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ひねり~自殺志願者殺害計画~  作者: 愚童不持斎
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6 真実を求める者達

 警察からの帰り、私はいっきの家に寄って、あの後どうなったのか詳しく聞いた。

 さいわいホノ先輩とネイさんは軽傷で、手当てを済ませただけで帰ることができたそうだ。

 いっきがいた時点では、現場の書庫から新たな発見はなし。

 そして校内の捜索では、倉畑先輩は見つからなかったとのこと。

「――ねえひねり、本当に帰っちゃうの? いっそ泊まってけば?」

 帰り際、玄関前まで見送ってくれたいっきがそう言って引き止める。

「うーん……お誘いは嬉しいんだけど、家に弟を一人きりにするのは心配だから」

 私はそう伝えてその申し出を断った。

 お父さんは忙しくて今日も帰ってこれないそうだし、私まで家を空けるわけには行かない。

 それに何よりスフィーへの報告もあるし。

「残念だなー。書庫の密室の謎について、一晩中語り明かしたかったのに」

「あはは……それはまた今度ね」

 いっきの家でごはんをご馳走になった後、その迷推理は既にさんざん聞かされていた。

 ――いわく『犯人は天井にしがみついていた』。

 ――いわく『吸盤を使って校舎の壁にはりついて窓から出入りした』。

 ――いわく『ホノさんはもう殺されていて、変装した犯人がすり替わっている』。

 しまいには『犯人は透明になる方法を開発した』などと言いだす始末だ。

 ……もしそんな方法を発見したのなら、もっと有意義な事に使うと思うけど。

 私はいっきにお礼とお別れを言って帰途についた。

「ただいまー」

 ――結局家に到着したのは、かなり遅い時間になってしまった。

 まあ一応、電話で晩ごはんが作れないことと遅くなることは伝えておいたけど――。

 靴を脱いだ私は、そのまま二階に向かった。

 が、階段を上がっている途中で電話が鳴ったので、私は駆け下りて受話器を取った。

「――はい、日根野です」

「夜分遅くすみません。私、無門むもん学園一年の万孫樹まんそんじゅと申します。日根野ひねの 鋭利えりさんはご在宅でしょうか?」

 電話の主は、別人かと思うほど丁寧な口調のユイさんだった。

 ……まさかユイさんはもう殺されていて、犯人がなりすましているのでは――。

「……ユイさん、晩ごはんに何か悪いものでも食べた? あと、自分の生年月日を言ってみて」

「――何わけのわかんないこと言ってんの! あんた、いったい今まで何してたのよ!? さっき電話した時、ひねきちだと思っていきなり暴言を吐いたら、あんたの弟だったじゃない!」

 途端にガラが悪くなるユイさん。

「それは完全にユイさんが悪いんじゃ……」

「とんだイメージダウンよ。あんたから弟によくフォローしときなさいよ」

 ユイさんにこれ以上ダウンするイメージがあるとは思えないけど……。

「だいたいこんな時間まで遊び歩いてるなんて、とんでもない不良娘ね。こっちは親まで使って、警察情報を集めてたってのに」

「あ、ごめん……で、犯人はまだわかってないんだよね?」

「さあ、どうかしら?」

 意地悪くじらすユイさん。

 ……ここで素直に訊き続けるとユイさんのおもちゃにされてしまうので、私はさりげなく水を向けてみた。

「そういえば犯人は覆面をしてたそうだけど、本当に男だったのかな?」

「ホノ先輩は、学ランを着てたからそう思ったって言ってたわ。まあ女でも一応着られるけど、今回の場合はそれを考える必要はなさそうね」

「え、どうして?」

「現場に落ちてたナイフに、倉畑先輩の指紋が付いてたからよ。だけどドアノブには、内にも外にも倉畑先輩の指紋はなかったそうなのよね……」

 ……それはどういうことだろう?

「――あ、それで倉畑先輩はどうなったの?」

「行方不明よ。事件のあった時間からしばらく後に、一度家に帰ってきたらしいけどね。その時倉畑先輩に電話がきて、それを切ったらすぐに出かけたって親は証言してるわ」

「その電話は誰からだったのかわかる?」

「倉畑先輩本人が電話を取ったから、通話の相手は男か女かすらわからないそうよ」

「そっか……でもそれより、一番の問題は密室だよね。書庫には鍵がかかってて入れなかったはずなんだから」

「アタシは合鍵を疑ったんだけど、あの書庫はしばらく使ってなくて、鍵はずっと司書教諭一人で管理してたらしいわ。他の人間に合鍵を作る隙はなさそうね。作れるとしたら司書教諭本人だけど、あの後すぐ職員会議参加してるからアリバイはあるし、何の繋がりもない倉畑先輩の犯行に手を貸すはずもないし」

 まあ、あの先生が事件に関わってるとは思えない。即座に共犯を疑われるリスクを負ってまで、わざわざ書庫に誘導させるはずもないだろう。

「ま、そのへんは犯人の倉畑先輩が捕まればはっきりするでしょ。密室の謎も含めて全てね」

 楽観的なユイさん。

 ――確かに張本人さえ捕まったなら、直接真相を問いただして終わりなんだけど……。

 私は何か嫌な予感がした。

 それに、真実を推理することを放棄したくない。

 この殺人未遂事件には、おかしな点が多い。

 ――完全な密室に出入りする方法。

 ――みんなの前で殺害予告までしているのに、覆面をかぶる理由。

 ――不自然な指紋の付き方。

 もっともこの全ての疑問が、私ではいくら推理しても解けそうにないんだけど。

 ……だがさいわい、唯一すべての謎を解いてくれそうな名探偵に、私は心当たりがあった。

 ユイさんに調査のお礼を言って電話を切ると、その『心当たり』に会いに二階の私の部屋に向かう。

 扉を開けると、頼りの名探偵は私のベッドの上で丸くなっていた。

 悠長ゆうちょうに眠りこけているそれは、全身無毛のハゲ猫だった。

 その体毛は、抜けたわけでも私がったわけでもない。スフィンクスという種類の猫は、もともとうぶ毛程度しか生えないのが特徴だ。

 そしてこのスフィーは、本物のスフィンクスでもある。私を守るために、うちに住みついているのだ。

「まあ性格はアレだけど、頭の方は確かだ」

「何だと馬鹿者!」

 スフィーがいきなり起きだして怒る。

 ――しまった、うっかり声に出してしまった。

「えっと……それよりスフィー、大変なんだよ!」

 ごまかしたわけではなく、本当に急いで殺人未遂事件の話を始める。

 ――倉畑先輩が殺害予告にきた事。

 ――事件までの流れと、出会った全人物の説明。

 ――密室の謎。

 ――消えた覆面男。

 ――あった指紋と、なかった指紋。

 全ての状況説明を終えた私は、スフィーに尋ねた。

「これで、得た情報は全部なんだけど……真相は解る?」

「うむ、解る」

 あっさり言うスフィー。

「え、密室だよ? 不可能犯罪だよ?」

「密室だからこそ簡単なのだ。現に起こした者がいる以上、不可能な犯罪などではないのだ」

「これだけの手がかりで全部解ったの?」

「本当に完全な密室だったのならば、ほとんど解ったと言えるな。問題は実際に密室だったかどうかだ。まあまず間違いないと思うが――」

「密室だった方が都合がいいってこと? 普通逆じゃない?」

「いや、もし完全な密室であれば、やり方はかなり限られてくる。だからこそ推理は簡単なのだ」

 ……私にとっては全然簡単じゃない。

「じゃあ倉畑先輩はどうやって密室に侵入したの?」

「倉畑が今回の殺人未遂を行う方法は、『開錠説』以外にありえぬな」

「開錠? つまり合鍵があったってこと?」

「合鍵があるなら単純明快な話で、密室ですらないことになる。また合鍵が存在しないケースも含めた鍵の開け閉めという意味での『開錠説』だ」

「でも書庫の扉は内側から閉めるのにも鍵が必要なタイプだよ? 泥棒みたいに鍵を開けるだけならまだしも、閉めることなんてできるの?」

「例えば、デッドボルトをテープでとめておいて、後で剥がし取るやり方がある。まあ機械的な施錠の方法などよりも、肝心なのは『倉畑が犯行に及ぶには鍵の開け閉めが不可欠』という点だ。そしてそれに加えて、もっと大きな問題がある」

「問題?」

「まず、司書教諭が無関係である以上、倉畑には『ホノが書庫で待つことになったのを事前に知る手段がない』ことだ。これではそもそも書庫の合鍵の入手すら考えぬだろう。なにしろその場で急に決まった話なのだからな。当時そこにいた者しか知らぬし、伝える暇もないはずだ」

 そうだ、あの時職員室には他に誰もいなかった。

 廊下はホノ先輩とネイさんが見張ってたし、あそこは二階だから窓の外で盗み聞きも不可能だ。鍵を受け取った後はすぐに書庫に向かったし。

「これによって、事前に書庫に潜んでおく『待ち伏せ説』の可能性が消え、倉畑の犯行手段は著しく制限される。ゆえに可能性あるとすれば、ひねり達が書庫に向かう姿を見られるなど、後から知ったケースしかないのだが……」

「後から知るケースしかないと、そんなに問題なの?」

「当然問題だ。なぜならその場合、おぬしがトイレに行っている間に全てを行うしかなくなってしまうからだ。だがそんな短い間に『合鍵なしで入口を解錠』し、『書庫に侵入してホノとネイを襲撃』し、その上『ホノの悲鳴の後、ひねりが駆けつけてくる前に指紋を付けぬよう施錠して逃走』するなど、よほどおぬしが長トイレでなければ無理だからだ」

 ――ホノ先輩の悲鳴を聞いた後、私はかなり早く駆けつけた。それは間違いない。

 そして、そんなに長くトイレで粘っていたわけでもない……と思う。

「しかも素手でナイフを握っておったのなら、書庫から逃げ出す際に扉に触れる時は、手袋なりなんなりを出して指紋を残さぬようにせねばならぬ。その上で鍵をかける作業までしておったなら、駆けつけたおぬしに姿を見られたはずだ」

 ……なるほど、時間的に考えるとその通りだ。

 だがスフィーは困ったような感じで付け足す。

「――ただし、もし合鍵が存在し、単にそれで錠を開閉しただけなら、ぎりぎりで間に合った可能性もある。だからこそ、犯行時の書庫が完全な密室であったかどうかが知りたいのだ。もし簡単に開閉可能な『非密室』なら、それこそ誰にでも犯行は可能で、推理で一つの真実にしぼる事ができなくなってしまう」

 ――状況として考えると、中学生がたまたま怪盗のような素早い鍵の開閉技術を持ちあわせていたり、意味もなく書庫の合鍵を事前に作成してなぜか持ち歩く合鍵マニアであったりなど、現実的にはほぼないから『開錠説』はまずありえないけど……。

 それでも『絶対になかった』とは言い切れないのがつらいところだ。だけど、いくら密室だったことを確かめたくても、そんなことは――。

「あ……できるよ」

 私は思わず呟く。

 スフィーは私の言葉を予想していたらしく、気が進まない様子で言う。

「――過去視か。だがここで使ってしまうのか?」

 『過去視』はスフィーの能力で、文字通り過去を視る能力だ。連続使用はできないので、後になって他に視たい事ができてももう使えないだろう。

「真実を、疑いようのない形で知りたいんだよ。スフィーがなんと言おうとやるよ」

 私の意志が固いのを見て、スフィーはしぶしぶ承知した。

「……仕方ない。合鍵の可能性を完全に排除せぬ限り、犯人はいくらでも言い逃れができてしまうしな。全ての真実を暴かねばならぬ以上、ここではっきりとこの事件を解決しておくことも最終的には必要かもしれん」

「じゃあお願い、スフィー」

 私はベッドに寝転んで、過去視の体勢に入った。

 スフィーが枕元にきたのを確認して目を閉じる。

 やがて私の意識は、眠りに落ちるように薄れていった……。


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