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五話「欠陥」



 ここで勇士が言うレジェンス・クロニクルなるものについて、説明したいと思う。



 レジェンス・クロニクル。



 それは、スライムやガーゴイルといった魔物が当たり前のように生息する世界で、人間達と熾烈な生存競争を繰り広げる、まあ割とありがちな設定のRPGだ。

 ついでに補足すると、剣と魔法もあるファンタジーで、主人公達は魔物を倒して生計を立てつつ、魔物の頂点的存在――邪神竜を倒すというのが一応のコンセプトになっている。

 正直に言ってしまえば、邪神竜を倒してもそれで完結というワケではなくて、名誉や財──または更なる力を求めて、主人公は旅を続ける事になるのだが、まあ今はさして重要ではないので、一旦保留しておく。

 要は冒険の中で技を極めなり財を築くなどをして、己の職業を極める事こそが、このゲームの肝なのだ。

 操作性が難しい為、基本マニア志向のではあるが、現在では続編なども制作され、そこそこの人気を保有しているゲームである。

 そんなあまりメジャーとも言えないレジェンス・クロニクルが、今勇士の目の前に現実味を帯びて広がろうとしている。ご丁寧に衣装チェンジしてまてだ。

 衣装チェンジ。

 先述にもあったがこのゲーム、各種様々な職が存在しており、プレイヤーは好きな職業──剣士なら剣士を、魔法使いなら魔法使いを選択できるのである。

 勇士が桜花達クラスメイトを見て抱いた既視感──突然の事態に混乱していたせいもあってなかなか思い付かなかったが、よく目を凝らせば皆の奇抜な格好――そのどれもがレジェンス・クロニクルに出てくる衣装ばかりだったのだ。

 ここまできたら、もう間違いない。勇士達は現在、



 レジェンス・クロニクルの中にいる──!!



 ◇ ◇ ◇



「すっげぇ! マジ何だよ今の!」

 前振れもなく出現して、桜花の機転によって斬り伏せられたゴブリンフライ(既に砂と化しているが)を特撮映画さながらに繰り広げられ、京介は恐れよりもまず、驚嘆と興奮に表情を輝かせていた。

「委員長! 今のどうやったんだ? しかも一瞬で倒すとかマジですげぇじゃん!」

「さあ……? 私も無我夢中だったから……」

 京介の質問に、桜花は首を傾げて答える。

「え? 分かっててやったんじゃねぇの? だったらその剣とか、どうやって出したんだ?」

「本当に私にも分からないの。あの変なものが久野君に襲いかかろうとした時には、意識がどこか遠くに飛んでいたから……」

 などと会話している内に、桜花が手にしていた双剣が不意に燐光を放ち、徐々に透けて景色に溶けていく。

「あっ。消えてしまったわ……」

 完全に消失した双剣の握り心地を確かめるように、桜花は虚空を掴んでは手を広げて確認する。しばらくしても再び現れる事はなく、文字通り影も形もなく消え失せてしまった。

「何だったのかしら、あの剣」

「ちぇ。勿体ねぇ。どうせなら消える前に使わせてもらうべきだっただぜ」

「京介、今はそんな悠長な事を言っている場合ではないでしょう」

 惜しむ京介に苦言を示しつつ、征一郎は眼鏡の位置を直しながら桜花に目線をやる。

「城ヶ崎さん。怪我はありませんか? えーっと、それに久野君も」

「ええ。私なら大丈夫よ」

「ぼ、ぼくも無傷です」

 何故躊躇いがちに名前を呼んだかは定かではないが──ひょっとして、よく覚えていなかったのか?──勇士も尻に付いた砂を払いながら、ゆっくり立ち上がって征一郎に答える。

「無事で何よりです。が、手放しに喜べる事態では無くなりましたね……」

 眉間に深くシワを刻んで、征一郎は深く考え込む。頬には数滴の汗が滲んでおり、よほど切迫しているのが窺えた。

「先ほどの化け物……明らかにこちらへ向けて攻撃しようとしていました。すなわち今後同じ化け物が出てきた場合、同じように襲われる危険性があるという事です」

 ゴクリ、とクラスメイト達の生唾を嚥下する音が聞こえる。

 此処は樹海。いや、アマゾンのような密林の可能性だってある。ただでさえ見通しが悪いのにまた奇襲を掛けられては、肝が冷えるどころか、命がいくつあっても足りない。

「とりあえず、いつ何処で襲われても対応できるよう、みんなで固まって行動した方が無難でしょうね。勿論、周囲を気に配りながら」

「待って柴崎君! 集団で纏まるのは賛成だけど、またあの変な奴に襲われたらどうするの? 私達、何も自衛手段がないのに……」

 悄然とするクラスメイトの中で、一人の女子生徒が声高に疑問を上げた。

 女子生徒の忌憚ない意見に、



「そうだよなあ……」

「あんな爪で引っ掻けられたら、きっと怪我だけじゃあ済まないわよ……」

「次は一匹だけとも限らないしな」



 と周りの人間も次々に同調する。

「そんなに心配する必要ねぇだろ。いざとなれば、その辺の石や枝で戦えばいいんだし、なんせこっちには委員長もいるんだしよ。なあ委員長!」

「…………え?」

 京介の誰何に、クラスメイト全員の視線が桜花に集まる。

 蜘蛛の糸にしがみつくカンダタの如く、縋るような目で直視するクラスメイトに、桜花は顔を逸らして口許をきつく締めた。

「あん? どうしたよ委員長? 委員長なら剣が無くても木の棒だけでも十分戦えるだろ? あんだけ素早い動きができんだからよぉ」

「……はっきり言って、承服しかねるわ。剣を取り出した時と同じで、どうしてあの時あんな事ができたのか、私にもよく分かっていないの」

「斬った感覚が一切無かったという意味ですか? 記憶も?」

「何となく覚えはあるけれど、自分で斬ったという自覚みたいなものは無いわね……」

 征一郎の質問に、桜花自身戸惑った面持ちで答える。

「なるほど。それは困りましたね。正直な所、城ヶ崎さんに期待を寄せていた部分もありましたから」

「申し訳ないわ……」

「いえ、城ヶ崎さんは何も悪くありませんよ。こんな状況ですしね。不確定要素が多いのは致し方ありません」

「こうなりゃあ、腹決めるしかねぇだろうよ。どのみち、話が通じそうな感じじゃなさそうだしよぉ。違うか? 征一郎」

「正論ではありますね。スマートとは言い難いですが、京介の言う通り、自衛するしか他ありません」

 征一郎の言葉は断定的だった。徒手空拳でも何でも、死にたくないなら戦うしかないと、否応なく現実を突きつけられる非情さを孕んでいた。

 クラスメイト達も葛藤を表情に滲ませつつも、次第に心の分別が付き始めたのか、不承不承といった態で頷きを見せた。悲観するあまり、泣き叫ぶ者がいなかっただけでも救いだったかもしれない。

 勇士は一考した。征一郎と京介──二人の積極的な先導によって、どうにかこの場は落ち着いているように窺えるが、やはり勇士とは違ってここがレジェンス・クロニクルの世界(もしくは酷似した別世界)だとは思い至っていないらしい。クラス内でもあまりゲームに造詣が深そうには見えなかったし、ましてレジェンス・クロニクルみたいなマニア向けのゲームなんて知らないのだろう。

 だとしたら。

 だとしたら、勇士は今ここで名乗り出た方が良いのではないだろうか。勇士ならばこの世界の概要を熟知しているし、アイテムや魔物――皆の職業に関しても、知識として持ち合わせている。全くの無知よりは、心強いアドバイザーとなれるはずだ。

 何より。


 ──今なら、ぼっちな僕でもみんなの注目を集められるんじゃないか!?



 散々一人でも構わないと述べてきた勇士ではあるが、人並みに顕示欲はある。皆の称賛を浴びたいと思うぐらいには俗物なのだ。

 周りを見ても、勇士と同じレジクロのプレイヤーはいないと見える。目立つなら今だ。

「よしっ。じゃあさっそく武器になりそうもんでも探すか。女子はともかくとして、野郎共はなるべく重たくて打撃力のあるもんを選べよ」

「少し待ってください。個別で動くのは却って危険ですから、四、五人ほどでグループを作ってからの方が得策かと思います。それと、出来るだけ森深くまで入らないように。戻れなくなったら大変ですから」

「おっと、一理あるな。じゃあ俺と行きたい奴、後ろに付いて──」



「あ、あの!」



 征一郎と京介のリーダーシップある指示に、唯々諾々《いいだくだく》と従いつつあった皆に、気勢を制する形で甲高い声が周囲に響く。

「ちょっといいかな? 多分だけど、武器を探す必要なんてないかもしれない」

影橋かげはし君……?」

 おずおずと挙手した一人の男子――影橋に、勇士は挙げかけた手を力なく下げて、胡乱に彼を眺める。

 影橋。勇士と同じゲーマーで、教室でもオタ友と一緒によく携帯機で遊んでいる姿をよく見かける。かく言う勇士も一度混ぜてもらった過去(影橋からの誘いで)があるのだが、結局それっきりで終わり、以降はたまに談笑する程度の仲に収まっている。

 どちらかと言えば控え目な性格で、征一郎や京介みたいに脚光を浴びるタイプではなく、平たく言えば、影の薄い生徒だ。

 格好はどこぞの学士よろしく、黒い角帽を被り、厳格そうな長いガウンを羽織っている。学術書でも持っていたら、よほど様になっていただろう。



 ──あんな職業あったっけ?



 見覚えのない衣装に、勇士は首を傾げる。まだ知らなかっただけで、レジェンス・クロニクルに隠れ職業みたいなものでもあったのだろうか。

「影橋君……でしたね。急にどうしたんですか?」

「武器を探すって件だけど、ひょっとしたらいらないかもしれないんだ」

「あ? どういう意味だそりゃ?」

 出鼻を挫かれて気分を害したのか、はたまたオタクという人種に偏見を抱いている節があるせいか、京介は機嫌を損ねたように影橋を眇める。

「だったらテメェがどうにかしてくれんのか? さっきの化け物もテメェ一人で倒してくれんのかよ?」

「いや、何もそこまで言って──」

「あぁ!?」

「ひっ!」

「京介、落ち着きなさい」

 荒ぶる京介に、そばにいた征一郎が肩を掴んで宥める。

「影橋君、話の続きを」

「あ、うん。えっと、少し見ていてほしいんだけど」

 腕を組んで不貞腐れる京介にビクビクとしつつ、影橋は不意に片手を上げて指を広げた。



 しゅん──



 と。

 まるで手品のように、何も無かった空間から突如として分厚い本が顕現した。

「! 影橋君、それ──」

「うん。委員長がやったやつみたいでしょ?」

 まさしくそれは、桜花がゴブリンフライを斬った時と酷似した取り出し方だった。

 皆にも見えやすいように頭上付近へと本を掲げる影橋に、「一体どうやって本を?」と征一郎が神妙な顔で訊ねる。

「念じてみたら、普通に出てきたよ。委員長のを見て、もしかしたらと思って、少し前にも試してみたんだ。そしたらこんな風に本が」

「なるほど。こんな感じでしょうか」

 影橋を真似るように、征一郎が指先へと意識を込める。

 すると──

「! これは驚きました……」

 征一郎の手に握られていたのは、木彫りで出来た杖だった。

 桜花や影橋と同様、瞬時に現れた杖を間近で目撃したクラスメイト達が、暗い表情から一転して色めき立つ。



「ひゃ! すごい、私にも出来ちゃった……」

「オレもオレも! 何か短剣っぽいのか出てきた!」



 武器の出し方を知ったクラスメイト達が、剣や弓などを続々と発現させていく。

「という事は、ぼくも……?」

 期待に胸が踊る。武器を自由自在に取り出せるなんて、夢にまで見たファンタジーそのものではないか!

 しかし、僅かな疑問が残る。此処が本当に勇士が知るレジェンス・クロニクルそのものだとしたら、そんな便利な機能はなかったはずなのだ。なのにこうして、クラスメイトが様々な武器を瞬間的に取り出して手にしている。一体これはどういう事なのか。

 まあ、今はいい。それより先に、勇士の武器を確認しなければ。

 ドキドキと鼓動を早めつつ、勇士は見様見真似で腕を伸ばし、手に力を込めて念じる。



 ──出でよ。ぼくの得物よ!



 中二病さながら、足元に魔法陣でも浮かんできそうなポーズを取って、自分の手を睨みつける。

 だが。



 いつまで待っても、勇士専用の武器は、影も形も姿を為さなかった。



「…………え? あれ?」

「久野君? どうかした?」

 隣りに立つ桜花が、再び双剣を携えて──皆のやり方を見て、コツを掴んだのだろう──茫然自失としている勇士に対して怪訝に問い掛ける。

「あ、ううん! 何でもない! 何でもないん、だ……」

 どうして、と喉元まで這い上がってきた叫声を、勇士はかろうじて呑み込む。

 言い様のない不安に潰されそうになりながら、勇士は愕然と立ち尽くす事しかできなかった。



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