一八話「調査」
ミウの言う祠は、集落の外れにあった。
否──正確には洞窟というべきか。自然に発生したものなのか、はたまた何者かが掘り進めたのか定かではない空洞が、そびえ立つ崖の中でポツンと存在していた。
祠の前は荒縄で封鎖されており、何かしらの呪文が書かれた札が所狭しと貼られていた。
「ここだよ。この先にジジ様の言う祠があるんだよ」
「へぇ。ここに……」
いかにも神聖な場と言わんばかりの祀られようだった。たまに山奥の神社に行くと似たような鍾乳洞があったりするが、雰囲気的にはだいたい同じように思える。
目を凝らして見るも、真っ暗な空間が広がっているだけで、祠のような物は確認できない。もっとこの先にあるのだろうか。
「ねぇミウ。本当にこの洞窟に祠があるの? 暗くて何も見えないんだけれど……」
「さあ?」
「さあって……」
「ジジ様がよく祠って口にしてるからウチも真似て言ってるだけで、本当に見た事はないんだよねー。ていうか他のみんなも祠があるかどうかなんて知らないんじゃないかな? ジジ様のもっと前の族長から祠って言われてたみたいだから、多分奥にあると思うんだけど……」
不確かな情報だった。ここに神物である鏡が奉納されているという話だったが、ますます現実味が薄れてきた。
「とりあえず、試しに入ってみようかな。これって、入る前にお祈りとかした方がいいの?」
「うーん。別にいいけれど、でも意味ないと思うな。どのみち入れないんだし」
「……? どういう意味? 昨日も同じセリフ言ってた気がするけど」
「あー。ま、見てもらった方が早いかな」
言うや否や、ミウは洞窟の入り口そばに近寄り、荒縄に触れようとした。
直後──
バチっ!
「いったぁ!」
「わ! み、ミウ!?」
突然視界に走った稲妻に慄く勇士。稲妻はミウの侵入を拒むように、入り口全体に広がっては、だんだんとその輝きを失くして消えていった。
「なに、今の……」
「ね? 入ろうとすると、あんな風に弾かれちゃうんだよー」
いたたー、と稲妻に打たれた手を振りながら、ミウは瞠若する勇士に説明する。
「手、大丈夫?」
「へーき! 静電気でバチってしたようなもんだよ」
気遣う勇士に、ミウがにかっと笑みを浮かべて答える。流血しているわけでもなさそうだし、本当に問題なさそうだ。
それにしても、と黙考する。百聞は一見に如かずとミウが実演してくれたワケだが、確かにこれでは入れそうにない。封印が施されているとランドからも聞いたが、目の当たりにすると改めて興味が深まる。封印しなければならないほどの道具などしたら、桜花を見つける重要な鍵が眠っているかもしれない。ランドの言う、探し物を見つけられる鏡とやらも。
その前には、まずこの封印をどうにか攻略せねば。
「これって、過去に入れた人はいないの? 村の外部の人でもいいんだけれど」
「いないんじゃないかな。さっきのウチみたいに、みんなも何でか弾かれちゃうし。村以外の人をここまで連れてきたのはユーシが初めてなんじゃないかな」
第一、外の人なんて滅多に来ないしね、とミウ。
「なるほどね。つまり、開かずの間みたいなもんなのかな」
学校の七不思議として割とありがちな開かずの間。総じて、入ったら二度と出れないとか別の時空に飛ばされるというのが定番だが、果たして。開かずの間というか、この場合開かずの洞窟といった感じではあるけれど。さらに言うと荒縄で封鎖されているだけでなので、決して密封状態というワケでもないのだけれど。
「鍵──」
何気なしに呟いてみる。正解となるかどうかは未知数だが、未知でも何でも総当たりで試してみるしかない。
「鍵とかないの? 札が貼ってあるだけの荒縄に鍵っていうのも何だか変だけど」
「無いなあ。あるとしたら家──ジジ様の家の中のどこかと思うけど、鍵なんてあったらとっくの昔に見つかってるだろうしね」
さもありなん。だいたい鍵があった所で、どうやって使うかも想像が付かない。
「封印を解く呪文とかも無かったんだっけ。参ったな……」
まるで進展しない状況に、勇士は頬を掻いて困惑を表す。文字通り、手立てが浮かばない。
「どうするユーシ。もう諦めて帰っちゃう?」
「う〜ん、そうだなあ。最後に触れてみるだけ触れてみようかな」
このまま何もせず、すごすごと帰るのも癪だ。どうせなら封印に触れてみて、本当に弾かれるかどうかだけ確認するのもいいかもしれない。これでダメなら諦めもつくし、次の手段へと移行できる。
「ユーシ、気を付けてね。ちょっと、いやそこそこ? 結構ぐらいは痛いから!」
「………………」
言い直す度にランクを上げるのはやめてほしい。余計躊躇する。
ミウの忠告を受けつつ、勇士は生唾を呑み干して、恐る恐る荒縄の先へと手を入れる。
そして──
何も──起きなかった。
「…………あれ?」
拍子抜けとばかりに、口をポカンと開ける勇士。
稲妻が走る事もなく、勇士の手は荒縄の向こうで空を切っている。何かが起こりそうな気配は微塵たりともなかった。
「別に何ともないんだけど……」
「えー! 何でユーシだけぇ〜?」
それはこっちが聞きたい。どうして自分だけ平気でいられるのか。
結果はどうあれ、難なく入れたのは重畳だ。これで伝承の真偽を調べられる。
「よし、入ってみよう」
「えっ、ちょ──待ってよユーシ!」
荒縄を潜って中へと足を踏み入れようとした勇士に、ミウが裾を掴んで背中に張り付く。
不思議な事に、今度はミウも弾かれたりはしなかった。
中は洞窟らしく湿っていて、外よりもひんやりとしていた。たまに水滴が頭上から降って肌に触れては、ミウがビクッと体を竦ませていた。
予想していたより奥深く洞窟が続いており、祠らしき物は未だに出くわない。幸い、洞窟自体は存外明るかったので──暗所で光る鉱物でも含まれているのか、何ら不便なく歩ける──たいまつもいらずに進んでいられる。それは有難くていいのだが、不気味なほど静まり返った空間が却って勇士とミウの恐怖心を刺激する。静謐と言えば聞こえはいいが、単に不安感しか胸中に積もらなかった。
「ねえユーシ。まだ歩くの?」
「うん。祠が見つかってないしね」
「う〜。祠なんてあるのかな〜。誰かの勘違いじゃないかな〜」
元も子もない事を言ってくれる。
だとしたら、ぼくは何もない洞窟を無駄に探検してるだけになっちゃうなあと自嘲的な笑みを浮かべつつも、ミウにしがみ付かれながら先を行く。
そうして、少し狭い一本道をしばらく歩き続けていると──
「あ、ユーシ見てあれ! なんかあるよ!」
ミウが声高に前方を指す。
そこにはぼんやりとした、仄かにお堂のような輪郭をした物体が鎮座ましましていた。遠くからなので判別はできないが、ちょうど勇士と同じくらいか、若干大きい程度の造りになっている。
いざ近付いてみると、此処だけ様相が激変していた。
先ほどの道に比べて空間が広く、また段違いに明るい。特に光源――陽射しがあるわけでもなくこの場所だけはっきりと照らし出されていた。
何より摩訶不思議なのは、その壁や床だ。
全面が水晶で構成されているのだ。それも一切の凹凸の無い、あからさまに作為的な角部屋として。
稀に遊園地でこのような仕掛けのアトラクションを見かけるが、殆どがあんな感じだ。確か迷路感覚で楽しむアトラクションだった気がするが、なにぶん勇士は知識としか知らないので、実物はどうだったかは想像でしか補えなかった。
幾面に分かれて映し出される自分やミウの姿に薄気味悪さを覚えながら、目の前の祠──木造建築へと意識を逸らす。
それは日本でもよくあるタイプの、何の変哲もない祠だった。本当に祠としか言い様のない造りで、他の表現は一切浮かばなかった。
「これが、族長さんの言ってた祠……で合ってんだよね?」
「た、多分。ウチは初めて見るし──ていうか村の中じゃあウチ達が初めて祠を見つけた事になるから、何とも言えないけど……」
ミウにそれとなく確認してみると、何とも曖昧な回答が返ってきた。まあかなり昔からあって、今に至るまで誰も入れない仕様(封印のせいで)になっていたらしいから、ミウの反応も致し方ないワケではあるけれど。
「この祠で合ってるんだとしたら、やっぱ神物が中に入ってるって事になるんだろうけど……」
殆どの祠がそうであるように、勇士の眼前にある祠にも中心部に小さな扉が備え付けられていたのだが、どうにも手ぶらで開けられそうになかった。
錠前が掛けれていたのだ。しかも頑丈に鎖で縛られて。
錠前は鉄製で、鍵穴は硬貨の投入口みたいな──自販機に小銭を投入するような穴が空いている。通常ならば鍵穴のそばに円――内筒を回す為の溝があるはずなのに、それすらどこにも見当たらない。これでは鍵(?)を差し込むぐらいしかできない。
だったら鎖の方はどうだとそちらを見やる。
長年放ってあったのだから、錆付いて脆くなってはいないかと期待を込めながら鎖に触れても、そのような部分はまるで見当たらず、道具でも開けられそうになかった。というより、強引に開けるのも罰当たりな気がして、勇士は早々に手を離した。無宗教ではあるが、礼節をわきまえる分には信心深いのだ。祠を穢すような真似は、勇士の日本人的精神も相俟って憚れるものがある。
「どうしよっかな。歴史的価値も高いだろうし、祠を壊すなんて言うまでもなく論外だし……。ねえ、ミウはどう思う?」
「……………………」
「……ミウ?」
「──え? あ、なにユーシっ?」
気に掛かる事でもあるのか、仕切りに周囲を見渡すのに没頭していたミウが、勇士に名前を呼ばれてハッとこちらへと顔を向けた。
「どうしたのミウ? 何か思い当たる節でもあったの?」
「ううん! なんでもない! それよりユーシ、これからどうするの?」
ミウに問われ、勇士は腕を組んで深く考え込む。
目の前の祠が怪しく見えて仕方ないのだが──中を調べたいのは山々ではあるのだが、さりとて、今の勇士にどうこうできそうにない。解決方が思い当たらなかった。
あるいはランドならば、たとえ些事でも情報を持っているかもしれない。
「一旦、族長さんの所に戻ろうかな。この場所も話しておきたいし」
「そうだね。ウチもそうした方がいいと思うな」
意見は合致した。なら、いつまでも此処に留まる理由はない。
そう考え、踵を返して出口をおもむことして──
「あれ? ミウ、帰らないの?」
「あ、うん。もうちょっとこうして眺めていようかなって。後ですぐに追いかけるから、ユーシは先に行ってて」
言いながら、真剣な眼差しで水晶でできた四方を凝視するミウ。思わず惚けるほど神秘的な光景ではあるが、長居するほどのものだろうか。ミウ曰く女心が分かっていない勇士には、少女の乙女チックな思考が読めない。
あの様子だと、横やりを入れるだけ野暮そうだ。何より、機嫌を損ねるような行為はしたくない。
そんなわけで、ミウの応答に「ふーん」と相槌を打ちつつも、
「じゃあぼく先に行ってるから、なるべく早く済ませてね」
とだけ伝え、勇士はその場を後にした。