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ひねり~自殺志願者殺害計画~  作者: 愚童不持斎
17/20

16 死者の挑戦状

 ――ホノ先輩殺害から一夜開けて。

 私達探偵部は、朝一番に部室で緊急会議を開いた。

 家で安静にしてるように言ったにもかかわらず、スフィーも無理矢理ついてきていた。

 動物病院で聞いたスフィーの容体ようだいは、結局ただの打ち身だった。

 ……骨が折れただなんて、まったく大げさな……。

 とはいえ、思い切り蹴飛ばされたのは事実のようなので、無理はしてほしくないのだが……あのスフィーが聞く耳を持つはずもなかった。

 家に置いていくとってでも付いてきそうなので、結局動物持ち運び用のドア付きキャリーバッグに入れて連れてきた。

 まず私達は、昨日の事件を改めて検証した。

 ――その最中、ノックもなく部室の扉が開く。

「……朝っぱらから雁首がんくびそろえてご苦労ね。アタシも来てやったわよ」

 ユイさんが集合時刻から思いきり遅れて部室に入ってきた。

 半ば強制的に呼び出されたユイさんは、苦々しい顔で言った。

「――まったく、殺人犯を解放した上に死なせるなんて、とんでもないことしでかしてくれたわね」

「タダさんだって知ってて黙認したくせにー」

「確かに唯さんも完全に同罪ですよね」

 いっきと愛子が抗議の声を上げる。

「アタシは何も知らないわ」

 きっぱりとシラを切るユイさん。

「そんなことよりホノ先輩殺害事件の情報を持ってきたわよ。と言っても、大した情報はつかめなかったけど」

 そう言ってテーブルの上に調査ノートを開く。

「ホノ先輩は背中を滅多刺しにされてたわ。明らかに他殺ね。凶器は台所にあったと思われる包丁。この包丁は死体の近くに落ちてたけど、犯人の指紋は検出されなかったそうよ」

 ――凶器を台所から調達したということは、計画的な殺人ではなかったのだろうか?

「それ以外に遺留品はなし、さらに周辺での目撃情報もなし、と――」

 ノートを見ていたユイさんは、そこで顔を上げてじろりとこちらを睨んだ。

「それとあんた、ずいぶんと現場を荒らしたそうね」

 びしりと私を指差す。

「警察に対しては『救命活動をしようとして動揺した』ってことでごまかせたみたいだし、死亡推定時刻もあんたたちが到着する三十分から一時間ほど前だったからアリバイもあったけど、一歩間違えば犯人として身柄を拘束されてたとこよ」

「あはは……直前に話をしたおばさんが、あたしたちの顔を覚えててくれて助かったねー」

 いっきが苦笑いしながら言う。

 ――さいわい、ちょうど死亡推定時刻に当たる頃に聞き込みをした人が、私達のアリバイを証明してくれたのだ。

 ユイさんはやれやれといった様子で首を振り、話を続けた。

「それから事件当時のあの家の状況だけど、勝手口以外は全て鍵がかかってたみたいね。で、殺害を行った場所は当然ながらリビング。何も盗まれてなかったから、物盗りの線はなさそうよ」

 そこまで聞いた時、膝の上のスフィーが言った。

「ひねり、わらわの言う通りに質問しろ」

 私は頷いてスフィーの言葉をリピートした。

「強姦や精液の痕跡は?」

 私の発言に全員絶句する。

 ――もちろん当の私も。

 少しの沈黙ののち、ユイさんが呆れたように言った。

「……すごいこと聞くわね。あんたには恥じらいってもんがないの?」

「い、いまのは何も考えず口にしちゃっただけで――」

「何も考えずそんな事を口走るほうがよっぽどすごいわ。だいたいそんなことがあったなら、とっくに伝えてるわよ」

 いっきと愛子もようやく口を開いた。

「やっぱひねりはつわものだねー」

「私も尊敬します」

 不本意な賞賛を浴びる。

 私はスフィーに抗議の視線を送った。

「まあ今のは念のため聞いただけだ。精液でも残っておれば一発だったのだがな」

 涼しい顔で答えるスフィー。

 ユイさんは咳払いをして言った。

「情報はこれで全部よ。あとは、あの家の持ち主である父親は当時会社にいて、アリバイは完璧だったってことくらいね」

「――でも、それだと誰がホノ先輩を殺したんだろ?」

 いっきが根本的な――そして最大の疑問を口にする。

 そう、殺害計画の首謀者も協力者も、もう全員死んでいるのだ。

 ――倉畑先輩。

 ――ネイさん。

 ――そしてホノ先輩。

 殺人犯になりうる人物は、全ていなくなってしまった。

 いったいホノ先輩は誰に、なぜ殺されたのだろう。

 私が悩んでいると、スフィーがじれったそうに言った。

「――ひねり、それよりサインの件を忘れるな」

 ああ、そうだった。スフィーはずっとそのことを気にしていたんだった。

 ――確か死ぬ間際にビー玉を握った時は、私達に伝えたいメッセージや証拠がある場合で、ビー玉の色はその隠し場所を示してるんだっけ。

 だけど私は具体的なサインの内容は忘れてしまっていたし、昨夜電話で聞いても、いっきもユイさんも覚えていなかった。

 サインの件をスフィーに話したのが夜遅くなってしまったので、寮暮らしの愛子には電話を取りついでもらえなかったけど……果たして愛子はサインの内容を覚えているだろうか?

「ねえ愛子、ホノ先輩が死ぬ直前にサインを出してた件だけど……」

 頼みの綱の愛子に尋ねてみる。

「それなら、詳しい内容はわかります。あの時メモしておいたので」

 さすが愛子だ。

「じゃあ、ビー玉の色のサインはなんだったか教えてもらえるかな」

 私はスフィーにせかされるまま、そう伝えた。

 愛子はカバンからメモを取り出し、それに目を走らせた。

「――ホノ先輩が握っていたビー玉は『赤色』でしたね。それなら、隠し場所は『校舎内』です」

 それを聞いて、あの時のやりとりを少し思い出す。

「あ、そうそう。確か『余裕がある場合は部室前の廊下にある消火栓箱に隠す』って――」

 私の呟きを聞いた瞬間、スフィーが弾かれたように膝から飛びおりた。

「ひねり、行くぞ! 扉を開けろ!」

 急いで立ち上がった私は、スフィーとともに部室から走り出て、消火栓箱に向かった。

 そして非常ベルのボタンの下にある、消火用ホースの入った扉を開けて、中を覗いてみる。

 ――そこには、縦長の封筒が入っていた。

 宛名は『探偵部の皆さんへ』と書かれている。

 差出人は……やっぱりホノ先輩だ。

 私は部室に引き返し、みんなが見守る中テーブルの上で封筒を開けた。

 中には便箋びんせんと……底の方にも何かが入っている。

 私はまず便箋を引き出して開いてみた。

 そしてそこに書かれた、ホノ先輩の手書きの文面を読み上げる。



『すべて私がやりました』

 この書き置きで私が言うべきことは、この一つだけです。

 林での倉畑殺害。

 旧校舎でのネイ殺害。

 そして一千万円事件。

 全ては私の計画通りに進み、成功しました。

 色々疑問はあるかと思います。ですが、その疑問が自分で解けないなら、真実は永遠の眠りについたままでしょう。

 真実を知りたければ、まず真相を解いてください。

 その意志がある方のために、以下のヒントを贈ります。


 卑怯な傍観者は、罪人の凶行を常に見ていた。

 血まみれの真実は、傍観者の手によって葬られた。

 真実はいつも、傍観者と共に眠っていた。

 その寝床に手向たむけられるべき花も、今はなし。



 ――手紙の一枚目はそこで終わっていた。

「……どういう意味?」

 いっきが私の感想を代弁してくれる。

「ホノ先輩の自白……ですよね」

 愛子のその言葉に、ユイさんが食ってかかった。

「そんなの分かってるわよ。それにそもそも自白だったら、昨日この部室でしたばかりじゃない」

 そこでちょうど二枚目以降の全ての文面を読み終えた私が補足する。

「あ、残りの便箋にも、まさにその自白した通りの内容が書かれてるよ。昨日この部室で言ってた事と全く同じだね」

 それを聞いたユイさんは、ため息をついて言った。

「それじゃますます書き置きの意味がないじゃない」

 私は手紙を見返しながらそれに同意する。

「そういえばそうだね。はっきりと新しい情報が書いてあるわけでもないし……」

 不毛な議論を続ける私達をよそに、スフィーがぽつりと呟いた。

「……なるほど、あの時ホノが部室前に来ていた理由は、消火栓箱にこの書き置きを入れるためだったのだな……」

 あ……そうか。それで昨日捕まえた時、あんな所をうろうろしてたのか。

「じゃあ私達に捕まったのはホノ先輩にとって予定外で、本来この手紙で自白を済ませるつもりだったのかな」

 私はそう言って、もう一度手紙を眺めた。

「――でも一枚目の後半にある、謎かけみたいな文章はなんだろう」

 私の疑問にスフィーが答えた。

「おそらく『真の自白』だろう。それも謎かけの形をとった、な。これは言うなれば、わらわたちへの挑戦だ」

 ……ということは、これを解かないと真実にはたどり着けないわけか。

「『真実を知りたければ、まず真相を解いてください』か……」

 私は腕組みして考えながら言葉を続けた。

「でも真実を解くのに真実が必要なんて、矛盾だよね」

 するとスフィーが言下げんかに答える。

「いや、矛盾ではない。今回の事件の真相は、自白も書き置きも必要なしに既に解けておるのだからな」

「え?」

 思わず聞き返す。

「――そう、真実はもう解っておる。前にも言ったが、残るは証拠のみだ。そしてこの謎かけの答えこそ、わらわが求めていた最後の真実であり、解決に必要な決定的証拠だろう」

「でも、この謎かけが解けなきゃ、その決定的証拠ってやつは永遠に手に入らないよね」

 しかしスフィーは私のその心配を一蹴した。

「永遠の時など必要ない。わらわはもう解けたぞ。おそらくな」

 私は驚いて言葉を失う。

 事件の真相ばかりか、もうこの謎かけの答えまで解ったなんて――。

 ……スフィーは、頭の中で一体どれだけ膨大な推理をしているのだろう?

 と、その時――呆然とする私の手から、するりと封筒が滑り落ちた。

 その中からこぼれ出た何かが、テーブルに当たってカツンと音を立てる。

 それは――『緑色』のビー玉だった。

「え……これ、ホノ先輩の……」

 そう呟いて拾い上げる。

 そのガラスの中の、特徴的ならせんを描いた紋様もんようは、間違いなくホノ先輩がサインに使うと言っていたあのビー玉だった。

 愛子も気付いたらしく、メモを見返して言う。

「『緑色』の場合は……隠し場所は『学園外』ですね」

「――やはりな。我が意を得たぞ」

 スフィーはそう呟くと、私に命令した。

「立て、ひねり。今すぐ行くぞ」

「えっ!? でも、これから授業が――」

 思わず出た私の大声に、いっきが反応した。

「ん? どうしたの、ひねり?」

 ――そうだ、この事はみんなにも伝えておくべきだろう。

「あのね、この事件を解決するには最後の証拠が必要なんだけど……それが隠されてる場所がわかったみたいなの」

 愛子が驚いた様子で言う。

「もう解読したのですか?」

「すごい! さすがひねり!」

 すごいのはスフィーなんだけど……正体を話すのは止められているので、それが言えないのがもどかしい。

「ではホノ先輩は、証拠を学園外に隠していたということですね?」

 愛子が言うと、いっきが身を乗り出した。

「そっか、その宝のありかを、この暗号が指し示してたんだね」

 私は頷いて答える。

「うん、それを今から見つけに行きたいんだけど……これから授業が始まるから――」

「んなものサボればいいんだよ!」

 ……言い切れるいっきがうらやましい。

 だがユイさんがその意見に待ったをかけた。

「ちょっと待ちなさいよ、今のは聞き捨てならないわ。この上さらに悪行あくぎょうを重ねる気?」

 それに愛子がしれっと答える。

「みずから汚名を背負ってでも事件の解決に動くのは、この上ない正義だと思いますが」

「そりゃあ、これ以上汚れる余地がないほど汚名まみれのあんたたちはいいでしょうけどね」

 ユイさん冷たい目で私達を見る。

 その態度にこたえた様子もなく、愛子は言った。

「殺人事件の真実の方が、日常茶飯事よりもよほど大事だと思いませんか?」

 いっきもそれに同調する。

「そうだよタダさん。授業なんて受けてる場合じゃないよ!」

「……それにしたって、放課後に行けばいいじゃない」

 ユイさんの反論に、いっきが首を振った。

「放課後は、あたしもひねりも、いまいましいポリ公に呼び出されてるんだよ。だから動くなら今だよ」

 二人がかりの説得でもまだ煮え切らないユイさんに、愛子が最後通告をした。

「では私達は行ってきますが……唯さんは行かないんですね?」

「……ふん、あんたたちの巻き添えで悪人になるなんてまっぴらよ」

 一瞬ためらってから答えたユイさんに、愛子が追い討ちをかけた。

「唯さんのジャーナリズムへの情熱がその程度だったとはがっかりです。ジャーナリスト失格ですね」

 いっきも頷いて言う。

「うんうん、探偵とジャーナリストは常に真実を求めないとね。こりゃピーナッツ賞なんて夢のまた夢だね」

 ……いっきが言いたいのは、多分ピューリツァー賞のことだろう。

「まったく、スクープの見出しより教科書の活字を取るなんて、とんだ日和見ひよりみだねー」

 いっきはわざとらしいニヤニヤ笑いでユイさんを煽ると、アメリカ人ばりのオーバーアクションで肩をすくめてみせた。

「それじゃ、日和見タダさんはおいていこうか」

 そう言っていっきが立ち上がる。

「待ちなさいよ!」

 部室を出ようとしたいっきをユイさんが制した。

「アタシも行くわよ! これでもジャーナリストのはしくれなんだから!」

 さんざん渋っていたユイさんが、結局あっさり了承する。

 ……あーあ、簡単に乗せられちゃった。

 まあ挑発に乗りやすいのがユイさんのいいところだ。

「しようがないから、ここはあんたたちにむりやり拉致されたってことにして付いてってあげるわ。ひねきち、もし解読できたってのが嘘や間違いだったら、あんたが全ての責任を取りなさいよ!」

 この状況でも保身を忘れないユイさん。

 私はスフィーに『本当に大丈夫なの?』と目で尋ねた。

 スフィーは自信ありげに頷いて言った。

「大丈夫だ。さあ行くぞ、『あやつ』のねぐらへ――」


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