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一話「異変」



 その日はいつもと変わらない、極々平穏な時間が流れていた。



 一年B組に在籍する久野くの勇士ゆうしは、教室の隅で携帯機に興じていた。

 場所はちょうど窓際の最後尾。日当たりも良ければ風通しも良いベストポジション。また、教卓からは視界に入りづらい位置にある為、うまく隠せば授業中であろうとゲームに没頭できる最高の席であった。

 ちなみに、今は休み時間真っ只中。勇士の通う高校は基本的に緩い校風なので、携帯機を持ち込んでもOKだっりするので(もっとも、授業中にゲームをするのはさすがに御法度だが)、誰かに咎められる心配はない。なので勇士以外にも携帯機を持ち込んでいる者やスマホでゲームをしている輩もちらほら散見できたが、その誰もがグループを形成しており、勇士のように一人だけでゲームに没頭しているクラスメイトは皆無だった。



 ──別にいいけどね。一人でやった方が集中できるし。



 勇士は冷めた目で周囲でチラッと見つつ、またゲーム画面に戻る。

 暦の上では既に初夏。入学して互いに恐る恐る探り合っていた時期もなりを潜め、次第にグループが出来上がっていく頃である。

 当初こそ、勇士も似たようなゲーム好きの人間と接触して何度か会話を交わした事があったのだが、元来のコミュ障が災いして、そのまま仲が発展する気配もなく、自然消滅で終わってしまった。



 ──よくよく考えてみればぼく、中学の時も一人しか友達がいなかったっけ……。



 その友人とは今でも頻繁に連絡を取り合うほどの大親友であるが、生憎と違う高校で別離してしまい、勇士は正真正銘のぼっちになってしまったのである。

 勇士とて、別に人間嫌いというわけではない。友達だって欲しいし、それなりに人付き合いだってしたいとも思っている。

 が、周りは既に似た者同士で固まってしまっており、出遅れた形となる勇士には、もうどこにも仲間として受け入れてくれそうな隙など無かった。

 まあ、独りでいるのはさほど苦ではないし、ぼっち気質という事もあって日々を適当にやり過ごすのは慣れっこではあるが、しかし、やはり友人の一人ぐらいはいるべきなのだろうか。コミュ障という事情もあって、出来るだけ話の合う人間が望ましいのだが、このクラスにはどうにも該当する者が見当たらず。だからと言って、明らかにノリの違う人間――俗にいうリア充と呼ばれる奴らだ――とは絶対に絡みたくなどなかった。



 言わば、勇士が独りぼっちでいるのも自然の摂理。神が定めた宿命なのである。



 などと中二病っぽく比喩しつつ、内心冷笑を浮かべる勇士。実際はコミュニケーション不足が災いしての顛末なのであるが、細かい事はこの際良いのだ。

 心細くないと言えば嘘になる。が、無理に気を使ってまで友達作りなどしたくない。だからこそ、あえて勇士は単独行動に準じていた。

 ゲームは良い。

 友達なんていなくても、一人で延々とプレイし続けていられる。

 騒がしい空間の中、勇士だけは静かにゲームの世界へと没入できる。

 それだけで勇士は――少なくとも彼の中だけは、十分に満ち足りていた。

 そう現状を甘受する事で、己を慰めていた。



「久野君」



 と。

 勇士が一心不乱に携帯機をいじっていると、不意に隣りから声を掛けられた。

「ゲームの最中で悪いけれど、ちょっといいかしら?」

「委員長……」

 委員長──城ヶじょうがさき桜花おうか

 成績は優秀。それも学年トップクラスで、このクラスの中では頂点に座している。

 容姿はとても可憐で、打てばキンと響きそうな硬質な美人ではあるが、文句の一つも出ないほど、とても完成されている。特に腰まで伸びたカラスの濡れ羽色の黒髪は、どれも整然と下ろされており、眺めているだけで思わず見惚れてしまう。

 そして、性格はいたって品行方正。少し生真面目過ぎるせいか、クラス内では浮いた存在ではあるが、しかしそれは誰も手が届かないいただきに咲き誇る一輪の華みたいなもので、勇士のコミュ障ぼっちとはワケが違った。

 そんな一年B組における高嶺の花と呼ぶべき存在である桜花が、クラスヒエラルキー最下層の勇士に、一体何用なのだろうか。

 容姿が容姿なだけに、それとなくではあるが、皆の視線が誘われるように桜花に注がれ、願わぬ形で勇士にも耳目が集まる。端的に言ってしまえば、今は勇士と桜花のツーショット状態。しかも一方はとんでもない美人で、もう一方は中肉中背の、これといって何の特徴もない──没個性を体現したかのような影の薄い男子だ。引け目を感じるなという方が無理がある。

 そんな桜花に──何より周りの視線に恐々としつつ、

「な、なに……?」

 と勇士は訊ね返す。

「これ、クラス対抗戦の名簿。久野君だけ、まだどこの競技に入るか決まっていなかったから、空いている所に記入しておいたのだけど、問題なかったかしら?」

 ああ、そういえばそんなのもあったな……とぼんやり想起しつつ、差し出された容姿を見て、自分の名前を一覧から探す。



 久野勇士→サッカー



「サッカー……か」

 憂鬱げに呟く勇士。目にも若干光が失われており、いかにもやる気が窺えない。

 決してサッカーが嫌いというワケではない。運動は得意な方ではないが、さりとて苦手というワケでもなく、大抵の球技は難なくこなせるタイプである。

 が、そのサッカーに置けるチームメイトが悪かった。

 そのどれもが勇士の苦手とする陽キャ勢で構成されており、一人して大人しそうな人間の名は見受けられない。もし失敗しようものなら、絶対全員から罵倒される事間違いなしだ。偏見も多少なりとも入っているが。

 しかし、さっさと決めなかった勇士にも非はある。ぼっちである自分が先に競技を決めてしまうと、仲間と共に入ろうとしている者に迷惑が掛かると思って配慮してみたのだが、どうやら裏目に出てしまったらしい。

「サッカーは嫌だったかしら?」

 いつまでも返答のない勇士に訝しんだのだろう──桜花がそう無表情で訊ねてきた。

「嫌ってワケじゃないけど……まあ、うん。サッカーでいいよ……」

 あれこれ逡巡しつつ、最終的に了承する勇士。

 今更変えてほしいと言った所で角が立つだろうし、そもそも、そんな事を真っ向から言えるだけの勇気はない。であるなら、ここは不満を呑み込んで首肯した方が無難である。

 それに、桜花には個人的に借りがある。本人は特に何とも思っていないかもしれないが、勇士はそういった貸し借りを日頃から重要視している。恩のある人に仇で返すような真似だけはしたくなかった。

「分かったわ。それじゃあ、これで先生に提出しておくから」

「うん。頼むよ」



 ──ようやっと解放される……。



 そう内心で安堵しつつ、勇士は再びゲーム画面に視線を戻す。

 少しプレイする事数分。実際はもっと早かったかもしれないが、隣りに人の気配を感じて、ゲームから横側へと視線を移す。

「えっと、まだ何か用……?」

 そこには、その場から一切動いた形跡が見られない桜花が、画面を覗き込むようにじっと勇士の携帯機を眺めていた。

「あっ。ご、ごめんなさい。一体何のゲームをしているのかしらって気になっちゃって……」

「え、ひょっとして『レジェンス・クロニクル』に興味があるの?」



 レジェンス・クロニクル。



 それは某大手ゲーム会社が制作したRPGで、勇士の大のお気に入りだったする。

 知名度こそそれほどないが、完成度は非常に高く、マニアの間では大作と呼ばれるほど親しまれている。ちなみに、勇士もその一人だ。

 そんなレジクロ(ゲーオタ界隈ではこう略される事が多い)を、このいかにも優等生然としている桜花が知っているとは。娯楽は大抵文学書ぐらいなものなんだろうなと勝手なイメージがあったので、正直意外だった。

「いえ、ゲーム自体に興味があって。弟がよくやっていたものだから」

「へぇ。弟がいるんだ」

「ええ、まあ…………」

 妙に言葉を濁す桜花。何か話しにくい事情でもあるのだろうか。

 まあ、他人である自分が詮索する必要はない。むしろ下手に突つくだけやぶ蛇だ。

 話はそれだけだろうか。特に用もないのなら、早くゲームに集中したいのだが。

 そうして、ちらちらと携帯機と桜花に視線を何度か行き来していると、ようやくゲームの手を止めているのに気が付いたのか、あっと小声を漏らして申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「ごめんなさい。お邪魔しちゃったわね。じゃあ、私はこれで────」

 と。

 その時。



 世界が──揺れた。



「きゃっ!」

「うわっ!?」

 突然前ぶれもなく激震した床に、桜花が足を取られつつそばの椅子にしがみ付き、また勇士も、体が投げ飛ばされないよう携帯機を掴みながら、がっちり机に張り付いた。



「なんだよこれぇぇぇぇぇ!?」

「じ、地震かっ!?」

「み、みんな! ひとまず机の下に体を隠して!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 教室は既に阿鼻叫喚と化していた。

 悲鳴を上げて狼狽える者。避難訓練時の教えを忠実に守ろうとする者。床を転がる者。互いに強く抱き合って屈む者。それまでの喜色に満ちた賑やかさが嘘のように、教室は絶叫と恐怖に支配されていた。

 しかし、どこか奇妙だった。これだけ揺れているのに他所――別の教室から悲鳴や破砕音が一向に聞こえず、窓の割れる音すら響いてこない。

 一体どうなっているんだと、勇士は机にへばり付きながらも、すくそばの窓に視線を寄越すと――



「は、あぁ……?」



 思わず、間の抜けた声が零れる。

 しかし、それも無理はなかった。

 何せ、窓の向こうは──



「景色が──歪んでる……?」



 それは紛う事なく見慣れた町並み。

 だがその景色は、まるで壊れたレンズから覗いた望遠鏡のように、ぐにゃりと歪んでいた。

 いや、外だけではない。何故か廊下側の向こうも、窓や引き戸を隔てて別世界のように歪曲していた。

「な、何だよこれ……。何なんだよこれぇ!」

 理解が及ばず、疑問が怒号となって口から飛び出す。

 揺れは未だに収まらない。否、むしろどんどん酷くなっている。本当に地震なら、とっくに静まっているはずなのに。



「うわああああああああっ!!」



 激震する世界の中で。

 いつしか勇士は、意識を手放していた。



しばらく、連続更新(五日ほど)が続きます。


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