六話「親交」
「てやぁー!」
「おい! 敵がそっちに行ったぞ!」
「私に任せて!」
所狭しと生える木々を器用に避けながら、幾人のクラスメイトが武器を手にして果敢に特攻していく。
敵は四匹。その内の二匹はゴブリンフライで、残りの二匹は猪を模した液体状の生物──スライムと呼ばれる魔物(少なくとも、レジェンス・クロニクル内では)だった。
「征一郎! こっちに一匹来るぞ!」
「分かってますよ!」
京介の呼び掛けに、征一郎が突撃してくるスライム目掛けて、杖を振りかざす。
「フレアっ!」
征一郎が呪文を唱えた刹那、杖の先から炎球が飛び出し、スライムへと直進していく。
炎球は見事命中。スライムは火に包まれ、動きを止めてもがき苦しみだした。
「ナイスアシスト!」
征一郎に称賛のグッドサインを向けつつ、後方で待機していた京介が、大剣を構えて疾駆する。
「くらえやっ!!」
大剣を振り上げ、スライムに一直線の剣撃を与える。
スライムは四方に液体を散らばせ、そのまま砂と化して消え去った。
「よっしゃあ! 楽勝楽勝」
「まったく。人使いが荒いんですよ、京介は」
大剣を肩に担いで呵々大笑する京介に、征一郎が呆れ混じりの苦笑を漏らす。
「まあまあ。勝てたんだからいいじゃねぇか。やっぱ俺達のコンビネーションは最強だな!」
「慢心は禁物ですよ。それに、戦闘はまだ終わっていません」
征一郎の言う事はもっともだった。
つい先ほど、京介と征一郎の手によってスライムを一匹撃破したが、内の二匹は現在行方不明中。もう一匹──ゴブリンフライだ──は他のクラスメイトが既に仕留めた後だった。
五、六人ほどの集まりでゴブリンフライを追い詰めていたので、倒すのも容易かと思われたが、何か問題でも生じたのか、やけに騒々しかった。
「いってぇ! アイツ、最後の最後で腕を切りやがった!」
「治療係! 誰か近くに治療係はいないか!」
誰か怪我を負ったのか、男子生徒の野太い声が周囲に響き渡る。
「は、はい! 今行く!」
偶然近くを数人のクラスメイトと行動を共にしていた勇士が、すぐさま駆け寄る。
が、その時――
『キギャアッ!』
「うわあぁっ!?」
不意を突く形で、走る勇士のすぐ真横を、行方不明だったゴブリンフライとスライムが、木の幹から飛び出して襲い掛かってきた。
すっかり腰を抜かして逃げ遅れた勇士は、直に訪れるであろう激痛を覚悟して、ぎゅっと瞼を閉じる。
「久野君! 伏せてっ!」
恐怖に苛まれる中、勇士の耳朶を打つ力強い叱声。
言われた通りに──というよりは、殆ど脊髄反射的に頭を抱えて地面へと伏せる。
猛烈な勢いで、ひとつの影が勇士の頭上を飛翔する。
風が背中を撫でるのを感じながら、薄目を開けて影の正体を見やる。
影の正体──城ヶ崎桜花は、巧みに双剣を操って二匹を牽制し、勇士から距離を取らせた。
「はあっ!」
ある程度距離を保った後、桜花は双剣の片方を空中で様子見に徹していたゴブリンフライに投擲。
が、ゴブリンフライは投げられた剣を躱し、スライムの前方に並んだ。
桜花はその瞬間を見逃さなかった。
桜花は助走もなくトップスピードで駆け抜け、剣を両手に持ち替え、横に構えた。
一閃──。
名のある剣豪もかくやという腕さばきでスライムとゴブリンフライを一刀両断し、瞬時に背後を振り返って剣先を向ける。
油断すまいと剣を構えた桜花だが、もはやその必要はなく、敵はそれぞれに半身を地へ落とし、砂塵となって消えた。
いつもの静寂――されど野鳥の鳴き声や葉擦れの音が蔓延する不気味な静けさを取り戻す。日常生活ではおよそ耳にする事はなかったであろう奇怪な景色。しかし今となっては、当然のように取り囲む異様な光景。
無事に戦闘が終えたのを見計らってから、勇士は大の字で寝転んで大息を吐いた。これで命を狙われたのは何度目だろう。
「怪我はない、久野君」
桜花が顔色を窺うように、勇士を覗き込んで片手を差し伸べる。双剣はさっさと片付けたのか、投擲した剣も含めてどこにも見当たらなかった。
「ごめん。ありがとう委員長」
謝罪と感謝を述べて、勇士は桜花の手を借りて立ち上がる。
「ダメよ久野君。いきなり一人で飛び出したりしたら。誰かと一緒に動かないと危険だわ」
特に君の場合は、と桜花は付け加えて、勇士の手を離す。
「本当にごめん。そうだよね、以後気を付けるよ……」
桜花に心配を掛けぬよう精一杯の笑みを浮かべて、すぐに途中だった救護へと向かう。
「おい! 治療係はまだかー?」
「い、今行く!」
呼吸を乱しつつ、勇士は怪我人の元へと急ぐ。
何故自分はこんな衛生兵みたいな真似をしているのだろう、と虚ろに思いながら。
◇ ◇ ◇
レジェンス・クロニクル(と思われる)の世界に転移して、三日ばかりが過ぎた。
始めこそ当惑していたクラスメイト達も、徐々にこの状況を受け入れ、今となっては襲い掛かる魔物とも戦えるまで逞しくなっている。必要に迫られてという事情もあるのだろうが、戦ってる最中は不安に縛られず、またストレスを発散するのにちょうど良いのだろう。
何より、さほど敵に苦戦する事もなく、また食糧に困らずにいる状態が、皆の精神を保つのに良い効果をもたらしているのだと思われる。
武器の出し入れの方法を知り、ひとまずの自衛手段を確保した彼らは、先んじて皆を纏めるリーダー役を多数決によって選定した。
リーダーに選ばれたのは、委員長も務めている城ヶ崎桜花だった。
選ばれた理由としては、奇襲してきたゴブリンフライを冷静かつ迅速に撃退してみせた事。
また、戦闘に関してもクラスメイト内で最も長けていた事。更に加え、皆が桜花の真面目な人柄が評価された結果であった。
「私には無理よ……」
と。
リーダーに選ばれた当初、桜花は困惑気味にそう言葉を漏らし、難色を示していた。
「私にリーダーなんて無理だわ」
「そんな事ねぇって。だって委員長だって立派にやってんじゃん」
「京介の言う通りですよ。城ヶ崎さんなら皆の信頼も厚いですし、不平不満は起きないと思います」
「委員長なんて、先生に指名されてやっていただけに過ぎないわ。クラスのみんなを先導するだけの素質なんて私には……」
「無論、城ヶ崎さんばかりに任を押し付けるつもりはありません。副委員長として色々な面からサポートする所存ですし、他にも困っている事があれば何でも相談になりますよ。城ヶ崎さんの相棒役として」
征一郎の説得に、一度は渋んだ桜花も、最期は承諾の意を表して、皆のリーダーを務める事となった。
さて、リーダーに任命にされた桜花ではあったが、彼女が最初に行った仕事は、まず皆の武器を確認し、それぞれバランスの取れたグループに分ける事だった。
勿論、全員一丸となって行動する方針に変わりはないが、個々が自由に動かれては効率が悪く、また戦闘時に隙も生じやすくなる。
そこで考えたのが、クラスメイト達を前列、中列、後列に分け、更に分断された場合に備えて幾つかのグループを作って、班長を取り決めた。
これはまた後に大規模な変更が行われたのだが、理由として、魔法と呼ばれる存在が発覚された為にある。
魔法。
ファンタジー世界ならば、もはやお約束となっている概念。火や水、果ては天候も操る万能術。
ではどうやってその魔法が発覚したのかと言えば、影橋の存在が大きい。
魔法が見つかったのも、影橋の特殊能力──というよりは、『鑑定士』という職業のおかげと言っていい。
鑑定士。
いつかの項に触れた件でもあるが、レジェンス・クロニクルには様々な職業が存在している。勇士の記憶では鑑定士とやらに覚えはないのだが、現にこうしてあるのだから、認めざるを得ない。どうやら影橋はその鑑定士で、味方や敵のステータスを数字として見る事が出来るらしいのだ。
大抵のRPGがそうであるように、この世界にも各人のステータスが存在している。ここで重要なのは、ステータスは個人では確認できず、鑑定士でないと具体的な数字が見れないのだ。
調べた結果、鑑定士は影橋しかいないらしく、個々のステータスも全て彼に視てもらった。そこで判明したのが『魔法』という秘めた力であった。
この魔法──使い方は単純で、武器の取り出し方と同様、念じつつ呪文を唱えるだけである。
無論、回数に制限はあるし(使用するとMP――気力みたいなものが奪われる)、また職業によって使用できる魔法も異なる為、そう何度も乱発できるものではない。
が、しかし、奇遇にもここには三十人以上の少年少女がいる。とどのつまり、人の数だけ職業も多様で、かつ要所要所で役立つ魔法(回復や周囲を敵を探知するもの――果てはアイテム生成したりなど)もあったので、これには皆も大手を振って喜んだ。
そうして改めてグループを編成し、森林からの脱出を目的に、勇士達は現在、道無き道を歩き続いている。
◇ ◇ ◇
「──君。久野君?」
誰かの呼ぶ声が聞こえる。
大木の幹に背をもたれて微睡んでいた勇士は、高く済んだ耳通りに良い声に、薄っすらと瞼を開けた。
「……委員長?」
霞む世界の中で、林檎を手にしている桜花の姿が瞳に映った。
「久野君の分の食料を持って来たのだけれど、起こして悪かったかしら?」
「ううん。目も覚めかけてた所だし」
軽く背筋を伸ばし、本格的な覚醒を促す。少し体を動かしただけで、節々が痛んだ。ここ最近、硬い地面や木の葉の上で就寝していたので、あちこち関節が悲鳴を上げているらしい。もふもふのベッドが恋しい。
「はい、久野君」
「あ、ありがとう」
渡された林檎を受け取って、勇士は躊躇なくかぶり付く。
程良く熟した林檎の甘味が口内に広がる。スーパーなどで販売されている物とは違い、糖度が濃くて絶品だ。やはりこういう自然に恵まれた環境で育った天然の果実は、文字通り一味違うのだろう。
二口目、三口目と迷いなく林檎に齧り付き、甘味を堪能していく。こうして毒の心配もなく林檎を食せるのも、全て影橋による鑑定のおかげだ。
彼曰く、集中して鑑定したい物体を直視すると、文字列や数列(地球に現存する言語で)がメニュー画面のように表示されるらしい。物によって鑑定不可能な場合もあるが、食べ物に関してはほぼ百発百中の鑑定力を誇る。
勇士が咀嚼しているこの林檎も、影橋によって鑑定済みなので、安心して口にできるのだ。
──ほんと、影橋君さまさまって感じだなあ。
彼の功績はこれだけに収まらない。食物だけでなく、薬草や敵の能力を探れたり、また仲間のパロメーター……現在保有している魔法の数やレベル、どのような職業に就いているかまで調べられるのが判明したのだ。
そのおかげで、皆の行動範囲が広まったのは言うまでもない。なんせ食料や戦闘に役立つアイテムを調達できたり、魔物への対策も取れるようになったのだ。もし影橋がいなければ――ひいては鑑定士がいなければ、今頃途方に暮れて右往左往としていたに違いない。
だが勇士は、喜ぶ皆の中で、ひとり疑念が拭えないでいた。
何故ならば、勇士が知る限り、ここまで実用的(鑑定だったり察知魔法だったり)に富んだ職業は無かったはずなのだから。
たとえばパロメーター。そもそもこれは、鑑定士の力を使わなくとも、プレイヤーが各人で確認できたはずであり、魔法や職業にしても自分で調べられる仕様になっていたはずだ。
また、敵の能力を探るなんて能力はなく、あくまでアイテムや武器などの鑑定に限定された職業だったはずなのだ。
とは言え、この世界が真実レジェンス・クロニクルだという前提の上で成り立つ話であり、前提が崩れれば、勇士が知る情報など当てにならなくなるわけなのだが。
当初こそ、此処が勇士の知るゲームの世界に似ていると皆に伝達するつもりでいたが、先の事情もあり、今日になっても話せずにいた。
あまりにも誤差が多過ぎたのだ。パロメーターだって、どれだけ試みても自分で確認できないし、職業だって本来なら選択可能だったものが、興味も感心も無い回復術士へと強制的にやらされてしまっている。
この森だってそうだ。レジェンス・クロニクル内にも森はあったが、こんな樹海レベルのフィールドは存在しなかったはずなのだ。だのに二日三日経っても一向に出口が現れない。ゲームで見ていたマップと違い、実際に生身で歩くとこんなにも広大だったのだろうか。
そしてトドメが、
──未だにぼくだけ、武器が出せないというね……。
他の者は皆、それぞれ職業に合った武器がある中、勇士だけは何の不具合か、一切武器が出現できないでいた。
そもそもの話、レジェンス・クロニクルでは個々に武器を携えていたはずなのだ。なのに何故、手品じみた方法に変更されたのか。その方がゲームっぽいとかファンタジーっぽいとか言われたらそこまでだが、どうしても納得がいかない。
幸い、回復術士は戦闘に適した職業ではないし、クラス内でも中列で皆にも守ってもらえる立場なので、さほど危険はないが、いざとなった時はさすがに困るし、この立ち位置にずっと甘んじるのも男としてどうかと思う。
などと言った焦りもあり、皆の足手まといにだけはなるまいと、張り切って隊列から遠ざかって怪我人の元へと走ったのだが、途中で遭遇した魔物から身を呈して守ってくれたばかりか、結局桜花に注意まで受けてしまった。情けないったらない。
「はあ…………」
「どうしたの久野君。あまり美味しくなかった?」
不甲斐なさに軽く嘆息する勇士に、隣りで腰を下ろして右に倣うように林檎を食していた桜花に、訝る眼差しを向けられる。
「え、いや、普通に美味しいよ。ただちょっと疲れたなって思ってさ」
「ずっと歩き通しだったものね」
転移した場所に留まっていた所で、救援に来る可能性は限りなく低い。その為、所々で休憩を挟みつつも、出口を目指して徒歩で獣道を進んではいるのだが、まだまだ先は見えない。
ふと周りを見ると、休息を取る傍らで、勇士のように眠っている者もちらほらと見掛けた。日頃、こんな遠距離を歩いたりしないだろうし、特に運動部に所属していない生徒は、疲労も色濃く窺えた。
「あれ? 委員長、右手の方切り傷ができてない?」
周りを観察していた中で、偶然見つけた赤い線に、勇士は目敏く指を差して視線を促す。
「あら、本当。枝か何かで擦ったのかしら?」
切り傷は大したものではなく、流血も見られない。桜花の言う通り、何処ぞで引っ掻いたのだろう。
「待って。すぐに治すから」
傷に両手を当てて、勇士は精神を研ぎ澄まして呪文を唱えた。
「キュア!」
勇士の手から温かな燐光が漏れ、切り傷へと密集していく。
2、3センチほどあった切り傷は、見る見る内に塞がっていき、最終的には跡も残らぬまま完治した。
治癒──それが勇士が使える、回復術士たりえる魔法の一つである。
しかしながらこの『キュア』、あまり使い勝手のいい魔法ではない。桜花が負った切り傷程度ならすぐに治るのだが、もう少し状態の酷いもの──擦過傷や火傷、骨折となると一度では殆ど治らず、回数を重ねる必要があるのだ。
今のように休憩中ならまだしも、戦闘となったら隙だらけになるし、負傷した仲間を復帰させるのにどうしても時間が掛かってしまう。緊急時は他の回復術士に任せるか、いっそ薬草で治した方がマシなくらいだ。しかも回復術士の中で唯一勇士だけが治癒力が低く、デメリット面ばかり目立ってしまう。
──その分、何度使ってもなかなか疲れないけれどね。
魔法を使う際は、使用した分だけMPと呼ばれる数値を消費する。具体的にどうなるかというと、精神が摩耗すると言うか、体の内から疲れてくるのだ。平たく言えば、長時間勉強した後の気怠さを想像してもらえばいい。
勇士の場合、そのMP消費量が少なく、何度も使用できる特長があるのだが、やはり利便性を考えると、さほど使える魔法ではない。
他にもう一つ魔法があるにはあるのだが、似たり寄ったりな事情で、使い勝手はよろしくない(ちなみに、相手の攻撃力を下げる魔法である)。
単刀直入に言ってしまえば、勇士は戦闘に関わらず、馬車の中で細々と仲間を支援する日陰な立ち位置なのである。
「ありがとう久野君。やっぱり治療できる人がいると、何かと心強いわね」
「心強いだなんて、他の人ならともかく、ぼくには過大評価だよ。第一それをいうなら、委員長こそ一番心強いじゃん」
完治した部分をさすって感謝を述べる桜花に、謙遜にもならない自虐でもって言葉を返す勇士。
双剣士という、レジェンス・クロニクルでも人気の高いチート職に就いた桜花は、めきめきとその真価を発揮していった。
まずはその機敏さ。瞬発力はクラス内でも随一で、正直誰も彼女に敵う者などいない。
また、剣捌きは達人の流域で、桜花の手によって撃退された魔物は数知れない。個人の成績で計るなら、桜花は文句無しのトップクラスに君臨するであろう。
「心強いだなんて、それこそ過大評価よ。私は剣を振るうぐらいしか能が無いし、細かい指示は柴崎君に任せっきりだし」
確かに、大まかな方針は決めど、大体の指示は征一郎がこなしている。傍目に見て、まとめ役は誰かと問われれば、征一郎と呼ぶ声の方が多かろう。
「実を言うとね、今でもとても怖かったりするのよ。化け物と戦うのもそうだけど、剣を握っている時の私って、自分が自分じゃないみたいな、別の人間に乗っ取られている気がするの」
気のせいかもしれないけどね、と微苦笑する桜花だったが、勇士には色々と思い当たる節があった。
記憶を巡らせてみると、初めに違和感を覚えたのは、やはり転移後、ゴブリンフライに遭遇した時だと思う。
あの時の桜花は、なるほど。言われてみれば別人だったような──ともすれば人格がガラッと豹変していた気がする。普段は深窓のお嬢様然といった落ち着き払った人柄だが、いざ戦闘となると好戦的でありながら、どこか冷酷な一面を垣間見せると言うか、そういった印象を受けた。
「状況が状況だから、剣を取るのも仕方ないかも知れないけれど、正直私は私が怖い。ずっとこの状態が続いてしまったら、私でいられなくなるような予感がするの」
齧りかけの林檎を手にしたまま、桜花は己の足を抱えて丸くなる。普段の気丈さは遠退き、触れれば崩れそうな脆さを漂わせていた。
「ぼく、こう思うんだけどさ」
食べ終えた林檎の芯を地に置き、桜花を見据えて勇士は言の葉を紡ぐ。
「どっちの委員長にしても、ぼくはとても感謝しているよ」
「え?」
「だって桜花さんがいなかったら、今頃ぼくなんて死んでたかもしれないしさ。それに委員長、ぼく達の班長だってやってるじゃん」
現在桜花と勇士は、治療班と銘打って同じグループに属している。その殆どが勇士みたいな回復術師で固められているのだが、誰も戦える者がいなければ全滅しかねないという名目の元、桜花が班長を務めて勇士を含めたグループの皆を守っている。
「何度も助けてもらったし、感謝してもしきれないぐらいだよ。それにこうして話してても分かるけど、やっぱ委員長は優しいよ。いつか放課後にぼくの補修を手伝ってくれた、優しい委員長のままだよ」
「久野君……」
いつになく長広舌で語る勇士に、桜花が少し潤んだ瞳で見つめる。
「あ、いや、あんまり話した事も無い奴にこんな分かった風に言われても気分が悪いだろうけどさ!」
「そんな事ないわ」
ふるふると首を振って、桜花は不意に勇士の手を包むように握り、朗らかに口許を綻ばせて言った。
「ありがとう。久野君」
かつてないほど近距離で視線を合わせてくる桜花に、女子(特に美人)に免疫のない勇士は顔を真っ赤に染めてたじろいだ。
まずい。これは反則だ。ただでさえ無表情がデフォルトである桜花にこんな素敵過ぎる微笑みを見せられたら、勇士でなくとも大抵の男子はノックアウトだ。
それでもどうにか平静を保って、
「ど、どういたしまして」
と礼を返すと、勇士は慌てて手を離してすぐさま立ち上がった。
「え、えっと! そろそろ休憩も終わる頃なんじゃないかな委員長! 今度こそ出口を見つけないとね」
「……それもそうね」
緊張で焦る勇士に、桜花ははてなと小首を傾げながらも、ゆっくり腰を上げて同意する。
「あ、久野君」
「ん? 何?」
周りも次々と出発の準備を始める中で、踵を返そうとした勇士に、桜花がふと呼び止める。
「呼び名だけど、委員長じゃなくて名前でいいわよ。役職だと、何だか堅苦しいから」
「え!?」
突然そんな提案をされても困る。いつもは『委員長』呼びだし、急に名前では言えない。
とはいえ、期待するような眼差しでこちらを見つめてくるし、名前で呼ばなれけば多分引かないだろう。
ええい! ままよ!
「じゃ、じゃあ、桜花……さん」
「はい」
ぐあっ。だから何なのだその後光が差しそうな笑顔は。浄化してこの世におさらばしてしまいそうだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
「う、うん……」
自覚のない桜花の天然スキルに放浪されながら、勇士は思春期男子らしく悶々としつつも、後を追った。