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ひねり~自殺志願者殺害計画~  作者: 愚童不持斎
18/20

17 墓に眠る真実

 校門から外に出た私達は、登校する生徒達の流れに逆行しつつ無門学園から離れた。

 スフィーが先頭になり、それに私が付いて行く。その後ろにみんなも続いた。

 ――そろそろ始業ベルが鳴っている頃だろう。まだ制服で歩いていて不自然というほどの時間ではないとはいえ……なるべく人目は避けたいところだ。

 スフィーもそれを考慮したのか、できるだけ裏道を選びながら進んでいるようだ。

「ねえひねり、いったいどこに向かってるの? それとあの暗号はどういう意味だったのかな」

 背後からいっきが質問してくる。

「えーっと……」

 私は前方のスフィーに助けを求めた。

「すぐにわかる。それまで自分達で考えておれ」

 素っ気無く言う。

 私は困った末に答えた。

「せっかくだし、到着するまでみんなで考えてみない?」

「なるほどね、単に人に頼って教えてもらうだけじゃ芸がないしね」

 ――いっきの言葉が耳に痛い。

「うーん……やっぱりヒントちょうだい」

 数秒考えていきなり人に頼るいっき。

 ……まあ私も人のことは言えないけど。

 早速頼るのも心苦しいが、私はいっきのすがるような視線をそのままスフィーに送った。

 それを感じたのか、スフィーは振り返りもせず言う。

「何も難しい事はない、文面そのままに考えろ。しいて言えば、『代名詞が誰を指すのか』だな。それが解れば証拠の隠し場所は自ずと解る」

 さらに一拍置いて付け加える。

「――そしてそれを知るには、先に第二殺人の真相を推理によって解明しておく必要がある。これは、あの書き置きの謎かけのみにとどまらぬ重要なヒントなのだが……『真相解明の最大の鍵は第二殺人にあり』だ」

 第二殺人――つまり旧校舎でネイさんが殺された事件か――。

 答えは解らなかったが、とりあえずそのヒントをみんなに伝えた。

 そして全員で散々議論しながら考え続けたが、結局誰も解けなかった。

 私達が白旗を上げた後もスフィーは無言のまま歩いていたが――やがて立ち止まって言った。

「答えはここだ」

 ――そこは、二階建の民家の前。

「え、ここって――」

 私は小声で言いかける。

「うむ、ホノの自宅だ」

「ひねりさん……ここに証拠が眠っているのですか?」

 愛子の問いに、スフィーの受け売りで肯定する私。

「まず庭を見に行くのだ」

 スフィーはそう命令する。

 ――しかし、家には誰もいないようだ。

「留守みたいだけど――」

「入るぞ、ひねり」

 私が言い終わるのも待たず、スフィーは勝手に敷地に入った。

 私達もそれに従い、建物の横手の庭に回る。

 と、スフィーは花壇の前で足を止めた。

 ……その花壇に、何も花は植えられていない。

「――この花壇が、謎かけの答え?」

 私がそう聞くと、スフィーは頷いて言った。

「花壇という点は、確信までは持てぬ推測だったがな。どうやら当たりのようだ。もっとも敷地内であのような文言もんごんに当てはまる上、他人に見つからずに証拠を隠しておけるような場所など少ないはずゆえ、どのみち見つけるのは難しくなかろうと踏んでいたが」

 花のない花壇――『その寝床に手向けられるべき花も、今はなし』か……。

 つまりここが証拠の寝床――いや、お墓のつもりだったのだろう。

 果たしてホノ先輩は、ここを暴かれる事を想定していたのだろうか?

「さあ、掘れ。乱暴にするなよ」

 スフィーの号令で、私といっきは学校から持ち出してきていた大きなスコップを使って花壇を掘り始めた。

「おっ、手応えあり!」

 突然いっきが叫ぶ。

 慎重に周りを掘っていくと、やがて土の中から大きな箱のようなものが姿を現した。

 土を払いのけてみると、それは半透明の収納ボックスだった。

 早速いっきと愛子が箱を持ち上げ、穴から取り出そうとする。

 それを見ている最中、私はふと重要な事に思い当たった。

「――そういえばスフィー、たとえ証拠が見つかったって、肝心な告発相手のホノ先輩がもういないんじゃ……」

 しゃがんでそう囁くと――。

「いや、真犯人はホノではない」

 地面に下ろされた箱を見つめ、スフィーは言った。

「えっ!? 犯人はホノ先輩じゃないの?」

 思わず大声で繰り返す。

 私の言葉に驚いたみんなは、一斉に動きを止めてこちらを見た。

 スフィーはそれを気にする様子もなく言う。

「そうだ。それはこの箱の中身を見れば解るだろう」

 頷いた私は、質問を浴びせてくるみんなを制しながら、持ってきていた手袋をはめた。

 ……そして、ゆっくりとフタを外す。

 ――箱の中には、透明のビニールの包みがいくつか入っていた。

 その一番上に、書き置きらしきものが置いてある。

 私はその書き置きを取り上げ、読み始めた。



 この場所が解ったということは、おそらく真相も解ったということですね。そして、もう私は死んでいるのでしょう。

 死はもともと受け入れる覚悟でした。でも殺害計画の真実については、どうすべきなのか私には決められませんでした。そこで探偵部の皆さんに全てを任せることにしました。

 そしてその結果、あなたたちがこの真実にたどり着いたということは、やはり罪人には裁きと敗北こそがふさわしいのでしょう。

 その裁きに必要な『最後の真実』を、私の敗北の証として皆さんに贈ります。

 まず、消火栓の書き置きにあった私の自白は、全て真実です。

 『私がやった』というただ一点を除いて。

 『真犯人の存在』、これについては真相を解明してこの箱を見つけた人に説明などいらないでしょう。

 そう、『卑怯な傍観者』とは私のことです。全ての殺人を行った真犯人は別にいます。

 第一、第二殺人の真実を語る前に、先に第三殺人で『私を殺したのがその真犯人である証拠』を提示しておきましょう。

 その証拠とは、私が死ぬ直前に出すサインです。もし私を殺したのが真犯人ならば、赤のビー玉を握ります。これは探偵部の皆さんと取り決めた、消火栓箱にあの書き置きを隠したサインも兼ねています。

 サインの件は一切他言していないので、私が死ぬ時に出すサインも、書き置きのありかも、真犯人に知られる心配はありません。

 それでは、まず事件の成り行きから説明しましょう。

 倉畑側の殺害計画は全てネイが企てていましたが、それに対してこちら側の殺害計画は全て真犯人が企てていました。

 とはいえ、その名目は私が殺されるのを防ぐためでもあり、さらに私も反対しなかったばかりか積極的に協力したので、全くの同罪です。むしろ手を血で汚さなかった分、真犯人よりもっと卑怯だったと恥じています。

 そもそも私が最初に探偵部に訪れた理由は、殺人予告状がきたにも関わらず、誰も頼れる人がいなかったからです。親身になって対策を考えてくれた部員の皆さんには本当に感謝しています。

 しかしその直後、もう関わってこないように言われていた、かつての恋人である真犯人にも相談してしまったのは、今思うと間違いでした。

 実は真犯人は、あの『一千万円事件』を計画し指示した黒幕でもありました。一千万円を全て自分が手にしたという事実が発覚するのを恐れた彼は、この宣戦布告を良い機会と考え、口封じのため逆に倉畑を殺し返す計画を立てました。

 これが倉畑兄妹殺害計画の真の動機です。

 前にひねりに話した『一千万円事件自体を隠したかった』という動機は、私が罪をかぶるために部分的にフェイクを入れたものです。単に『一千万円事件』の話だけであれば、そこまで隠す必要もなかったのです。

 なぜなら真犯人の命令だったとはいえ、この事件だけは実際私が実行犯なので、元々私ひとりの罪になるからです。また真犯人は、私が彼の関与はバラさずに罪を全てかぶってくれると信じきっていました。

 ただ万が一、私との繋がりを誰かに暴かれ、そこから芋づる式に私から流れた一千万円の行方と自身の浪費を探られる事で、自分が黒幕であるのがバレるのではないかと恐れていたようです。だから『一千万円事件での真犯人の関与を推測しうる者を消しておく』事こそが全ての殺人の目的であり、真の動機でした。

 そしてそれを推測しうるのが、倉畑と、その妹のネイだったのです。

 結果から見れば倉畑兄妹の口封じには成功しました。あとは私が一人で『一千万円事件』の罪を黙ってかぶりさえすれば、目的は達成されます。しかしそれは取りも直さず、今や唯一真実を知る私こそが、真犯人にとって最も死んで欲しい存在になったということでもありました。

 実際当初の計画では、彼が犯した倉畑兄妹殺しの罪も全て私がかぶり、偽装証拠を残した上で自殺する予定でした。

 これは倉畑から聞き出した、妹をかばって自分自身を犯人に仕立て上げる『かばい計画』を、真犯人がそのまま流用したものです。

 私はその『かばい計画流用』に従い、第二殺人の際に真犯人が使った凶器のビー玉袋に、わざと私の血の指紋を付けました。

 とはいえそれは命令されたからというばかりでもなく、私自身進んでやった事です。どのみち自殺するのなら、彼の役に立つ死に方をしようと思っていたからです。

 ですが私はそういう気持ちと同時に、自責の念も抱いていました。彼の役に立ちたい反面、死んだ倉畑兄妹への申し訳なさと自身の非道さへの後悔から、本当にこのままでいいのか悩むようになりました。真相を暴露して自首すべきか、迷い始めていたのです。

 そのきっかけは、ひねりの説得にほだされたのと、倉畑の最期の言葉でした。

 倉畑はあの林で、最後まで「妹だけは殺さないでくれ」と真犯人にすがり続けました。

 その時の、林での倉畑殺害までの流れも書いておきましょう。

 あの時点では真犯人もまだ人を殺す事に抵抗があり、また倉畑の死に物狂いの反撃も恐れていたので、絶対に殺すという決心まではついていないようでした。

 しかし倉畑はあの時「妹が殺害計画を思いとどまるよう一緒に説得してくれ」と頼みながら私に土下座したため、無防備になってしまいました。

 隠れて様子を窺っていた彼は、そこでとっさに飛び出して倉畑を刺し殺したのです。

 この時初めての殺人で動揺していたのか、ナイフにハンカチを巻いて指紋を付けないようにする予定だったのにそれを忘れ、殺害後も指紋を拭き取る様子がありませんでした。

 しかも倉畑を刺した時の返り血が体や服に付いてしまったため、そのままでは林から出る事すらできない姿になってしまいました。

 彼は、血の付いた服やナイフを自分で持ち運んで処分しようとすれば、その様子を誰かに見られてしまうのではないかと恐れました。

 そこで私がそれらを処分しておくと言って、着替えや濡れタオルを林に運んでくるついでに、血の付いた彼の服とナイフを私の上着にくるんで自宅に持ち帰ったのです。

 それを彼が実行犯である証拠として、この箱に入れておきます。それらには倉畑の血が、そしてナイフの方には真犯人の指紋も付いています。

 それから、旧校舎での第二殺人の流れと証拠についても説明します。

 ネイからの呼び出しの手紙を受け取った私は、まず真犯人と相談して誘いこむ教室を決めました。そしてネイに会って挑戦に応じる旨を伝えて、決闘場所となる教室を指定しました。

 ネイはまだ真犯人が黒幕だとは気付いていなかったため、私だけを標的にしていました。そこで私が気を引いている隙にネイを背後から急襲するという計画を彼は考えました。

 その作戦は上手く行き、彼はネイの後頭部をビー玉袋で殴りつけ、倒れた所をとっさに自分のベルトで首を絞めてとどめを差したのです。

 その後、偽装証拠を作るため、凶器のビー玉袋に私の指紋をつけました。

 あの状況では時間がなかったので、死体とベルトの処分は私に任されました。

 そのベルトも、その時の状態のまま箱に入っています。

 以上で、必要な証拠は全てそろったはずです。

 私は部室前の消火栓箱にあの書き置きを隠したら、そのまま父の家で待ち合わせの約束をしている真犯人に会いに行きます。そしてそこで、『自首しなければ全てを暴露する』と言ってみます。

 ですが自首を断られても、本当に彼を告発するかは実のところ迷っています。正直まだ彼が好きだし、私への殺害計画を知った時も率先して対抗計画を立ててくれました。たとえそれが一千万円事件の首謀者である事実を隠したいだけの、彼自身の都合であっても。

 おそらく自首の話を持ち出したら、私は殺されるでしょう。だから最後にこの書き置きを残しておくことにしました。

 これが私にできる精一杯です。やはり私は、もっと早い段階でひとりで自殺すべきでした。

 皆さん、本当にご迷惑をおかけしました。



 ……私は、最後の一文を声に出し終えた後、しばらく呆然とした。

「……読んでの通り、全ての殺人は一人の人物によってなされた」

 スフィーが静かに語り始める。

「この遺書にある『真犯人』――そやつこそが『倉畑兄妹殺害計画』の首謀者であり、今回の連続殺人事件の実行犯なのだ」

 スフィーの言葉を聞いて、私はこれまで殺された被害者達を思い返した。

 ――倉畑先輩。

 ――ネイさん。

 ――そして、ホノ先輩。

 その全員を殺したのが、『真犯人』……。

 私はそこで、ふと箱の中に目を落とした。

「――ビニールからは出さないけど、一応証拠がそろってるか確認するね」

 そう言って、透明のビニールを一つ取り上げた。

 その中身は、乾いた血の染みが付いた私服だった。おそらく林で真犯人が着ていたものだろう。

 ――次の袋には、ナイフが入っていた。これは手に取るまでもなく一目瞭然だ。

 そして最後の袋。その中には、血痕らしきものの付着したベルトが入っていた。

「……それ、うちの学校指定のベルトみたいね」

 ユイさんが呟いた通り、それは無門学園の男子制服用ベルトだった。

「バックルは豪華な意匠いしょうらしたものに変えてありますね……」

 愛子がそう指摘すると、ユイさんがさらに補足する。

「このバックル、かなり高級なブランド物よ。普通ならとても学校につけてこれるようなシロモノじゃないわね」

 ――それじゃ、書き置きにあった通り、真犯人はやっぱり一千万円を自分の懐に入れて浪費していたのか――。

 そう考えながらスフィーに視線を送ると、私の想像を察したらしくすぐに頷いた。

「そうだ、やはり全ての事件の裏で『真犯人』が暗躍しておったようだな。何としてもそやつを引きずり出し、その姿を白日の下にさらしてやるぞ」

 ――いよいよ殺人犯と直接対決か……でも正直不安だ。

「ひねり、恐れる事はない。ホノも書いておるだろう、『罪人には裁きと敗北こそがふさわしい』のだと。勝負はもう決まっておる、全ての真実はわが手の内だ」

 私のおびえを振り払うように、スフィーは毅然とそう告げた。


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