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十三話「集落」



 空洞は数キロ近くまで及んだ。

 ミウを以前背負いながら、まだ夕刻でもないというのに、簡易型たいまつを照らして前に進む(崖が高過ぎて、陽光がささないのだ)。

 時間が経てば溝が閉まるという話だったので、ミウを抱えながらも走ろうかと思った勇士ではあったが、

「そんなに焦らなくて大丈夫だよ。閉まるとは言ったけど、ずっと入らなかったらの話だし、ウチ達が出るまでちゃんと開いてるよ」

 と諌められたので、今は自分のペースで進んでいる。まるで異世界ならではの自動ドアみたいだ。

「にしても、本当に厳重なんだね。これなら誰も気付きそうにないや」

「魔物の活動が盛んになってきてるから、こうでもしないと侵入してきちゃうんだよ。魔物の中には知能も高い小狡い奴もいるし、魔法でも使うしかないんだよね」

 なるほど。つまりは、国境を隔てるベルリンの壁のようなものか。もっともあの壁があった時代は、国境を越えようものなら即射殺という、命がいくつあっても足りない仕様になっていたが。

「ところでさ、ぼくって本当にミウの集落に言って構わないのかな? 追い出されたりしない?」

「それなら安心して。命の恩人であるユーシをイジメようとする奴は、ウチが思いっきり噛み付いてやるから!」

 がおー、と立派な犬歯を剥いて爪を立ててみせるミウ。が、逆に可愛さが惹きたつだけで全く威圧感がない。

「暴力沙汰はちょっと……。なるべく穏便な方がいいかな」

「そう? でも心配しなくていいよ。ウチはジジ様――族長の孫だから」

 それは心強い。孫が世話となったと知れば、族長とやらも悪いようにはしないだろう。

「でもウチら狼族って、仲間意識が強い分よそ者には冷たいから、独りだけで歩いてたら襲われちゃうかもね」

 最後にとんでもない爆弾を落としてきたミウなのだった。




 暗かった道から、ようやっと光が差す所まで辿り付いた。不要になったたいまつを仕舞い、尚も進み続ける。

 そうして、一層陽射しが照れる場所に出ると、そこには――



「此処が、ミウ達の集落……」



 久方振りに見るまともな太陽に視界を遮られながらも、眼前の景色に目を奪われた。

 辺りにポツポツと立ち並ぶ、教科書でしか目にした事がない竪穴式住居。足元には芝生が一面に広がっており、硬い地面とは違う柔らかな感触が靴を通して伝わる。中央には大きな汲み取り式の井戸が設置されており、そばに取り水用の籠がいくつか散見できた。集落全体で共有しているのかもしれない。

 周りは、見上げなければいただきが確認できない高い崖で囲われており、そのせいか、風はあまり吹かない。所々何かしら実のなった木が生えており、他に果樹園だったり畑だっりは見当たらなかった。その代わり飼育小屋――鶏でも飼っているのだろうか――らしき建物がちらほらとあったので、狩猟を主とした生活を送っているのだろう。集落全体に広がる牧歌的な雰囲気が、文明から取り残された田舎を感じさせ、どことなく神秘的な様相を呈していた。

 が、牧歌的なのは景観だけで、そこに住まう者は皆一様に剣呑な顔付きで勇士を睨め付けていた。



 ――うわー。これって完全にアウェイじゃん……。



 ぱっと見だけなら、どの人もミウのように獣耳に尻尾を生やしたコスプレ会場みたく映る。てっきり全員ミウみたく体毛が白いのかと思いきや、茶色かったり黒かったり様々で、一色に統一されているわけではないようだ。

 服装は狩人らしく猪か何かの毛皮を羽織っていたり、女性や子供に限っては、骨や宝石で出来た綺麗な装飾品を身に付けていた。これがコミケなら、何かしらのキャラ達を真似た団体さんと思い込んでいた事だろう。

 が、そんな和気藹々とした部分は微塵たりともなく、ただただ肌を刺すような衆目に、勇士はひたすら身を縮こまらせて固まっていた。



「なんだあれ……? どうやって此処に……?」

「獣人?」

「けど、獣人の匂いがしないぞ」



 段々と皆の警戒心が強まる。見ると小さな子供を抱えて住居に引っ込む者もいた。

 突然前触れもなく現れて――それも見知らぬ他人が厳重な隠し通路を看破してやって来たのだから、警戒するなと言うのは無理があるが、しかしながら、こうも敵視されては、下手に身動き一つ取れない。勇士の挙措次第で全てが決定される、危うい一線が引かれていた。

 皆から針の筵にされ、喉すら枯れて何も言えないでいると、



「おーいみんなー! ウチだよ! ミウだよーっ!」



 と背中におぶっていたミウが、声を張り上げて両腕を広げた。

「この人ならだいじょーぶー! ウチの恩人だからーっ!」



「えっ、ミウちゃん!?」

「本当、ミウちゃんよあれ!」

「お、おい! 誰か今すぐジジ様呼んでこいっ!」



 勇士の背に隠れて見えなかったせいか――それでも両足ぐらいは視認できたはずなのだが――ひょっこり顔を出してきたミウに、獣人の皆が顔色を変えて騒然となった。

「ね、ねぇミウ。これって本当に問題ないの? ぼく、誘拐犯か何かと勘違いされてなくない?」

「あはは。みんな変だよねぇ。ユーシなんて、誘拐どころか虫一品殺せなさそうな、呑気でひ弱で人畜無害な顔してるのにさ」

 一言余計だった。

 第一、その人畜無害な姿に驚いて、真っ先に飛び退いたのはどこのどいつだ。

「ま、へーきへーき。多分もうすぐジジ様が来るし、そしたらみんなも落ち着くよ」

 ミウの言葉通り、ややあってひとりの老爺が、若者風の獣人に付き添われて此方の元へと赴いた(その間、勇士はとても居心地の悪い時間を過ごす羽目になった)。

「ミウお前……また朝まで帰らんとどこをほっつき歩いとったんじゃ」

「へへ……ごめんジジ様」

 立派に蓄えた白髭を撫でながら、心底呆れた口調で言う老爺に、ミウは苦笑を浮かべながら頬を掻いた。話を聞くに、これが初犯というではないらしい。

「あまり母を困らせるものでないぞ。最近やたらと遅くまで外に出歩くもんじゃから心配しておったぞ。無論ワシや他の皆もな。反省せい」

「うん。本当にごめん……」

 老爺の説教に、ミウはこうべを垂れて謝った。獣耳もだらんと力なく下がっており、本当に反省しているようだった。

「まあ、その話はまた後じゃ。それよりも……」

 今までミウの顔だけに注がれていた視線が、くるぶし――捻挫で赤黒く腫れ上がった部分に移された。

「その足はどうしたんじゃ。見るからに捻った感じではあるが。まさか、その背負われている者に……」

「ち、違うって! ユーシはウチの恩人! 危ない所を助けてくれたの!」

 眼光鋭く勇士を眇める老爺に、ミウは慌てて弁明した。

「ほう、この者が……」

 それまで、時折観察するように勇士を窺っていた老爺の眼が、より鋭さを増してこちらを射抜く。



「助けたって、あれが……?」

「何か裏があるんじゃないのか?」



 よほどよそ者に対する敵愾心が強いのか、ミウの言を聞いて尚、獣人達は怪訝に眉をひそめていた。ますますもって、決まりが悪い。

「まあ、とりあえずその話は後回しじゃ。誰か、ミウを医者の所まで運んでやっておくれ」

「は、はいっ」

 老爺の指示に、そばにいた屈強な若者がミウの元へ寄り、彼女に腕を伸ばした。

「お、お願いします」

「………………」

 ミウを預けようと体を反転させた勇士に、若者は顔を顰めつつも黙って少女の体躯を持ち上げ、俗に言うお姫様抱っこの態で村の中へと踵を返す。

「ユーシぃ! また後でねー!」

 若者に軽々と運ばれながら、ミウが勇士に向けて快活に手を振る。

 苦笑を浮かべつつ手を振り返し、ミウの姿が遠くなった時点で、

「さて……」

 と、老爺がおもむろにミウと同じ白毛の獣耳を撫でて、口火を切った。

「まだ名乗っておらんかったの。儂がこの集落の長、ランドじゃ」

「あ、はい。勇士です。よろしくお願いします」

「ふむ。ユーシ殿か。どうやら、孫が大変世話になったようじゃの。感謝する」

「ああ、いえいえ。そんな大した事はしていないんで……」

「若い方がそんな謙遜するものでないぞ。お主の行為は万人が認める善業じゃ。もっと存分に誇ってよいぞ」

「はあ……」

 自分より数倍は長生きしているであろう年配者に、面と向かって賞賛されて、むず痒い思いを抱く勇士。あまり褒められ慣れていないので、何だか妙に気恥ずかしい。

「だいぶ軽装備じゃが、察するに冒険者ではないか? 見るに相当疲労も溜まっておるようじゃし、どうじゃ若人よ。一度儂の家に来られては」



「族長!? よろしいのですか!?」

「得体の知れないよそ者ですよ!?」



 老爺――もといランドの提案に、周りの獣人達が声を荒げた。

「これ、よさんか。ユーシ殿は恩人なのじゃぞ。それとも主らは、恩人をすげなく追い返すような不義理な真似をする気なのかの?」

『………………』

 ランドの一喝に、皆が一様に押し黙り、水を打った静けさが漂った。賛同したワケではないがランドのも一理あると、不承不承といった態で黙認した感じだった。

「ごほん。お見苦しい所を見せてしまったの。さあ、ユーシ殿。儂に付いてまいれ」

「あ、はい……」

 獣人達の非歓迎ムードに、勇士は気まずさを覚えながらも、勇士は先を行くランドの後を追った。





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