5 白昼の悪魔
放課後、私といっきは少し遅れて部室に入った。
そこには情報収集中のユイさんを除いて、全員がとどこおりなく集合していた。
その場でガイ先輩は、直接ネイさんから殺害計画の件が本当だということを確かめる。
それを聞いて、案の定ガイ先輩は怒り出した。
「まさか本当に殺人なんて企んでやがったとはな! なら制裁――いや、天誅が必要だな」
……どうも穏やかじゃない。
「一体どうするつもりなんですか?」
私が訊ねると、ガイ先輩は――。
「もちろん倉畑を暴力で吐かせて、警察に突き出す」
とんでもない事を言い出す。
「待ってください! それで倉畑先輩がとぼけ続けたら、何の解決にもならないばかりか、ガイ先輩の方が捕まっちゃいます!」
私はそれを必死に押しとどめた。
「それくらい構わん。殺人予告までした以上、そいつも殺されるくらいの覚悟がないとは言わせん」
強情なガイ先輩に、ネイさんも哀願する。
「お願いです! そんなやり方はやめてください!」
「駄目だ。放っておいてみすみす殺人を犯させるわけにはいかん。俺ひとりでも行くぞ」
――とガイ先輩は意気込んでいるものの、実は肝心の倉畑先輩はとっくに姿をくらましていた。さっき私といっきで真っ先に倉畑先輩の様子を見に行ったが、早々に教室からいなくなっていたのだ。
だがその事をガイ先輩に伝えたら、火に油を注ぐ結果になってしまった。
「――あの卑怯者、正面からは攻めて来ないつもりか! 向こうがそのつもりなら、何としても見つけ出して締め上げてやる!」
そう言って部室から飛び出し、それにつられていっきまで突撃してしまう。
「やめてください、ガイ先輩!」
叫ぶネイさんに、原納先輩が優しく語りかけた。
「大丈夫、僕が止めてきます。安心して待っていてください」
「では私は、いっきの方を止めてきますね」
そう言って愛子も、原納先輩と共に二人を追っていった。
……完全に取り残された、私とホノ先輩とネイさん。
「――私達も行きましょう」
我に返って駆け出そうとした私を、ホノ先輩が呼び止めた。
「あ、待って。私、先生に呼び出されてて、もう職員室に行かなきゃならないんだけど……」
「呼び出し? もしかして、私達が流したあの噂のせいで叱られるんじゃ――」
「まあその話も出ると思うけど、それ以前に私のサボりが多かったせいで説教されるだけよ」
――倉畑先輩の居所がわからない現状では、当然ホノ先輩を一人にするわけにはいかない。
護衛は私とネイさんでやることに決め、ホノ先輩と一緒に二階の職員室に向かう。
だが職員室前の廊下には、全く人気がなかった。
不審に思って職員室を覗くと、中はガラガラで先生は誰もいない。
「そういえば、今日は臨時の職員会議だそうです」
ネイさんがそう教えてくれる。どうりで訪ねてくる生徒もいないわけだ。
――いや、よく職員室を見渡すと、一人だけ先生がいた。あれは確か、司書の先生だ。
「ちょっと中に入ってきます。もし倉畑先輩の姿が見えたら、注意してくださいね」
二人に背中合わせになって廊下の両端を見張ってもらい、私は職員室に入った。
唯一残っていた年配の司書の先生に尋ねると、さっき職員会議が始まったばかりで、長く待たされるだろうとの事だった。
「僕ももう会議に行かないと。他の先生に用事があるなら、ここで待っててくれれば会議が終わったらすぐ連れてくるよ」
「え、ここで待つんですか?」
職員室をぐるりと見回す。
……他には誰もいない。人気のない所に長時間いるのは、正直ためらわれた。
私は少し考えて言った。
「あの、一緒にいる人が狙われていて危険なんです。別の場所では駄目でしょうか?」
「ははは、例の話か。そのせいで臨時の職員会議まで開かせたのに、君達もこりないね」
――え、そうだったの?
先生は笑いながらポケットから鍵を取り出し、机の上の手提げ金庫を開錠した。そしてその中にあった鍵をつまみ上げ、私に手渡す。
「じゃあ三階の書庫で待ってるといい。あそこなら誰も入って来ないし、鍵もかかるから安心だろう。会議が終わったら僕が呼びに行くから」
「わかりました。ありがとうございます」
私は職員室を出ると、見張りを続けていた二人に話しかけた。
「怪しい人はいなかったですか?」
「ええ、誰一人こなかったから大丈夫」
そう頷いたホノ先輩が、さらに言葉を続ける。
「――で、職員会議が終わるまで私達も捜索に参加する?」
「いえ、校内を無駄にうろつくのは危険です。書庫の鍵を借りたので、そこに閉じこもって待ちましょう」
もし倉畑先輩に不意打ちされたら、女だけの護衛ではひとたまりもない。やはり急いで書庫へ行った方がいいだろう。
私達は駆け足で三階に向かい、鍵のかかっていた書庫入口の扉を開けた。
三人で広い書庫の中に入ると、私は再び扉に鍵をかけた。
――よし、これで安心だ。
中は大きな本棚がずらっと並び、見通しが悪い。
私達は壁に沿って部屋の奥に向かい、窓際の一番隅っこに陣取った。
そこで時間つぶしのため、目の前の本棚から適当な本を取って各自読み始める。
――しばらくして。
私はある欲求を抑えきれなくなった。
……そういえば、今まで行く暇がなかった。
「あの……ホノ先輩、ネイさん、ちょっといいですか?」
もじもじしている私を見て、ホノ先輩が察してくれた。
「お手洗い? いいわよ、行ってらっしゃい」
「すみません、急いで行ってきます」
大急ぎで書庫を飛び出した私は、再び扉に鍵をかけなおすと、全速力で廊下を走り抜けた。
そのままスピードを緩めず、女子トイレに飛びこむ。
「ふう……間に合った」
私がコトを済ませてトイレから出ようとすると――。
突然、悲鳴が聞こえた。
「えっ!? まさか――」
私はトイレに来た時以上のダッシュで書庫に駆け戻った。が、扉が開かない。
――あ、鍵をかけたんだった。
私はやや乱暴に鍵を開け、中に飛びこんだ。
「どうしたんですか!?」
脇目も振らず部屋の隅に駆けつけると、そこには左腕から血を流してへたりこむホノ先輩と、床に倒れたネイさんがいた。
「二人とも、大丈夫ですか!?」
倒れたままのネイさんがうめいて顔をこちらに向ける。その左目には、殴られたようなあざができていた。しかしどうやら意識はあるようだ。
ホノ先輩が蒼白な顔で言う。
「――今、覆面をした男にいきなり襲われたの」
「えっ!? その男はもう逃げたんですか?」
「ええ、私の腕だけ刺してすぐにね」
先輩は負傷した左腕を気にしながら言った。
制服の二の腕の所がぱっくりと裂け、そこに血がにじんでいた。
「ナイフを避けきれなかったけど、さいわい軽い切り傷で済んだみたい」
その凶器のナイフは、すぐそばの床に落ちていた。どうやら犯人が落としていったようだ。
「先輩、その覆面男はこの書庫の中に現れたんですよね?」
「ええ。本棚の陰からいきなり飛び出して、私に襲いかかってきたの。それを止めようとしたネイを殴り倒したから、私が悲鳴をあげたら、覆面男はあわてて逃げていったわ」
「――あれ、入口には鍵がかかってたのに、覆面男はどこへ……?」
「えっ、そうなの?」
私の言葉に、はっとしたホノ先輩が耳打ちしてきた。
「……じゃあ、まだ本棚の陰に潜んでるかも……」
私はぎょっとして辺りを見回す。
奥までずらっと本棚が並んでいるので、部屋の反対側の位置に覆面男が隠れていたら気付かないだろう。
私はあわてて武器を探した。
だが、書庫の中にそんな都合のいい物は――。
……あった。不本意だけど、これしか見当たらない。
私は落ちていたナイフを、指紋が消えないように柄をハンカチでくるんで軽く持った。
――もちろん、使うつもりはない。だけど脅しにはなるだろう。
私は警戒しながら、順番に本棚の間を覗いて回った。
……だが、書庫の中には誰も潜んでいなかった。
出入口は私が鍵をかけていた扉一つのみ。錠をしめるには、たとえ中からでも鍵が必要なタイプだ。
悲鳴を聞いてあわてて飛びこんだため、鍵をかける余裕がなくて今は開いたままになっている。
「――あれ、でも扉が施錠されていなかったタイミングは今以外になかったはずだよね……」
私はひとり呟いて考えこむ。
……いったい覆面男は、どうやって書庫に侵入したのだろう?
トイレから戻ってきた時には確かに鍵がかかっていた。ここは三階だから窓からは入れないだろうし……。
念のため窓を調べていったが、全てしっかり施錠されていた。
――私がふと外に目をやると、まだ倉畑先輩を捜しているらしいガイ先輩がキョロキョロしながら歩いているのが見えた。
「ガイ先輩! 救急車を呼んでください!――それと警察も!」
窓を開け、そう呼びかける。
ガイ先輩は驚いた様子だったが、襲撃されたことを伝えると頷いて駆け出した。
しばらくして、書庫の前に先生達と野次馬の生徒が集まってくる。
続いてやってきた救急隊員に、ホノ先輩とネイさんは連れられていった。
一方、ひとり取り残された私は、また警察のお世話になるのだった……。




