8 そして死んだ者は……
「密室殺人未遂事件の犯人がわかったぞ」
翌朝、私といっきと愛子が校舎の前に着くと、入口をふさぐように立っていたガイ先輩が開口一番そう宣言した。
その隣には原納先輩もいる。
付近には他の生徒もいるので、嫌でも注目を集めてしまう。
「犯人はお前だ!」
そう言って、びしりと指差す。
その指の先には……私がいた。
そう――この『ひねり犯人説』こそ、昨日スフィーが言っていた『もっと簡単な解明』なのだ。
「やだなー、ひねりが犯人なら『覆面女』になるはずだよ。それともいつの間にか性転換でもしたの?」
いっきが笑いながら私を見る。
だがガイ先輩は落ち着き払って言った。
「簡単な話だ。お前はあの時トイレと見せかけて、隠しておいた覆面と学ランに着替えて男に――いや、倉畑になりすました。そして書庫に戻り、入口を鍵で開けて犯行に及んだんだ」
それを聞いた周囲の生徒達がざわつき始める。
――やっぱり、あの後スフィーを叩き起こして聞き出した推理の通りだ。
この『ひねり犯人説』を真っ先に考える者が出てくるのは当然だった。
……まあ肝心の私自身が思いつきもしなかったんだけど。
なにしろ、一つしかない鍵を持っていた上に、唯一ドアノブに指紋が残っていた人物こそ、他ならぬ私なんだから。
「どうだ。反論はあるか?」
ガイ先輩の問いかけに、私は答える。
「あります。犯人は私じゃありません。あの事件は、もう真犯人も真実も解っています」
「へえ……」
原納先輩が面白そうな顔でそう声を漏らした。
逆にガイ先輩は、面白くなさそうに言葉を吐き捨てる。
「ふん、だったらその真実とやらを話してみろ」
私はしばらく考えてから、それに答えた。
「……今は言えません。事件の真相はまだ伏せますが、解決に関しては私に任せてください」
ここで真相をガイ先輩に伝えてしまうと、暴走してネイさんに対して何をするかわからない。
それにガイ先輩が強引な詰問をすると、ホノ先輩から話を聞き出すのにも支障が出るかもしれない。
しかも結局の所、ネイさんが自白するか、ホノ先輩が『覆面男証言』は偽証だったと認めてくれない限り、私への疑惑が晴れるわけではないのだ。
何と言っても第三者から見れば、『ネイ犯人説』よりも『ひねり犯人説』の方が明らかに筋が通っているのだから。
「この期に及んでつまらん言い逃れか」
ガイ先輩が冷たい目で私を見る。
「……ここは私を信じてもらうしかありません。状況が落ち着いたら、真相をお話ししますから」
私がそう言うと、いっきが声を上げた。
「あたしは信じるよ!」
愛子もそれに同調する。
「私もひねりさんを信じます。そもそも動機がありませんし、倉畑先輩の指紋付きナイフを入手する機会があったとも思えません」
しかしガイ先輩はそれに反論する。
「……やはり俺にはその場しのぎにしか聞こえんな。密室に自由に出入りできたのは、鍵を持つお前だけなんだぞ。動機や凶器の入手方法など、探せばどうせ後から出てくるだろう」
私達は、今や生徒達に完全に包囲されていた。私に向けられるのは、複数の、明らかな疑いの眼差し。
……うーん、でもここで真相を言っちゃうと学校中の噂になって、ネイさんやホノ先輩を問いただすのに良い影響があるとは思えないし……。
考えた末に私は、やはりこの場は黙って汚名を受けることにした。
「ちょっと、大変大変!」
私がそう決意した時、ユイさんが野次馬をかき分けて突進してきた。
「どうしたの、ユイさん?」
私が尋ねると、ユイさんは息を切らしながら答えた。
「殺人よ殺人! 学校の裏手の林から、死体が見つかったのよ!」
「ええっ!? まさかホノさんが殺されたの?」
いっきが叫ぶと、ユイさんは首を振った。
「違うわ。殺されたのは――倉畑先輩よ」
周りに集まっていた生徒達から驚きの声があがり、場が騒然とする。
収まらないざわめきの中、いっきは私の耳に顔を近付けて言った。
「――でも倉畑先輩はむしろ殺そうとしてた側なのに、いったい誰に殺されたっていうんだろ?」
私は少し考えてから、ユイさんに質問した。
「ねえ、倉畑先輩は間違いなく他殺だったのかな?」
「現時点では断言はできないけど、自殺ではなさそうね。凶器も現場から消えてたそうだし」
その時、ガイ先輩が私に向かって声を張り上げてきた。
「おい、お前! まさか倉畑まで殺す計画だったのか!?」
「ち、違います!」
それを見たユイさんが手をぱちんと大きく打って、気を引いてくれた。
「あ、そういえば倉畑先輩の遺書も見つかったそうよ。自殺でもないのに遺書なんかがあるってことは、どのみち死ぬ覚悟で前々から書いてあったものらしいわね」
その言葉に、私ははっとして言った。
「もしかしてその遺書、『全部自分がやった』って書いてあった?」
「な、なんで知ってるのよ。その通りよ、『ホノ先輩殺害計画』とその実行を自白する内容だったらしいわ」
――これも昨夜スフィーが予測していた事だった。
『おそらく倉畑のかばい計画を裏付ける証拠はすぐに出るだろう。確実に自分を犯人と思わせたいなら、さらに決定的な証拠を倉畑自身が捏造する可能性が高いからだ』と言っていた。
その『倉畑先輩自身が捏造した決定的証拠』が、虚偽の自白遺書だったというわけだ。
「――おかしいな。お前、どうして遺書の中身を知ってるんだ?」
ガイ先輩の指摘に、私はあわてて答えた。
「そ、それはただの推理で――」
しかしその言葉をさえぎって、ガイ先輩は言った。
「なら俺も推理しよう。そもそも、その遺書は本当に倉畑が書いたものなのか? お前が書いて、ポケットにねじこむ事など簡単だろう?」
愛子がそれに反論する。
「それは推理とは言いません。ただの言いがかりです」
「……ふん、これから証拠を見つければ同じ事だ。今後、俺と原納は独自に捜査をする。必ず尻尾をつかんでやるからな」
ガイ先輩はそう言い捨てて、道をふさぐ生徒達を押しのけて去って行った。
「――おいおいガイ、勝手に僕まで巻きこまないで欲しいな」
原納先輩はそう言いながらあとを追う。
それを見送った後、ユイさんは言った。
「じゃ、アタシたちも行きましょうか。事件の詳細は今お父さんが調べてるから、いずれ情報が入るはずよ。事件の話はそれからね」
――そういえばユイさんのご両親はジャーナリストだった。色々コネもあるみたいだし、任せておけば正確な情報を仕入れてくれるだろう。
私達は野次馬の間をぬって、校舎の中に入った。
――と、私が下駄箱から上履きを取り出していると、ユイさんがすすっと寄ってきて囁きかけてきた。
「……で、一応聞いとくけど、ひねきちがやったんじゃないわよね?」
「違うよ! やってないよ!」
「でも遺書にはああ書いてあったけど、倉畑先輩は書庫密室事件があったのと同時刻に校外での目撃情報が出てきたから、時間的に犯行不可能なのよね……」
「そ、そうなの?」
それだと、ますます私の立場が危うくなってしまう。
「あんたが真犯人なら、捕まる前に独占インタビューをさせなさいよ」
ユイさんはいやらしい笑みを浮かべながら、すすっと離れて行った。
「はあ……私が犯人ってことにされる前に、早く解決しないと……」
私はひとり呟いて、ため息と共に靴を下駄箱に押しこんだ。