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ひねり~自殺志願者殺害計画~  作者: 愚童不持斎
19/20

18 真実は名探偵の手に

 解決に必要な全てを手に入れた私達は、事件の関係者全員に、明日の土曜の朝一番に部室に集まってもらうよう連絡した。

 ――そして翌日、夜も明けきらぬうちに起きだした私は、スフィーと入念に打ち合わせをした。

 それが一段落すると、私は時計を見て言った。

「――そろそろ出かける準備をしようか、スフィー」

 今回は特別に、お父さんに車で送ってもらうことになっていた。今日は目的地が同じだし。

 私はあさごはんの用意を済ませると、それをお父さんと食べてから家を出た。

 そのままスフィーを抱えて車に乗りこみ、一緒に登校する。

 早朝の学園に到着すると、お父さんには荷物を持って先に行ってもらい、私とスフィーは駐車場に残って告発の流れの最終確認をした。

 そして集合時刻ギリギリになって、私達は探偵部の部室に向かう。

 入口の窓から中を覗くと、もう全員そろっているのが見えた。

 と、腕に抱いていたスフィーが突然険しい表情をする。

「――どうしたの?」

 私は小声で尋ねる。

「……先日わらわを足蹴あしげにした者がおる」

「えっ!? スフィーが病院に運ばれた、あの時の?」

「そうだ。間違いなく、あやつだ」

 私は確認のため、中にいる人の名前を順番にスフィーに伝えていった。

 ――いっき、愛子、ユイさん、ガイ先輩、原納先輩、それと警察の人も呼んでおいた。

 ……まあ警察の人と言っても、私のお父さんなのだが。

「なるほど……まさかあやつが真犯人だったとはな」

「じゃあそれも含めて、仇討ちといこうか」

 私はそう言って部室の中に入った。

 一斉に全員の視線が集まるが、私はもう動じない。

 いつも使っているテーブルは昨日のうちに部屋の隅に片付け、みんなが座るための椅子を間隔をあけて並べておいた。

 さらに教卓を持ちこんで教室と同じ位置に備え付け、そこを私の座る席とした。

 私は授業の際に先生がそうするのと同じように教卓に着くと、膝の上にスフィーをのせた。

 そして、ゆったりとした口調で開幕を告げる。

「――本日は、朝早くから集まっていただきありがとうございます。昨日お伝えした通り、これより今回の連続殺人、及びその周辺事件の解明と告発を行います」

 全員を見渡して口を挟む者がないのを確かめてから、私は絵解きを開始した。

「今回の一連の事件を解明するには、第二殺人が最も重要になります。なぜならこの事件こそが、全ての真実を明らかにしたからです。ゆえに第二殺人の真相を知らずして、事件の解決はありえません」

 この言葉を浸透しんとうさせるため、私は少し間を置いた。

「ここにいる皆さんは、第二殺人を除くほとんどの事件については、昨日までの説明で真相をご存じだと思います。ですので、ここではまだ暴かれていない第二殺人を中心に解明を行います。それによって、皆さんの全ての疑問が解けるはずです」

「――えっと、つまり第二殺人に、真相解明の決定的な鍵が含まれてたってこと?」

 いっきの質問に私は頷く。

「そうです。第二殺人の謎が全て解けた時点で、犯人の正体が明らかとなり、さらにそれによって全ての事件の真相が判明するということです」

 そこでガイ先輩が異を唱える。

「犯人の正体だの事件の真相だのと大げさに言うが、結局ホノが犯人ということで終わった話なんじゃないのか」

 私はその言葉に首を振った。

「いいえ、違います。ホノ先輩の裏にいたもう一人の人物こそが、事件を計画した真犯人であり、全ての殺人の実行犯だったとはっきりしたからです」

 場の空気が一瞬張り詰めるが、すぐにそれをユイさんが破った。

「で、その真犯人って誰なのよ? いいかげん教えなさいよ」

「――その前にまず、第二殺人は『どこが殺害現場なのか』という大きな問題を解かなければなりません。なぜなら、この事件はいわば『現場なき殺人』だったからです」

 私の言葉に、原納先輩が納得したように言う。

「なるほど、旧校舎で殺人があった時間帯には、どの階にも僕達三人のうちの誰かがいたわけだからね」

 同時に愛子も、『現場なき殺人』と称した理由に気付いたようだ。

「――確かに、殺人のあった時刻に全ての階を一斉捜索したのに何も見つからなかったのですから、旧校舎内に殺害現場は存在しないことになってしまいますね」

 すると、ユイさんが腕組みして言った。

「けど、凶器のブラックジャックが落ちてたんだから、三階の机倉庫が現場なんじゃないの?」

「ですが、そこは当時密室でした。旧校舎を私達が捜索しているという状況下で、あの『机密室』を殺害場所として使用するのは、あまりに無理があります」

 私がそう答えると、ユイさんがそれに反論した。

「血痕と指紋付きの凶器まで落ちてたのに、あそこが殺害現場じゃないって言うの?」

「そうです」

 私はきっぱりと答えた。

 強い口調で断言したせいか、反論や質問は出なかった。

 私はその理由について説明を始める。

「『机密室殺害現場説』については、私は完全に否定しています。あそこを現場とする仮定に、そもそも無理があるからです。だからこそ『現場なき殺人』と表現したのです」

「――ねえひねり、あの机倉庫を現場だと考えるのって、そんなに無理なことなの?」

 いっきが遠慮がちに尋ねてくる。

「そう、無理だらけです。鍵の問題を考えないとしても、まず山積みの机と椅子を廊下に引っ張り出さないと絶対に中に入れません。そして中に入った後、机を積みなおして元通り入口を塞ぐのにも同じ労力と時間がかかります。その上、あの静かな旧校舎内では、それら全ての作業を私達に気取けどられないよう物音を立てずに行わねばなりません。しかも私達が三階に捜索に来るまでの短い間に完了させなければならないという時間制限付きで」

「――うん、こりゃ無理だね」

 いっきはあっさり納得した。

 だが私はまだ続ける。

「さらに言えば、これはまだ『中に入るために必要な作業』に過ぎません。このあと中でネイさんを殺し、私達をやり過ごしてから、机倉庫を出る時にもう一度同じ作業をしなければならないのです。しかもそれを済ませた後に、死体という大荷物を抱えて、私達が旧校舎へ二度目の捜索に戻ってくるまでの間に目撃されることなく脱出する必要まであります」

 ――解説を終えて全員を見渡したが、どうやらこの説明で納得してくれたようだ。

「以上の理由から、あの机倉庫の中で殺人を行ったという仮定には明らかに無理があると言えます。つまり、そもそも机倉庫は現場ではなかったのです。それどころか、犯行には全く関係がなかったと断言します」

「あれ――でもそれだと、凶器のブラックジャックを中に落とすのまで無理ってことになっちゃうんじゃ……」

 いっきの疑問に、私は大きく頷いた。

「まさにその通りです。それにもかかわらず、あそこにブラックジャックがあった。それが真犯人の最大のミスだったのです。この『落ちているはずのないブラックジャック』は、真犯人が思っていた以上に多くの真実と重大な秘密を明らかにしてしまいました」

 私は『真犯人』の顔を視界にとらえたまま言葉を続けた。

「中でも最大の秘密は、裏にいる真犯人の存在と、その正体です。なぜそれが解ったかと言えば、この時点で三つの事実が確定したからです」

 ――さあ、ここからが事件解明の核心だ。

 私は、スフィーと打ち合わせした通りに説明を始めた。

「まず一つめは、旧校舎が殺害現場である以上、殺人が行われた階の捜索担当者は間違いなく『協力者』であり、その階こそが真の殺害現場であること。つまり、あの時捜索に参加していた誰かがホノ先輩とグルだったわけです。この点から、『裏にいるもう一人の人物』の存在が浮き彫りになりました」

 そこでちらりと膝の上のスフィーを見たが、満足げに頷いてくれた。

 それに力を得て、臆せず、気負わず、真相を語ることができた。

「二つめは、あの短い時間で、ネイさんの血痕とホノ先輩の指紋まで付着しているブラックジャックを所持する事ができたのは、殺害に同席していた人物だけだということ。当然それは、ホノ先輩と、『裏にいる人物』である真犯人の二人しかいません」

 私は、逃げ場のない角にネズミを追いこむような気持ちで詰めに入って行く。

 最後の最後で隙を見せて、噛まれないように――。

「そして三つめが、『机倉庫にブラックジャックを落とした人物』です。あの密室には、ホノ先輩は入ることさえできませんでした。となれば、それができたのはあの時ブラックジャックを所持する事が可能だった、残る唯一の人物――即ち真犯人のみです。その真犯人とは――」

 私はためらうことなく一人の男を指差した。

「原納先輩、あなたです」

 その告発に、原納先輩は顔を伏せて黙りこんだ。

 だがそれはとても観念した風には見えず、むしろ腕を組んでふてぶてしく身を守っているといった様子だった。

 しかし私は、スフィーが想定していた『真犯人の反論がなかった場合』のパターンに従って、構わず説明を続けた。

「原納先輩は、私と共に堂々と机倉庫に入ることのできた唯一の人物でした。私が背を向けて窓の方を調べているうちなら、ブラックジャックを落とすのも簡単です」

 そこで愛子が口を開く。

「……つまり、原納先輩が三階の捜索に向かった時に、ホノ先輩と一緒になってネイさんを殺したということですか?」

 私は頷いて答えた。

「そうです。真の殺害現場は、原納先輩が捜索を担当した、三階の教室に間違いありません。ではここで、旧校舎における一連の流れを分かりやすくするため、あの時の全員の動きをはっきりさせておきましょう」

 私は最初に旧校舎に到着した頃に話を戻して、時系列に沿って経過をまとめた。

「まず一番最初にホノ先輩が旧校舎に来て、中に入りました。そのまま待ち合わせ場所に指定していた、殺害現場となる三階の教室に向かったものと思われます」

 そこへ私とガイ先輩と原納先輩が到着して、ちょうどその姿を目撃したわけだ。

「次に、少し遅れてやってきたネイさんが旧校舎に入り、それに続いて私達三人も中に突入しました。ここで各階の捜索の分担を決めたのですが、原納先輩は三階の担当を申し出て、まっすぐホノ先輩とネイさんのいる教室に向かいました」

 そしてそこで、ホノ先輩の書き置きにあった通りのやり方で、ネイさんを背後から襲って殺したのだ。

 私はみんなにその殺害方法を伝えると、凶器に使ったベルトの話に移った。

「ベルトを使ってとどめを刺したのは、ネイさんに声を出させないためだったのでしょう。もし当初の計画通り撲殺しようとしたら、息の根を止める前に悲鳴を上げられて私達が駆けつけないとも限りませんから。つまり私とガイ先輩がいたのが完全に予定外となって、計画に狂いが生じたのです」

 そこでガイ先輩が、原納先輩をにらみながら言う。

「俺が呼び出しの手紙を見つけて、旧校舎に来てしまったのが余計だったという訳だな」

「そうです。ベルトでの絞殺は、間違いなく計画にはありませんでした。なぜなら周到に『かばい計画』を立て、凶器のブラックジャックまで用意していたにもかかわらず、原納先輩は自分のベルトを使ったからです。おそらく、とっさに声を出されてはまずいことに気付いて、焦ったのだと思います。そのせいで自分のベルトでの絞殺の痕跡が残ってしまい、それが予期せぬ証拠となってしまいました」

 おかげで、まずあのベルトを隠滅しなければまずい状況になってしまったのだ。

「その上、自分が捜索を担当した三階が殺害現場となると、このまま殺人をおおやけにしてしまっては自分が真犯人なのがバレてしまうと原納先輩は考えたのだと思います。そこで、ホノ先輩に死体とベルトを運び出させようとしたのです。その際、『かばい計画』の鍵とも言える指紋付きブラックジャックの方は、都合の良いタイミングでいつでも発見させられるように原納先輩が持ったのでしょう」

 それを聞いて、愛子が呟くように言った。

「なるほど、ホノ先輩が三階から死体を移動させたせいで、真の現場が隠蔽されて、『現場なき殺人』になってしまったわけですね」

 私はそれに頷いて、話を続けた。

「二人は死体を運び出す事を決めたものの、そこへ二階の捜索を終えた私がやってきてしまいます。あわててそれを出迎えた原納先輩は、この階には何もなかったと報告して私を三階から引き離しました」

 そして私と原納先輩はそのまま一階に下り、ガイ先輩と合流して――。

「旧校舎の捜索は結局空振りに終わり、私はいったんあきらめて外に出ました。ですが、やはりもう一度中をくまなく調べるべきだと主張し、これに怒ったガイ先輩がここで離脱してしまいます。そのため、私と原納先輩の二人だけで旧校舎の再捜索を行うことになりました」

 するとガイ先輩は、ばつが悪そうに目をそらした。

「私が突然旧校舎に引き返したので、原納先輩は既に死体を移動し始めているかもしれないホノ先輩に急いでそれを知らせなければならなくなりました。そこで中に入るなり、できるだけ大きな声や音を立て、戻ってきた事をホノ先輩に伝えたのです」

 ――まず、旧校舎の中へ入った直後に『あっ、そういえば!』と大声を出し、手を打つ。

 ――次に、階段を全速力で駆け上がってドタドタと足音を立てる。

 ――そのついでに、一直線に机倉庫に誘導することで他の場所を見せないようにする。

 ――さらに、そのまま先頭をきって三階の廊下に入ることで、そこにホノ先輩の姿がないことを確かめる。

 ――そして念押しとして、非常事態だと知らせるために鍵のかかった扉を派手に壊し、とんでもない騒音を出す。

 ――最後に、事件に全く関係のない机倉庫に私を釘付けにし、ホノ先輩の死体移動と逃走の時間を稼ぐ。

 これだけの方法をとっさに思いつくとは、まったく大したものだ。

 私は、多少感心の気持ちさえ混じったため息をついて言った。

「原納先輩のその手口のおかげで、死体を移動している最中だったホノ先輩も、私が引き返してきたことに気が付きました。そこでホノ先輩は、死体を手近な教室に遺棄いきしたのでしょう。それが二階の、階段脇の教室だったわけです」

 結局、死体はそこで発見される事になる。

「ホノ先輩は死体を教室内に入れた後、ベルトを持って旧校舎から逃げ出しました。その時の姿を、戻ってきたガイ先輩が目撃して追走したのです。これらの一連の流れこそが、『移動した死体』の真実なのです」

 私は原納先輩にまだ動く様子がないのを確かめ、言葉を続けた。

「――それと同じ頃に起きた、私と原納先輩がいた机倉庫での出来事も話しておきましょう。この時原納先輩は、いつまでもブラックジャックを持っていては危険だと判断したと思われます。なにしろいつ警察を呼ばれてもおかしくない事態でしたから。それに加えて、私を机倉庫にできるだけ長く足止めしなければならないという切羽詰まった状況でもありました」

 だからこそ私が窓を調べるために背を向けていた時、とっさに『動いた』のだろう。

「予定外のトラブルの連続に焦っていたのでしょう、原納先輩は苦肉の策としてここでブラックジャックを床に落としました。私を机倉庫に引きつけておく手段が他になく、あまり深く考えずにやったのかもしれませんが、これが大失敗でした。なにしろ自分で正体を明かしてしまったも同然でしたから」

 ――ついでだが、走り去るガイ先輩を私が見かけたのもこのタイミングだ。

「机倉庫というのは、あの状況では人の出入りが不可能だったと言っていい密室でした。一刻も早く死体を移動しなければならないホノ先輩には、当然リスクを犯してそんなことをする余裕も理由もありません。ゆえにあそこにブラックジャックを落とした人物は、あの時捜査の名目で堂々と机倉庫に入ることができた原納先輩ということになります」

 ――ここで、原納先輩がゆっくりと顔を上げた。

 だが私はそれに動じず続ける。

「そして殺害から間もないあの時点で、血痕が付着した凶器を原納先輩が持っていたという事実こそが、殺害現場にいた証明となります。ホノ先輩と共に現場にいた『もう一人の人物』とは、間違いなく原納先輩だとここで判明したのです」

 原納先輩はすわった目で私を睨んでいたが、ようやくその重いを口を開いた。

 そこから発せられた言葉は――。

「……その通りさ」

 室内が静まり返る。

「だけどその推理は、一つだけ違う」

 原納先輩は不敵な笑みを浮かべて、その沈黙を破った。

「全ての殺人を実行したのは僕じゃなく――ホノだ」

「それです」

 言って、私は微笑み返した。

 その言葉を待っていたのだ。

「まさにその言い逃れをされぬよう、『これ』が必要だったのです」

 私はそう告げて、お父さんが持っていた荷物を受け取り、教卓の上に置いた。

 そして、かけていた布を引っぺがす。

 ――そこから現れたのは、ホノ先輩が隠していたあの『箱』だった。

 私はまずその中から、ビニールに入ったままのベルトを取り出した。

 それを見て、息をのむ原納先輩。

 信じられないものを見るような目だ。

「その様子だと見覚えがあるようですね、原納先輩」

 今度は私が先輩を睨む。

「これはネイさんの絞殺に使われたベルトです。かなり豪華なバックルですね。学校指定の物とは違いますが」

 私はその特殊なバックルを指差しながら言った。

 昨日これを改めて調べてみたが、やはりユイさんが言っていた通り、純金でできたブランド物だった。

「かなり高そうな代物ですが、ずいぶんお金持ちなんですね。家庭環境を調査した限りでは、失礼ながら裕福とは言いがたかったようですが」

 私が追いつめると、原納先輩は返事をせずに目をそらした。

 すると、ガイ先輩が代わりに口を開く。

「そのベルトは原納の物だ。前にそのバックルを買った時、オーダーメイドの特別製だと俺に見せびらかして自慢したからよく覚えている」

 私はその証言に頷いた。

「原納先輩の他の友人達も、そう証言していました。それでは次に――」

 そう言って取り出したのは、同じくビニールに入っている、血まみれの男物の私服。

「調べたところ、これもずいぶん高級な服のようですね。これに付いている血痕は、殺された倉畑先輩のものです。至近距離でなければ、これだけの返り血は浴びませんよね?」

 原納先輩にそう問いかけたが、ガイ先輩はその答えを待たず、忌々しげな表情で吐き捨てた。

「その服も原納が着ていた物だ。よく考えれば、ここのところ不自然なほど羽振りが良くなっていたな」

 それも友人達から裏を取ってあるので間違いない。

「羽振りがいいのも当然です。なにしろ原納先輩は、一千万円を懐に入れているわけですから」

 私の言葉に、原納先輩は反論せずうなだれた。

 そこにとどめを刺すべく、私は箱からナイフを取り出した。

「そしてこれが最後の証拠――第一殺人で使われた凶器です。もちろんこれには倉畑先輩の血痕と、『真犯人』の指紋が付着しています。その指紋の主が誰だか、答える気力は残っていますか、原納先輩?」

 先輩は顔を伏せたまま力なく笑った。

「ははっ……もう抵抗もできなくなった死体をさらに蹴るなんて、容赦ないんだね。案外ひねりちゃんも、殺人犯の僕と同じくらい冷酷かもしれない」

 私は表情を崩さずそれに答えた。

「軽口を叩く気力は残っていたみたいですね。少なくとも私は、死体はもちろん、何もしていない道端みちばたの猫を蹴るような真似はしませんよ」

 そこで原納先輩は顔を上げて、私を見つめた。

「……君はかわいい顔に似合わず恐ろしいね。旧校舎でホノを殺そうとしていた時のネイちゃんよりも、よっぽど恐ろしいよ」

 そう言って、ため息をついて首を振る。

 その顔面が蒼白なのを見ると、あながち皮肉や冗談で言っているわけでもないようだ。

「――それにしても、どうして君がそんな箱を持っているんだい?」

 原納先輩がそう尋ねてきたので、私は箱の縁に手を添えて語り始めた。

 心の中で、ホノ先輩への感謝をこめて――。

「……今回の解明に臨むための詰めとして、実行犯がどちらかを証明する『最後の証拠』が欠かせませんでした。真犯人の言い逃れや悪あがきを封じるために」

 スフィーがずっと『最後の証拠』を求めていたのは、こういう事態を想定していたからなのだ。

「ここにある『真実の入った箱』が、真相を解明していながらも告発するには足りなかった最後の部分を埋めてくれました。ホノ先輩が、死の間際のサインによって、この『最後の真実』を託してくれたおかげです」

「サイン?」

 原納先輩が怪訝な顔をして聞き返してくる。

 私はホノ先輩がビー玉のサインを使って、この箱のありかと、自分を殺したのが真犯人である事を伝えてくれたのだと教えた。

「それともう一つの指サインですが、これはホノ先輩が殺された際に立てた指の本数で犯人を示すやり方です」

 その本数に対応する伝達内容を話そうとした時、ユイさんが呟いた。

「確か死んだホノ先輩は、あの時指を二本立ててたんだったわよね……」

 私はそれに同意して言った。

「そうです。立てた指が二本の時は――『倉畑先輩以外の、男が犯人』です」

 ホノ先輩はこの指サインを最期まで忘れず、律儀りちぎに使ってくれていたのだ。

 ――結果から考えれば、サインを取り決めておいたのは思わぬ好プレーだった。

 おかげで誰にも気付かれる事なく、死んだホノ先輩との意思疎通ができたのだから。

「その後、私達はホノ先輩のビー玉サインに導かれて、消火栓箱にあったホノ先輩の書き置きを見つけました。そこに書いてあったヒントを頼りに、この『箱』にたどりついたのです」

 私が話し終えた時、いっきが思い出したように言った。

「――そういえばひねり、あの書き置きにあった暗号って、どう解釈したの?」

 その解説をするため、私は消火栓箱にあった書き置きをお父さんから受け取り、改めて読み上げた。



 卑怯な傍観者は、罪人の凶行を常に見ていた。

 血まみれの真実は、傍観者の手によって葬られた。

 真実はいつも、傍観者と共に眠っていた。

 その寝床に手向けられるべき花も、今はなし。



「――ここに書いてある『真実』とは、『真犯人を示す物証』。『傍観者』とは、『ホノ先輩』。そして全ての殺人を実行した『罪人』とは――」

 私は原納先輩を見据えて言った。

「あなたです」

 私の再度の告発に、原納先輩は諦めきった様子で答えた。

「……見事だね。何もかも君が推理した通りだよ。殺害計画の立案も実際の殺人も、全部僕がやったのさ。あの一千万円も、ホノから丸々受け取った。倉畑がホノの前で金庫を開けた話を聞いて、僕が計画を立てて盗み出させたんだ」

「……そして、あなたのためにさんざん尽くしてくれたホノ先輩も、その手にかけたんですね」

 静かな怒りをこめて言った私に、原納先輩は後ろめたいような表情を見せた。

「ああ。でもホノがあそこでいきなり『自首しないと全てを警察に話す』なんて言い出すから、しようがなかったんだ。僕が殺害計画を立てたのだって、元々はホノが殺されるのを防ぐためでもあったのに――」

 その時いきなり立ち上がったガイ先輩が、原納先輩の横っ面を思いきり殴りつけた。

「ふざけるな! 何もかも、貴様の保身のためだろうが!」

 椅子から転げ落ちて倒れこんだ原納先輩に、ガイ先輩がそう怒鳴りつける。

 原納先輩はゆっくりと床にあぐらをかいて座りなおし、うつむいて答えた。

「……そうだね、今さら取りつくろっても仕方ないか。その通り、ホノの殺害は計画通りだったよ。仮にホノが自殺しなかった場合、この手で殺す事はもちろん想定してたし、その覚悟も決めてたからね」

 顔を伏せたまま、淡々とした口調で告白する。

「なにしろ僕が黒幕だってバレるのが怖かったんだ。ホノを犯人に仕立て上げるための偽装凶器を用意したとはいえ、万が一ホノが死ぬ前に警察に捕まって尋問されたら、全てを話さないとも限らない――いや、事実心変わりをして自首を勧めてきたわけだしね」

 原納先輩は自嘲的に呟いて、顔を上げた。

 そして私に苦笑して見せる。

「――でも、そのホノももう始末したし、計画は全て成功したつもりでいたんだけど……結局ホノの裏切りは、殺しても止められなかったんだね。この箱さえなければ、実行犯が僕の方だってバレることもなく、しかも完全犯罪という完璧な形でこっちが勝ってたはずなのに――」

 私はその言葉を否定して首を振った。

「仮にそれがなかったとしても、実行犯は原納先輩の方だと、とっくに判明していました。ただそれが状況証拠に基づいた推理だったので、『かばい計画』――いえ、『なすりつけ計画』をより確実に封じられる物証が欲しかっただけです」

「状況証拠って……じゃあその箱に頼らなくても、僕の方が実行犯だと解ってたっていうのかい?」

「そうです。まずホノ先輩が殺される少し前、学園前で解放した時の別れ際に『明日には証拠を渡せるかもしれない』と言った点があります。『真相を伝えられる』ではなく、『渡せる』と言ったのです。この言い回しなら物証を指すはずですが、しかしそれがホノ先輩の方を実行犯と示す物なら、もう必要ありません。既に指紋付きのブラックジャックがありますし、自白もしていますから。ゆえにその物証は、真犯人の方を実行犯と指し示す証拠だと推測したのです」

 もっともスフィーによると、これは補強の一つに過ぎず、次の話の方が最大の根拠になったらしいが。

「さらに一番の状況証拠は、第二殺人において、絞殺に使ったベルトだけが持ち去られていた点です。指紋付きのブラックジャックという、犯人の正体を宣言するにも等しい証拠の方はあからさまに放り出しておきながら、死体の首に食いこんだ血痕付きのベルトの方はわざわざ剥がしてまで回収しています。即ちそれがホノ先輩の物ではなく、原納先輩の物であったからこそ処分しなければならなかったのです。たとえベルトが出てこなくても、その動かしがたい事実がある以上、第二殺人の時点でもう実行犯の目星めぼしはつくのです」

「とっくの昔に勝負はついてたってわけか……」

 原納先輩が呆然と呟く。

「……僕は、それに気付きもしなかった」

 そう言いながらのろのろと立ち上がって、私に力なく笑いかける。

 だがそれは笑顔というより、泣くのにも笑うのにも失敗したような表情だった。

 ――それは原納先輩の心情が、そのまま顔に表れた結果なのかもしれない。

「……負けたよ、完全にね」

 原納先輩は最後にそう敗北宣言をすると、お父さんに連行されて部室を出て行った。

 ――言葉もなくそれを見送る私達。

 しばらくして、ガイ先輩がこちらに歩み寄ってきた。

「……ふん、まさかこんな小娘に先に事件を解決されてしまうとはな。どうやら俺まで、お前に負けてしまったようだな」

「いえ、別にこれは勝負というわけじゃ……」

 しかし先輩は聞く耳を持たず言った。

「謙遜するな。勝利という言葉は、正義にこそ惜しみなく与えられるべきだ。そういう意味では、俺がそれを手にできなかったのは残念だがな。まあ今回はお前の方が、より正義という言葉に相応しい立場だったという事だろう。俺もいさぎよく負けを認めよう」

 一方的にそう告げると、ガイ先輩は颯爽さっそうと部室から去っていった。

 続いて、いっきが声をかけてくる。

「よっ、さすが名探偵!」

「やだなあ、私はそんなんじゃないよ」

 名探偵という賛辞は、まさしくスフィーにこそ相応しい。

 私はねぎらいとお礼の気持ちをこめて、膝の上のスフィーを優しくなでた。

 ……うぶ毛の感触が気持ちいい。

「――よかった、元のひねりに戻ってる」

 私の様子をじっと見ていたいっきが、安心したように呟いた。

「『元の』って?」

 私のその反応に、呆れたような顔をするいっき。

「自覚ないの? 絵解きしてる時のひねり、かなり恐いよ」

「えっ……緊張してただけだよ」

 私が言うと、愛子も近付いてきて口を開いた。

「いえいえ。目に、背筋が凍るような迫力がありましたよ」

 ……愛子までそんなことを。

 ユイさんも、なぜか得意顔でしゃべりだす。

「なにしろ殺人犯にまで冷酷呼ばわりされたお墨付きだしね。あのネズミでも弄ぶような追い詰めかたは、確かに血も涙もない感じだったわ。ああいう時にこそ本性が表れるってわけね」

「ですがひねりさんの心には、それ以上に優しさと温かさがありますよ」

 愛子がフォローしてくれたが、冷酷という部分は否定してくれなかった。

 そこでいっきが明るく言う。

「まあとにかくお疲れ様。ひねりのおかげで探偵部の面目は保たれたよ! それじゃあたしは、心置きなく家であさごはんを食べてくるね」

 その言葉に驚いて、私は思わず聞き返した。

「え……そのためだけに家に戻るの?」

「基本的なことだよ、ひねりくん。どうせならみんなも食べに戻れば、始業の時間までに登校しなおせるんじゃない?」

「大丈夫、私はもう出かける前に食べてきたから――」

 そう言いかけて、はっとする私。

「あっ、弟のぶん用意するの忘れてた!」

 別の物を作り置きしておこうと思っていたのに、そのまますっかり忘れてしまっていた。

「あーあ、かわいそうに。くりおちゃん、あさごはん抜きの刑かー」

 いっきが茶化して言う。

「今から帰って作ってくるね!」

 私はみんなに見送られながら、部室からあわてて飛び出したのだった――。


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