表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/18

ピロリンピック出場選手権争奪 最終戦

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「さ~なんということでしょう。ピロリンピック、パラレスタッグ出場権を争う第二試合、第一ラウンドは波乱で幕を開け、■■■■■■■■■■■■■■■■」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「果たしてこれにいまだ新人でしかない二人が対抗できるのか……? 正直、悲観的にならざるを得ません」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《頼む! 勝ってくれー!》

《“二人の女神”~! 応援するぞ!》

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《1000(ミ~ウ)! 1000! 1000! 1000!》

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

《LK! LK! LK! LK!》

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「オメェら、シロウトに毛が生えたみてェなくせに、えらく人気があるじゃねェかよおォ。さァすが、元AV女優だなァ、ェえ?」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「こっちは人気者が大嫌いでねーえ。このうるせーえアホどもの大声がよーお、こっちのぶち殺してーえヤツが誰かってーえのを教えてくれるぜーえ」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「わいはみんなの願いに応えるだけじょ」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「必ず、倒すけん。そんで、みんなを助けるんじょ!」

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「あわてんじゃねーえ。うちらは微小記憶媒体マイクロメモリラゼンジを持ってるーう。そいつが会場の爆弾を解除できる唯一の手段だーあ」

■■■■■■■■■■■■■■■■■

「もちィろん、あたしとライトニングイーグル両方のがないと意味ねェぜェ。しかもォ、どこにもってるかはァ秘密だァ。ちャんとKOしねェと、さがせねェぞォ?」

■■■■■■■■■■■■■■

「つーうわけで、こいつをオメーえらが持ちなーあ」

■■■■■■■■■■■

「殺せるもんなら殺してみない! おまはんらみたいな格好ばっかりのんがかさにかかってきよったってだ~れも怖いとか思わんけんな! 馬鹿にせられん!」

■■■■■■■■■

「テメーらあはもーう、おしまいだなーあ……KOした直後に腹ン中をリングにぶちまけてやるぜーえ」

■■■■■■

「「死の垂直落下キリングフォールダウン!」」

■■■

☆☆☆

☆☆☆☆☆☆☆☆☆


暗い、痛い、苦しい……

もうここで終わりにしてもいいんじゃないのかな……よく考えたら、わたしにはなにもないんだから……

わたしを気にかけてくれる人なんか、どこにもいないんだ……どこにも……だったらあたしはここで動かなくなってももういいよね

辛すぎて、もうガマンできないよ……


《1000! 1000! どうしたの? 死んじゃったの?》


……ゴメン、LK、わたしもう起きられないんだ……

ここはもうきっとテロでマズいから、早くJさんと一緒に外国いっちゃいなよ……

わたしは一人でも大丈夫なんだから……


《1000ちゃ~ん、ガンバってー!》 


……わたしのファンとかいるんだ……初めてかも……こないだの試合で叩かれすぎて、もうリアルでファンなんかできるなんて思わなかったなぁ……そうなんだ……


《お~い、1000×1000(みうみう)、立ってくれ~!》


これが最初で最後のファンからの声援か……なんか……

……もったいないかなぁ……せっかくここまできたのに。

お楽しみはこれからだったのになぁ……

残念だなぁ……ここで終わりなんて……


《1000! 1000! 1000! 1000!》


……いや、ちょっと待って。まだ大丈夫かも。

まだ、わたしやれるかも!

せっかくいいまできたのに、まだあきらめたくない!


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

徐々に☆☆☆まばゆい光が☆☆☆視界を埋めてゆく。☆☆☆☆☆☆☆体のあちこちが☆☆☆激痛にひびわれ、☆☆☆少しでも動かしたら全身が☆☆☆粉々になってしまい☆☆☆そうだった。☆☆☆

わずかな意識の☆☆底に残った衝動☆☆が1000を急きたてる。☆☆このまま身動きしなければ、☆☆取り返しのつかないことに☆☆なるという恐れ☆☆だった。

わずかに指先を☆☆動かすことすら☆☆とてつもない重労働☆☆だった。あたまのなかに☆☆ささくれた☆☆針金の塊が放り込まれたよう☆☆だった。

☆息を殺し、歯を食い☆しばる。奥歯が☆きしんだ。角砂糖☆を噛み砕くように、何かが☆砕けた。口中に☆こぼれる破片を☆吐き捨て☆る。

ゆっくりまぶたを上げる。光が刃物の切っ先と化して目の裏に突き刺さる……☆


様々な光彩が巡る水中に体ごとのめり込んだような気がした。騒音が渦巻き、鋭い叱咤に殴打される。

「ま~ァだ生きてやがる! 素直に死ね!」

すりガラスに滲んだような色が目の前に広がった。緑色のしみが視界を覆い尽くす。

「おーっとーお! そうはいかないからねーえ!」

青と橙色の色彩が横からすべりでた。打たれたように震える。

「しっかりして! 1000」

胸元に不快感でできた杭をねじ込まれた。後頭部でバネがはじけたように、今が試合中だという記憶が戻ってくる。1000は、目の前に立ちふさがっている南国の島から眺める景色のような色を迂回した。

モスケンクラーケンを抱えたLKは、六本腕に圧倒されていた。首を絞められ、一本の腕に対して二本の腕が掴みかかっている。

「しっかりして!」

LKともつれ合うモスケンクラーケンを、背後から抱きすくめた。

互いに名前を呼び交わす。

「1000!」

「LK!」

二人同時に力を込め、モスケンクラーケンを上方へ投げ捨てる。追ってジャンプする。空中でさらに攻撃を加えるつもりだった。

そこへ、ライトニングイーグルが割り込んだ。

背中の巨大な翼を羽ばたかせ、矢のように飛来する。1000に蹴りを見舞う。そのまま急角度で進行方向を変え、LKの顔に手のひらを押し付けた。

人工稲妻発生器から発射される雷撃を吸い寄せるティアラがLKの額に装着されていた。

1000はリングに墜落した。

直後にLKが落ちてきた。1000の体にぶつかる。

すでにリング状では雷光が空中にはためく異音が聞こえる。

「危ない!」

とっさにLKからティアラをはずして空中に放り投げる。LKの体に覆いかぶさった。

無数の電撃を受けてティアラは木っ端みじんに爆裂した。するどい破片が周囲に飛散する。至近距離にいたLKと1000には多量の金属片が振りそそいだ。

背中一面を無数の鋭利な炎が焼いた。おびただしい痛覚に貫かれた体が金縛りになる。

LKがあわてて1000の惨状を見る。背中一面に大小無数のひずんだ金属片が食い込んでいた。

「血が出てる! 手当てしないと」

LKは悲鳴をあげた。

LKの腕の中で激痛にあえぐ。そこへライトニングイーグルが襲い掛かる。

「ままごとやってんじゃーあねーえよーお!」

「待ってよ! 怪我してるんだよ!」

制止の言葉ごとLKは吹き飛ばされた。

「バーカーあ! これから死ぬのによーお、ちょっと血が出てるくらいガマンしろよーお!」

ライトニングイーグルが見事な曲線を描きながら飛来した。とっさにリングを転がって避ける。背中が痛みに引き裂かれる。筋肉が板のように硬直し、呼吸が止まった。

すぐそばにライトニングイーグルの膝蹴り(ニーパット)が叩きつけられた。なんとかぎりぎりでかわした。

「じたばたすんじゃねーえーっ!」

重力を無視するかのように、ふたたびライトニングイーグルの体が宙を舞う。次はよけられそうにない。もう一度、背中の傷から受ける苦痛に堪えられそうもない。LKの姿を探す。

視界の隅をモスケンクラーケンと激しくとっくみあうLKの苦闘がかすめた。援助は期待できそうにないことを悟った。

空中のライトニングイーグルを目で追いかける。うなじから下の皮膚がひきつる。フジツボのようにへばりついた痛みの棘たちは執拗に精神力をすり減らそうとする。


(なんでわたしはこんなことをしてるんだろう? 苦しいだけじゃないの!)


疑問と後悔に歯噛みした。割れた奥歯の破片が肉の奥に押し込まれ、目の裏が白く光るほどの衝撃が頭頂まで駆けた。

突き動かされるように体が動いた。わめき声を上げる。

「歯、痛ったあああ!」

床を蹴って空中へ飛び出す。ライトニングイーグルへ突進した。両足蹴りを見舞う。

ライトニングイーグルも素早く両足を突き出した。同じ蹴り技で対抗する。

互いの身体に蹴りが炸裂した。

投げられた石ころのようにリングに叩き付けられた。

「このクソが!」

怪鳥のはばたきが耳を打った。落下していたライトニングイーグルが上昇する。高空からまっすぐ滑り落ちてきた。急角度のキックだった。

体を起こす。

またも傷が吐き出す炎が神経をにからみつく。

痛みを拒否し、無意識に逃れようと筋肉が蠢く。

渾身の力をふりしぼった。

強引に苦痛の信号を頭の隅に追いやった。

胸にライトニングイーグルの靴底が衝突した。内臓が躍り上がる。のど元に胃そのものがせりあがった。嘔吐する直前、のどにまでのぼっていたものを飲み下した。

背後に飛ばされながら、ライトニングイーグルの両脚を手で捕獲する。

過酷な苦痛にさらされながらもかろうじて意識を保っていた。Jの厳しいが酷くはない訓練の成果だった。かすかに自信が湧いてきた。

「ただではやられんじょ!」

背中から床に倒れこみつつ、ライトニングイーグルの足を引っ張った。たおれると同時に後方へ投げ捨てる。

意表をつかれたライトニングイーグルは翼を使うひまもなく、モスケンクラーケンとLKにぶつかった。三人はもつれあって転がる。

「つかまえた!」

LKが快哉を叫ぶ。ライトニングイーグルの翼を抱え込んでいた。同時に片腕をねじりあげる。金銀きらめく光をまとった体がのたうちまわる。

倒れていたモスケンクラーケンが起き上がる姿が見えた。1000は地を蹴った。高々と舞い上がる。六本腕の異形めがけて体当たり(ボディプレス)を見舞う。

悲鳴とともにモスケンクラーケンはふたたびリングに伏した。

「LK!」

ライトニングイーグルの翼と腕をしめあげているLKに声をかけた。

連携技の合図だった。

「1000!」

身軽に飛び上がり、一発の弾丸と化してライトニングイーグルへ突進する。両手を頭の前でX型に組み合わせた。ドリルのように体を回転させる。J直伝のフライングクロスドリルチョップだった。

身動きが取れないと思われていたライトニングイーグルの翼が変形した。体表を粘液に覆われたうなぎのようにLKの腕からすっぽ抜ける。

呆然とするLKは嘲笑が浴びる。

「あめーなーあ! この羽根は作りもんだぞーお? 曲げようと思ったらどうとでもなるんだっつーのーお!」

一瞬のうちにLKとライトニングイーグルの位置が入れ替わった。

「ちょっと! いかんじょ!」

とっさに空中で動きを止めることができなかった。かろうじて腕をほどき、抱きつくような格好でLKに突っ込んだ。

「あでっ!」

「あ痛たぁ!」

くずおれる二人の背後で“神製黄金雨”が有利な位置を占める。

「バーカーがーあ!」

「とっとと死ねェ!」

体が担ぎ上げられた。モスケンクラーケンの六腕でがっちりと宙に固定される。体が弓なりに反り背中に刃物が食い込んだような鋭痛が走る。

「悪夢のカンバセーション、Vol.1!」

上空にライトニングイーグルが舞い上がった。LKの体を両手足で縛り付けている。LKは頭が切っ先となった杭のようにまっすぐ落ちてきた。腹部につきささる。

強烈な衝撃が体の中心を貫く。

かかえきれないほどの重さを持った痛みが腹部に発生した。

すさまじい苦悶に気が遠くなった。猛悪な苦痛の固まりは発生した後も全く衰えをみせず体内に沈殿する。嘔吐がのど元までこみ上げ、顔が熱い仮面をつけたようにほてった。視界がかすむ。体が言うことをきかなかった。心ならずもリングに這う。

屈辱的な瞬間だった。凄まじい苦痛をもたらす“神製黄金雨”に対する恐れと憎悪が肉体の奥に巣食った。

ライトニングイーグルが何かを顔に押し付けた。硬質の感触に、背筋が総毛だった。

「ギュフフッ! 真―あっ黒っこげになって死になーあ」

稲妻を吸い寄せるティアラだった。ぞんざいに顔につけられたティアラは目隠しのように視界を奪う。

モスケンクラーケンのせせら笑う声が聞こえる。

「まずはァ、チビからウェルダンになってもらうぜェ、にきききき」

引き剥がそうとするが、腕の動きが鈍かった。懸命にもがく。焦燥が頂点に達した。

その瞬間、不意に視界が光に染まった。閃光が目を射る。

轟音が会場を震わせた。

LKが柱のように体を直立させていた。するどい痙攣が波のように体を通過する。輪郭が燃え立つ炎で滲んだ。LKの体が燃えていた。

刹那の燃焼に続いて、もうもうと黒い煙がLKを包み込む。灰色の微粒子を薄布のようにまとったLKはばったりと倒れた。その手には砕けたティアラのかけらが残っていた。1000からティアラを剥ぎ取り、落雷を自らの身に引き受けたのだった。

激痛が重石となってくいこんでいる体をひきずってLKの側に赴く。炎と煙はおさまっていた。LKの体中を黒い殻が覆っている。触れるとひび割れ、崩れ落ちた。

「い、いけるで……?」

声が震えていた。背後からの足音がリングをきしませる。嘲りの響きを帯びた声が胸に突き刺さる。

「バァカ! 死んだに決まってんだろォ、こげてんじャんかよォ」

「もろにカミナリ落ちてたからなーあ。人が燃えるの始めてみたぜーえ」

背骨が氷に変じたかのごとき冷たさに鳥肌が立った。同時にほおが炎にあぶられるような熱を感じる。憎悪が鋼鉄の塊と化して体内に生じた。

よこたわるLKを背にして迫る敵へと振り向いた。

二人は陰険な笑い声をあげた。

「オメエーもすぐに送ってやるよーお、地獄でオニ相手に試合してな―あ、ギュフフフフ」

「にきききっ! 赤子の手をひねるより簡単だぜェ。赤子の手をひねるより楽しいぜェ」

頭に血が上った。生まれて初めて憎しみの燃え盛るに心をまかせて声を荒げた。

「やすやすとやられんじょ!」

渾身の力でとびかかる。ライトニングイーグルは身をかわす。脇腹に蹴りを食らった。痛がる暇もなく、モスケンクラーケンの六腕に絡めとられた。必死にもがいても全く通用しない。悔しさのあまり涙が出てきた。

「おとなしく死になァ」

モスケンクラーケンの嘲弄に反抗する。

「死んでも負けは認めんけんな!」

ライトニングイーグルがせせら笑った。

「ひとりじゃどうにもできねーえだろーがあ」

わずかに残った理性的な部分が、まるで駄々っ子のようだと考えながらもわめきちらす。

「そんなことないじょ!」

もみ合う三人の間に、はげしい叫びが割り込んだ。

「ひとりじゃなくねーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

頭上を何かが飛び越えていった。

驚愕の表情のままライトニングイーグルは石像のごとく停止した。翼が羽ばたく。宙へ浮いた。が、すぐにバランスを崩した。LKの絞め技から逃れる際に、片翼の関節をはずしていたためだった。

ライトニングイーグルに黒っぽい人間が体当たりした。金色の髪が獅子ライオンのたてがみに似て逆立っている。

「おいおい! こいつマジかよぉ?」

怒声があがった。墨汁を浴びたマネキンのように見えるものが、ライトニングイーグルの上にまたがっていた。猛然と馬乗りのまま(マウント)パンチを叩き込む。

背中に黒い模様が走っていた。黒く見えたのは縦横に黒の文様が貼り付いている為だった。肩甲骨の隆起が上下するたびに模様がはがれてゆく。

見間違えるはずのない体だった。

思わず叫んでいた。喜びのあまり声が裏返る。

「LK! 怪我は?」

ちらりとLKが振り向いた。

「問題ない! こいつはあたしが引き受けるから」

「ありがとう、LK。わいをかぼうてくれて」

「1000の味方だもん!」

「……わいもおまはんの味方じょ!」

背後から六本の腕が迫った。鋭く垂直に飛び上がる。全ての腕が空を切った。

空中で回転し、モスケンクラーケンの頭に蹴りを叩き込んだ。

よろめくモスケンクラーケンの頭部を両足で挟み込む。体を振り子のように動かした。ヘッドシザースホイップだった。

LKはライトニングイーグルの頭に腕を巻きつけていた。強烈なヘッドロックをかけている。

足の間に固定したモスケンクラーケンの頭を旋回させ、ライトニングイーグルの頭に衝突させた。

見事な連携技を受け、“神製黄金雨”はリングを転げまわった。

リングに放り込まれたティアラをキャッチする。丸く湾曲した冠を平たく伸ばし、プロペラのようにひねりを加える。

リングの外に投げた。

高速で回転し、光の円盤のように見える。観客たちの頭上に飛んだ。

「ど、どこ投げてんの?」

あっけにとられたようにLKは1000を見つめていた。つややかな肌が煤でまだらに汚れている。

両肩をつかんだ。柔らかい肌の感触と体温が手のひらをとおして伝わってくる。思わず訊ねる。

「それより! ほんまにいけるんで?」

LKは察したようだった。

「あ! うん、ほとんど無事だった。ちょっと熱かったけど、あんまりビリビリこなかったよ。髪の毛はちょっと立っちゃったけど付けエクステ部分は無事みたい」

二人にJが注意を促す。

「きっとお前が体中に絵を描くのに使った塗料が、絶縁体だったんだよ。だからほとんど体に電気が流れなかったんだ。だが気をつけろ、次はないぞ!」

“神製黄金雨”がダメージから回復したようだった。いきりたって迫ってくる。

「カミナリとかじャなくてもよォ、フツゥにひねり殺すしよォ!」

「苦しい死にかたが好きみたいだなーあ、リクエスト通りにまったり殺してやるぜーえ!」

ふとライトニングイーグルが首をかしげた。

「あーあ? さっきの連携技であいつらがゲットしたティアラ、どこ行ったんだーあ?」

眉根を寄せて立ち止まる。かたわらのモスケンクラーケンを力任せに突き飛ばした。

「あぶねーえ!」

回転するティアラがふたりの間を通り抜けた。リングに突き刺さる。

二人が異様な察しのよさでティアラを回避した光景に舌打ちする。ブーメラン状に変形させ、時間差で命中するように工夫したのだが、無駄になってしまったようだった。

閃光がリングに瞬いて轟音が鼓膜をつんざく。

焼け焦げた後、ティアラが四散した。

「テメーらーあ、チョーシに乗んじゃねーえ!」

ライトニングイーグルがモスケンクラーケンの背中に飛び乗る。頑丈な六腕を踏み台にして構えるモスケンクラーケンを踏み台にし、高々と上空に舞い上がった。

同時にモスケンクラーケンが走り出す。

すさまじい勢いの体当たりを、LKと1000は二人で受け止めた。左右から腕を抱え、モスケンクラーケンの自由を奪う。

上空から迫るライトニングイーグルへの盾として、モスケンクラーケンを掲げた。

モスケンクラーケンの体をかわし、ライトニングイーグルは場外へ落下した。

リング外にはレフェリー団の待機する席や、特設リングの為の機材がひしめいていた。いまやレフェリーは重傷を負った数人に減少している。そこへライトニングイーグルがなだれ込んだ。空席がなぎ倒される。残ったレフェリーたちは席ごと吹き飛ばされ、固い床に這った。

ライトニングイーグルは起き上がった。ひときわ大きな機械がリングサイドに設置されている。無骨な機械に張り付いているディスプレイとキーボードを操作した。

リングの周囲に鎮座する人工稲妻発生器がうなりをあげる。

ライトニングイーグルは高揚した顔付きでリングに戻った。

「もうティアラとかカンケーえねーえ! 今からココはカミナリ天国だーあ!」

コーナーに設置された機械が不穏な低音を発していた。

空気を裂く音響が周囲を圧する。八つのコーナーポストの上で発声した雷光がまばゆい枝を周囲に伸ばした。ムチのようにリングを痛撃する。

おびただしい稲妻がリングに飛び交った。

LKと1000は雷の網をかいくぐった。血相を変えてリングにへばりつく。頭上をいくつもの雷の槍が通過していった。

「バカじゃねーの? こんななったら自分たちだってアブねーじゃん」

怒りを隠せない様子のLKがつぶやいた。

「残念でしたァ!」

いつの間にかモスケンクラーケンの顔が目の前にいた。地面に伏せたまま、匍匐全身で近づいてきたらしい。

「うちらはよォ、カミナリ落ちにくいようにイオン放射する衣裳を着てんだよねェ。あと、うちはこーゆーのもつけてる」

小さな珠が連なったブレスレットをはめた手首を誇示する。

警戒するように顔をしかめたLKが訊ねる。

「なにそれ? じゅず? パワーストーンとかそういうの?」

モスケンクラーケンは得意げに鼻を鳴らした。

「近いけど違うなァ。こいつはトルマリンリングさァ。電磁波を吸収する鉱石なんだぜェ」

ネヘネヘロアのような自然志向のアートやファッションに多少の造詣をもつLKは、あきれたようだった。

「それって、何十年も前にパソコンができたときに流行った都市伝説じゃん……」

「わいも聞いたことあるわよ。実家の物置で見たことあるけん」

「伝説っつゥことは、スゲェってことだよなァ?」

モスケンクラーケンはご満悦のようだった。ひょいと手を伸ばす。LKの腕をつかんだ。

「テメェはもうあとがねェだろ! ここできちっとつぶすぜェ!」

「ちょっと待ってって!」

蜘蛛に捕獲された昆虫のようにずるずるとひきずられた。LKに手を伸ばす。

「LKは渡さんけんな!」

「あっテメェ! 邪魔なんだよォ」

六腕を駆使し、素早くモスケンクラーケンは地をすべるように動く。蹴りをいれてきた。上空を仰ぎ、なにかの合図を送る。

「わかったぜーえ!」

うちつづく雷鳴にかきけされながら、かすかに声が聞こえた。ライトニングイーグルのものだった。

とっさに上を見た。

ライトニングイーグルは翼を利して照明の構造物にまで舞い上がっていた。リングの雷から避難するためのようだった。そこから、一直線に落下する。1000を標的にしていた。

動くひまもなく、ライトニングイーグルの膝蹴りが背中に突き刺さる。打撃が全身を打ちのめし、痛みで燃える神経が筋肉を石のようにいましめた。

「どーおだよーお、動けねーえのかーあ?」

ライトニングイーグルがほくそえんだ。ぴたりと身を伏せている。

背中に体を歪曲させる痛みが脈動している。業苦を忍ぶ押し潰された呼吸の中、懸命に言葉を投げつける。

「おまはんこそ、わいと変わらんでないで。寝こんでしもうとるでないで。普通にあるいたりできんので?」

ライトニングイーグルは鼻先で笑い飛ばした。

「言ってろ。あとでおまえもパートナーのあとを追わせてやるよ」

親しげなそぶりで言い捨てると、ライトニングイーグルは棒のように体を転がし、移動した。

LKがモスケンクラーケンに組み敷かれていた。激しくもがいている。そこへライトニングイーグルが加わった。首と両肩をモスケンクラーケンがそれぞれ六本腕を駆使して固める。両足はライトニングイーグルが四の字固めで極めた。LKが完全に身動きできない体勢のまま、上空に持ち上げる。

リングには無数の雷電が走っている。今、そのただ中に宙吊りにされることは猛烈な電撃に生身でさらされるということだった。

胸が押さえつけられるような重圧にきしむ。このまま傍観していればLKが殺されるのは間違いなかった。もはや一刻の猶予もない。

起き上がった。

殴りつけられるような衝撃を脇腹に食らった。小さい雷が当たったようだった。

何も考えなかった。行動だけに意識を集中する。

走った。

ふたたび切り裂かれるような痛みと熱さが体に食い込んだ。

低く宙を飛ぶ。

LKにドロップキックを見舞った。

リングに落ちるLKを視界の隅で確認する。

モスケンクラーケンとライトニングイーグルの間に転がった。

「フザっけんじャねェぞォ、コつラァ!」

ふたりは失望したような表情で1000を見ていた。

「あと少しのところでよーお!」

激昂する二人に嘲笑を投げつける。

「甘いわよ、今度はおまはんらが燃えな!」

二人の手足をそれぞれ手でかたく握り締める。その場で立ちあがった。

おびただしい電光が周囲を埋めていた。光の珠の中に顔を突っ込んだかのようだった。

全身が高熱につつまれた。視界が閃光に埋め尽くされた。脳裡を錯綜した光の模様が明滅する。

体を構成する大量の細胞ひとつひとつがはじけてつぶれるようなするどい痛みをいっせいに訴えた。もはや体のコントロールを全く失っていた。ひたすら苦痛に翻弄され、ただもがき狂う。

「いだだだだだだだだだだだだ!」

へばりついたように開かない手の先でモスケンクラーケンとライトニングイーグルものたうちまわっている。

「わばばばばばばばばばばばば!」

「うびびびびびびびびびびびび!」

舌の奥に奇妙な味が湧いた。頭の中から鼻を刺す匂いが漂ってくる。もうもうとたちこめた黒い煙で真っ暗になった。

急速に周囲から音が吸いこまれるように消えてゆく。

足元から灼熱が這い登ってくる。朱色の光がちらちらと躍った。

いきなり、視界が回転した。

気がつけばLKの腕の中にいた。

どこにいるのか、何をしているのか思いだせずに混乱した。

「LK? ……わいはいったい……どうなったんで?」

痛みが急速にひいてゆく。安堵につつまれて全身が弛緩した。恐ろしく長い間、苦悶していたような気がした。あたりの喧騒がじんわり耳に戻ってきた。

「ちょっと感電したみたい。平気だよ」

1000はLKにだきすくめられ、コーナーの角にうずくまっていた。Jの声が耳を打つ。

「ヤベーぞ、おい! とうとう火がついちまった」

オレンジ色の炎がリングの中央で輝いていた。火焔をつつむ陽炎が立ち昇りながら黒色の煙に変じてゆく。うねる光の柱は瞬く間に伸びていった。

会場の空気を食らってあふれ出す煙に息がつまる。

けたたましく騒音が鳴り響いた。腹の底から原初的な恐怖を掻きたてる不安定な非常アラームの音だった。

ほおに冷たい感触が生じた。同時に全身に水滴が降り注ぐ。会場に驟雨が到来していた。スプリンクラーが作動したようだった。

人工稲妻発生器は水分によって破損したのか、沈黙した。

炎がまたたき、ゆらめきつつ縮んでゆく。白い水蒸気が霧のようにリングを覆った。ライトの光線が微小な水の粒子のただ中を貫通し、周囲に虹の環が浮かび上がった。

特設リングを構成しているカゴの柱の間を覆っていた壁が開いた。会場の煙が外に流れてゆく。柱のすきまから青い空が見えた。

体中がずぶ濡れだった。皮膚の上にこびりついていた焦げて真っ黒になったネヘネヘロアの塗料が流れ落ちる。LKも、全身の煤が洗い落とされ、もともとの日焼けした褐色の肌があらわになっていた。

リングの火が消える。中央にこげあとが丸く残っていた。

赤コーナーに“神製黄金雨”がうずくまっている。LK、1000と同じく、まとっていた衣裳とマスクは感電によって炭化し、ほとんど裸になっていた。義肢や翼は無事のようだった。

モスケンクラーケンがわめく。

「テメェら、やってくれたじャねェか! こっちにまで感電させやがって、ここまでやった以上もう楽にコロスとかはゼっテェねェからなァ!」

ライトニングイーグルが毒づく。

「これで試合が中止になるとか甘ぇーえこと考えてんじゃねーぞーお? うちらは死ぬまでやるかんなーあ! 電気で死んだほうがよかったって後悔させてやるぜーえええ!」

二人の姿を目にした瞬間、驚愕のあまり目を見張った。

LKも同様だった。背後からJの驚きのあまり裏返った奇声が聞こえる。

「ああ~~っ! おまえら、カレー屋の店員じゃねーか」

Jの指摘どおり、モスケンクラーケンとライトニングイーグルの素顔は、なんども近所のカレー屋で顔をあわせたことのある店員のものだった。Jにサインをねだったこともあるパラレスファンの店員がモスケンクラーケン、一緒に独立してカレー屋を経営することになった友人がライトニングイーグルだった。

LKは驚愕の声をあげた。

「ホントだよ、何やってんだよこんなことでさぁ? バイト?」

昨日きにょうカレー屋で会うたばっかりやと思とったのに、もう独立したんで?」

“神製黄金雨”の二人は憑かれたように1000とLKに目を釘付けにされていた。尋常ではないほどに切羽詰った目つきから、驚愕と混乱が伝わってくる。なぜ自分たちの正体が突然ばれてしまったのか全くわからないようすだった。背後のIXが教える。

「あなたたち、ほとんど裸よ。衣裳が水で流れちゃったのね」

ほおを赤らめたモスケンクラーケンは胸元を手のひらで覆った。緑色のボディスーツに締め上げられていた肉体は、拘束がなくなって見ると意外にふくよかだった。

ライトニングイーグルは日に焼けて引き締まり、筋肉以外をそぎ落としたかのような峻烈な肉体の持ち主だった。ふたりとも、大急ぎで胸や股間のシールを貼りなおしたり、位置を確認したりであわただしい。

少しして、“神製黄金雨”はどうにか威勢を取り戻した。

モスケンクラーケンがふてくされたように言った。

「毎度ありがとうございまァすってね!……つってもさァ、うちらが独立するってェのはレスラーとしても! だぜぇ? もちろんJさんは今でもおれの神様だぜっ、だが“二人の女神こいつら”はぶっ殺す! シロートの分際でJさんに目をかけられてんじャねェぞォ!」

ライトニングイーグルはゆがんだ笑みを浮かべる。

「これからもごひいきのほど、よろしくお願いしまあーあっすーう!……てかあーあ? プロレスだけじゃーあ食ってけねーえんでねーえ、独立してカレー屋するってーえのは本当だぜーえ。だがよーお、その前にリングで! レスラーとして! やらなきゃいけねーえ事が残ってるんだよーーー!お!」

気迫に圧倒された。LKは戸惑ったようにつぶやく。

「やらなきゃいけないことって?」

LKに続いて負けじと怒鳴り返す。

「やらんといかんことが人殺しやゆうんで? テロや言いよんで? ごじゃ言われんじょ、自分の勝手で人様に迷惑掛けるんもええ加減にしない!」

「何もわかんねーえくせにうるっせーえんだよーお!」

ライトニングイーグルが咆えた。

モスケンクラーケンの体がリングに横たわる。ライトニングイーグルが背中に飛び乗った。六本の腕と足を駆使し、モスケンクラーケンは想像を超えた速度でリングを這う。

勢いのついたライトニングイーグルが飛び上がる。

迎え撃とうと身構える。背中の翼で縦横無尽に飛行するライトニングイーグルに対して、空中で多少動ける程度では無力に等しい。

意を決してロープに飛んだ。

トップロープに乗り、体重をかける。ロープが伸びた。ロープの張力によって空中に勢いよく弾き飛ばされる。

矢のような高速でライトニングイーグルに迫る。空中での自由さで劣るなら、動き回る以前に捕捉してしまおうとの考えだった。両手を広げる。

が、ライトニングイーグルは簡単に1000の突撃を回避した。近づくことすらできなかった。空中で体勢を立て直そうとあがく。その背後に、ライトニングイーグルが忍び寄っていた。

「お粗末なもんだなーあ、ええーえ? おいーい。そんなしょぼいことやっててよーお、うちらに勝てるとか、ちょっとでも思えるのかよーお?」

背骨が折れるかと思うほどのショックが背中を痛撃する。ライトニングイーグルの攻撃だった。

「テメーえなんかうちらに手出しひとつできねーえだろーおがーああ!」

次々と叩き込まれる打撃にのたうちまわった。しかし、空中では抵抗もままならない。

突然、体がなにかに衝突した。破壊音とともに体の動きが止まる。

体がなにかに絡めとられた。ほこりと金属の匂いが鼻をつく。得体の知れない物体と接している部分を高熱が焼いた。

「熱っつう!」

手足をばたつかせる。手足に食い込んでいた物体を引きちぎった。すぐそばで太いケーブルからぶらさがった巨大なライトが振り子のように揺れながら垂れ下がった。光が点滅する。

リングを照らす照明は平たいジャングルジムのような金属棒を組み合わせた基盤に、いくつものライトをぶら下げている。その金属棒の内部に1000は捕らわれていた。下には八角形のリングが見える。

ライトニングイーグルに照明器具まで蹴り上げられていたようだった。すでに敵の姿は近くから消えていた。

眼下のリングでLKがモスケンクラーケンに関節技をかけられていた。そこへライトニングイーグルが加わっている。

モスケンクラーケンが手足を使って、LKを磔刑のように両手両脚を広げさせる。

「悪夢のカンバセーション Vol.2、斜め十字磔刑エックス・クルセフィクション!」

無防備になった腹部に、ライトニングイーグルが滑空し、通常よりはるかに加速したフライングヘッドバット(飛翔頭突き)を見舞った。

LKはリングに突っ伏し、嘔吐した。

「待ちない、卑怯じょ!」

頭が燃えるように熱くなった。目の奥に光が点ったかのように視界がまぶしく見える。

体を抑えつける金属柱を押しのけた。異音を発して金属の格子が裂ける。いましめから自由になった。

一瞬、かつて天Tのマンションから飛び降りたときのことを思い出した。背筋の寒くなる絶望とやり場のない焦燥が再生する。

わだかまる不快感に体がひるんだ。すぐに思い直す。


(これはわたしだけの戦いじゃない! わたしとLKの戦いなんだ!)


逡巡を振り払い、リングにむかって飛び降りた。

ライトニングイーグルが降下する1000へ目を向けた。翼を広げて飛び上がる。

敵の接近を身構えて待った。

高揚した笑みに顔をゆがませたライトニングイーグルが翼をはためかせて近接してきた。隙をうかがうように周囲を巡る。

背後に移動したライトニングイーグルが肉薄した。その瞬間をねらいすまし、後ろ蹴りを放つ。

ライトニングイーグルは蹴りを両手で受けた。

体を回転させ、横蹴りを繰り出す。

1000の蹴撃を身軽によけたライトニングイーグルはするどいパンチを放った。続けて蹴りつけてくる。緊密に構成されたコンビネーションだった。

ライトニングイーグルからの突き、蹴りを左右に払いのける。攻撃をさばきながら反撃する。

空中で無数の打撃が飛び交った。

みぞおちに拳が命中した。爆発する痛みのショックとのどが引き絞られたような呼吸困難の苦しみが襲いかかってきた。

こめかみにボクシングで言う鉤打ち(フック)気味のパンチが炸裂する。意識の輪郭がにじんで外界と混じりあったような気がした。

ライトニングイーグルの強烈な回し蹴りが脇腹を横に薙いだ。焼けるような苦痛が膨張した。肋骨が折れたかもしれない。

体が苦痛でこわばり、思うように動かなくなった。

石のように硬直した1000に、ライトニングイーグルは情け容赦ない攻撃を雨あられと降らせる。

体中の神経が苦痛に痺れた時、ようやく一方的な攻撃から解放されたかに思えた。

しかし、ライトニングイーグルは手早く1000の体に手を伸ばした。自分の両手両脚を駆使し、相手の背中側へと両手両脚をたわめる。吊り天井固め(ロメロスペシャル)・極め落とし(スマッシャー)だった。

下方にはモスケンクラーケンが待ち構えていた。

技をかけられた1000が下となり、その上にライトニングイーグルが乗っている格好になっている。リングが急速に接近したとき、モスケンクラーケンが二人に飛びついた。六腕を生かした強力な投げ技で、二人をリングに叩きつける。

「悪夢のカンバセーション Vol.3、釣鐘落とし割り(ハンギングベル・フォールダウン・クラッシャー)!」

リングに極限まで折り曲げられた胸部を叩きつけられ、心臓が止まりそうになった。呼吸が不規則になり、立て続けに鼓動が打ち鳴らされる。手足が重みを増して動かなくなった。

力なく横たわる1000とLKを、それぞれライトニングイーグルとモスケンクラーケンが担ぎ上げる。

なすすべもなくライトニングイーグルに空中に投げられた。

肌をなでる風の感触が収まったと同時に、背中を衝撃が突き上げた。飛び上がったライトニングイーグルの頭突きだった。

反り返った背中にライトニングイーグルは肩をあてがう。首に片腕を環のようにひっかける。もう片方の手を自分の背中側に回し、1000の片足を抱えた。

「こいつでくたばれ! 暴風固め(ハリケーン・リッジ)・スマッシャー!」

ライトニングイーグルは勢いよく降下する。

リング上のモスケンクラーケンはLKの体を向かい合わせて逆さに保持していた。LKの両脚を脇にはさみ、ひざへダメージを与えるように最上部の腕を絡めている。真ん中の腕と最下段の腕でLKの両腕を固めていた。

リングをけり、高々と空中へ飛ぶ。

「とどめだぜー! 大渦巻固め(メイルシュトローム)・スマッシャー!」

両脚が首を挟んで締め付けた。

空中で二つの極め技が重なった。

ライトニングイーグルがモスケンクラーケンに肩車される体勢になった。

「悪夢のカンバセーション、Vol.4! モンスターズ・ジャッジメント!」

“神製黄金雨”の連携技によって四人は一体の落下物と化した。リングに叩きつけられる。苛烈な破壊力が全身をつらぬいた。体内に充満した苦痛に意識が翻弄される。

リングの端に投げ出された。

まだ正気が残っていることを不思議に思いながら、歯を食いしばった。逃れることのできない痛覚の大波にのたうちまわる。

ライトニングイーグルは転倒していた。モスケンクラーケンは、リングのキャンパスに下半身を咥えこまれている。

二人が連携技で着地したのは、落雷で発火して丸くこげた場所だった。烈しく燃えた部分から耐久力が喪失したため“神製黄金雨”の技によって大穴が空いたようだった。真っ先にリングに接触したLKは穴の中に消えていた。

激痛に絶えず切り刻まれている肉体をひきずり、リングを這った。逃げたい一心だった。場外に転落する。

冷たい床を進む。頬に鋼鉄の感触がしみこんだ。顔はこれまでの激しい戦いで熱く、はれぼったかった。

たてつづけに敵からお見舞いされた連携技のオンパレードはこれまで想像したこともない破壊力で肉体を侵食しているようだった。

ダメージが全く回復しない。体がまともに動かない時間が恐ろしく長かった。もしかするとこのまま徐々に体が弱体化し、死んでしまうのではないかと危惧すら抱いた。

ついに前進をやめた。

もう気力が尽き果てていた。これ以上の壮絶な闘争に耐えていけそうになかった。LKの姿も見えず、観客は凄惨すぎる試合に言葉を失い、全身は悲鳴をあげていた。

なにより、“神製黄金雨”の二人組に勝てそうな希望が全く持てないことが精神を萎縮させていた。

ついさっきの試合展開を思い出す。

ほとんど手も足も出せず、いいようにやられっぱなしだった。

二人の実力が圧倒的に自分を上回っていることを認めざるを得ない。楽観的な見通しは根こそぎ吹き飛んでいた。思考が動きを止め、茫洋とした諦観が頭に広がった。


(ダメだ……ダメだよ

……絶対勝てない。なにをやっても勝てそうにない。結局、負けるんだったら、つらいだけだったら……

……早めに終わったほうがいいじゃない……

結果が同じなんだったら、苦しい時間が長いほうが損だし……もういやだ。早く終わって……)


まぶたを下ろす。

世界が暗転する。

遠ざかる潮騒のように周囲の音が消えてゆく……。

ふと、体内の中心で何かが爆発したような感覚をおぼえる。

なにげなく聞き流していた物音が鼓膜を震わせる。外部からの刺激が神経を伝わって脳へ伝達される。神経を通る微弱な電気信号の内容が脳内で解釈され、意味を成す過程が半ば惰性で緩慢に実行されていた。

心に突然まばゆい光が灯った。

「ねーちゃん、起きろよ!」

弟の声だった。

とっさに体を起こし、声の方向を見る。

一目見ただけでは信じられなかった。

目の前に弟と両親の姿があった。

唇が震えた。様々な感情で胸があふれ、言葉が出てこない。

すねたような横顔しかみたことがなかった弟がまっすぐ怒ったような表情を向けていた。

「オマエ、さっさと起きねーと、殺されんだろー!」

「おまはんだけでも、はよう逃げない」

母親が急き込んで言う。周囲の観客の目に配慮しているのだろうか抑えた声音で、しかしはっきりと言った。

「わいらはええけん、はよう!」

無意識に言葉が口から流れ出る。

「なんしに、こんなとこおるんで?」

「おまはんの会社の社長から招待券が来たんじょ。おまはんが心配やったけん」

母親が説明した。となりに立っている父親が怒鳴りつけてきた。

「なにもたもたしよんぞ! さっさと逃げんで! 人のことなんか気にせられん、わいらはわいらでなんとかするけん、おまはんは行きない!」

顔を伏せた。なぜか涙で目がいっぱいになってしまったからだった。手の甲で目をこする。

急に湧き起こった力によって立ち上がった。

自分を見守る三人の家族に言う。

「わいはまだやめんけん」

両親は血相を変えて同じことを繰り返す。弟は不思議そうにいくぶん敵意の混じった視線を向けていた。

静かに言う。

「なにを言うても気持ちは変わらんじょ……でも、ありがとう。わいうれしかったけんな」

きびすを返し、ふたたびリングを目指す。


(もう負けらんない! 勝てなくても、せめて刺し違えることができれば……逃げることだけは絶対できない!

だってわたしは……

皆を守らないといけないんだから!)


痛みの残る足をひきずりつつ走る。

空から発散されるただならない気配を察知した。本能的に鋼鉄製の床に身を投げる。

轟然と風を切る音が背中に迫った。

頭上に目を転ずると、高々と舞い上がるライトニングイーグルの影が見えた。

足元の床がどしんと振動する。モスケンクラーケンの声が聞こえる。

「待たせちまったなーあ? 楽にしてやんよ!」

足首をつかまれた。強烈な握力がくるぶしを締め付ける。

捕獲された足を支点にし、宙に体を浮かせた。

全身のバネを使って蹴りを放つ。モスケンクラーケンの鼻先にかかとを叩き込んだ。

一瞬、足首を圧迫する拘束が弛んだ。

強引に足を引っこ抜いた。

立ち上がりざま、さらに蹴りを繰り出した。手で顔を覆っているモスケンクラーケンののどに足先を突き刺した。

濁った声を絞り出し、モスケンクラーケンはその場でくずおれた。

リングに駆け上がった。

コーナーポストの側で、JとIXがなにか言い争っているようだった。マスクをつけているJの表情はうかがえないが、その声音から激昂しているようすだった。

対するIXは普段とほとんど変わらない温厚な態度を崩していない。ただ、異常なまでに執拗な頑迷さがほの見えた。

1000に気付いたJが声をかけてきた。

「大丈夫か? 邪魔が入って助けにいけないんだ!

こんな一方的なリンチをこれ以上続けることは! 絶っっっ対! に! 許せん!

が、“九本脚”たちの同意がないと試合中止はできないだの、セコンドが選手に手を貸すとそこで試合放棄とみなすと言い張るんだよ!」

「試合を放棄したら、どうなるんで?」

Jに質問した。IXが澄んだ声で返答する。

「そちらの敗北になりますので当然テロは実行します。

すでに某方面から前払い金を頂いておりますから、ここは譲れませんのよ。でも選手生命と引き換えなら、テロに協力していただいたということで、“二人の女神”二人の命だけは助けて差し上げますわ。

いかがでしょう?」

あまりに過酷な条件に絶句する。半ば自暴自棄になったかのような乱暴な口調でJが言う。

「どうする? もう君が試合放棄しても俺は何も言わん! こんな理不尽な要求、呑むことはない!」

IXが穏やかに反論する。

「理不尽とおっしゃいますが“ネオパラレスユニオン(NPU)”代表としては当然の判断ですわ。

あなた方の協会とは違って、より選手の意志を尊重することを理念に掲げる私どもとしてはやっぱり選手の明確な同意がなければ試合の中止や放棄は認めるわけには行きませんのよ。今はレフェリーが全員、怪我で席をはずしていますし、仕方がありませんわ。

選手はいるのにレフェリーの都合でパラリンピック出場のスケジュールを変えてしまうわけにも行きませんしね。世界的な大会ですもの。ローカルな私どもの事情を影響させることはできませんでしょう?

それをまるで私が強引に既成事実を作って認めさせようとしているかのようにおっしゃるなんて、被害妄想ではないのでしょうか? 

それに、選手の意思を確認するにしても、そんな言い方はよくありませんわよ。大先輩のJに命令されたら、あんな素直そうなかわいらしい女の子、はいとしか答えようがありませんもの。

ねぇ? いかが?」

JがIXに向って声を荒げる。

「生憎だけどな! このメスガキどもはおれの言うことなんかなんか何一つ素直に聞き入れたことは一度だってないんだよ!」

IXは珍しく温和そうな表情を崩して苦笑を浮かべる。

「人望ないのねえ。味方も多いけど、敵も多いのね。そこはずっと変わらないのねえ」

会話に割り込む。

「Jさん! LKはどこで?」

「まだ穴の中だ」

Jはリングの中央に空いた大穴を指さした。

返事も返さずに焦げた穴の縁に膝を突いた。背後からJの声が追いかけてくる。

「探してやってくれ! でもその前に一言、試合放棄に同意してくれないか? こんな惨い戦いは終わりにするんだ。こんなものはパラレスの試合じゃない」

断固として答える。

「いやじょ! わいはやめんけんな!」

感心したようにIXが言う。

「本当に言うこと聞かないのねえ」

「ああ~っ、もう! ホンット~にわかってないな! だから女子供の意見なんか聞くのはいやなんだよ!」

いらだたしげなJから顔をそむけて穴に飛び込んだ。

リングの下は真っ暗だった。

重い液体にくるぶしまで沈んだ。のどに刺激を与える臭気が絡み付いてくる。

リングの下にクッションとして充填されている“高分子製圧力固化流動体ハイ・ポリマー・ウーブレック”だった。

通常は液状だが、強い力が加わると瞬間的に固形に変化する特殊な物体だった。通常はクッションとしてレスラーがジャンプする際の補助として働き、極め落としスマッシャーなどの激しい衝撃を受けたときは、衝撃を支える頑丈な構造物となる。それがリングの破壊とともに流出していた。

リングの表面が燃えた際に材質が変性し、“モンスター・ジャッジメント”の衝撃を支えきれなかったようだった。リングの下にタイルのように敷き詰められた容器から容器から流出していた。

リング下は薄い壁に囲まれて箱状になっており、液体は内部にたまっている。

「LK! わいじょ、1000じょ! 生きとるで?」

暗闇の奥からひびわれた声が流れてくる。

「ここだよ……」

しだいに目が慣れてきた。黒い粒子が画像を覆っているような視界の中、手足を投げ出すようにLKが横たわっていた。体の半分が液体に浸かっている。

「身体はいけるで?」

「ひどい……もう動けない。頭とか首とか肩とか腰とか、もう全部がヤバい。もうちょっとでマジで死んじゃうよ」

喜怒哀楽が激しく、常に活力がみなぎっていたLKの顔が虚ろだった。あえてそれには触れずに話を続ける。

「Jさんは、試合放棄してもええって言いよったけんどな。わいら二人の命だけは助けてくれるんやと」

「好きにすればいいよ。あたしはここでリタイヤ」

「行くでよ。こんどこそあいつらを倒すんじょ」

「……ヤダ。もう疲れた。飽きた。全部どーでもよくなっちゃった。もう試合放棄しよう(やめよう)よ」

「無理でもやらんといかんときもあるんじょ。観客を守らんといかんだろ。さっきわかったんやけんどな、わいの家族もおったんじょ」

「でもあたしにはカンケーなくない?」

「LKのファンがおるだろ」

「うれしいけど、ファンの人って結局は赤の他人なんだもん。ファンとあたしの間には壁がある。ビジネスだから壁が必要だし、壁の穴からのぞいてるようなもんだよ、お互いに。不毛なの」

「Jさんもおるでないで」

「別に死んでもいいよ。むしろあたしが死ぬときは一緒に死ねってカンジ」

「シスターは家族みたいなもんと違うんで?」

「確かにIX姉はお母さんとかお姉さんみたいなものだけど、だからって執着ないし。なんか敵になってるし、ムカつくからどーでもいい」

「人の命がかかっとるんじょ!」

「命、いのちってね、それこそ一番どーでもいいよ。どうせなくなるもんなんだから、遅いか早いかの違いじゃない」

「LKは割り切れるかもしれんけんど、皆が皆そうでないんと違うんでないで? そういう人たちがみすみす死ぬんを見過ごしてもいいんで?」

「割り切れる、割り切れないで比べても意味がないよ。死ぬって自分の気持ちとは関係ないとこで降りかかってきたりするものじゃないのかな」

「そうかも知れん。けんどな、助けられるかもしれんもんを、そのまま放っておいてもええんで? すぐに死なんですむんだったら、割り切れん人は残念な気持ちにならんでもええだろ?

かわいそうと思わんで? 時間が経ったら割り切れるようになっとるかも知れんでよ」

「あたしはそーゆー人を別にカワイソーとか思わない。カンケーない」

「わいも割り切れん側じょ? まだまだ死にとうないし、パラレスで活躍したいけん。それでもカンケーないって言うんで?」

「じゃあ、どうしてカンケーあるって思うの?」

「LKはわいのことを好いてくれるって言いよったでないで。それに……」

ためらいが生じた。しかし、もうここで多少の見栄を取り繕っても意味がないと気を持ち直した。深呼吸するようにはっきりと言葉を吐き出す。

「わいは、LKが好きだからじょ」

くたびれた麻布のようだったLKの顔にわずかに表情が動いた。LKが探るような眼差しを向ける。からかうような響きが言葉に混じる。

「……そんなの、天Tと仲良くなったら吹っ飛んだでしょ!」

「そんなことないけん」

即座に否定した。真実だった。

LKの能面のような無表情は申し訳なさそうな卑屈な表情に崩れる。

「……あたしがJさんのことを好きでも?」

「かまわんでよ。LKはLKで好きにしたらええんじょ。何をしても、わいはLKを許すけんな。何があってもLKはわいにとって一番大事な人なんじょ」

ゆるぎない確信をもって断言した。以前は苦悩の種になったことは、今ではささいな出来事に過ぎないと思うことができた。

放心した様子でLKはつぶやく。

「あたしはそんな人には縁がないとずっと思ってた」

「そんな人?」

「見返りなしで……しかも迷惑かけちゃっても好きでいてくれる人」

「わいでよかったら」

妙な気恥ずかしさがこころの隅をかすめる。まるで今は愛の告白のようだ。

見失っていた親を発見して必死にすがりつく子供のような顔でLKは問いかける。

「……信じていいの?」

「ええじょ!」

おそるおそるLKが手を差し出す。

「1000のためにやるよ」

「おおきに……」

LKの手をしっかりと掴み取った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ