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十二話「対話」



 バチバチと火が爆ぜる。真紅に燃える炎が寄せ集めた枝を焦がし、白煙を発生させて暗い空に吸い込まれる。宙に散らばる幾億の星々が煙の隙間から煌めいているのが見えて、勇士はそこはかとなく感傷的な気分に浸った。

 獣人の少女は、あれからもずっと眠りこけていた。よほど憔悴していたのか、寝返りすら打たず、木の葉で作った敷物の上でずっと横になっている。聞きたい事が山ほどあるのだが、少女の可愛いらしい寝顔を前に、無理やり起こす気などになれなかった。とりあえず、体力が回復するまでは寝かせておく他ないだろう。

 ちなみに、傷の方は刻が経つにつれて次第に塞がってきた。彼女の自然の治癒力が高い要因も重なっているのだろうが、ちゃんと薬草の効果が現れてホッとした。これで違っていたら、もはや打つ手が無かった。

 一方の捻挫はというと、こちらはあまり芳しくなかった。やはり薬草だけでは足りなかったのと、腫れ自体が大きかったせいもあるのだろう。完治にはまだまだ遠そうだ。

「ちゃんと医者に診てもらった方がいいんだろうけど……」

 頭上の星空を仰ぎながら、勇士は呟く。

 獣人は山や森──草原といった地域を中心に村を作って生活する種族で、人間の住む外界には殆ど赴かない。レジェンス・クロニクル内では、稀に人間達と生活を共にする者もいたが、あくまでもレアケースだ。

 なので、おそらくこの獣人の少女もどこかしらの村から訪れたのではないかと推測するが、とまれかくまれ、彼女が起床してからでないと確かめようもない。

 嘆息しながら、焚き木に向き直って火に当たる。

 実を言えば、焚き木をするのはこれが初めてだった。食事をする時も大抵は他の者(そもそも、火打ち石など勇士は持っていなかった)がやってくれていたし、上手く出来るかと不安もあったが、滞りなく成功して本当に良かった。これも桜花が機転を利かせて道具一式を持たせたくれたおかげだ。桜花に感謝である。

 火を焚いたら魔物が誘われるのではないかと危惧して、当初はおっかなびっくりで周りを警戒していたのだが、幸運にも今の所魔物とは遭遇せずに済んでいる。願わくば、このまま魔物が現れないでほしいものだ。いや、そうなったらそうなったらで、ちゃんと少女を守る気概ではあるが。

 というより、焚き木をしないよりも夜の肌寒い外気に晒す方が、よほど少女の体に障ると心配したのだ。ついでに布でも被せておきたい所だったが、あるとすれば勇士の着ている法衣ぐらいしかなく、さりとて貸すにも上下一体になっている類いだったので、さすがに下着姿になるわけにはいかなかった。少女が目覚めた瞬間、変態と蔑まれでもしたら、正直立ち直れない。

 ぐぅ〜、と思索に耽っている内に腹の虫が鳴った。そういえば、少女を助けてから何も口にしていない。そろそろ食事にしよう。

 懐から小袋を出し、紐を解いて広げる。今日は干し肉にでもしようか。ちょうど火もあるし、焼いて食べるのもまた一興だ。

 そう思い立ち、手近に串として使えそうな枝を探していると──



「……んぅ。うぅ〜んっ」



 と。

 少女がよく寝たと言わんばかりに両腕を伸ばし、むくりと起き上がった。

 開かれた紅い瞳は、まだ集点が定まっていないのか、虚空でも見つめているかのようにぼんやりしている。視線は起きたままの方向――勇士がいる真横に向けられており、こちらの存在にまだ気付いていない。

 そうして、ようやく勇士の気配を感じ取ったのか、緩慢な動作で少女の顔がこちらへと向けて、



「──はっ!」



 脱兎の勢いで飛び退れた。

 寝起きかつ怪我人であるにも関わらず、機敏な動きを見せつけた少女に、思わずぽかんと勇士。感嘆するほどの素早さに、勇士は終始目を白黒とさせて呆けた。

 などと、呆気に取られている場合ではなかった。少女は警戒心MAXと言わんばかりに、獣耳を尖らせて勇士を眇めている。放っておいたら、ますます溝を作るだけだ。早く対話を試みなくては。

「え、えーっと……。もう大丈夫なのかな? あ、ぼく勇士って名前なんだけど……」

「ユーシ……?」

 勇士の自己紹介に、眉を顰めて復唱する少女。よかった、ちゃんと言葉は通じる。

「お前、人間だろ? どうして人間がこの森に──うっ!」

 話す途中で、少女は片足を抱えてうずくまった。

「やっぱまだ足が……。無理に立たない方がいいよ。一応薬草を使ってみたけど、怪我の方はともかく捻挫は腫れたままになってるし」

「薬草……」

 言われて勘付いたのか、少女は自身の体を舐め回すように眺めた後、再度勇士に目線を移して訊ねた。

「これ、お前が? 何で?」

「何でって……。怪我をしていたからってだけじゃあダメ?」

 少女の猜疑な瞳が、不確かなものを見るかのように変わる。疑心に満ちているのに変わりないが、警戒レベルを若干下げたような、そんな目付きだった。

「とりあえず、座ったらどうかな。ほら、干し肉もあるよ?」

「肉!」

 少女の表情が輝いた。獣耳も嬉しそいにピクピクと動く。

「あ、いや、やっぱりいらない。ウチはこのまま立って……」



 ぐううぅぅぅぅ〜っ。



 一際大きな音が鳴った。勇士ではなく、少女の腹部の方から。

「あの、ぼくなら全然気にしなくていいよ? 襲うつもりなんてないし。それに立ったままだと、足も痛いんじゃない?」

「…………。それじゃあ……」

 少しの逡巡の後、少女は頬を紅潮させて、手渡された干し肉をおずおずと受け取った。




 少女は名をミウと言った。狼族の獣人で、古くから仲間と一緒にこの森で住んでいるらしい。

 怪我をしたのは屍食草マンイーターの仕業であるが、捻挫は道中にドジを踏んで挫いたのだとか。

「じゃあミウちゃんは……」

「ミウでいい」

「……ミウは、その足でずっと森の中を走ってたの? マンイーターに追われて?」

 最後の木の実に手を付けながら、こくりと首肯するミウ。

 余談だが、手持ちの食料は先の木の実で全て食い付くされてしまった。てっきり勇士の分くらいは残してくれると勝手に踏んでいたが、一欠片も勇士の口に入る事は無かった。彼女の小さな体からでは考えられない大食っぷりに、息すら呑む光景だった。

 結局断食となってしまった事を悲しみつつ、

「痛くなかったの? その足で」

 とミウの腫れ上がった片足を見て問うた。

「すごく痛かった。でも、ウチには絶対見つけなきゃいけない物があったから……」

「見つけなきゃいけない物って?」

「………………」

 勇士の質問に答えず、ミウは木の実と一緒に言葉を呑み込んだ。何か、答え難い事情もあるのだろうか。

「ウチもユーシに訊きたい事があるんだけど」

「うん。何?」



「どうして、ユーシはこの森の中にいるの?」



 その問いに、今度は勇士が黙る番となった。

 突然元いた世界からゲームに似た異世界へと転移させられた。気付いた時には既にこの森の中で、脱出せんと他の人間達と行動を共にしていたが、諍いがあって離れ離れになり、ずっと独りで彷徨っていた。

 そう答えるのは安易かつ簡単だ。ではあるが、信じてくれるか否かは別問題である。他にも別の世界からよく転移してくる者がいるならば別だが、未だ不確定であるし、かと言ってミウ本人に訊ねるワケにもいかない。特に同じ人間同士で争ったと知ったら、ようやく打ち解けてきたこの雰囲気も、あっさり雲散霧消するだろう。

「そうだね……。此処にいるのはある友達を探しに来たからなんだよ」

 あながち嘘とも言えない勇士の誤魔化しに、

「ふう、ん…………」

 と納得いかなげに相槌を打ったミウであったが、「まあ、いいか」と最後は折れた。多少真実を混ぜて話を作ったのが、却って地雷も踏まずに功を奏したのやもしれない。

「でも、あんまりこの森に近付かない方がいいよ。ものすごく広くて迷いやすいし、魔物だってうじゃうじゃいるし。って今更言っても遅そうだけんどね。ユーシもう迷子っぽいし」

「あはは……」

 返す言葉も浮かばず、力なく笑う勇士。見るからに衣服も汚れているし、考察する余地すらいらなかったのだろう。

「でも、まあいいよ。ユーシはウチの命の恩人だしね。ウチ達の集落に案内したげる」



「ホント!?」



 ミウの言葉に、勇士は一も二もなくガバッと身を乗り出した。

「う、うん。どのみちこの足だと動けそうにないし、集落に帰って治した方がいいだろうから」

「そ、そっか。良かった。本当に良かったぁ……」

 いきなりの食い付き様に、だいぶ引いた感じのミウに厭わず、人目も憚らず勇士は涙をたぎらせた。

 これで食料や水の心配は無くなる。魔物に怯える必要も無く、まともに休息を取れる。何よりこの世界の情報を――ひいては、この樹海から脱する方法を得られる。生きていられる。



 異世界へ飛ばされてようやく得た希望に、勇士はしばらくの間、喜悦に震え続けた。




「この道を真っ直ぐでいいの?」

「うん、そう。所々紫の花が咲いている木があるでしょ? あれって特定の場所にしか生えないんだ。だからそれを目印にしたらいいよ」

 ミウの指示の元、彼女を背負いながら森の中を歩く。今日も快晴で、散策する分には絶好日和だ。無論、そんな揚々とした目的ではないが。

 ミウの言にあった通り、行く先々に紫の花が咲いた木が視認できる。無作為にではなく、規則性を持って生えているので、これなら見失わずに進めそうだ。

「ねぇ、ユーシ。やっぱりウチ、降りて歩くよ」

「ダメだってば。下手に歩いて捻挫が悪化したらいけないし、まだ足だって痛むんでしょ?」

「まあ……」

「だったら、歩いちゃダメだよ。ぼくなら大丈夫だから」

「…………、そっか」

 了承したように、そう囁くミウ。ギュッと首に巻かれたミウの腕から、彼女の体温が一層勇士に伝わった。平熱が高めなのか、人肌がじんわりと温くて、どこか安らぎを覚える。

 ミウの軽い体を背負い直し、勇士は淡々と進路を先行する。

「ユーシ」

「ん?」



「ありがと」



「…………うん」

 耳元で呟かれた感謝の言葉が、体だけでなく心までくすぐったい。

 赤くなった顔を隠すように、勇士はひとすら前だけを向いた。




 数刻の後、妙に切り開かれた道に出た。通路と呼ぶにはややお袈裟だが、今までの中で一番道らしい道──さながら人の手を加えたような、不思議な箇所だった。

「あとちょっとだよ。少し行けば、崖が見えてくるから」

 言われた通り、勇士は見晴らしの良くなった森を歩き続ける。

 しばらくして、本当に崖が見えてきた。それも相当高い、ロッククライミングをする気にもならない断崖っぷりだった。

「ここは……?」

「やっと着いたー!」

 背中にいるミウが喜色に満ちた声を上げた。満面の笑みを浮かべていて、いかにも喜んでいるのが分かる。

「ここがそうなの? 崖しかないんだけど……」

「パッと見はね。でも、この先にウチの集落があるんだ。普段は隠されていて、解錠の呪文を唱えないと、道が現れないようになってんだよ」

 呪文──その単語に、勇士はあっと声を漏らした。

 思い出した。そういえば獣人という種族は、外界から遮断された地域に住居を構え、尚且つ傍目には分からない仕掛けで集落を隔絶しているのだ。大抵は罠か門番か──もしくは特殊な魔法を施して隠されているパターンが多い。今回の場合は、どうやら魔法の方だったらしい。

「呪文って唱えるだけでいいの? 一応そばで降ろそうか?」

「ううん! 口で言うだけで別に特別な事はしないから、そのままで大丈夫だよ!」

「そ、そう?」

 唐突に声量をあげたミウに、勇士は不思議に思いつつも承諾した。何故降ろすと言った時に、腕の力を強めたのだろう。ちょっと前までは、あんなに降りたがっていたのに。

「じゃあ言うよ。いい?」

「う、うん」

 問うミウに、勇士は心持ち緊張しながら、こくりと頷く。



「『レリーズ』!!」



「うわっ!?」

 ミウが呪文を唱えた途端、崖に亀裂が発生し、地を穿ちながら縦に割れ始めた。

 地が振動する。ミウを振り落とさないよう踏ん張りを利かせつつ、地響きに耐える。

 数分と掛からず、崖は完全に真っ二つに割れ、先が見通せないほど奥深く続く、長細い空洞が眼前に出現した。

 マジシャンも顔負けのとんでない仕掛けに、勇士はひとすら驚愕を露わに立ち尽くしていた。

「ユーシ? どうしたの? ボケーっとしちゃってさ」

「あ、うん。何かもう、ものすごくびっくりしちゃってさあ……」

「あー、やっぱユーシは初めて見るんだ。ウチはもう慣れてるから、どうも思わないけど」

 つまりミウ達獣人は、こんな仰々しい所からいつも外界へと出入りしているのか。スケールがでか過ぎて開いた口も塞がらない。

「ほら、早く行こうよ。あんまり時間掛けちゃうと閉じちゃうよ」

「え、ホント?」

 それは大変だ。空洞を渡っている最中に、崖が閉じてぺしゃんこになるだなんて御免である。

 急かすミウに勇士は歩調を早めながら、獣人達の住む集落へと進んだ。



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