14 スフィー動く
ユイさんから情報を聞くため、放課後真っ先に部室へ行くと、まもなくいっきと愛子もやってきた。
いっきだけなぜかジャージ姿だ。
「いやー、実はさ……」
いっきは照れくさそうに理由を語り始める。
「このまえ、事件の捜査のために体育の授業をサボったんだけど、その罰としてこれからマラソンしてこいって言われちゃってさー」
「大変だったね……お疲れ様」
私がねぎらうと、いっきはきょとんとした顔で答えた。
「え、別に疲れてないよ? ほとんど走ってないし」
「ええっ!? まさか――」
「へへ、抜け出してきちゃった。探偵部の活動のほうが大事だしね。それに、この格好のが動きやすくて捜査向きだからちょうどいいよ」
「ああ……また探偵部の評判が地に落ちる……」
私がそう嘆くと、いつの間にか部室に入ってきていたユイさんが口を開いた。
「今さら何言ってんの。あんたたちの評判なんて、もうとっくに地面にめりこんで、地球の反対側まで突き抜けてアルゼンチンに不法入国してるわよ」
「いくらなんでも、そこまでじゃ――」
私が否定しかけると、ユイさんは呆れ顔でそれをさえぎった。
「何言ってんのよ、おもに誰のせいだと思ってんの? ひねきち、あんたが殺人犯だってもう学園じゅうの噂になってるわよ」
う……それで私のそばに誰も近寄ってこなかったのか。廊下でも露骨に道を開けられるし。
「でもそれは誤解だよ。私は犯人じゃないよ」
「まあ、まだ決定的証拠は出てないけどね。でも、そろそろ観念したほうがいいんじゃない? そうなれば傍若無人の探偵部も、とうとう年貢の納め時ね」
得意満面で言うユイさんに、愛子が言い返した。
「ですが唯さん、本当にひねりさんが犯人だと思うのなら、どうして今日ここに来たのですか? 殺人犯と関わるなんて危険ですし、しかも情報収集の協力までするなんておかしいですよね」
「それは――」
ユイさんが言葉に詰まると、愛子は聖母のような微笑みを浮かべて言った。
「ふふ、わかっています。ひねりさんを信頼しているのですね」
「なあんだ、タダさんもなんだかんだ言って、ひねりが大好きだったんだ」
いっきが茶々を入れると、ユイさんは顔を真っ赤にして反論した。
「んなわけないでしょ! そんなことより、入手した情報を伝えるわよ!」
「あっ、ちょっと待って」
私はユイさんを制し、廊下を覗いた。そろそろスフィーが来るはずだ。
――まもなくして、廊下の真ん中をを悠々と歩いてくる一匹の猫。
先生に見つかったらつまみ出されるだろうに、堂々としたものだ。
……あのふてぶてしさを、私も少しは見習いたい。
私は開けた扉の脇に召し使いのように立ち、スフィーを部室に招き入れた。
それを見て、いっきと愛子が色めき立つ。
スフィーはあっという間に二人に挟まれ、抱きかかえられた。
「すーにゃん、相変わらずかわいいねー。あ、タダさんもなでる?」
静電気が出そうなほどスフィーをなでまくっていたいっきが、その様子をじっと見つめていたユイさんに言った。
「どこがかわいいのよ、そんな毛をむしられたようなハゲ猫」
ユイさんの心無い言葉に、無い毛を逆立てて威嚇するスフィー。
「ふん、あんたと遊んでる暇なんかないのよ。情報がいらないなら、アタシは帰るわよ」
私はあわててスフィーをつまみ上げて席に着くと、膝の上に押さえつけて言った。
「ユイさん、スフィーのことは気にしないで情報をお願い」
私がそう促すと、ユイさんはノートを開いて語り始めた。
「まずホノ先輩の行方だけど、いまだにわからないままよ。連絡も一切ないわ」
やっぱりホノ先輩は行方をくらましてしまったのか――。
「で、あとは旧校舎で起こった第二殺人の概要ね。まずネイさんの死亡推定時刻は、ひねきち達が旧校舎の捜索をしてた時間帯と一致したわ」
「――つまり、私達が旧校舎にいる間に殺したってこと?」
私の問いに頷くユイさん。
「そうなるわね。死体の発見場所は言うまでもなく、ひねきちが捜索を担当した二階。どう考えても、あんたが怪しいと言わざるをえない状況ね」
「それは自覚してるけど……」
「ま、いいわ。いずれわかる事だし。次に死因だけど、首を絞められた事による窒息死。首の痕跡からして、おそらくベルトで絞殺したようね。でもその凶器は現場から無くなってて、まだ見つかってないみたい」
「じゃあブラックジャックのほうは、最初に殴りつけて気絶させるのに使ったのかな……」
「ブラックジャックって、医者の?」
いっきが不思議そうに尋ねる。
私はブラックジャックについてみんなに説明した。
「――なるほど。ひねりが見つけた、ビー玉の詰まった長い紐付きの袋を、ブラックジャックとして使ったってわけだね」
いっきが納得したように言うと、ユイさんも頷いて言った。
「確かにネイさんの後頭部には、鈍器で殴られた痕があったわね。そのブラックジャックっていう袋に、ネイさんの毛髪と血痕が付着してたから、それで殴ったのは間違いないわ」
「あ、そういえばブラックジャックから指紋はとれたの?」
私の質問に、ニヤリと笑って答えるユイさん。
「後頭部の出血はわずかだったけど、その血が袋のほうにも移ってたおかげで、犯人がブラックジャックを握った時に付いたらしい血の指紋が採取できたわ」
「誰の指紋だったの?」
身を乗り出して尋ねる私。
「誰だと思う?」
悪戯っぽい表情を見せ、もったいぶるユイさん。
そこからさんざんじらした後、ようやく発表に入ってくれた。
「ブラックジャックに付着してた指紋の主は――」
そこで言葉を切り、さらに引っ張るユイさん。
「――ホノ先輩だったわ」
……数秒の沈黙。
それを破ったのは、いっきのため息だった。
「――なあんだ、当たり前の結果じゃん。正直拍子抜けしたよ」
「なによ、もっと驚きなさいよ!」
私達の物足りない反応に、ユイさんが不満をぶつける。
「そう言われましても、いわば本命ど真ん中の目が出ただけの話ですから、驚きたくとも無理というものですね……」
愛子がつまらなそうに言う。
――果たして、これはスフィーの推理通りの人物だったのだろうか?
私にも、ごく当たり前の結果に思えるけど――。
だがスフィーの表情に変化はなく、そこから答えを読み取るのは難しかった。
「――ねえスフィー、どうだったの?」
私は小声で耳打ちする。
「……待て。静かにしろ」
そう私を制して、耳をそばだてるスフィー。
そのただならぬ様子に、私はみんなに会話をやめるよう指示した。
部室が静まり返る中、スフィーは音もなく私の膝から飛び下りた。
そして扉に体を寄せ、廊下に聞き耳を立てる。
「……全員、静かに入口まで来い」
その命令をみんなに伝え、私達は忍び足で入口付近に集合した。
「誰かが廊下にとどまって、ずっとゴソゴソやっておる。どうも通行人ではないようだ」
え――もしかして不審者?
「わらわが合図したら、少しだけ扉を開けろ。怪しい人物なら、まずわらわが飛びかかる。そうなったら、おぬしたちは追撃を頼む」
私は頷いて、扉を開ける体勢を取った。
みんなには、私が合図したら全員一斉に不審者に突撃するよう伝えておく。
「――よしひねり、そっと扉を開けろ」
その指示に従い、猫一匹分の隙間だけ扉を開く。
そこから顔を出して外の様子を窺ったスフィーは、次の瞬間脱兎の如く廊下に身を躍らせた。
「全員来い!」
スフィーの叫びに、私は扉を一気に全開にして突撃命令を出す。
廊下の先に立っていた人物は――ホノ先輩!
先輩は私達に気付き、あわてて逃げようとする。
それに追いすがったスフィーが、背中に飛びついて爪を立てた。
そのまま肩によじ登ってかじりつき、頭をひっかきまくる。
それを振り払うため、ホノ先輩は立ち止まって上体を激しく振り回した。
そこへ、いち早く飛び出したジャージ姿のいっきが襲いかかる。
いっきは先輩の腰のあたりにタックルし、そのまま床に引き倒した。
私達は全員で周りを囲み、ホノ先輩を捕獲した。
私がほっと一息ついた時、隣のいっきが言う。
「いやー、ジャージも着ておくもんだね。おかげで身軽に動けたよ」
まさかいっきが罰走をサボったことが、こんな形で生きるとは思わなかった。
「スフィーちゃんもお手柄ですね」
愛子が優しくスフィーをなでる。
スフィーは気持ち良さそうにその愛撫を受けながらも、厳しい口調で告げた。
「さて、早くホノを人目につかぬ所へしょっぴいて尋問しろ。なんなら拷問でも構わんぞ」
私にしかスフィーの声が聞こえないのをいいことに、物騒な発言をする。
私達は、ホノ先輩を引っ立てて部室に連行した。
無抵抗のホノ先輩を椅子に座らせると、『かごめかごめ』のようにそれを取り囲む。
――こんな陣形で尋問するのもなんだが、大人しく従っている相手を紐で縛り上げるのもどうかと思うので、逃げられないように囲むしかない。体を調べたけど武器も持ってなかったし、これで充分だろう。
「ひねり、まずここに来た理由を聞き出せ」
どうやらスフィーは、わざわざここに来た理由を真っ先に不審に思ったようだ。
私が代わりに訊ねると、先輩は消沈しきった様子で答えた。
「……自白しようか迷って、ここに来たの。でも決心がつかなかったから、廊下で様子を窺ってたのよ」
「自白ということは――」
私が言いかけると、神妙に頷く。
「そう、私がネイを殺したの」
「どこでどうやってですか? それにどのタイミングで?」
急きこんで質問する私を、スフィーがなだめた。
「あわてるな。まず第一殺人である倉畑の兄の件や、そこに至った経緯から、順に説明させるのだ」
――そうだ、ネイさんの事件はあくまで第二の殺人に過ぎなかった。
それに焦るあまり、ついきつい口調になってしまっていた。ここで萎縮させたり、自供を駆け足にさせたりしてはいけない。
私は気持ちを落ち着かせ、改めて質問した。
「――では、ネイさん殺しの件だけではなく、この一連の事件の全てを、最初から説明してもらえますか?」
「わかったわ……と言っても、書庫密室までは前にあなたが推理してみせた通りだから、犯行の説明は最初の殺人からでいいわよね」
「――ひねり、あれが『正当防衛偽装』であるという、ホノの言質を取っておくのだぞ」
足元に寄り添ってきたスフィーが、そう語りかける。
――そういえば、倉畑先輩殺しが正当防衛でない事は、まだ立証できていなかった。
ホノ先輩はゆっくりとした口調で語り始めた。
「……そもそもこの事件は、殺害計画に対して殺害計画で応じた、つまり『殺害計画犯対殺害計画犯』の構図だったの。これは倉畑が私の殺害予告をした時から始まった、殺し合いだったのよ」
……やっぱりホノ先輩は、大人しく殺されるつもりはなかったんだ。
「じゃあ、倉畑先輩殺しは……」
「もちろん正当防衛なんかじゃないわ」
私の言葉にきっぱりと答える。
「私はあの時、書庫でネイに襲われた件について、倉畑に話を聞こうと思ったの。あの書庫密室事件のおかげで、私を殺そうとしているのが倉畑でなくネイのほうだと判ったから。これにはさすがに驚いたけどね」
ホノ先輩は短いため息をついて続けた。
「まずそれを問い詰めようと、早朝の林に倉畑を呼び出して――そこで案の定、私を殺そうとしているのはネイのほうだって聞かされたの」
「じゃあ倉畑先輩には、ホノ先輩を殺す意志は全くなかったんですか?」
私は念のため確認する。
「そう、あの人は潔白よ。必死に妹を止めようとしていただけ。悩んだ末に私に殺害計画の全容をバラしてまで、私が殺されるのと、妹が殺人者になるのを防ごうとしたの。倉畑がやったのは、ネイを止めるのに失敗した時に備えて自分が犯人になりすますための偽装だけよ」
「『かばい計画』ですね……」
私はスフィーの推理を思い出して呟く。
「ええ、そうよ。結局ネイの殺害計画を思いとどまらせることができなかった倉畑は、自分を犯人に見せかけて妹をかばうために、あの宣戦布告をしたの。自分の指紋付きの凶器や、虚偽の自白の遺書まで用意してね。それらの準備を済ませた上で、それでもまだ諦めずに妹を止めようとしたの。最後までずっと――」
ホノ先輩は一瞬、歯をくいしばるような表情を見せた。
「当然林では、倉畑は私を殺しになんて出なかった。むしろ『妹を止めるために君も協力してくれ』って、何もかも話してくれたわ」
「でも、それならなぜ倉畑先輩を殺したんですか?」
私の疑問に、先輩はうつむいて答えた。
「……私は、倉畑もネイも殺すしかなかった。あの『一千万円事件』を明るみに出さないためにね。それにそもそも、妹をかばうためとはいえ、私への殺害予告までしてきたんだから、彼も殺害計画犯の仲間である事実に変わりはないわ。それなら、どちらかの側が死に尽くすまでやるのが筋でしょ?」
「それで、『正当防衛偽装殺人』を行ったんですか」
私は静かな怒りと非難をこめて言った。
そこでホノ先輩が顔を上げ、初めて感情を露わにする。
「ええそうよ! そもそも向こうから仕掛けてきた殺し合いなんだから仕方ないでしょ? 私だってそれを受けて立ったんだから、仮にこっちが殺されてたとしても、文句なんて言わないわ!」
――やはりホノ先輩は自分の死さえももてあそび、ゲーム感覚でやっていたのだろうか?
でも、その冷酷な言葉を、ホノ先輩は何だか自分に言い聞かせているように見えた。
それに、ホノ先輩の態度もどこかおかしい。
――そう、まるで後悔しているかのようだ。
ホノ先輩は、少し声を落として続けた。
「書庫でネイをかばったのも、もちろん殺すためよ。あの時ネイが黒幕だって予想はついたから、私の殺害計画の標的に彼女も組みこんだの。林で倉畑を殺した私は、残るネイを殺す方法を考えたわ。そしたら都合よく、ネイから旧校舎への呼び出しの手紙が届いて――」
それはガイ先輩がカバンから盗み出した、あの手紙のことだろう。
「あれは果たし状とでもいうのかしら。それが届いた後、私はネイの教室に行って決闘を受けて立つと伝えて、旧校舎で待ち合わせる教室を指定したの。そしてそこにネイをおびきよせて、ビー玉を入れた袋で背後から殴り倒して――それから倒れたネイの首絞めて――」
先輩はそこで声を詰まらせた。
「……これで私の殺害計画は全ておしまい。この勝負は私の勝ちね」
その言葉とは裏腹に、勝ち誇った様子は全く無く、ただ悲しそうに言う。
「――ネイさんを殺したのは、何階の、どの場所ですか?」
しばらく待っても肝心の第二殺人の詳細を話し出す様子がなかったので、そう問いかける。
すると先輩は首を横に振った。
「それに答える気はないわ。探偵部なら、推理してみたら?」
挑むように私達を見据えて言う。
……どうやら黙秘の意志は固いようだ。
だけど……スフィーなら推理できるだろうか?
すがるように見ると、スフィーは私の心中を察したらしく、力強く答えた。
「うむ、言われるまでもなく推理は済んでおる」
私は思わず質問しかけたが、スフィーはそれを許さず一方的に言った。
「ひねり、今からわらわの言う通りしゃべるのだ」
私は無言で頷き、その言葉に耳を傾けた。
「……ホノ先輩。まだ一番肝心な部分で、隠している事実がありますよね」
スフィーに命令され、そう告げる。
先輩は虚を突かれたように、一瞬驚いた表情を見せる。
そして、私を睨みながら尋ねてきた。
「――あなた、一体どこまで解ってるの?」
「全て」
即答する。
「あとは証拠だけです」
これもスフィーの指示通りだ。
その言葉を聞いて、ホノ先輩は顔を伏せたまま黙りこんだ。
……長い沈黙。
次に顔を上げた時、ホノ先輩は泣きそうな表情になっていた。
その口から出たのは、意外な言葉だった。
「……お願い、一日だけ待って。明日の放課後、またここに来るまでは、自殺も逃亡もしないって誓うから」
「一日だけって……先輩、何をするつもりですか?」
私が理由を聞いても答えない。
困った私は、足元のスフィーに視線を送った。
「……この期に及んで一日待って欲しいと懇願するくらいなら、そもそも今日自白に訪れる必要はないはずだがな」
そう言われれば、確かに不自然だ。
「となれば、その目的は、わらわが今考えておる通りだろう。ならばこのまま解放して泳がせるのも手だな。まあ他にもっと良い手があるが」
――良い手?
私は首を傾げることでスフィーに質問した。
「愚問だな。もちろん今すぐホノを拷問して、証拠のありかを吐かせるのだ」
そんなの無理――と目で答える。
スフィーはため息をついて言った。
「拷問も説得もできぬとなれば、泳がせるしかないな。それをわらわが尾行すればよい」
――なるほど、その手があったか。
「さて、じゃあ捕虜の処遇はどうしよっか?」
腕組みしたいっきが、みんなに問いかけた。
愛子は頬に手を当ててそれに答える。
「普通に考えれば、警察に突き出す以外にないですね」
「当然よ! それが善良な市民の義務ってもんよ」
ユイさんも強く主張する。
――これはまずい形勢だ。
「待ってみんな。私はこのまま先輩を解放しようと思うんだけど……ここは私の判断に任せてくれないかな?」
私が言うと、一拍置いて一斉に答えが返ってきた。
「いいよ」
「はい」
「いやよ」
案の定反対した一人に、いっきが言う。
「タダさん、多数決だよ」
「ジャーナリストは数の暴力には屈しないわ」
頑固なユイさんを、愛子がたしなめた。
「まさか民主主義を否定するおつもりですか?」
「ここはあんたたちの一党独裁でしょ!」
「独裁政権下なら、なおさら庶民に選択権はありませんが」
「なにが庶民よ、いつも奴隷あつかいしてるくせに!」
愛子の言葉があだとなり、ますます態度を硬化させてしまう。
「ねえユイさん、私を信じてここは任せて」
「疑わしさ満載のあんたの何を信じろっていうのよ。アタシは断固反対するわ」
「お願い……」
私はユイさんの手を握って、真剣にお願いする。
「な、何よ……離しなさいよ」
私の手を力なく振りほどく。
しかしユイさんは、少し考えるそぶりを見せて言った。
「……ならアタシは、あんたたちがホノ先輩の身柄をちゃんと警察に届けると信じて、この場を離れるわ。あとの事はどうしようと知らないからね」
態度を軟化させ、譲歩してくれる。
だがそれに非難の声が上がった。
「自分だけずるいよタダさん」
「責任逃れですね。見損ないました」
「なんで善良なアタシが、探偵部の悪事の片棒をかつがなきゃならないのよ!」
「水くさいなータダさん。仲間だから当然だよ」
「違うわ」
「では同じ穴のムジナでしょうか?」
「勝手に共犯者あつかいしないで! アタシはあくまで、あんたたちにむりやり情報提供させられてただけよ!」
私は見かねて仲裁に入る。
「まあまあ。ここはユイさんに別行動してもらって、引き続き情報を集めてもらおうよ」
「なんだか言いわけっぽいねー」
「唯さんが卑劣という事実は何ひとつ変わりませんしね」
「うるさいわね! アタシはジャーナリストになってピューリツァー賞をとるまでは、経歴に傷をつけるわけにはいかないのよ!」
その言葉に再びブーイングが始まりかけたので、私はあわてて擁護した。
「無理を言っちゃだめだよ。なんだかんだ言ってこれだけ協力してくれたユイさんをキズモノにするわけにはいかないでしょ? ね?」
そうなだめると、いっきと愛子はしぶしぶといった様子で抗議をやめた。
「とにかく、ホノ先輩は必ず警察に突き出しなさいよ! じゃあね!」
そう言い残してユイさんは部室を出ていった。
――さて、それじゃホノ先輩を解放しよう。
「ひねり、ホノを解放するのは学校の裏門からにしろ。校内で尾行すると猫の身では目立つ上、隠れにくいからな」
その言葉に頷き、私は先輩に伝えた。
「それじゃホノ先輩、裏門の所で解放しますから一緒に来てください。さっき言った約束は必ず守ってくださいね」
先輩は黙って頷いた。
私達はホノ先輩の姿を見られないよう、人のいない道を選んで裏門を目指した。
いっきと愛子に先輩の左右に付いてもらい、私は少し後ろに離れてスフィーと小声で打ち合わせをする。
「尾行はわらわだけで行う。おぬしたちがそばにいてはまず見つかってしまうからな。助力が必要な時は鳴き声で呼ぶか、引き返すかする。おぬしたちはわらわの方を尾行する心持ちで、かなり離れてついてこい」
確かに猫ならこの任務にはうってつけだ。ここは任せるのが賢明だろう。
「――ところでスフィー、まだホノ先輩を犯人として告発しないの?」
「言っただろう。証拠が足りん」
「だってもう本人が自白――」
「この言葉の意味が解らぬなら、正しい推理ができておらぬ証拠だ。自分の頭できちんと考えろ」
スフィーはそう言って、尾行の打ち合わせを続けた。
「それと、もし電車などに乗ったらただちに合流するぞ。鳴き声が聞こえぬほど離れるなよ。わらわを抱きかかえて、同じ移動手段で追跡するのだ。もっともバスを使われたら、タクシーで追うしかないが」
「だけど公共交通機関は、カゴとかに入れてないペットは持ちこみ禁止だよ」
「腹かスカートにでもわらわを隠せ」
「そんなの不自然に膨らんでるから一目でバレちゃうよ」
「贅肉とでも言えばよかろう」
「顔を見れば、太ってないってわかっちゃうでしょ?」
「ずいぶんうぬぼれておるな。なら妊娠中だとでも言っておけ」
好き勝手言ってくれる。
――まあ最悪股に挟んでスフィーに丸まってもらえば、スカートはそこまで膨らまないかもしれない。
……ものすごく歩きにくそうだけど。
そんな事態にならないことを祈りながら、校舎裏を抜けて裏門に向かう。
その時ふと思い当たった事があり、私はホノ先輩に近付いた。
「――あの、そういえば先輩が旧校舎から逃げる時、ガイ先輩が追いかけていたのには気付きましたか?」
「さあ……私は気付かなかったわ」
「そうですか……」
そのやりとりをする間に、裏門に到着する。
門から外に出ると、ホノ先輩が言った。
「私も約束を守るから、警察への通報は明日の放課後まで待ってね。証拠もその時渡せるかもしれないわ」
そして、私の目を見つめて付け加える。
「……ただし、あなたが本当に真実にたどり着いているのなら」




