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二十話「遠見」



 ランドを伴って、勇士は当初の目的地である祠へと向かう。

 洞窟の中は以前として冷気が流れており、外に比べて肌寒く感じる。太陽光が差さらないせいもあるのだろうけど、どこからともなく滴り落ちる水滴が、より洞窟内の温度を下げているせいなのだろう。

 これで二度目となるので、さほど抵抗もなく歩けているが、ランドだけは始終薄気味悪そうに辺りを見ていた。

 現在、ランドとは少し離れて歩いている。さすがにもう互いに手は繋いでいない。当たり前だ。あくまでもあれは封印を越える為の処置であるし、いつまでも同性同士で手を繋いでいられるほど物好きではない。

 などと誰に向けてのものなのか分からない釈明をしつつ、奥へと進む。

「あ、見えました。あそこです」

 一際明るい空間が前方に見えてきたのを、勇士が指で差し示す。

「ほほう。これが例の……」

 全面水晶張りの空間。その少し奥に鎮座する祠へと視線を巡らせ、ランドは深く呼気を零す。

「まさに壮観ですな。此処だけ異界のようじゃ」

「そうですね。こんな凄い所、ぼくも初めてでしたよ」

 日本にも名のある重要文化財が全国にも数あるが、此処ほどインパクトのある場所はそうそうないだろう。言うほど、勇士も重要文化財に詳しいわけではないけれど。

「して、これが例の鎖閉めにされた祠じゃな。それにしても、まさか本当にあったとはのう」

「? 信じてなかったんですか?」

「半信半疑ではありましたな。いや、古来よりこの洞窟を含めて『祠』と呼称しておったので、何かあるとは思っておりましたが……」

 まだ信じられないでいるのか、祠をまじまじと凝視するランド。今日この時まで日の目を見なかった所なので、よほど興味深いのだろう。老爺という事もあって、こういう年季の入った人口物を見るのは好きそうだし。よく仏閣巡りをする勇士の祖父など、その典型例だ。

「ふむ。ユーシ殿の言っていた通り、鎖でがっちりと固められていますなあ。これは一筋縄ではいかなさそうじゃのう」

「鍵無しじゃあ、開けられそうにない感じですか?」

「そうじゃな。それにこれは、見るにただの鎖じゃありませんな」

 鎖を指でなぞりながら、ランドが神妙そうな顔で呟く。

「どういう意味です?」

「特殊な魔法が掛けられておるようじゃ。無理に外そうとすれば、何が起こるか分からんのう」

 言われて、勇士も目を細めて鎖を注視する。

 よくよく見ると、米粒よりも小さな文字――だろうか。とりあえず文字のようなものが羅列してあった。それも墨か何かで書いたものではなく、直接鎖に彫ってあった。文字を彫る事によって永続的に発動するタイプの魔法のようだ

 してみると、昼時に話していたランドの懸念通り、この祠にも罠が仕掛けられていたというワケだ。罠だと発覚する前に、無理やりこじ開けようとしなくて本当に良かった。一歩間違えれば死に直結だった。

「その魔法って解除はできそうなんですか?」

「難しいのう。なんせ古代に掛けられた魔法じゃ。術式が今と違って、分析するにも骨が折れそうじゃわい」

 詳細は分からないが、例えるなら源氏物語を現代語に訳すような面倒くさい作業になるのだろうか。勇士には全く読めないので――というよりこの世界の文字がどうなっているのか知らないので、今すぐには役に立てそうにない。異世界人と話せるのだから文字列も理解できそうなものだが、確認がてら現代語の本でも借りて読ませてもらった方がいいかもしれない。

 とりま、古代文字らしきものが書かれている鎖を解読してからでないと、無理やりこじ開けるような真似はやめておいた方が無難そうだ。

 となると残る一つの方法は鍵を差し込んで開けるという正攻法だけになるが、いかんせん鍵が無いと話にもならない。

「族長さん、鍵穴の方には見覚えはないんですよね?」

「そうじゃのう。事前に話は聞いておったが、こうして実物を前にしてもピンとこんわい。鍵穴自体見慣れんしのう」

 やはりダメか。一度帰路に着いてランドに詳細を語った時点で反応がイマイチだったから、そこまで期待を寄せていたワケではないが。

「どこかに集落の年表とか残っていないですか? あればひょっとするとこの祠も何か分かるかも」

「なくはないが、どの文献にも鍵穴に触れている物は一切あらなんだ。そもそも祠そのものがあやふやな存在じゃったからのう。おそらくは先代――その先代の族長すら何も知らなかったはずじゃ」

 どの時代からあるのかも知れない謎の祠。ただ祠はあると分かっていたのか、この洞窟をずっと『祠』と建造物ありきで呼んでいたからには、此処に何があったのかを知っている者が必ずいたのだ。あるいはそれは、製作者自体がそう呼称し、ランドの代まで受け継がれただけなのかもしれないが、ともかくもこの場所を――こうも厳重に封印を施して特定の条件下で入れるように作ったからには、そこに何かしらの意志が働いていたに違いはないはずなのだ。

 何かしらの意志。

 それはランドが話していた神仏――願うだけで探したい物が見つかると言われる鏡を守る為なのか。

 はたまた、もっと別の何かを隠す為なのか。

 真相は、分からない。

 ともかく。

「何も分からないんじゃあ、どうしようもなさそうですね……」

「そうじゃな。後でもう一度文献を漁ってみるつもりじゃが、期待は薄いのう」

 だからと言って無理に祠を壊そうとすれば、魔法トラップが発動してどんな酷い目に合うともしれない。神罰が下ると脅されるよりよほど現実味があって性質たちが悪かった。

「せめて、この祠に何があるか分かるだけでも、わざわざ開ける手間も省けるのにのう」

 まったくだ。逆に苦労して中身を開けてみたら、目的の物と違っていたとなれば泣くに泣けない。骨折り損にもほどがある。



 目的の物――鏡さえあれば、桜花を探せるかもしれないのに。どこか別の場所にあったりはしないだろうか。



「別……別の場所、か」

 独り繰り返して、勇士はぐるりと周囲を見渡す。

 上を見ても下を見ても、透き通るように透明な壁ばかり続く。足を滑らせそうなほどピカピカに磨かれている割りに、不思議と安定感はある。ワックスでも塗ってあるのだろうか。何百何千年と効果持続するワックスがあるのか――それ以前に、ワックスが発明されているのかどうかすら疑問ではあるが。

 水晶に映る自分が、辛気臭そうに溜め息を吐く。元より明朗快活な性格ではないが、こうして気分を落とすとネガティブな雰囲気が様になっている。クラスメイトに陰で根暗と囁かれるのも頷ける姿だ。

 久しく自分の顔なんて見てなかったなあ、と懐古心にも似た気持ちで鏡面になっている水晶を除き込んで――



 ――鏡?



 と、ふと思い立った。

 鏡。ランドの言うも神仏も、鏡だったはずだ。

 そしてこの空間。鏡ではないが、鏡のように自分の姿が全面に映し出されている。

 これは、まさか、しかし――。予想でしかない考えが、目まぐるしく脳内を駆け巡る。

 推測の域は出ない。確証もない。だが元々手当たり次第で此処に赴いたようなものだ。少しでも可能性があるのなら、いくらでも試してみたい。

「族長さん」

「む? 何ですかなユーシ殿」

 未だ祠に執心しているランドに、勇士は水晶の壁に手を付けながら呼び掛ける。

「この空間が……という可能性はありませんか?」

「……? それはまたどういう?」

「つまりですね――」

 こほんと咳払いしつつ、両手を頭上高く広げてみせて、勇士は空間そのものに意識が向くよう誘導した。



「壁も床も天井も――まるで鏡のように水晶でできた空間そのものが、族長さんの言ってた探し物を見つける神物なんじゃないかと――そう思ったんです」



 勇士の言葉に、ランドが目を瞠って硬まった。

「此処が……ああ、なるほど」

 言われてもみればといった態で、ランドが舐めまわすように全面をぐるりと見渡す。

「まさに鏡そのものですな。此処がそうだとは考えもしませんでしたぞ」

「あー、でもまだ単なる推測でしかないんですけれど……」

「しかし、試してみる価値はある。ユーシ殿も、そのおつもりでは?」

「勿論です」

 でなければ、最初からこんな提案はしない。

 とはいえ、一体どうすればいいのだろう。ランドの話では、願うとか念じるだけとは聞いていたが。顔でも思い浮かべればいいのだろうか。

「何か、お祈りでもしながら念じた方がいいんですかね? どうもいまいちやり方が……」

「とりあえず、念じてみるだけ念じてみてはいかがかな? それと試しに、近場にあるモノで試した方がいいかもしれませんな。後で確認が取れるように」

 なるほど、ごもっともな意見である。仮に何かしらの姿が映し出されたとしても、それが実存するものでないと意味がない。

 となると、手始めに何にするか。どうせなら動く物にしたい。桜花を探す時の参考にできるように。



 ――あ、そうだ。ミウにしよう。あの子なら近場にいるだろうし、分かりすいや。



 下手に動物や知らない者を選ぶよりはずっと念じやすいし、それに確認も取れやすい。これほど打って付けの人物はいない。

 そうとなればと、床に膝を付いて指を組み、瞑目する。意味はないかもしれないが、形から入った方がやりやすい。

 そうして、回復魔法を使うように意識を集中させ、瞼の裏に探したいもの――ミウの姿を思い浮かべてみる。

 時間にして約数分。もうそろそろやめようかと思った際。

 それは――唐突に始まった。



 空間全体が、突如としてカッと閃光したのだ。



「うぬ!? なんじゃこの光は!」

 眩い発光に、ランドが戸惑いの声を上げる。

 勇士も現状を把握しようと目を開きかけるが、光が強過ぎてまともに見られたものではなかった。手で翳しを作っても尚網膜を眩ませる光だ。

 しかしながら、やがて光の渦は次第に収縮していき、そして――



 目前の壁に、どこぞへと疾走するミウの姿が映し出された。





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