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死神とアンドロイド  作者: 和錆
悪い知らせは忘れた頃にやってくる
9/9

01

 レトロ調の喫茶店を背景にした不鮮明極まりないこの映像では、10インチの薄型液晶場面に映っている人物が男か女かを区別する事は出来ない。顔に該当する部分だけが油性マジックで塗りつぶされているのも理由の一つだが、簡単に肉体改造が出来てしまうこのご時世に図体のでかさだけで男女を判断するのは馬鹿げているからだ。

 だからパイプ椅子に座りながらこの映像を眺める幸は、頭の中でこの人物をAと仮定した。



『お客さん、ここで「番号なし」の商いをしようと思うなんて。なかなか度胸があるじゃん』と、人物Aは笑いかけてくる。

 彼が言う客は、この映像には映っていない。

 当然だ。その客はこの映像の視点そのものなのだから、映るはずがないのだ。

『月読市は月コロニーの中でもダントツに検査局の権限が厳しいところだからさ。成功すれば多額の報酬が入ってくる。でも、ばれればそれまでだ。一昔前の麻薬の売買みたいだよな、本当』

『――でも、ハイリスクハイリターンが「番号なし」の魅力だろう?』

 映像の外側、つまりはこの映像の視点である者からの質問に、Aは大きく頷いた。笑っているのだろう、顔が塗りつぶされていても口調から分かるほどに楽しげだった。

『その通り。密輸入しにくい分だけ、地球にまで持っていければ引く手数多だ。暴力団やシンジケート、多少手を伸ばせば、テロリストにだって売りつけられる。たった数個で億万長者。一生遊んで暮らせる金が手に入るんだぜ? 凄いよなぁ、まったく』

『成功すれば、だよな』

 そう言うのと同時に、映像が少し揺れる。姿勢でも正したのだろう。

『月読市からの密輸入に成功した密売人は、皆無だって聞いた事がある』

『そりゃ、成功した記録は公式には残らないからな。警戒されるのを恐れて、成功しても吹聴しないだろうし』

 そこまで言うと、Aは堪えきれないといった様子で笑い声をあげた。『でも、その月読市にこれから挑むってやつのいう台詞じゃないだろう。それは』

『うるさい。緊張しているんだ、俺も』

 ふいに沈黙が落ちる。

 しばらくして聞こえてきたのは、Aの声だった。

『まあ、検査局に捕まらない事を祈ってるよ』

『……検査局かぁ』

 Aの言葉を鸚鵡返しにする声は苦々しげだ。きっと顔もしかめながら吐き捨てているのだろう。『警察でもないあいつらがいつも俺達の邪魔をするんだよな』

『検査局は外来製品を専門に取り扱う組織だからな。警察が着手した案件でも、そこに外来製品が関わっていると分かれば即座に警察から案件を強制的に引き継げる事になっている。買収するのも面倒くさいし、厄介な連中だよ』

『そのうえ、アンドロイドまで連れてやがる』

『そうそう。最悪だ』

 黒塗りの部分が上下に揺れる。

『表面上は「番号なし」に対抗する切り札であり、検査員の身を守るためのものらしいが。噂じゃ影の目的っていうのがあって、ユーザー権限を持つ者の裏切り防止だそうだ。実はユーザー権限よりももっと上の権限があって、そいつがアンドロイド達に「売人登録されている者と検査員が非公開に接触していた場合、検査員を殺せ」と命令しているらしいぞ』



「「そんな馬鹿な事があるか」」

 声が重なった。

 映像の中でのBの驚いた声と、その映像を見ている幸の呆れた声が綺麗に重なって、狭く灰色の壁に四方を覆われた箱のような部屋に響き渡った。傍らで、同じくパイプ椅子に腰掛けているイージスに何気なくやった目が、真正面から彼の視線とかち合う。

 思わずぎょっとして竦んだのを見逃さなかったらしいイージスのその眼差しが、多少鬱陶しげに疎ましげに細められていた。

「そんなのは噂でしょう?」と、アンドロイドが言う。



『まぁ、ただの噂だけどな』

 真偽の程などどっちでも構わないといわんばかりの態度で、Aは手のひらを振ってみせる。



 イージスから目をそらすためだけの目的で映像の中のAを幸が険しく睨み付けても、記録に過ぎないAの淡々とした声が止まるわけもない。



『月読市を作ったのは日本だろう? 日本といえば、十年前に起こったアンドロイド事件だ。パレードをしていたアンドロイド百体が一斉に暴走して、観客達を襲ったって奴。死傷者は確か、えっと……』



 ……死者二十九名。重軽傷者百三名。即座にその数字が幸の頭を過ぎる。



『まあ、多分、百人ぐらいだな』

 Aの口調は、どうでもいい事を覚えてなんていないと開き直るようなものだった。



「幸さん、」イージスの声と共に肩を軽く叩かれる。「少し落ち着いてください。頭に血を上らせたら駄目ですよ」

「分かっている」

 そう答えた時に、幸は自分が知らず知らずのうちに強く奥歯を噛み締めていたらしい事に気づいた。口を開いた瞬間に僅かに奥歯に痺れが残っていて、それは胸の奥でくすぶる消えようのない暗い怒りに似ている。

 遅ればせながらに手のひらから伝わってくる鈍い痛みにもようやく気づいて、拳の形で固まってしまいそうだった指先をぎこちなく一本一本、意識して緩めた。



『アンドロイド事件で日本の検査局の権限は格段に強化されたのは事実だろう?』

 映像の中で、Aの話は続いている。

『五十年前に隕石が南極大陸に落ちてきて、そこから外宇宙との交流が始まった時には、外宇宙から輸入する機械の安全性を確かめるぐらいの権限しか検査局にはなかったんだ。

 なのに段々必要に応じて増えていって、最後には今のような捜査権まで得るようになった。人に多くの権限を与えれば待っているのは腐敗だ。

 腐敗を正そうと思えば、腐敗イコール死、の構図を作るのが一番だと思うんだよ』

『だから、検査員の傍にいるアンドロイドが監視をしてるって?』

『実際、検査員の死亡率は高い。表向きは検査中の事故って事になってはいるけどな。本当のところはアンドロイド達に殺されていても分からないだろう?』

 Aは肩を竦める。『だいたい、毎日「番号なし」に関わってる連中なんだぜ? 毎日、金塊を目に前にしながら働いているようなもんじゃないか。それで横領とか横流ししないなんてありえないだろう? ましてや、思いつかないなんて考えられないよな』



 その例え方でいうと、銀行員も常に大金の誘惑を受けている事になるし、横領している事にもなる。が、そんなニュースは一年に数回あればいいほうだ。そもそもその手のことを危惧して、採用される人間の身辺調査は手抜かりなくやっているだろうから、Aの言い分は真に受けるのも馬鹿馬鹿しい素人考えだった。

 それに、検査員の死亡率が高いのは、「番号なし」を密売密輸入しようとしている者達の大半が、同じく「番号なし」で武装しているケースが多いからに他ならない。

 倉庫群で幸が逮捕した売人のようにだ。

 一見ただの手袋に見える代物でも、人の骨格を容易に粉砕できるほどの性能を秘めていて、検査員は常に死と隣り合わせにいる。検査員ひとりにつき一体のアンドロイドが配布されているのも、生身の人間が「番号なし」で武装した犯人を捕まえる事など不可能に近いからだ。

 「番号なし」の中には、電磁波で人体を爆発させたり、人の皮膚や筋肉をあっという間に腐食させるものもある。

 検査員もアンドロイドで武装してようやく、五分と五分の戦いが出来る。武装には武装を、単純明快なロジックだ。

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