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黒猫のワルツ

作者: 猫の玉三郎

  高く清んだ夜空に、まあるい月が明るく輝く。ほうと吐いた息が白くなるような寒い夜。まばらに歩く人々はコートのえりを立て、足早に過ぎていく。そんな静かな街の片すみで、二匹の黒猫がじゃれあい、踊るように互いの体に擦りよせていた。深夜の街並みに溶け込む、しなやかな黒い体躯(たいく)。うりふたつの2匹の黒猫。しかしよく見ると、だいぶ格好は違うようだ。


 一方は艶やかな黒い毛と、キラキラ輝く黄金の瞳を持っていた。おそらく飼い猫であろう。もう一方は、くすんだ黒い毛に深い海の青い瞳の黒猫で、その痩せ方から野良猫を思わせる。しかし二匹はそれを気にする風でもなく、むしろ愛おしそうに互いを見つめていた。


 まわる、まわる。踊る、踊る。


 まるで2つで1つの存在であるかのように。


 猫にどこまでの感情があるのかは定かではない。だがこの猫達にはお互いに愛しいと思い、そしてそれ以上の何かを感じているようでもある。


 これは永久の時間の中でわずかに訪れる、逢瀬(おうせ)のひととき。あるいは——


 ◇


 遥か昔、神々が人と共にあった時代。美しい女神がたわむれで人間の街へおもむき、そこで人間の男と恋に落ちた。愛と富を(つかさど)る、実に(うるわ)しい女神であった。人間との燃えるような恋に、その女神は夢中になった。


 神々は反対した。共にこの世界にあっても、人間は決して寄り添うべき相手ではない、と。


 しかし女神は反対を押し切り、人間と共に生きる事を選んだ。怒り狂った神々は彼女から神の力を奪いとった。それだけではない。その美しい容姿や、透き通るような歌声、何もかもを取り上げた。


 そして神々の国へ帰る事すら禁じたのだった。


 女神に残ったのは深い海の様な青い瞳と、燃えるような恋心だけ。


 女神だった女は故郷をなくした悲しみを胸に、恋しい人間の男と共に歩んだ。そう、歩むつもりだった。突如、男が自分の前から去るまでは……


 共に暮らしはじめて数ヶ月が経っていたある日。男がふらりと出て行き、それから帰って来なかった。1日待ち、3日待ち、1週間待った。もしかしたらまた、別の女の所に行ったのかもしれない。畑や家畜の慣れない世話をしながらさらに1ヶ月待った。男を想い、日々枕を涙で濡らし、それでも男がいつ帰って来ても良いように、慣れぬ仕事を日々こなした。


 3ヶ月経ったある日。街で1番大きなお屋敷のお嬢様が、家の財産を持ち出し、この街の男と一緒に消えた。女神だった女は、お嬢様と一緒に消えた男が、自分が恋い焦がれる男だと、人の(うわさ)で知った。


 怒り・悲しみすらも湧かなかった。ただ在るのは虚無感。食べもせず眠りもせず、いつまでそうしていたのだろう。気づいた時には極度に体が衰弱しており、人間としての生が終わろうとしていた。


 密かに見守っていた神々も、胸を痛めた。愚かな人間に(いきどお)り、女神から力や美貌を奪った事を、帰る場所を奪った事を()いた。そして二度とこのような悲劇を起こさない為に、神々は人間のいる世界から姿を消したのだった。


 女神を(うれ)いた、たった1人の神を除いて。


 女神だった女は命の終わる一寸手前、優しく誰かに抱き上げられた。かすむ視界で捉えたのは、泣きそうな男の美しい顔。悲しげに伏せられた黄金の瞳。それから間も無く、女の心臓は静かに鼓動を止めた。


 ◇


 時は流れ、女神はこの地上でいくつもの生を受けた。また人間だった時もあれば獣の時もある。そのそばにはいつも、黄金の瞳を持つ者があった。その中で女神の魂は安らぎと幸福につつまれ、深く負った傷を少しずつ癒していったのだった。


 まわる、まわる。踊る、踊る。


 何度生まれ変わったのか、女神の傷が癒えているのか、それは誰にも分からない。


  ただ、この黒猫達はとても幸せそうだ。喉をゴロゴロ鳴らし相手の首元に擦り寄る。


 まわる、まわる。踊る、踊る。


 さぁ今宵も密かに、黒猫のワルツ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ギャップが半端ないですね。どちらがほんとの玉三郎さんなのか。どちらも玉三郎さんなのでしょうけど、そのギャップがたまらないですね。そこにシビれる、あこがれるぅ!
[良い点] 生まれ変わりながら傷を少しずつ癒す、という表現が好きでした 絵本のように情景をイメージしやすい、素敵な話 [気になる点] 悪いかはわかりませんが、ようなの表現が多いように感じました [一言…
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