の贈り物」


「ああ、ありがとう。こんなの初めて見た。

この日のために準備してたのか?」


「うん!喜んでくれたみたいで良かった。

最近、ずっと悩んでるみたいだったから....」


息が詰まる。


.......まあいいや、話してしまおう。



「あのな。実は...」


「ねえ、カスミくん」


「なんだよ人の言葉を遮って...」


「私のこと、嫌い?」


え?


「....別に嫌いじゃない」


「なんで私を庇ってくれたときは私を嫌いだって言ったの?」


「............あの時は............煮え切らない返答しかできないお前に腹が立っただけだ」

「嘘だよね?」




僕は目を見開いた。

彼女は僕から目を逸らさずじいっと見詰めている。


なにを いってる?


「嘘じゃない。本当にそれだけの理由だよ」


「...君はずっとなにか隠してる。

私と初めて会ったときからずっと。

私、人の視線だけにはとっても敏感なんだよ。───ずっと、私を気に掛けてくれてたでしょ?」


やばい。気付かれていたのか?

誤魔化さないと。

誤魔化さないと。

誤魔化さないと。誤魔化さないと。

なんとか誤魔化さないと。




「ねえ、誤魔化さないで。

こっちを...........見て?」





彼女は───────────泣いていた。





「なんでいつもそんな苦しい顔してるの?

私のこと気に掛けてくれるのに、そんなに距離を置こうとするの?

矛盾してるよ!君のことが....分かんないよ...!」


呼吸が乱れる。

僕は泣いている彼女以上に顔を歪めているのだろう。


泣きたいのは僕の方だ。

押さえつけていた感情が胸の中を渦巻く。


「辛いなら、私に言ってよ....。

一人じゃ辛くても、二人ならなんとかできるかもしれないじゃない!

私はあなたを少しでも理解したいの...」



決定的な何かが、ぷつんと音を立てて切れた。



20回の人生で淀みきった濁流が堰をきったように流れ出す───────




「分かるわけないだろ」

「え」



「お前にっ!僕のことを!僕の想いが!!

わかる筈ねえだろぉがっ!!!!」


もう、止まれない。


「20回も君と共に過ごしてっ!

20回も君を好きになってっ!

そんで!!

20回も...........君をっ!守れなかったっ!!」


「え?なんのこと....?」

彼女は突然怒り出した僕に困惑する。


「愛する人を目の前でずたずたに引き裂かれる気持ちがわかるか!大好きだって言ってくれた人が目の前で苦しみもがくのを眺めているしかできない気持ちがわかるか!」


........解る筈ねえよな!!!

お前に解る筈がない!!



「僕が......弱いからっ................!!

君一人守ることすら出来ないほど.........!!」


拳で校舎の壁を殴り続ける。

血が出て骨が見えても止めることなく、何度も。


「ねえ、止めて...!やめてよぉっ....!!」


彼女は半泣きで必死に僕を止めようとする。


「僕に...君は.......守れないんだ」


「そんなことないよ...そんなことない...」


彼女は僕に抱きつきながら、泣きながら慰める。


「君は十分私を守ってくれたじゃない...」


違う。違うんだ。


「違う。君は...僕には救えないんだよ...」


木枯らしが吹き抜ける。









秋の風が冬を連れてきた。




その翌日、僕は人知れず学校を出て、近くの農村へと逃げた。



これで。

彼女と関わることはもう無いだろう。





彼女は新しい人生を歩むんだ。







さよなら。



僕の愛しい......................................

















冬がやってきた。


丸太で出来た隙間だらけのあばら屋はとても住むに快適とはいえず、身を縮めて夜が過ぎるのを待っていた。



僕は凍える頭で考えた。


────彼女は元気でやっているだろうか。


────僕が居なくなって泣いてやしないだろうか。


彼女は寂しがりだからなぁ、と思うと、自然と笑いが込み上げてきた。

「もう、会えないのにな...」

と、自分が突き放したのにも関わらず彼女を未だに心配する自分を自嘲する。


これまで、色んな事があったな...


皇室に呼ばれて、いきなりライラックの近衛兵に任命されたり。


彼女と一緒に世界を旅して、巨大なドラゴンと戦ったり。


魔方陣の研究をしていて、研究棟を燃やしてしまったり。


ああ、こんなこともあったな。


あれは、こんな寒い日のことだった。


君が寒い寒いといって僕のベッドに入り込んで来たんだ。


『ほら二人なら寒くない』


そう言って君は笑うんだ。


僕はそんな彼女が可愛くて、思わず抱き締めてしまった。


あの時の彼女はほんとにかわいかったなぁ...



もう会えないけれど。



僕は彼女のこの先の幸せな未来を想像せずにはいられなかった。


きっとこの後も順調に友達を増やして楽しく学校生活を送るんだろうな...とか。


立派な王女様になってこの国中から尊敬されるようになるんだろうな...とか。


......その内好きな人も出来るんだろうな...


僕はいいんだ。

彼女が幸せなら、それで...。




既に乾いた涙の後を拭き取り、僕は微睡んだ。












ごそごそ。


『寒い寒い』と誰かが身体をよせてくる。


夢の中なのであろうか。


『カスミくん』


誰かの呼ぶ声が聞こえる。

それはどこか懐かしくて温かくて新鮮で──


『カスミくん、起きて』


目の前に誰かの顔がある。

絹糸のような繊細な黒髪が僕の鼻先をくすぐる。


「ライラック...なのか...?」


彼女は僕に身体を寄せたまま、にかっと笑った。


「おはよ、カスミくん」


「なんで...ここに.........」


「だって...................一人だと、寒いでしょ。

二人なら、ほら、寒くない」






その瞬間、何故だか涙が溢れた。

どこから溢れてくるのか分からない。

でも、とても懐かしく、優しく包みこんでくれる温かい場所から来ているのだと感じた。


「ほら、涙拭いて」

彼女はぎゅっと僕に抱き付いてくる。そしてその指先で涙を拭った。



「....なにも話してくれなくていいよ。

だからね、お願い。一緒に居させて...」


慈母のような笑みを浮かべて彼女は僕を見る。


「君はどこか『私』の知らない遠い場所で頑張ったんだね。

そんで頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って......

もう、疲れちゃったんだよね。


もう......大丈夫だよ。


今度は...私の番。


───────私があなたを守るから!」







彼女の身体から伝わる暖かさは次第に僕の心を溶かしていった。

しかし、心の隅にあるこびりついた不安の火種が僕に叫ぶ。




────嫌、ダメだ。

─────彼女は僕が守らなきゃ。

─────ボクガ、マモラナキャ...





「でも......僕といると君は死んじゃうんだ...。

君は僕と居ちゃいけないっ... 」


「..................カスミくん、私ね、

ずっと今まで役立たずって呼ばれてきたの。

だからかな...人にね、必要とされることに飢えて生きてきたんだ。」


彼女は僕に語りかける。


「今までは国王の息女として必要とされて、それに応えなきゃって必死になってた...。

でも、君に出会って気付いた。

国に『シンボル』としての私は必要だけど、国に必要としてるのは『私』じゃなくて、国に治める『誰か』だって。

───────でも、君はそうじゃない」


泣きそうになりながらも、彼女はぎゅっと笑顔を作って話し続ける。


「君は私だけを見てくれてる。

君は『私』を必要としてくれてる。

だから私は.......国を捨てても、あなたの力になりたい..... !」


彼女は手を差し伸べて僕に言う。


「一緒に逃げよ...?あなたの力が足りなかったら、私が守る。

私の力が足りなかったら、あなたが守る。

そうやって、支えあって生きていこう?」





彼女がとても大きく見えた。

守らなきゃ、って思っていた彼女はこんなにも強い人だったのか...





....................................敵わないな、君には。






僕でいいのか?と僕ははにかむ。







あなたがいいの、と彼女は笑った。








私が今度は、あなたを守るから。

そう言って笑った。





































そして季節は再び.................春。



「おおーい、お昼ご飯だぞーー!!」


僕は子供たちを呼ぶ。


庭で遊んでいた黒髪を三つ編みにした女の子と元気一杯の男の子が扉を開けて家の中へと飛び込んでくる。


「今日のごはんなーにー?」


「父さん!バッタいたバッタ!」


「こら、家の中に入ったらまず手を洗いなさい!」


「「はーい」」


泥だらけの二人に言い聞かせながら、僕は微笑む。


玄関に目をやると、4輪の花が生けられていた。


台所からいい匂いが漂ってくる。


もうすぐ作り上がるようだ。



僕は昨晩の彼女との会話を思い出す。





「ねえ、もしもまた転生したらどうするの?」


「え、それ考えて無かったなぁ...。

今こんなに幸せだし...」


彼女は相も変わらず花のように笑う。


「私も幸せ!

それで、どうなの?」


「うーん。特にやりたいことはないかなぁ。

でも...」


「でも?」


「何回生まれ変わっても、僕は君を探し続けると思うな。二度と手放さないよ」


「さすが私の夫!」


彼女は茶化すが、ほんのりと耳が赤くなっている。


僕はなんだかそんな彼女が愛しくなって、胸に抱き寄せた。




今回の転生では、彼女に運命の魔の手が及ぶ事は起きていない。


なぜなのかは分からない。


彼女と僕の誓いが原因かもしれないし、彼女が政治の世界を離れた事が原因かもしれない。


いずれにせよ気の抜けないことは確かであるが、僕はこの幸せを噛み締めている。


今、ここに大切なモノがあるんだ。


その事が、僕の胸を熱くする。





「ごはんできたよー!おいでー!」


彼女の声がする。


さあいこうか。









僕はきっと、次の世界でも君を探すよ。








僕が君を、守るから。













































* * * * X X I * * * *





Fin.




初投稿です。

拙い文章ですが、読んでくださり有難うございました(^^)

指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。

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