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四話「戦闘」



「やっと終わった〜っ」

 時刻はもう六時を回ろうかという夕暮れ。いや、既に夜と言った方が正しいかもしれない。それを証左するように、空は墨汁をぶちまけたかの如く薄暗くなっていた。

 すっかり太陽も沈み、知らぬ内に点いていた電灯を見上げながら、勇士は椅子の上で腕を伸ばした。

「こんな所かしらね。ちょっと気になる点もいくつかあるけれど」

 言って、終始プリントに向けていた顔を上げて、桜花は首元に寄ったその綺麗な髪を手で掻き上げた。



 ──結局、最後まで付き合わせちゃったなあ。



 帰る準備を始めた桜花を横目で見ながら、勇士は申し訳ない思いで浅く溜め息を吐いた。

 それにしたって、何故ここまで手伝ってくれたのだろう。桜花とは殆ど交流なんてなかったはずなのに。

「後はそのプリントを提出するだけでいいと思うわ。私が見た限り、間違いはなかったはずだから、多分返却されたりはしないはずよ」

 それじゃあ、と鞄を持って教室を出ようとした桜花に、

「ま、待って!」

 と、勇士は慌てて呼び止めた。

「……? 何?」

 勇士の静止を掛ける声に、桜花は素直に歩みを止めて振り返る。



「何で、手伝ってくれたの?」



 こちらをジッと見つめる桜花に、勇士は気後れしつつ、なるべく視線を合わせたまま訊ねる。

「今まで話した事なんて一度もなかったのに、何でぼくなんかの補習に付き合ってくれたの?」

「…………何となく、かしら」

 一泊開けて、そう返答する桜花。

「何となく……?」

「ええ、何となく。何となく放っておけなかったから、ちょっとした親切心で手伝ってあげただけ」

 何となく──彼女はそう言うが、本当にそれだけなのだろうか。ただの親切心とやらにしてはやけに丁寧だった気がする。

 しかも、勇士は桜花と初めて会話をしたのだ。ただのクラスメイトでしかない桜花に、こうして助けてもらえるだけの関係を築いた覚えはない。

「何となくじゃあ不満?」

「いや、不満というか……不思議ではある、かな?」

「そう。じゃあ、一応委員長としての役目を果たした──というのは?」

 委員長の役目。確かにそれならば理由として納得できるが、必ずしも委員長にクラスメイトの補習を見てあげなければならないだけの責務はない。別に放っておいた所で、誰も咎めはしなかったはずなのだ。

 が、再度理由を訊くのはどうにも気が引けた。当の桜花が、これ以上詮索するなとばかりに眼光を尖らせていたからである。

「……そっか。まあ、うん。とりあえず、ありがとう。助かった」

「別に、大した事はしてないわ」

 にべもなく答える桜花。

 そして、足早に戸へと手を掛けた桜花に、

「あっ。お、送っていこうか? 外暗いし!」

 と、上擦った声で勇士はそう提言する。

 勇士なりの、せめてもの恩返しのつもりだった。もっとも恩返しというよりは、単に男として当たり前の言動をしただけかもしれないが、なんにしても、気弱な勇士にしては甲斐性を見せたつもりだった。



 クスっ──



 と。

 緊張で頭が真っ白になりかけている勇士の耳に届いた、仄かな微笑。

「そんなへっぴり腰じゃあ、とてもじゃないけれど女の子をエスコートするなんて無理よ」

 それまで、一貫して無表情を貫いていた桜花の、思わぬ笑顔。

 さながら、固く閉ざされていた蕾がぱあっと華やいだように可憐な笑みを浮かべる桜花に、すっかり心奪われていると、

「私なら大丈夫よ。家も近いしね」



 さようなら。久野君──。



 そう言い残して。

 城ヶ崎桜花は、教室から去っていったのだった。



 ◇ ◇ ◇



 魔物モンスター

 それはどう見ても、魔物としか言い様のない姿だった。

 全身毛の無い褐色の体に、小学校低学年ほどの身長。眼球はギョロリと大きく、鼻と口が異様に尖っている。手には何も持っていないが、その爪は刃物のように鋭く、切りつけられでもしたら、大怪我は必死だ。

 一見して、それらの特徴はファンタジー世界によく出てくる魔物――ゴブリンとも呼称される存在に近いが、唯一異なる点があった。



 羽根。

 そのゴブリンには、悪魔じみた羽根が背中に生えていたのである。



「きゃあああああ!?」

「ひぃっ! 何だよあれぇ!?」



 突如として何処からともなく飛来してきた一品のゴブリンもどきに、クラスメイト達が悲鳴を上げて粟立つ。その中には腰を抜かしている者もあり、完全にパニック状態に陥っていた。

 そんな状況で、愕然とあり得ないモノを──されど心当たりのあるような表情で、ゴブリンもどきを凝視している生徒がいた。勇士だ。



 ──そんな、まさか。だってあれはフィクションのはずじゃあ……。



 空に浮かぶゴブリンもどきの存在が信じられず、双眸を剥いて呆然と佇む勇士。その姿に警戒心など微塵も感じられず、敵対しているものから見たら狙ってくださいと言っているようなもので──



「ギィ――っ!」



 と。

 勇士からしてみれば全くの不意打ちで、ゴブリンもどきは気味の悪い鳴き声を上げて猛然と地を目指し、爪を構えて突っ込んできた。

 標的は、案の定勇士。

「え、え、ええええっ!?」

 上空から急降下してくるゴブリンもどきに、勇士は叫び声を上げて尻込みした。

 ワケが分からない。一体何がどうなっている。どうして自分が襲われようとしている。理解が追いつかない。

 勇士は驚愕と恐怖で身動きが一切取れないでいた。そうこうしている内にも、ゴブリンもどきが滑空して爪を構える。

 彼岸の距離がどんどん縮まる。そして、ゴブリンもどきの爪がついに勇士へと迫ろうとしたその瞬間──



「危ないっ!!」



 それは、さながら一陣の風のようだった。

 気付いた時には、眼前にいたはずのゴブリンもどきは上下に真っ二つにされ、無様に地面を転がっていた。

「ひっ……!」

 悲鳴をかろうじて呑み込みつつも、勇士はその場で尻餅を付き、顔面を強張らせる。

 地面へと落ちたゴブリンもどきの死体は、やがて淡い光に包まれ、砂塵となって土に還っていく。他の生物のように、肉のまま腐敗していくワケではないようだ。

 そんな非現実的光景(今更な感じはするが)を目の当たりにしつつ、身の危険を顧みず、自分を助けてくれた存在へと視線を移す。

 靡く美しい黒髪。その横顔は、凛々しくもあどけなさを残し、何処か可愛いらしさが覗ける。しかしながら、周りに纏う雰囲気は剣呑としており、心なしか鋭気に満ちている。未だ気が静まっていないのか、研ぎ澄まされた双眸は完全に砂と化したゴブリンもどきを見据え、冷厳と直立していた。

 桜花の人の変わった様子に息を呑みつつも、この場において一番異彩を放っている物に視線を寄越す。



 双剣。



 桜花の手には、二振りの剣が握られていた。

 その剣は一般的に知られている物とは形状が異なり、刀身が波を打ったように凸凹している。フランベルジェと呼ばれる事が多いが、勇士は資料程度でしか知らず、実物を見たのはこれが初めてだった。

 しかし、ここで疑問が過ぎった。



 桜花は、一体いつ剣を取り出したのか(、、、、、、、、、)



 服装こそ剣士のように様変わりしているが、腰や背中に鞘なんてなく、何処にも刃を収める物が無い。槍や斧と違い、刀身が長い分、怪我を負う恐れがあるのにも関わらずにだ。

 付け加えて、先の一太刀でゴブリンもどきを屠ったあの動き。武道の心得があるというにはあまりにも俊敏で、かつ的確な行動だった。まるで体に染み付いている動作を本能が命じるままに行ったような、慣れ過ぎた剣筋だった。

「い、委員長……?」

 息を吐く暇もなく瞬く間に終了した戦闘に面食らいながらも、恐る恐る桜花を呼ぶ勇士に、

「──久野、君?」

 と彼女は正気を取り戻したかのようにハッとし、「大丈夫だった?」と慌てて言葉を返した。

「ぼくなら平気。委員長がとっさに守ってくれたし。でも、その剣は何? それにあの動きは……」

「わ、分からないわ。助けなきゃって思った時には、体が勝手に動いていたのよ。この剣だって──」

 言って、桜花は両手に握り締められた剣を持ちあげ、刃こぼれ一つ無い刀身を困惑気味に見やる。

「持っていた覚えすらないのに、いつの間にか握ってて、そうしたら体が勝手に……」

 つまり、桜花自身も何が起こったか上手く処理ができていないというワケか。今まで平凡な生活していたのに、あんな超人的な身体能力があると知ったら、桜花のように混乱するのが普通だろう。合わせて、どういった理屈で出現したかも謎な剣を握っていたとなれば、もはや奇想天外だ。

 疑問点はそれだけではない。あのゴブリンもどき──突発的に現れたのでつい思考が止まってしまったが、改めてよく思い出すと、勇士はその魔物をよく見知っていた。



 なぜならあれは、レジェンス・クロニクル──勇士が愛好しているゲームに、モンスターとして出てくるキャラだったのだから。



 正式名称はゴブリンフライ。レジクロの中ではポピュラーな敵で、冒険の始めによく出てくるモンスターだ。簡単に言う所のザコキャラである。

 だが、これはあくまでもゲームの話だ。無論フィクションだし、モデルはあるのだろうが、実在の生物では決してない。

 なのに架空とされる生物が、勇士のいる現実に形となって現れた。しかも明確に敵意を向いて。

 通常ならば、夢か幻で片付く事案である。しかし現状において、既に通常なんて概念は壊れており、異常だけが跋扈している。常識が通用せず、人の思考を超えた世界が、勇士の目の前に広がっているのだ。



 言うなれば、ここは異世界。

 それも、勇士にはとても馴染みのあるゲーム──レジェンス・クロニクルそのものとしか思えない世界観だった。




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