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ひねり~自殺志願者殺害計画~  作者: 愚童不持斎
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9 反転の始まり

 放課後の部室に集まったのは、結局いつもの探偵部の面々だった。

 ――つまり私、いっき、愛子、ユイさんの四人だけ。

 ホノ先輩は、殺害計画の渦中かちゅうにいた事が警察に知られてしまったため、死体発見後ただちに事情聴取された。そしてそのまま登校してこなかったらしい。

 一方、倉畑先輩の家族ということで同じく朝から事情聴取をされたネイさんは、昼休みが終わってから学校に来たそうだ。今日はまだ顔を見てないけど。

「――やっぱり二人共、ここにはこないよね……警察の事情聴取がきつかったのかな」

 私が呟くと、ユイさんが呆れた顔で言った。

「なに他人事みたいに言ってんのよ。ひねきちだって昨日の書庫密室の件で、このあと警察に行かなきゃならないんでしょ。しかも警察はただの事情聴取だって言ってるけど、たぶん実質的には重要参考人扱いよ」

「あ、そうだったね。そういえば私も呼び出されてたんだっけ」

 照れ笑いする私を見て、ユイさんがぼそりと言った。

「……あんたなら、たとえ異端審問で拷問された直後でも平然と学校に来そうね。まったく鉄の神経の持ち主だわ」

「わ、私はどっちかと言うと繊細な方だよ」

 だがその言葉には誰も同意してくれなかった。

「……さて、それじゃ入手した情報を伝えるわね」

 ノートを取り出したユイさんが速やかに司会進行する。

「まず倉畑先輩が殺害された状況だけど、現場は学校の裏手にある林の中。周囲にかなり血が飛び散ってたそうだから、そこで殺されたのは間違いないわ。死亡推定時刻は今日の早朝五時前後」

 ――そんな時間に人気のない林の中にいたということは、やはり犯人と会う約束があったはずだ。

「死因は刃物で喉を切られたことによる失血死。警察は他殺と断定したそうよ。凶器の刃物はやっぱり見つからなかったって」

 さらに刃物を用意した上で会っていたということは、始めから殺すのを想定していたのだろう。

「で、倉畑先輩の遺書についてだけど、『全て自分が単独で計画し実行した。ホノを殺した後、責任を取って自殺する』って内容だったそうよ。でもそれだと、まだホノ先輩を殺してないってのと、倉畑先輩が他殺だったってのがおかしいわね……」

「おそらくその遺書は本来、ホノ先輩を殺して自殺した後のために用意していたものなのでしょう。つまり倉畑先輩にとって、ここで殺されるのは想定外だったということになりますね」

 愛子はそう推理した後、誰に言うともなく呟いた。

「――結局、殺される側だったはずのホノ先輩は殺されず、殺す側だったはずの倉畑先輩が殺されてしまったとは皮肉ですね……」

 確かにおかしな話だ。どういうわけか、いきなり状況が反転してしまった。

 ……それにしても、倉畑先輩を殺さなきゃならないような人物って、そもそも誰なんだろう?

 私がそう考えている間に、ユイさんは話を続けた。

「それと、わざわざ伝えるほどのことでもないと思うけど、一応ホノ先輩とネイさんの事情聴取での証言も報告しとくわね。二人とも、この事件に関しては知らぬ存ぜぬで通したそうよ。当然ホノ先輩もネイさんも、犯行も現場行きも否認してるわ。事件に関わった証拠も出てないし、二人ともすぐに解放されてるわね」

 ユイさんはそこでニヤリと笑う。

「さて、ここからが独占スクープよ。今回の一連の事件と関係は不明なんだけど、倉畑先輩の家庭内で『一千万円事件』ってのがあったそうなのよ。まあアタシが勝手にそう命名したんだけど」

「一千万円事件?」

 たいそうな響きの言葉に驚いて、私は聞き返した。

 いっきと愛子も興味をひかれたらしく、少し身を乗り出した。

 私達の反応を見て、ユイさんは満足げに説明を始めた。

「しばらく前の話らしいんだけど、倉畑家の自宅金庫から現金一千万円が盗まれたの。と言っても、外部から侵入されたわけでも、こじ開けられたわけでもなく、きちんと金庫の鍵とダイヤルナンバーで開錠されてね」

「つまり内部犯だったということですか?」

 愛子がそう尋ねると、ユイさんは頷いた。

「その通りよ。少なくとも内部の人間が手引きしたのは確実ね。そして金庫のナンバーと鍵の隠し場所を知りえ、かつその時盗む機会があったのは、倉畑先輩だけだったのよ」

 そこで私達の反応を楽しむようにユイさんは言葉を切った。

 黙っていると長々とじらされそうなので、私は素早く先をうながした。

「――それで、どうなったの?」

 ユイさんはなぜか勝ち誇った表情で話を続けた。

「結局、倉畑先輩が自分一人で盗んで使いこんだって言い張ったから警察沙汰にはならなかったそうよ。だけどこれが原因で家庭崩壊、さらに両親がもめて離婚してるわ」

 ――まさか、倉畑先輩とネイさんの家庭がそんなことになっていたとは……。

 ユイさんはそこで腕組みすると、難しい顔で言った。

「あと不思議なのが、一千万円の行方も使途も、いまだに不明のままってことなのよね。調べてみたんだけど、倉畑先輩も、当時恋人だったホノ先輩も、金遣いが荒くなった形跡はないし」

「消えた一千万円か……今回の事件が起きた理由としては申し分ないね」

 いっきが面白そうに言う。

 ――確かにその通りだ。そしてもし一千万円が盗まれた原因が、恋人のホノ先輩にあったとしたらどうだろう。

 家庭をめちゃくちゃにされたネイさんが、その恨みから『ホノ先輩殺害計画』を企てる動機としては充分だ。

 それに一千万もの大金が関わる事件なら、何らかのもめごとで倉畑先輩が殺されてもおかしくない。

「……殺人の強力な動機となりうる『一千万円事件』が判明した今、やはりホノ先輩もネイさんも怪しいと言わざるを得ないですね」

 愛子の言葉に私は頷いた。

「そうだね。とにかくまずはホノ先輩とネイさんに会って話を聞かないといけないし、今から探しに行こうか」

 もちろん『倉畑先輩殺害事件』も『一千万円事件』も気になるけど、まずは書庫密室の件を問いただして、事件の全貌をはっきりさせておかないといけない。

 私達は情報収集を続けるというユイさんを除いた三人で、ホノ先輩とネイさんを探しに向かった。

「えーと……あ、ネイさんはまだ校内にいるみたい」

 下駄箱の中にまだ靴が残っているのを見て、私はそう呟いた。

「ホノ先輩のほうは靴がなかったよ! やっぱ登校してないみたい!」

 いっきがそう叫びながらこちらに駆け戻ってくる。それを聞いた愛子が私達に提案した。

「では先にネイさんを探しましょうか。私はこの下駄箱の前で張り込みをしていますので、ひねりさんといっきは校内の捜索をお願いします」

「わかった。じゃあいっき、校舎内を手分けして探そうか。報告や待ち合わせの時はここに戻ってくるということで」

「オッケー! ひねり、負けないよ!」

 ……いつの間にか競争することになっている。

 私といっきは探す場所を分担し、捜索を開始した。

 私は渡り廊下を通って向かいの校舎に入ると、教室をざっと覗きながら一階を駆け抜けた。

 そして廊下の突き当たり付近の、渡り廊下との分かれ道にきた時――。

「あ、いた!」

 ネイさんはすぐに見つかった。横手にある階段から、ちょうど一階に降りてきた所で鉢合わせたのだ。

「こんにちは、ひねりさん。そんなにあわてて、どうかしたの?」

 ネイさんは左目に眼帯をしていた。昨日書庫で殴られてあざになっていた場所だ。

 ……事件当時、あの密室に二人しかいなかった。となれば、殴ったのはホノ先輩しかありえない。

 おそらくネイさんが襲いかかった際、抵抗するホノ先輩に返り討ちにあったのだろう。

「ネイさん、お話があります。昨日の書庫の件と、倉畑先輩が殺された件――そして、『一千万円事件』について」

 最後の言葉を告げた瞬間、ネイさんは表情を硬くした。

「……込み入った話になりそうね。ここじゃなんだから、ついてきて」

 ネイさんは有無を言わせぬ態度で歩き出し、廊下の突き当たりの扉から外に出た。

 私は黙ってそれに従ったが、ネイさんはどんどん人気のない方へ進んで行く。

 ……さっきネイさんが一瞬だけ見せた険しい表情といい、何だか不穏な気配だ。

「――このへんなら人はこないかしらね」

 そう言って立ち止まり、くるりと振り返る。

 私は万が一に備え、いつでも逃げ出せるように少し距離をとって対峙した。片目が使えない今のネイさんなら、振りきるのもそんなに難しくはないだろう。

「で、何を聞きたいんだっけ?」

 ネイさんが不機嫌さを隠そうともせず尋ねてくる。私は少し考えて質問した。

「倉畑先輩殺害に関して、何か知らないですか?」

 ネイさんはいらいらした様子で首を振った。

「残念ながら知らないわ。まさかお兄ちゃんが殺されるなんて思ってなかったから、私も驚いてるの」

 見た感じ、その言葉に嘘はなさそうだ。倉畑先輩が殺されたことに動揺しているのは間違いないようだ。

「とにかく、犯人は絶対に許さないわ。私達兄妹をこの上さらに踏みにじろうだなんて……必ず思い知らせてやる」

 ネイさんはまるで人が変わったような形相で言った。

 ――いや、人が変わったのではなく、地が出ただけなのかもしれない。怒りで本性を隠しきれなくなっているのだろう。

 ともあれ、それほど怒っているのは確かだ。となると、倉畑先輩殺害に関してはネイさんが犯人ではなさそうだけど……。

「ネイさん、その言い方だと、犯人に心当たりがあるんですね?」

「ええ、あるわ。警察には言わなかったけど」

 即答するネイさんに、私はずばり聞いてみた。

「倉畑先輩を殺したのは、いったい誰なんですか?」

「もちろんあの女……ホノよ」

 ――え、ホノ先輩が犯人?

「さっきあなた、『一千万円事件』って口に出したわよね? あれはあの女が、お兄ちゃんをそそのかして金庫を開けさせて、全額盗み出したってのが真相なのよ」

「えっ!? 一千万円丸ごとホノ先輩が持っていったんですか?」

 私が驚いて言うと、ネイさんは憎々しげに頷いた。

「そうよ。しかもその直後、用済みになったお兄ちゃんを一方的に捨てて別れたの。なのにお兄ちゃんはあんな女をかばって、自分一人で一千万円を盗んだ罪をかぶって……本当に馬鹿よ。その挙句、家庭まで崩壊しちゃって――」

 ネイさんは怒りと悲しみが入り交じったような声で言い、肩を震わせた。

「そのことに負い目を感じたお兄ちゃんは、どういう形であれ責任をとって死ぬつもりだったみたい。でもまさか、元凶であるあの女に殺されるなんて……そんなの絶対に許せないわ。あの女がぬけぬけと私達兄妹を攻撃してくるなら、こっちも――」

 私はそこですかさず口を挟む。

「でも敵対する意志のあるホノ先輩が、どうしてネイさんをかばって『犯人は覆面男』なんて嘘をついたんですか?」

「私もあの時はなぜあんな嘘を、と思ったけど……あの女、私達兄妹を口封じに殺す意志を固めてたのね。下手に私を警察に捕まえさせたら、一千万円を懐に入れた件までバレるかもしれないものね」

「――やっぱり書庫では、ネイさんがホノ先輩を殺そうとしたんですね」

 失言に気付いたネイさんは一瞬ひるんだ表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻して言った。

「……なんのことかしら?」

「とぼけても無駄です。『ホノ先輩殺害計画』の首謀者は倉畑先輩ではなく――ネイさん、あなたですね」

「今のは冗談で話を合わせただけ、と言ったら?」

 ……あくまでとぼけるつもりのようだ。

 仕方なく私は切り札を出す。

「実は書庫で私が席を外した時、書庫の入口をずっと見張ってたんです。でも、中には誰も入りませんでした」

 そしてさらに、昨日スフィーがした書庫密室の絵解きを、ネイさんに突きつけた。

 だがネイさんは――。

「なるほど、見事な推理ね。だけど、そういうあなた自身こそが犯人という、もう一つの推理だって成り立つわけよね? そんな話をでっち上げて、私に罪をなすりつける……その可能性はどうやって排除するの?」

 ……痛い所を突かれた。

「それでも、警察が調べれば、真実は明らかになるはずです」

 私は苦しまぎれに答えた。

「ふうん、警察に言うつもり? 私は絶対に犯行を認めたりしないわよ」

 ネイさんと私は、そのまましばらくにらみ合った。

「――ところでこれは善意の忠告だけど」

 と、ネイさんが突然不敵な表情を見せて言った。

「もし今みたいな調子で、犯人を問い詰めたりしたらどうなると思う?」

「……どうなるんですか?」

「命が惜しかったら、恨みを買う行為はしないのが賢明ってことよ」

 冷たい目で宣告するネイさんを、私はなんとかにらみ返した。

「私を殺すつもりですか?」

「人聞きの悪いこと言わないで。あくまで一般論よ。それよりあなた、思ったより太い神経してるみたいだけど、自分の身に危険がふりかかるだけで済むと思ってるんなら、少し見通しが甘いんじゃない?」

「……どういう意味ですか?」

「あなたが誰に何を言おうと自由だけど、仮にそのせいで犯人が警察に捕まったとしましょう。でも、もしその犯人がシラを切り通して解放された時――」

 ネイさんは冷酷な微笑を浮かべる。

「犯人は、あなただけでなく……その家族に対して、いったい何をするでしょうね?」

 私はその脅しに絶句した。

「かわいい弟さんもいるそうね。自宅は一戸建てかしら? それなら、さぞかし燃やしがいがあるでしょうね」

 私は判断を誤らないないよう、極力心を落ち着けて考えた。

 ……現在、ネイさんの容疑は『書庫での殺人未遂』のみだ。しかも被害者であるホノ先輩は、襲われたことを否定するだろう。これでは加害者と被害者の二人だけで、密室内の事件などもみ消せてしまう。もしそうなったら、ネイさんの言う通りの展開になるだろう。

 ――おそらくネイさんは『本気』だ。今の段階で脅迫を無視するのは危険すぎる。

「わかりました……警察には言いません」

 どのみち始めから、警察任せではなく、自分の力で解決するしかないのだ。

「いい子ね、それが賢明よ」

 勝ち誇った顔で言うネイさんに、私は懇願した。

「けどお願いです、もう復讐なんてやめてください。倉畑先輩殺害の件も、一千万円事件も、警察に任せた方がいいと思います」

 しかしネイさんはきっぱりと首を振った。

「あいにく私も、あの女と同じでね。警察に任せるなんて生ぬるいやり方をするつもりはないの。あのクズ女は、自殺なんて形の最期より、無様ぶざまに殺された方がお似合いなのよ」

 ネイさんはそう吐き捨てると、私に背を向けて立ち去った。


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