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ひねり~自殺志願者殺害計画~  作者: 愚童不持斎
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7 完全密室

 視点はさいわい、書庫の扉のすぐ前だった。廊下の窓に背をつけて立った格好だ。

 過去視では視界が固定されて動かせないので、ズレがなかったのは助かる。

 ――あ、私達がきた。

 書庫の前にやってきた、私とホノ先輩とネイさん。

 過去の私が扉の鍵を開けると、三人は中に入っていった。

 ――うん、やっぱり書庫には最初ちゃんと鍵がかかってた。

 そのまましばらく待ち続けたが、廊下には誰も来る様子がない。

 ――と、いきなり書庫の扉が勢いよく開けられ、外に飛び出してきた私があたふたと入口の鍵をかけなおした。

 私はバタバタと見苦しい走り方で、視界から消えていった。

 ……自分自身がトイレにダッシュする姿というのは、あまり見たくないものだ。

 その後も私は忠犬のようにひたすら待った。

 だが相変わらず誰もこない。

 ……それにしても私のトイレ、思ったより長い……。

 そんなに時間がかかった自覚はなかったのだが、当事者だと案外気付かないものだ。

 その時、書庫の中から突然悲鳴が聞こえた。

 ――えっ!?

 間違いなく、書庫には誰も入らなかったはずなのに――。

 やがて駆け戻ってきた私が、鍵を開けて中に突入した。

 ――うん、なかなか行動が早い。

 過去の私がトイレから戻ってくるまでの間、書庫からは誰も出てこなかった。

 たぶん今頃、中に入った私はホノ先輩とネイさんに駆け寄っている所だろう。

 覆面男が出てくるとしたら、ここだ。

 書庫から抜け出すには、この時しかチャンスがない。

 ……しかし、誰も出てくる気配はなかった。

 待ち続けて、次に起こったのは――。

「ガイ先輩! 救急車を呼んでください!――それと警察も!」

 書庫の中から聞こえた私自身の叫び声。

 どうやら書庫内の捜索が終わったようだ。

 しばらくして、噂を聞きつけたらしい人が集まってくる。

 まず二人の先生を先頭に、数人の生徒が続く。

 書庫から出てきた私が、扉の前で野次馬の生徒が中に入らないよう押しとどめ、先頭にいた教頭と学年主任の二人だけを招き入れた。

 ――確かこの後、先生達と私で改めて書庫を調べたので、中にはもう誰も潜んでいないはずだ。

 しばらくして、救急隊員と警察も到着した。

 もちろん到着した警察の人も、書庫の中をくまなく調べていた。

 私はそれらの人の流れを、見落としのないよう監視し続けた。

 その結果――犯人の出入りは、間違いなくなかった。

 ……いったい、覆面男はどこに消えたのだろう?

 人が出入りする際には特に注意して見ていたけど、どさくさにまぎれて抜け出す者もいなかった。

 ……などと考えているうち、私の視界がだんだんぼやけてきた。

 ――あ、過去視が終わっちゃう。

 意識が遠くなった私は、訪れた闇に大人しく身をまかせた。

「……ひねり、どうだった?」

 目を開けると、私の顔を覗きこんでいるスフィーがいた。

 私は起き上がり、視てきたことをそのまま伝えた。

 結局書庫には、侵入した人も脱出した人もなし。つまり、スフィーの望む完全密室だったということだ。

「そうか。ではこれで真実は明白だな」

 満足げに頷くスフィー。

 ――いや、全然明白じゃない。むしろ私にしてみれば、犯人も真実も闇に消えてしまったようなものだ。

「ねえスフィー、倉畑先輩はあの状況でどうやって脱出したの?」

「言っただろう。『倉畑が犯行に及ぶには鍵の開け閉めが不可欠』だと」

 だけど、犯行時は入口に近付いた人さえいなかった。

「それだと、倉畑先輩には犯行が不可能ってことになっちゃうよ?」

「うむ、その通りだ」

 え……ということは――。

「……だれが犯人なの?」

「当然、二人しかおらぬだろう」

「二人……?」

 そんなに犯行可能な人物がいただろうか?

 解らずに考えこむ私に、スフィーが言った。

「一人目はホノだ」

「え!? それってつまり、ホノ先輩の自傷行為ってこと?」

「うむ、そうだ。しかし試しにそう仮定して推理してみたが、『ホノ犯人説』は矛盾や不自然な点だらけだ」

 そりゃそうだよね。仮にホノ先輩が自分の体をナイフで切って『襲われた』と嘘をついても、その場にいたネイさんの証言ですぐバレてしまう。それにナイフに倉畑先輩の指紋があったのもおかしいし。

 私が納得するのを見て、スフィーは続けた。

「となれば、残るは一人。犯人はネイだ」

「ええっ!? なんでネイさんが?」

「密室に外部からの出入りがなかった以上、他に犯行可能な者がおらぬからだ。ホノ犯人説が成り立たぬのであれば、犯人はネイしかありえぬ」

「じゃあ、ネイさん犯人説なら成り立つって言うの?」

「うむ。ただ一点を除いてはな。むしろネイが犯人なら、他の全ての筋が通るのだ。密室や不自然な指紋など、不可解な状況の謎が解け、全てが合致する」

 そう言われて、私は改めて考えてみる。

「うーん……ネイさんなら密室での犯行が可能だったっていうのはわかるけど、ナイフに付いてた倉畑先輩の指紋はどうなるの?」

「そう、そこから推理できるのが、『ネイは兄になすりつけをしようとしておる』という事実だ」

「なすりつけ? それって、倉畑先輩にホノ先輩殺しの罪をかぶせようとしたってこと?」

 スフィーは頷いて説明を始める。

「その証拠は二つある。一つ目は、兄の指紋付きナイフをネイが持ち歩いていた点だ。まずここから、なすりつけの意図は明白だな」

 ――確かに、そうでなければ他人の指紋の付いたナイフなんてわざわざ用意して持ち歩いたりしないだろう。

「それじゃネイさんは、実のお兄さんを罠にはめようとしたの?」

「いや、おそらく指紋付きナイフは兄自身が渡したのだろう。さて、そこで二つ目の証拠に繋がる問題だが、『いったいなぜ倉畑は探偵部に殺害予告をしたのか?』」

「え、なぜって――」

 ……そう言われてみると、第三者に殺害予告するなんてデメリットばかりで、メリットは何もない。

 倉畑先輩は『犯行を止めて欲しい気持ちがある』からって言ってたけど、リスクやデメリットの大きさを考えると、動機としては無理がある。

 顔も素性もバレている状況で見ず知らずの人間に殺人予告するなんて、気持ちが揺らいでいる人間にできることとは思えない。

 それに探偵部に宣戦布告しにきた時の倉畑先輩には、むしろ強い意志というか、固い決意が感じられた。

「……スフィー、つまり倉畑先輩には、殺害予告を行うもっとはっきりとした理由があったの?」

「そうだ。倉畑には『殺害予告をすべき理由』があったのだ。妹をかばうために、『自分を犯人と思わせたい』という理由がな」

 あ、そうか――倉畑先輩は、最初から自分だけが犯人として捕まる覚悟で――。

「ようやく解ったようだな。あの宣戦布告こそ、兄が自らの意志で罪をかぶる意図、即ち『なすりつけ計画』が存在した証拠なのだ。……いや、『なすりつけ計画』というよりは『かばい計画』と呼ぶ方が適切か」

 スフィーはそう訂正して、言葉を続けた。

「そしてこれらによって相互に推理が補強され、『ホノ殺害未遂事件』の実行犯がネイだという事実が改めて浮かび上がってくるのだ」

 ――なるほど、これなら全ての謎に説明がつく。

 しかしスフィーは首を振って言った。

「だが一つ、大きな疑問点がある。これだけは現時点でいくら考えてもわからぬ事だ」

「疑問点って?」

「『ホノ殺害未遂事件』の最大の謎にして唯一の問題、それは『覆面男証言』だ。いったいなぜホノは、自分を襲ったネイをかばい、存在すらせぬ『覆面男』をでっち上げたのか……」

 あ――そうだった。密室に誰も出入りしなかったのは過去視で確かめたんだから、『覆面男』なんて存在するはずがないんだ。となれば、ホノ先輩が嘘をついたのが確実になる。

 つまり理由はどうあれ、ホノ先輩はネイさんが犯人だという事実を隠そうとしたのだ。

「ねえスフィー、ホノ先輩に嘘までついてネイさんをかばう理由なんてあるの?」

「それは本人にしか分からぬ。ゆえにこれだけが唯一解けぬ疑問なのだ。即ち、『ホノはなぜ覆面男などと嘘をついてまで、自分を殺そうとしたネイをかばったのか?』」

 私はしばらくその謎について考え、そして言った。

「うーん……ネイさんが警察に捕まるのが気の毒になったから?」

「そんな理由ならよいのだがな……」

 深刻そうに呟くスフィー。どうもあまりよくない予想をしているようだ。

「ともかくその『ホノがネイを告発せぬ理由』を突き止めねばならん。ひねり、探偵部の仲間と共に理由を探ってこい」

「うん、わかった!」

 もしかしたらホノ先輩とネイさんには、まだ隠れた因縁があるのかもしれない。

 私がそう考えていると、スフィーが思い出したように言った。

「それと、密室事件の真相を明かす時は、おぬしが実はトイレに向かわず、ずっと書庫の入口を見張っていたと言うのだぞ。それしか密室に人の出入りのなかった事を証明する方法はないのだからな」

「そうだね、『過去視で確かめました』なんて言えないもんね」

「うむ。捜査に当たってはくれぐれも殺人に巻きこまれぬよう注意しろよ」

「……ということは、スフィーはこれだけじゃ解決しないと思ってるの?」

「もちろん解決して欲しいとは思っておるぞ」

 つまり、解決しないだろうと思ってるってことだ。

「大丈夫だよ。犯人も真相も、もうみんなわかってるんだし」

 私の言葉を聞いたスフィーは、呆れたようにため息をついた。

「……おぬしは色々と危機感がなさすぎる。『もうみんなわかってる』などと軽々しく言うが、今回の事件にはもっと簡単な解明、すなわち『もう一つの推理』もある事も解っておるのか?」

「え、なにそれ?」

 私の純真無垢な反応を見て、スフィーは再びため息をついた。

「……少しは自分で考えろ。わらわはもう寝る」

 スフィーはベッドの上で丸まってしまった。

 ……その後、ひとりで考え続けた私に答えが出なかったのは言うまでもない。


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