“街のお菓子屋さん”
※5/22より、加筆修正をした連載版を執筆し始めました。宜しかったら、そちらの方も、拙い文ではありますが、お時間がある時にでも読んでやって頂けたら有難いです。
「マリスティア・グリンベルグ、君との婚約は解消させて貰う。そして、私。グリストラ・ハーヴェルニは、ここに居るマナミ・タナカ嬢に新たに婚約を申し込む事を宣言する!」
ども!リストラ王子(名前からね。どうしてもリストラを連想させられちゃうんだよね…ププッ。笑っちゃダメだって解ってるんだけど笑っちゃうよねー!)に婚約者ポジションをリストラされた、悪役令嬢マリスティアです!
今は学園内にある大講堂にて起きている悪役令嬢の断罪イベント中なんですけどね。これがまた、バカバカしくて…阿呆かお前はと王子には言ってやりたいところです。ま、言っても無駄なので言わないけど。
私はマナミ嬢に何の危害も加えてなんていなかったんだけどねー。
まあ、本来の悪役令嬢がシナリオ通りに動かなくても、別の悪役令嬢達がイイ仕事をして、私に濡れ衣を着せて“物語”は終盤へ…ってね。
何かねー、もう展開が分かっていた事だから『あー…校長の話長いわー。早く帰らせてくれよー』的な心境なんだけど、もう帰ってもいいかな?
もう断罪シーンからプロポーズイベントに切り替わったみたいだし、いいかな?
「そう言う訳で。マナミ、私と結婚してくれないか?」
「グリスト様…私で良ければ喜んでお受け致します!」
はい、ここで拍手ー。ついでに歓声ー。わー!わー!オメデトウ、オメデトウー。…で、帰っていいかな?私は今からやる事沢山あるから、忙しいんだよね。
ここまでで既に、お解りの方はお解りかと思うけど…マナミ嬢は異世界人だ。
ニッポンカラーヤッテキマシター、ココハドコー、ワタシヒロイン!な女の子。
これがまた腹黒いと言うか毒ヒロインだったと言うか。…まあ、もう関わる事も無いし、忘れるのが一番かな…。
ちなみに私は転生者なので、最初からこの世界の住人ね。幼い頃に熱を出してー、とか、木から落ちてー…なんてエピソードは無く、この王立魔法学園(なんと、この世界では魔力があれば魔法が使えるのだ!)に入学が決まった十四歳の時。学園の下見に来て、門をくぐった時に思い出してしまったのだ。
ここが前世でクリア済みの乙女ゲー厶の世界だという事、私は悪役の令嬢のポジションだという事。そして、一つ年下の異世界人ヒロインに婚約者を取られ、退場(婚約解消から家は勿論、貴族の世界からもという意味で)。後は…知らない。何しろゲームは(これは、王子ルートの場合だけど)悪役令嬢が退場して、王子はヒロインにプロポーズ…で、メデタシメデタシ!なのだから。
流石に焦ったし、落ち込みもした。けれど、嘆いていても二年後にヤツ…ヒロインはやってくる。良い子なら良いけど、そうではない事も考えて置かなければならない。
そう考えた十四歳の私は(と言っても前世の二十数年分の記憶も大まかにだけどある)、ヒロインがこの世界に来るまでの二年間で何ができるか考えたし、準備もしてきた。まずは、生活に困らないように住む場所と仕事を考えた。
住む場所は、遠方に住むミレーヌ叔母様を頼る事にした。
叔母様は貴族第一主義な母の妹だが、母よりも昔から気が合い、普段から手紙のやり取りを行っている。叔母様は『困った事があればいつでも言いなさい』と言ってくれていた事もあり、甘える事にした。短い期間で、一人で何でもできる訳がないからね。学園を追い出されるだろう事は伏せて、学園も家も、近々出るつもりだと打ち明けてある。
仕事については、よく転生物やトリップ物のラノベやゲームにあった前世で培ってきた知識から…という事で、前世で好きだったお菓子作りから“お菓子屋さん”を開くつもりだ。
住む場所も叔母夫婦以外は知らないし家に知らせる気はない。きっと知る気もないと思う。友人は…居ない。か、勘違いしないでよね!居ないんじゃなくて作らなかっただけなんだからね!……いいんだ。今ボッチでも新しい土地で、友達見つけるからいいんだ…。
そして、友達が居なかった分。私は勉強をひたすら頑張った。学園を追い出されたら魔法について学ぶ場所は無いに等しい。だから魔法の能力を強化しておきたかった。
ヒロインの攻略対象だったけど、そんな事は知らん!とばかりに、薬草学の教員であり、地属性の能力が高い(他の能力も高い。そして、言わずもがな美形。眼鏡が似合う、黒髪に深緑の瞳の美形だ)ユリアスに質問に行きまくった。結果、魔法の実技成績は中の上から、上の上にまで上がった。頑張ったよ、私!
そして勉強だけではなく、時間を見つけて。お菓子作りの練習も頑張った。
味見は主に、先生(外でボリボリと砂糖の分量を間違えた固いクッキーを食べていたら、見つかって。何故か自分も食べたいと言い出し、上げてみたら…また食べたいと言われた。センセー、味オンチじゃないですよね?と思ったが大丈夫だった)と。
そして、幼い頃からの私付きの執事兼従者。白銀の長髪を後ろで一つに束ねた、長身で紫の瞳と泣きぼくろが印象的な美青年…シャルにも手伝って貰い、こっちの世界には無い…と言うか見かけない素材をシャルとユリアスと探して集めたり、休みの日も充実したものだった。…あれ、私…学園に入ってからシャルとユリアスとの思い出しかないな…あれ。
リストラ王子…じゃない。グリストラ王子との学園の思い出は殆ど無い。記憶を思い出す前は仲良くしていたし、好きだった(幼馴染みとしてね!)…けど、思い出してからは距離をおいたしね。
…と、言う訳で。
「シャルー、荷物は纏まってるかしら?」
プロポーズ会場から退場し、寮の自室に戻り、室内に居る筈のシャルに声を掛けた。
シャルには少し前に、学園を去る事になると思うと伝えておいてあったので、今朝。大講堂で臨時の集会が開かれると聞いた私は、彼に私の荷物をまとめておくように指示しておいたのだ。
「お嬢様、おかえりなさいませ。お荷物でしたらこちらに」
焦げ茶色の革張りの四角いトランクを一つ『ありがとう』と、礼を言って受け取る。
他の荷物…家から寮に持ち込んでいた豪華な家具達に関しては、すでに売り払っておいてあり、当面の生活資金に当てる事にしている。(どうせ、家で私が使っていた家具を使う人は居ないし、売却なんて事はせず廃棄されてしまうのだろう、と思ったので売らせて頂きました!リサイクルって大事だよね!)
「…さて、もうここに用は無いわね。それじゃ私、そろそろ出るわ。シャル、貴方にも長い間お世話になったわね、本当にありがとう。どうか…元気でね」
やだな、涙が出そうだ。…耐えろ、耐えるんだマリスティア!(立つんだ、立つんだ○ョー的なニュアンスになってしまった…)
「ハアァ?何を寝ぼけた事を言っているのですか?」
ハアァ?って言った!?思い切り呆れたように言った!?
「…え?シャル?」
ちょっと態度悪くないか?シャルよ。
「おっちょこちょいなお嬢様を一人で行かせる訳ないでしょう。私もミレーヌ様ご夫妻が、お嬢様にご紹介された地にお供致します」
シャルの透き通って綺麗な紫色の瞳が細められた。彼はニヤリと、笑ったのだ。
「な、何言ってるの?貴方はお父様が雇っているのだから勝手はできないでしょう?…それに…給料とか…出せないよ!?先を考えれば私一人で一杯一杯だからね?!」
途中から思わず丁寧さを欠いた言葉使いになるが、これからは庶民として暮らすのだから、このままでもいいかな?
「ああ、それでしたら…ご心配には及びません。先日より、旦那様には退職の旨を書類にてお伝えしておりまして、先程受理して頂いたとの内容の書類が届きましたので。それから、給金でしたか。それでしたら、今まで頂いたものが殆ど手付かずであります。ですから、金銭の心配は暫くいりませんので、お嬢様から頂かなくとも平気です。それに私が好きでする事ですから…何も問題ありませんよね?」
へー、そうなんだー。それなら問題ないかー。
「…って、言えるかい!グリンベルグ家を辞めたって…貴方、本当にそれで良いの!?今からでも、私…お父様に手紙を書くわ!もう私の言葉は聞き入れて貰えないかもしれないけど…それでも、シャルを辞めさせないでって伝えなきゃ…!」
トランクを机の上に置き、留め具を外して筆記用具を出そうとする私の手は、私よりも大きな手のひらに包まれて阻止された。
「止めて下さい、お嬢様。私は、お嬢様だから今までお仕えしてきたのです。お嬢様以外の方に仕えるのなんて嫌なんですよ。大体、本来の私は人に仕える事が嫌いです。だから、グリンベルグ家を辞したのです。お嬢様、どうか私を、貴女のお側に居させて下さい」
「何か今、さり気に凄い事を言っていたような……はわっ!?」
ぎゅっと。自分のではない大きな手に、手を握られた。ハッと顔を上げれば、シャルの水色の瞳に見つめられ…顔に熱が溜まって行くのを感じる。
「わっ、わ、わかった。分かったから……その、手を…」
「はい?何ですか?」
解っていてやってるな、コイツ…!くっ、私は前世も今も、異性に対して殆ど免疫が無いんだからね!…勘弁して下さいよ。
「…離して、ちょうだい」
声が震える。は、恥ずかしい…っ!
「ふふっ、畏まりました。さて、そろそろ馬車が着く頃でしょうか?…大丈夫ですか?」
「馬車呼んで置いてくれたのね、ありがとう…。けれど、大丈夫?と聞かなければならないような事をしないでくれる?」
シャルから顔をプイッと背けて、トランクを持ち上げ、部屋から出る。
「お待ちください、お嬢様!」
「もう、お嬢様じゃないわ。これからはティアとでも呼んで頂戴」
「はい、ティア様」
「様、いらない」
「ですが…」
「私も、シャル様と呼ぶわよ」
「それは…気分が悪くなりますね」
「…おい」
「冗談です。……ティア」
「…まあ、良いわ。シャル」
「はい?」
「これからも、よろしくね?」
「…はい」
学園の門の側まで、シャルと二人で歩く。周りには人っ子一人居らず、恐らくは未だに断罪&公開プロポーズ会場になった大講堂にでも集まったままなのだろうと思った。
後ろは、振り返らない。作られた“物語”は、ここまで。
これからは、私が自分の“物語”を作って行くのだ―――…
「って!格好良く決めたのに何で居るんですか、アンタ!?」
「おや、随分と言葉遣いが庶民っぽくなっているね、マリスティアさん」
学園の門まで辿り着いた私達の前には、ユリアス・ルチアーニ教諭が、にっこり笑って手を振り出迎えてくれた。見送りか?…頼んでいないぞ。
チラとシャルを見れば、シャルもユリアスがいた事は知らなかったようで、頭を小さく左右に振った。
「いやあ、間に合って良かった良かった!さ、行きましょうか、マリスティアさん」
「いやいやいや!何でアンタも一緒に行く事になってるんですか!?学園は?!そもそも、私達がどこに向かうと思ってるんですか!?」
さり気なく私の腰に手を添えてエスコートしようとしないで下さい。そして、シャルよ…笑顔なのに何か、怖い。
「学園には辞表を提出してきたよ。君が居ない学園なんて、僕には耐えられないから。君がどこに向かうのかは知らないけど、君が向かう所へ僕も行くよ」
「おいおい、私はヒロインじゃないぞ…」
「ん?」
「ああ、いえ。えっと、それはどう言う意味です?」
そう言えば、ガシッと両手を胸の前で握り込まれて…(ちなみに腰に回されていた、先生の手はシャルが即座に叩き落としていましたよ…)
「僕はね、教科書を胸に抱えて、いつも真っ直ぐに僕の元へと質問にやってくる真面目な君の事が、一人の女性として好きだと気づいたんだ」
「えー…私、そんな言うほど真面目じゃないですよ?それに、先生への質問なら他の子達も居たじゃないですか」
「いや、君は…君だけが。真面目で一生懸命だった。他の子達は、僕の顔を目当てに来ていただけだったよ」
そりゃ、今後の人生が掛かってますからね。ってか、サラッと言ったな、この人も。
「だから、マリスティアさん。僕と――…」
「いつまで、ティアの手を握っているつもりですか、この破廉恥教師が!」
ストン!と、シャルの手刀が私と先生の手に落ちてきた。シャルさん…これ、私も地味に痛いです。
「酷いなぁ。シャル君。僕はもう教師を辞めたんだよ。君こそ、従者だろう?主人の色恋に口を出す権利なんてないんじゃないのかい?」
「生憎と私も、従者は先程辞めました。今は、ただのシャルとしてティアの側に居るのです」
何か目に見えない火花が散っているような気がする…。気のせいかな?
ええー、どうしようかなー…これ。
そう思っていた時に、助けの声が掛かった。
「あのー…お客様方、もう出発の時刻が過ぎているのですが…そろそろ、お出にならないと目的の街に今日中に着くのは難しくなります。それに、夜になると街道に出る野盗と出くわしてしまう恐れが…」
貸し馬車の御者の声に、私は…
「すみません!今、乗ります。よろしくお願いします」
と言いながら。荷物を御者に預け、馬車の中に運んで貰い、私も馬車に乗込んだ。
それに気づいた二人も、同時に乗り込もうとして、また一悶着あったけど、何とか収集をつけて三人で馬車に乗り込み、馬車を出してもらった。
……ん?三人!?
「ちょっ、先生!本気ですか!?…って、もう馬車出しちゃったし…ああ、もう!私は知りませんよ?」
「うん。ははっ、大丈夫。責任取れとか言わないから。君と居られるのなら、チャンスはいくらでもあるからね」
「止めましょう。今すぐに。すみませ…」
「…もういいわ、シャル。この際、先生にも協力して貰いましょう」
「ティアが、そう言うのでしたら…」
「よろしくね、マリスティアさん、シャル君。…あ。僕もティアさんと呼んだ方が良いかな?」
にこにこと機嫌良く微笑む先生に…
「…そうして下さい。さん付けは、どちらでも…と思いましたが、先生の方が年上ですので、呼び捨てでお願いします」
そう答える。
「わかった!それから、僕の事も名前で呼んで欲しいな。どこに行くかは…まあ、後から聞くとして。先生じゃおかしいだろ?」
「解りました。ユリアス、で宜しいですか?」
「うん!」
そして、私も先生を名前で呼ぶ事になるんだけど、先生…いや、ユリアス。ご機嫌だな…。
「ハッ、何をニヤけて居るのですか?…気持ち悪い」
そして…シャルは真逆でご機嫌斜めだった。
最初は一人で向かう筈だった、見知らぬ土地。何故か私とフラグが立ってしまっていたヒロインの攻略対象だった美形の元教師ユリアスと、幼い頃からずっと一緒だった兄弟のように大切に思っている元従者シャル。そして、ヒロインに婚約者の王子を奪われ、家と学園を追われた悪役令嬢な私、マリスティア。
三人でミレーヌ叔母様(の旦那様。つまり叔父だ)の紹介して下さった土地へと私達は向かうのだった。
―――数ヶ月後。
“街のお菓子屋さん”(という店名にした。ちなみに二階が住居となっている)は、今日も賑わっていた。
「いらっしゃいませ〜!お決まりでしたら、ご注文をどうぞ」
「ナッツクッキーを一袋と、シュガードーナッツを二つ下さい」
「はい!ありがとうございます。今お包みしますので少々お待ちください!」
注文の順番になり、特注のガラスのショーケースを屈んで覗きながら、明るい顔で注文をしてくれる女性のお客様の応対を私がして…
「お薦めですか?なるほど、ご家族へのお土産ですか。…それでしたら、こちらのクッキーの詰め合わせは如何でしょうか?日持ちしますし、小さなお子様にも人気で…」
順番を待つお客様にはユリアスが応対して、お客様を飽きさせないように話を聞いたり、先に注文を聞いてくれている。実は店ではユリアスがブレンドしたお茶の茶葉も、お菓子に合う物が多くて密かに人気商品だったりする。
「追加のクッキーとドーナッツ、補充します。ドーナッツは、シュガーとクリーム。今出た分で完売になります」
「了解ー!」
私が作ったお菓子を、シャルが店のキッチンから運んで補充をしてくれている。その他にも足りなくなった材料の買い出しの手伝いや、開店前と後に店の周りを掃除してくれているので助かっていた。
新生活は今のところ目まぐるしい程に毎日が忙しい。けれど、とても楽しくて充実していた。
「ありがとうございました〜!!」
カララン、と。ドアベルを鳴らし、並んでいた最後のお客様が帰って行くのを見送った後。
「んーっ!二人共、少し休憩しましょうか!」
「はい、ティア。お茶をどうぞ」
「お疲れ様です、ティア。これを…」
伸びをする私の元には、二つのカップが差し出された…。
一つはサッパリした後味でお店でも評判の、ユリアス特製ブレンドティー。もう一つは、以前私が美味しい!と言った、二軒隣の八百屋で時々、売られている八百屋のおかみさん特製のレモンジュースだ。
実は、こういう事が何回かあった。最初は、どちらを選ぶの!?と迫る二人(どっちも、とても美味しいから薦めたかったんだろうな〜)に、驚いたし、慌てたけれど今では慣れたものだ。
「あはは、二人共ありがとう!じゃあ、私は二人の飲み物を淹れてくるよ」
私が二人の飲み物を用意している間に…
「あのさ、君いい加減に僕の邪魔をしないでくれないかな?」
「そっくりそのまま貴方に返しますよ、今の台詞」
…なんて言い合っていた事を、私は暫く先まで気付かなかった。
ユリアス、シャル。二人の飲み物を淹れ、私は二杯の飲み物を飲む事にしている。ちょっと、お腹がタプタプするけど、そこは…まあ内緒にしておいた。
「ふふっ、美味しい飲み物とお菓子にシャルとユリアス。しあわせだなぁ…」
「ティア…私も幸せです」
「僕もだよ、ティア」
あれ?
「やだ、私…今、口に出してた!?」
「ええ」
「うん」
ははは、まあ…嘘ではないから良いかな。ちょっと恥ずかしいけど。
カララン!
ドアベルがお客様の来店を知らせる。
「いらっしゃいませ!」
私達は笑顔でお客様を迎えた。
―――悪役令嬢だった元侯爵令嬢の私。マリスティア・グリンベルグは、お菓子屋さんの店長ティアとして、今日も張り切って仕事をしている。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました!!