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2-2

こんにちは、今回はこちらを更新。

 ――朝が来た。

 だけど、誰も起こしに来ないの。

「……」


 ふふふ。とうとう仮初の奥様業撤回が、メイド達にも周知されたってことかしら。

 わたくしの同意を得るより、周りから攻めて孤立させようって魂胆ね。そして弱ったわたくしに最低限の謝罪で同意を得る。


 なんて非道!! 姿かたちは凛々しくとも、中身は下種ですわね、旦那様!! 

 

 わたくしはベッドの中で天蓋の裏を見つめつつ、眉間に深い皺を作る。

 

「上等ですわ、ディートリッヒ様。わたくし、ぼっちなんて怖くありませんわよ」


 そう言ってわたくしは毛布を行儀悪く両足で跳ねのけ、寝転んだまま思いっきり背伸びをして力を抜く。

「――勝手にさせて頂きますわ」

 ベッドから下りてクローゼットを覗き込み、奥においやられていた実家から持参した愛用の質素なワンピースを取り出す。

 さすがのわたくしも、面と向かってメイドから無視されたら落ち込むわ。無視されても大丈夫なように、心の準備をする時間を稼がなくっちゃ!

 


 こんなふうにわたくしが『ぼっち慣れ慣れ作戦』を実行に移そうとしていた頃、ディート

リッヒ様は食堂で席についてから十数回目のため息をついていた。



◆◆◆



「はぁっ」

「辛気臭いですわ、ディートリッヒ殿。さっさと食べて出ねば間に合いません」

 シャルロッテが「その量が女性の朝の食事なのか?」と疑いたくなるような量を、黙々ときれいに食べているのを見て、無い食欲がますます失せる。

「……間に合いたくない」

「そうですね。低血糖でぼんやりされていると、もれなく王太子殿下も参戦なさいますよ」

「!」

 ビクッと血の気のない顔をひきつらせ、俺は思わず両手で頭を押さえた。

「……どうなさったんです?」

 シャルロッテが目を細め、胡散臭そうに見ているが俺は「なんでもない」と目線をそらせて朝食をとることに集中する。

 昨日は遅くまで廊下で騒いでアリーシャの睡眠の邪魔をしてしまったから、執事のトールにアリーシャの部屋の周囲の人払いを頼んだ。

 ふふ、我ながらなんと気の利いた夫だろう。

 

 ……『夫』。良い響きだ。


 ジーンと『夫』という響きに感動している俺を、シャルロッテが不気味なものを見るような目を向け引いていたが、そんなもの気づく必要はない。

 と、そこへ血相を変えたメイドがやってきて、控えていた執事のトールへと何かを耳打ちする。

 主人の食事の時間に報告に来るようなことだから、おそらく大問題なのだろう。俺は別に問題の大小にかかわらず、報告は早い方がいいと思っているから別に不快にもならない。

 だが、話を聞いたトールは珍しく顔を曇らせ「旦那様」と、俺を呼んで近づいてくる。


「アリーシャ様がお部屋から消えました」


 全身の力が抜けた。

 今やっとこさ口にしようかとちぎったパンは、指先の圧力がなくなってテーブルの上に落下。床につけている足先も一瞬感覚がなくなる。

 寝不足とこれからの予定で頭の思考が全然働いていなかったからか、俺は驚きで目を見開いてギギギ、と壊れた仕掛け人形のようにぎこちなくトールを見上げることしかできなかった。


 ナニ? ダレカイナクナッタ? エ?


「お屋敷内にはおられるはずです。――お荷物はそのままございますので」

 トールがなんとか慰めようと言った言葉だったが、地獄耳のシャルロッテはわざとらしく合点が行ったとばかりに両手を叩く。

「あ、確かに身一つのほうが動きやすいものね。もしやアリーシャ様がお召しになった服はとても動きやすくシンプルなものではありませんか?」

 シャルロッテに言われてトールが目でメイドへと問いかけると、メイドが青い顔のままうなずく。

「で、そこそこの装飾品を一つ売れば旅費にもなりますし」

 そう言ってシャルロッテは白い白磁のボウルに盛られていた、新鮮な朝積みサラダをごっそりと自分の皿に移した。

「玉ねぎの辛みがイイ!」

 そんな感想はいらん!!


「旦那様」


 トールが呼ぶ声で、俺の思考はいきなり沸点を超えた。

 ガタンと椅子を引く間もなく立ち上がり、すべてを投げ出して走り出す。


「アリィイイシャアアアア!!」

「お、お待ちください旦那様!」


 あとに続くトールと食堂の給仕達などかまうものか。俺は全力でまず、アリーシャの部屋へと急ぐ。


「あ、サラダもう一皿ちょうだい」


 シャルロッテの声が俺の怒りを増量させる。


 お前は来世絶対『カバ』になる!! いや、なれ!



◆◆◆



『アリィイイシャアアアア!!』

「!」


 おもわずビクッと足を止めた。

 ブワッと一瞬で全身の毛が逆立つような恐怖に見舞われ、わたくしはサッと柱の影に身を潜めて深呼吸。そしてゆっくり辺りを見渡す。


 右、よし。左、よし。


 うん、とうなずいてまた歩き出す。

 先ほどの声はちょっといつもと――いえ、だいぶいつもと違ったけどディートリッヒ様の声だった。怒声かしら?

 あ! わたくしが勝手に部屋からいなくなったのがバレた!?

 ひぇー! あんなに怒ることないじゃない。きっとシャルロッテ様とのケンカで朝からご機嫌悪いんだわ。

 短気は損気。気の短い男は嫌われましてよぉ~。ほーっほっほっほっ!


 ちょっとだけいい気味、と思って足早に食堂へと方向転換。

 本当は台所に行こうかと思ったのだけど、あのディートリッヒ様の様子から食堂はきっと安全なはず。あんなに取り乱したディートリッヒ様を追ってシャルロッテ様も、トールもきっと追いかけている。

 給仕やメイドだって、奥様業解雇されたとはいえまだわたくしは書類上は『奥様』だもの。食事の一つや二つ取って行っても注意されないわ。

 いえ、むしろ今までの様子から、わたくしってば相当同情されていたもの。きっと見て見ぬふりをしてくれる!

 そう考えると気分が楽になった。

 だって諸悪の根源にして雇い主のディートリッヒ様がお仕事に出かけられたら、きっとみんないつも通りよ。あ、シャルロッテ様が監視役として居残ったらよそよそしいかも。

 でもお腹はすいたわ。昨夜の料理は途中から砂を食べているようで、味がしなかったもの。

 新婚生活で聞く「新婚当初はなかなか部屋から出歩けなくて……」なんて甘い惚気なんて聞いて、純情にも顔を赤らめつつ興味いっぱいに聞いていたわたくし。結婚式途中までそんな思いもちらほら頭の隅にあった。


 今はまったくありませんけどねっ!!


 そんな暇な新婚生活で、わたくし毎日元気よくお屋敷探検をしていた。おかげでいろんな道を知ることができた。

 今歩いているのも、食堂へ続く裏道。

 さっきまで「イケナイ事」をしているようなドキドキ感があったけど、ディートリッヒ様の叫びを聞いたら吹っ飛んだわ。急がなきゃ!


 足早に誰にも出会わず食堂までたどり着き、ドアの前で静かに部屋の中の様子を伺うが、何の音もしないので「チャンス!」とばかりにドアノブを回す。

 万が一メイド達がいてもきっと大丈夫――


「「……」」


 目が合った。


 し……、新旧妻対決ぅううううううう!!???

 

 あ、いや、わたくし旧妻にすらなれていない、書類上の最弱妻! 勝負なんて論外か!!

 その証拠に、ほら。シャルロッテ様ったら、目はびっくりしたままだけど、止まっていた口が咀嚼を始めたもの。ちょっと頬張り過ぎな感じもするけど、ほら、眼中にないってわけね。さすが次期奥方。


「「……」」


 シャルロッテ様は黙々と咀嚼を続け、ごっくん、と飲み込んだ後にナフキンで口元を拭く。

 あ、くるわ、とわたくしはサッと姿勢をあらためて迎え撃つ――負け戦ですけど。


 グッとお腹に力を籠め、さあ何を言われるかと構えたら、シャルロッテ様がやや驚いた目をして立ち上がる。

「あ、アリーシャ様」

 ハイ、ナンデショウ。

 そう棒読みしていたのがバレたのかしら。シャルロッテ様がなぜかたじろぐ。

 わたくしは黙って顎を上げ、地方とはいえ『侯爵家』令嬢の意地を見せるべく口元をひきしめた。


「!」


 シャルロッテ様はご自分の頬を両手で包むように隠し、ごくりと息を呑む。

「あ……、アリーシャ様」

 ハイ、ナンデショウ?

「!」


 目線だけで黙って返事を返すと、ふらり、とシャルロッテ様は体勢を崩して床に膝をつく。

 ああ、今わたくしはお母様に「くれぐれも微笑を絶やさないように」と言われていたのに、すっかり真顔になっていましたわ。

 何度も言いますが、わたくしの真顔からの視線は蔑みの視線だとか、心を射抜くとかえぐるとか、そんなことを言われていました。もう別に取り繕う必要もないでしょうけど。

 シャルロッテ様の前でもこの顔を出すのは初めて。

でもそんなわたくしにも、真顔を保つ余裕はあまりなかった。動揺を顔に出さないように、と必死で取り繕う。


 だって、シャルロッテ様ったら、なぜか頬を赤らめていたの。

 小刻みに体を震わせながら、頬の両手を口元へと移動させ潤む瞳が熱を帯びる。

「イイ。その美貌からの冷たい視線が――イイ!」

 言うが早いか、両手で自分を抱きしめて激しく身もだえするシャルロッテ様。


 ……どうやら、シャルロッテ様には秘密があるようです。




読んでいただきありがとうございます。


そろそろ仮題のタイトルをやはり変更しようかと思っています。

またすぐ更新できるといいんですが……。


ディートリッヒ様がヘタレ街道まっしぐら過ぎてwwwもう、手に負えない。

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