2-1
こんにちは。作者爆発連載第二弾、完結解除してしまいました。
(ちなみに第一弾は【勘違いなさらないでっ!】です)
「ゼロ。時間です、ディートリッヒ殿」
シャルロッテが持っていた懐中時計をパチンと閉じ、浮かべていた薄ら笑いを消す。
愛妻の部屋のドアに、膝から崩れ落ちるようにすがりついている俺を真顔で見下ろして近づいてくる。
「……アリーシャ」
ポツリと力なくつぶやくと、俺はもう一度ドアを拳骨で叩く。
「アリーシャ! ここをあけ……」
「はいはい、もう時間ですよ。奥様の安眠の妨げは美容の大敵。女の大敵許すまじ」
そう言ってシャルロッテは俺の襟首を掴むと、見た目からは想像できない腕力でドアから引き離す。
「は、離せぇええええ!」
「うるさい!」
俺は立ち上がって体勢を整えようと暴れたのだが、それより先にシャルロッテの腕が首に回され締め上げられた。
「……!」
「さ、ディートリッヒ殿。お部屋に戻りますよ」
――こいつが男だったら殴り倒してやりたい。いや、もうこのさい性別とか関係ない!
カッと目を見開き反撃しようとした時だ。
『まぁ、血が!』
稽古に熱が入り過ぎ、悪ふざけもあっていつの間にか殴り合いになってしまい、口の中を切って帰ってきたことがあった。
服についた程度の血だったが、アリーシャは真っ青になった。
『血が苦手?』
『も、申し訳ありません。騎士である旦那様の妻なのに……』
申し訳なさそうに俯いたアリーシャだったが、彼女が言った『妻』という言葉に俺の気分は上々……。あ、すぐにマリアの邪魔が入ったな。チッ!
いや、そうじゃない。
つまりだ。アリーシャは血が苦手なのだ。
この場でこの憎い敵を打ち負かし、万が一血でも見せようならそれこそアリーシャの悲鳴が上がる。
残念だが、このシャルロッテは素手で戦うのが得意、という変わり種。俺も無傷ですむ自信はない。
「ケンカ上等、受けて立ちます。が、明日の朝お互いが傷だらけでアリーシャ様の前に出るのはいかがなものかと」
ズルズルと俺を引きずりながら、前を向いたままシャルロッテが言う。
「お……覚えてろ」
「ふふふ」
妙な含みをはらんだ笑みをもらす、シャルロッテ。
翌日、こいつは王妃様へ報告に行った帰りに稽古場に現れ大暴れしたらしい。俺はいなかったので、別の奴が嬉々として取っ組み合い、殴られつつ「腰を触った……」と幸せそうに言い残して倒れたそうだ。
バカだな、この同僚。
◆◆◆
ディートリッヒ様がドアの向こうで叫んでいる……。
開けて欲しいって言っているけど、合間に怒ったように何かを言っている。どうやら近くにシャルロッテ様がいるみたい。
離婚を迫られた妻、夫と愛人から逃げて部屋に籠城……て、ところかしら。
あーあ、結婚したい愛人がいるんなら最初っからそちらですませてよね。なんでわたくしを巻き込むのかしら。ため息出ちゃうわ。
「はぁっ」
騒がしいドアに背を向けて、わたくしは奥にある寝室へと入った。
この寝室は本来療養や旦那様がいらっしゃらない時に使う、わたくしの個人的なもの。普通の新婚夫婦なら、旦那様との間にある共有の寝室を使うんでしょうね。
わたくしは使ったことありませんけどっ!
だってわたくしどう考えてもお飾り妻。新婚早々堂々と愛人様同伴。顔が良けりゃ、全部許されるなんて思わないでよ、旦那様! バツイチにさせた恨みは怖いんですからね。覚えてらっしゃい!!
「なーんてね、うふふ」
言えるわけないわ~、と思いつつ冷たい寝台へと潜り込んだ。
ドアの外ではまだディートリッヒ様が騒いでいるかもしれない。でも、今出て行って「離婚してくれ!」と叫ばれても、わたくしには「もうちょっと待ってくれますか?」としか言えない。
ディートリッヒ様がどういうつもりでわたくしと結婚したのかはわからないけど、わたくしは家の勧めだけで結婚したわけじゃないの。
思惑があったのはディートリッヒ様だけじゃなく、わたくしにもある。
「ごめんなさい、ディートリッヒ様」
そう言ってわたくしは目を閉じる。
すぐに体中がだるくなり、ふわふわと意識が薄れていく。
こんな時は――あの子に会える前兆。
◆◆◆
白い靄が広がる世界で目を開ける。
「こんにちは、アリーシャ」
少女にしては落ち着きのある声が響く。
フッと靄が一部だけ拡散して、白い丸いテーブルと椅子、そして美少女が現れた。
「今日も旦那様は一緒じゃないのね」
クスクスと笑いながら、出迎えてくれる。
「それどころじゃないわよ、フラン。離婚を言い渡されそうなの」
「まあ」
フラン――正式にはフェリアランという。十二才だというフランは、ふんわりした白いドレスを身に纏い、そこから白く細い手が見える。
パッチリとした大きな青い瞳に、白い肌とは対照的なぷっくりと赤みをさした小さな唇が印象的な美少女は、サラサラのストロベリーブロンドの長い髪を揺らして首を傾ける。
「なぜ?」
「なぜって、それは愛人様の中から奥様候補が決まったからよ」
あ、自分で言って悲しくなってきた。
ため息をつきながら、フランの向かいの席へ座る。
「……あなたとの約束、守れないかもしれない」
フランを見ないままつぶやくと、スッと香りのよいお茶がさし出される。
「まずはお茶をどうぞ、アリーシャ。今日はハーブティーよ」
「……ありがとう」
外見的には年下なのに、フランはやはり『年上の女性』なのだなと思う。
フランと夢で会うようになったのは、正直いつからか覚えていない。
気がついたらお友達になっていたし、誰かに話そうとは思ってもいなかった。
これについては、数年前に母が思い出話として「あなたってば、小さい時に死にかけてね。それからすぐ夢で女神様に会っているの、とずっと言っていたのよ。後遺症かもしれないとさんざん心配したわ」と、話してくれた。父もそう頻繁に女神さまが現れるわけがないと疑い、とても心配したそうだ。
たぶん、そんな周囲の反応から、幼いながらにわかってくれない周囲に怒って口を閉じたんだと思う。それがいつの間にか刷り込まれて、まるで悪いことのように「言ってはいけない」と思い込んでいたみたい。
大人になって、ずいぶんいろんなことを見て来たけど、今も誰かに話そうとは思わない。
だってフランは、十六年前に死去したこの国の第一王女様だというのだ。
王家特有のストロベリーブロンドはもちろん、雰囲気からもお姫さまで間違いないと思っている。
ただ、絵姿に関しては見たことがない。
当時の王家の悲しみは深く、国中からフランの絵が消え、今は王城の中でも滅多に目にすることはできないらしい。
「おいしいわ」
夢なのに、いつもすばらしい香りと味を堪能できる。
小さい時はあんまりおいしいから、フランにいっぱいねだって「おねしょしちゃうわよ」と何度注意されたことか……。
一回だけよ。名誉のために言うけど、一回だけよ! それっきり懲りて、フランの言うことを聞くようになったわ。
ほっと落ち着いたので、わたくしはお茶を置いて少しずつ今日のことを離し出した。
フランはわたくしの中にいるというけど、わたくしが見たこと経験したことを全部共有することはできないらしい。
すごく『力』を使うけど、見ることならできるらしいが、フランはわたくしから聞く方が好きなんですって。
「まあ、それで部屋の前で? 一度見たけど、そんなことするような旦那様には見えなかったわ」
「ええ、わたくしも驚きだわ」
貴族の結婚はなかなか恋愛まで発展しないから、結婚して相手のことを知って驚くのは普通だと聞いていたけど、短期間でここまで変わられたらもはや「すごい!」に尽きる。
「酔っていらしたのかも」
「でも、結婚式の次の日に『しばらく禁酒する!』て宣言されたんでしょ?」
「ええ。たしかにチラッと見たけど、酔っているような感じではなかったわね」
すがりつくように腰に手を回され、涙目でディートリッヒ様はわたくしに約束した。男性の涙目なんて初めて見たから、言葉の内容より驚きのまま首を縦に振っていたわ。
「結婚式、といえば」
わたくしはチラッとフランを見る。
ドキッとしたようにフランは背筋を伸ばし、嬉しそうにそっと微笑む。
結婚式に弟である王太子殿下、それにフランの死後に生まれた末の弟がやってくると聞いて、フランは普段めったに使わない『力』をめいいっぱい使ってわたくしの目を通して二人を見ていた。
フランの溢れた嬉しい気持ちが込み上げ一体化し、わたくしは二人に抱きつきたい衝動を抑えるのに必死だった。
そんな限界ギリギリの時に、なんと国王陛下夫妻と王女殿下までやってきた。
三人を目にした瞬間――フランの気配が消えた。
そのことにわたくしは恐怖で卒倒しそうになった。
なんとかディートリッヒ様が支えてくれたが、気持ちは消えてしまったフランの気配を探すのに必死だった。
一週間後、夢に現れてくれたフランに泣きつくと、どうやら『力』の使い過ぎと、両親との再会の心の準備をしていなかったせいだと言われた。
「……フランとの約束、もう少しなのに」
「いいのよ」
フランは首を横に振る。
「あなたがつらい目にあう必要はないわ。わたくしは一瞬だけど家族全員に会えたの。十分よ」
「本当ならディートリッヒ様の妻として夜会に出て、もっと間近で陛下や王妃様を見られたはずなのに」
「いいえ、十分よ。思いがけず早く夢が叶ったんだもの」
ディートリッヒ様との結婚が決まった時、わたくしはすぐにこの計画を思いついた。
いつもわたくしを励まし、支えてくれるフランのためにできること。それはフランにもう一度家族を見せること、だった。
相手は王族。こちらは侯爵家とはいえ地方貴族。思わぬ高位貴族からの縁談と、ディートリッヒ様からの熱心な手紙で結婚を決意した――が、今や破綻寸前。
「ふふふ……」
思わず遠い目のまま声が漏れる。
フランがビクッとしてあわててフォローするように、ドンと自分の胸を叩く。
「大丈夫よ! あなたにはわたくしが使い切れなかった分の幸せ。つまりラブラブハッピーが加算されているのよ!」
「……フランって、実はラブラブハッピーじゃなかったのかも」
「ガーン!」
両頬を両手で覆って、口を開けたままよろめいて見せる。
うそよ。こんなおちゃめな美少女がハッピーにならないわけがない。
つまり、フランのラブラブハッピーを加算しても減算にしかならないほど、わたくしにはアンラッキーが憑りついているらしい……。
そっとお茶をソーサーに戻して微笑む。
「大丈夫よ、フラン。簡単には離婚しないわ。それに、まだ納得していない愛人様がいるかもしれないもの」
そうよ。こうなったら、愛人様同士で争っていただいて、少しでも離婚まで――王城に行くチャンスに巡り合うまで引っ張らなくっちゃ!!
あら、それって『悪妻』になれってことかしら!?
読んでいただきありがとうございます。
思いのほか感想もいただけ、本当に嬉しいです。
ちょっと【勘違いなさらないでっ!】では書けない(?)夫婦のドタバタコメディ。今のところ、奥様のアリーシャは恋(旦那様)より女の友情が大事なんですwww
またアイディアなどに煮詰まって爆発したら更新します。
本当に不定期ですみません。
あ、Twitterに【勘違いなさらないでっ!】③巻のワンシーンを載せております(許可あり)。この表情……なにがあったんでしょうねwww
気になる方は一度Twitterへどうぞ(上田リサ)!
もっと気になる方は、ぜひ書籍をお楽しみください。