2 殺人志願者
「人を……殺す?」
聞き違いかと思い、私は聞き返した。
「そう、僕はこれから人を殺すんだ」
「……それは冗談か、宣戦布告か、どちらなのでしょうか」
表情を厳しくした愛子が、警戒した声で尋ねた。
「宣戦布告、かな? ターゲットは、二年四組の『井出 穂之手』。僕の恋人だった人だ」
男はそこで目を伏せると、少し声を落として続けた。
「――ただ、まだ心のどこかで迷う気持ちもあるんだろうね。だから、もし止められるものなら止めてみてくれ。けど、自分からこの計画をやめるつもりはないよ」
「……もし私達がこのことを警察や親に知らせたら?」
私がそう訊くと、男は微笑んだ。
「僕は今後、殺害計画の事を誰に聞かれても『そんなことは知らない。考えてもいない』と言ってとぼけるよ。だから警察に通報しても無駄だと思うけどね。この探偵部は、あまり信用がないみたいだし」
……悔しいがそれは否定できない。
いっきもさすがに真剣な表情になって言った。
「けど実際に殺人が起きれば、警察も殺人予告の話を信じざるをえないよね? そうなったら即捕まっちゃうよ?」
「そうだろうね。だけど、殺害後に逃げる気なんて元々ないんだ。ホノが死ねばそこで全て終わりさ。だから別に君達に予告したって構わない」
――『ホノ』とは、穂之手さんのあだ名だろうか。そして、逃げる気はないという言葉の意味は……。
「僕から話すことはここまでだ。この部室から出たら、もう何も言わないし何も知らない」
そう言って立ち去りかけたが、扉の前でふと振り返る。
「――あ、言い忘れてたけど、僕は三年五組の倉畑 牧之。短い付き合いだろうけど、よろしく」
遅い自己紹介を済ませた倉畑先輩は、のんびりとした足取りで部室を出て行った。
残された私達は、ただ呆然とするしかなかった。
やがて我に返ったいっきが、突然声を荒げた。
「これは探偵部への挑戦だよ! 受けて立たないと!」
「うーん、確かに目の前で殺人の宣告をされて、ほっとくわけにもいかないけど……」
私は反応に困って、言葉をにごす。
愛子も対応を決めかねているらしく、考えこむ様子で言った。
「……倉畑先輩の様子からして、今の殺人予告が冗談とは思えないだけに、安易に関わるのは危険な気がしますね」
だがいっきは全く考えるそぶりもなく言う。
「こういう事件こそ探偵冥利につきるってもんだよ。ちょうど依頼もなくて暇だったし」
……まあ探偵部に依頼なんて、一度もきたことないんだけどね。
と、そこへノックも挨拶もなくいきなりユイさんが突入してくる。
「あんたたち、朝っぱらから雁首そろえて、一体なんの悪だくみ?」
第一声でそれはさすがにひどい。
まあユイさんに言わせたら、ひどいのは新聞部を乗っ取って勝手に探偵部の看板を掲げた私達の方なんだろうけど。
いっきが不気味に笑いながらユイさんに答えた。
「ふっふっふ、タダさんおはよー。遅刻したせいで大事件を見逃したね。早起きは三文の得だよ」
「別に遅刻なんてしてないでしょ。朝練じゃあるまいし。……で、なにがあったの?」
「なんとたった今、謎の男がここへきて目の前で殺人予告をしたんだよ。探偵部への宣戦布告としてね」
イキイキと言ういっきを見て、ユイさんはため息をついた。
「……あんたたち、とうとうアタシばかりかヨソ様からも恨みを買って、殺害予告までされたってわけ? それはご愁傷様」
……狙われてるのは私達じゃないんだけど。
だが事情を詳しく説明しようとした時、また扉がノックされた。
「今日は千客万来だね。どうぞー!」
いっきの声に招かれて入ってきたのは、セーラー服姿の女子生徒。
顔立ちは美人と言ってもいいのだが、顔色が悪くてどこか陰気で、全身からくたびれた感じが伝わってくる。
私より少し長いくらいのセミロングの髪は、手入れが充分とは言えず、そのせいでますます暗い印象になっている。
……正直、幽霊っぽい雰囲気さえ感じる。
「ようこそ探偵部へ! あ、まさかまた殺人予告? それならもう間に合ってるよ」
いっきがまた相手の様子も気にせず冗談を言う。
「――殺人予告? ううん、逆よ」
その人は呟いて、弱々しく微笑んだ。
「私、これから殺されるの」