13 歩く死体
警察の聴取を終え、暗くなってからようやく帰宅した私は、部屋に駆け戻ってスフィーに今日の事を報告しようとした。
だが私が昼から何も食べていないと聞いたスフィーは、先に食事を済ませろの一点張りで、全く話を聞こうとしなかった。
仕方なくその勧めに従い、かなり遅い晩ごはんを済ませることにする。
ごはんを食べ終え、早くスフィーに報告したい気持ちを抑えて食器を雑に洗っていると、ユイさんから電話が入った。
ユイさんは現時点で得た情報をまとめて伝えてくれた。明日になればもう少し詳しい情報が手に入るらしい。
部屋に戻った私は、今度こそ、という意気込みでスフィーに今日の話を聞かせようとした。
「じゃあまず、旧校舎に行くまでの経緯からね。今度こそ話すよ?」
「そう鼻息を荒くするな。落ち着いて、思う存分話せ」
私は今日の一連の出来事の流れを、余すところなくスフィーに説明した。
そして、ネイさんの死体発見後に判明した事実も伝える。
「警察の捜索では、旧校舎から他の証拠は出てこなかったみたい。それと、私達が中に入る時に使った一階の正面入口以外は、窓も、外へ繋がる扉も、全部鍵がかかってたって」
スフィーが頷いたのを見て、私はネイさんの死因の説明に入った。
「考えられる死亡理由は二つあって、どっちが直接の死因なのかまだわからないんだけど――」
そう前置きして続ける。
「ネイさんの首には、あざみたいな痕がついてたの。たぶん首を絞められたんだろうけど、それで死んだのか――あるいは頭から少し出血してたから、あのビー玉を詰めこんだきんちゃく袋で撲殺されたのか――そのどっちかだと思う」
「なるほど、その袋をブラックジャックにしたというわけか」
「ブラックジャック?」
私が聞き返すと、スフィーが説明してくれた。
「袋の中に硬い物を詰めこんで、振り回して頭部を殴りつける武器だ。これを凶器に使えば、外傷はあまりなく、それでいて脳に直接強い衝撃を与えて殺すことができる」
――そうか、それで不自然に長い紐が付いてたんだ。
「あ、そういえばその袋に付いてた血の痕だけど、私が見た限りでははっきり指紋の形をしてたよ。あれなら、犯人の指紋が採取できるかも」
するとスフィーは身を乗り出して言った。
「ほう、それは決め手になりうる証拠だな」
「でしょ?」
私の手柄ではないが、とりあえず胸を張っておく。
「……わらわとおぬしの考える『決め手』の意味は、少しく齟齬しておると思うがな……」
「――どういう意味?」
「それを知りたいなら、正しく推理することだ。おぬしはこの事件をどう見ておる?」
「どうって――」
いきなり問われて、ついあの時浮かんだ、死体が歩いたという妄想をしゃべってしまった。
「そんなことがあるはずがなかろう――と言いたいところだが、絶対にないとは言えぬな」
「えっ、そんなことあるの?」
「正確には、致命傷を負った後もしばらく死にきれずに逃げ隠れするうちに、別の場所で力尽きたとも考えられる。だが今回の状況では無理がありそうだな」
「じゃあどういう理由で、あの教室に死体が現れたの?」
「もちろん、何者かがそこで殺したか、そこに運んだかしかなかろう。だがその前に確認しておくが、よもやおぬしが最初に行った二階の捜索が雑で、人や死体を見落とした可能性はなかろうな?」
さすがにそれはありえない。二階の教室は全てガラガラで、見落としようもない所ばかりだったし。
そう伝えると、とりあえず納得してくれたようなので、私はスフィーに質問する。
「あの教室で殺した場合はわかるとして、仮にわざわざ死体を移動した場合、その理由はなんなのかな?」
「考えられる理由は二つ。なすりつけか、証拠隠滅かだ」
……なるほど、私の担当した二階から死体が出れば、当然私が犯人だと思われる。
事実、警察の聴取でも疑われまくった。いつもの事だから、もう慣れたけど。
「ひねり、それよりその後ホノはどうなったのだ?」
――あ、そうだ。大切な事を報告してなかった。
「さっきの電話でユイさんに聞いたら、ホノ先輩はこんな時間なのにまだ家に帰ってないって。しかもカバンも教室に置きっぱなしな上、警察が学園内をくまなく捜索してもどこにもいなかったみたい。連絡も一切ないし、もしかしたら失踪したのかも」
「最後にホノが目撃されたのはいつ、どこでだ?」
「あっ、それに関してなんだけど、ガイ先輩が旧校舎から走って逃げた理由を、あのあと問いただしてみたら――」
ガイ先輩の言い分はこうだ。
『個人的な怒りで捜査を投げ出すようでは正義に反する、と思い直して引き返してきた』
そして戻ってきたガイ先輩がひとりで旧校舎の一階を調べているうち、ダッシュで入口へ消えるホノ先輩の姿を遠目に見かけたので、走って追跡しただけ、とのことだ。
「それが、ホノ先輩が目撃された最後なんだけど……」
「なるほど、ガイは逃げるホノを追って走っていたというわけか」
「でも私が窓から見た時点ではホノ先輩の姿はもう見えなかったし、ガイ先輩もすぐに見失って取り逃がしたって言ってたから、あくまでガイ先輩一人の証言に頼った話なんだけどね」
……正直、本当にホノ先輩がその時逃げた――いや、そもそもそこに存在したのだろうか?
本人が行方不明で反論できない以上は、なんとでも言える。
「そうか……ひねり、今回の事件でおぬしが一番不審に思う点はどこだ?」
「そんなこと言われても……どこを取っても不審点ばっかりだよ」
私は首をひねって考える。
「――そういえば、旧校舎の全ての鍵は全く別の場所にある鍵箱に保管されてたんだけど……そこにはずっと人がいたから盗むのは無理だし、最近は箱に鍵をかけたまま開けてすらいなかったらしいから、合鍵も作れたとは思えないんだよね」
ふと思い出し、私は言う。
「そうなると鍵もないのに、ブラックジャックが落ちてたあの机倉庫に入った方法が気になるんだけど……」
あれは確か『引き違い戸』とかいう、教室によくある横にスライドさせて開けるタイプの扉だ。鍵をかける所は、二枚の扉が接触するど真ん中の部分についている。
かなり古くてガタがきていたので、ひょっとしたら鍵がかかったまま二枚まとめて枠から外せないこともないかもしれない。
とはいえそれには手間がかかるだろうし、そこからさらに山積みの机と椅子を廊下に引っ張り出さないと中には入れない。結構時間が必要だったはずだ。
いったいどのタイミングで、どうやって出入りしたのだろうか?
それを伝えると、スフィーは満足げに頷いた。
「うむ、良い所に目を付けたな」
「……ねえ、私の考えなんかより、スフィーの推理はどうなの?」
じれて催促するが、スフィーは涼しい顔で言った。
「まず袋に付着していた指紋が、誰のものか判明せぬことにはな」
「それは明日になれば判ると思う」
「――ならば放課後、わらわが出向こう」
「えっ? そんなことしなくても、私がいったんここに報告に戻ってもいいよ。スフィーの身に何かあったら大変だし」
「構わん。かえりみれば、今まで犯人に近付くという危険な仕事をおぬしに押しつけすぎたからな」
「スフィー……昨日のこと、気にしてたんだ。あれは私が悪かったから、もう忘れて。ね?」
「いや、そればかりではない。袋に付着した指紋の主次第で即真相が明らかになる以上、できるだけ早く知っておきたい。さらに、その足でわらわも捜査を手伝うためだ」
「え、スフィーも探偵部の捜査に参加するの?」
「うむ。今はホノの身柄を一刻も早く押さえねばならぬ。それには人手が欲しい所だろう」
――確かに、スフィーがそばにいてくれれば心強い。
「……わかった。確かに猫の手も借りたい状況だし、一緒に捜査しようか。何かあったら私が守ってあげるからね」
「おぬしに守られるほど落ちぶれてはおらぬぞ。もし何かあっても気にせず逃げろ」
……そうもいかないけど、スフィーのプライドもあるだろうし頷いておく。
「――なんにしても、私が犯人にされないうちに、早くホノ先輩を捕まえなきゃね」
私は部室でスフィーと待ち合わせる時間を決めると、明日のためにすぐに就寝の準備をして眠ることにした。