孤独な少年と傍観者と狼青年
金田有一はただ歩いていた。自分に存在価値を見出せない少年は下を向きながら歩いていた。
僕は何のために生まれてきたのだろうか。僕は今何をやってるのだろうか。僕はどうしてここにいるのだろうか。楽しかった思い出なんてあっただろうか。小学校の時から周りから馬鹿にされてきた。中学校に入ればそれも変わると思っていたのに何も変わらなかった。小学校時代からの同級生がいたせいで周りからはばい菌扱い、不良たちには脅されて、金を奪われた。万引きもした。私物を壊されたりもした。もう僕はすべてに絶望したのだ。最後の希望であった高校もこのありさまだ。
金田はD地区からC地区に来たが、森をひたすら歩いていたが、敵の何人かが森に入ってきたのでばれないように森を出た。すると、今度は味方の生徒を何人か見かけてさらに恐怖した。そして、B地区とC地区の境を歩いていた。
怖い。僕は何でここにいるんだ。何がしたいんだ。ただ、歩きたいだけかもしれない。誰にも邪魔されないでただ歩きたい。そうだ。僕はただ歩きたいだけなんだ。
金田は無意味に歩き続けていた。その時、金田はある物を目にした。歩いている方向に黒いボックスを見つけたのだ。
何だろう? あの黒い箱。
金田はその箱に興味を覚え、徐々に近づいた。数分後、金田はその箱の表示画面に気がつき、自身のクラス番号を入力し始めた。すると、ボックスの外装が転送され、代わりに指紋認証機みたいなものが現れた。すると、ブレスレットから声が聞こえてきた。
「シークレットアイテム作動します。この装置は生徒の所属チームを変えることができます。手形の指紋認証機に自信の手を乗せるだけでチーム変更が可能になります」
それだけ言い終わると、声は自然に止んだ。
別にどうでもいいやチーム変更なんて。僕には関係ない。
金田は何のためらいもなく、その場を去った。そして、当てのない歩行を始めた。金田はただひたすら歩き続けた。数十分後、彼は何もなくただ歩き続けた。しかし、彼にとって最悪の出会いがこの後待っていることに彼は気がついていなかった。
「よ、金田。久しぶりだな」
金田は恐怖を覚えた。背筋が凍った。頭の中の脳機能が停止したかのようであった。金田は後ろに良く知っている人間が立っていることは分かっていたが、恐怖のあまり、後ろを振り向けなかった。すると、その生徒は金田の背後に着々と迫ってきた。金田にとっては恐怖が迫ってきたみたいだった。
「さっきはよくもやってくれたよな」
その生徒はわざとらしく易しい言い方で言ったが、その言葉には悪意がこもっていた。金田はあまりに怖かったので後ろを向けなかった。すると、その生徒は金田の背中を思いっきり蹴り飛ばした。金田はコンクリートの道端に倒れこんだ。
「ごめんな、金田。でも、お前がいけないんだよ。俺を裏切るなんて、いい度胸してんじゃん。な、そうだよな。おい、ちゃんと聴いてんのか、おい」
その生徒はうつ伏せで倒れている金田の背中に右足で踏みつけた。
「このくそが」
その生徒は足に力を加えた。
「ご、ごめんよ、上野君。僕が悪かった」
金田は涙ぐみながら謝罪した。
「そんなことで、俺が許すと思ってんのかよ」
上野は背中に乗っていた右足を使って、金田のあばら骨を蹴り飛ばした。金田はその反動でうつ伏せから仰向けになった。そして、上野は再び右足で金田のお腹を踏みつけた。
「俺はお前のせいで一度リタイヤしたけどよ、誰かが俺を再試合できるようにしてくれたってわけだ。だから俺は今俺を倒したやつを倒そうとしてるわけ。分かるよな」
上野は右足に体重を乗せた。
「だったら、僕を銃で撃てばいい。そうすれば、僕はリタイヤできる」
金田はお腹の痛みに耐えながら訴えた。
「リタイヤする? 俺がそんなことさせるかよ。お前の人生をリタイヤさせてやるよ」
上野は右足を浮かせて金田の腹にいきよいよくたたきつけた。金田は痛みに苦しんだ。
「お前は俺を裏切った。あんなにやさしくしてやったのにお前は俺を撃った。攻撃した。俺より、敵の女を助けた。これはゲームだ。別に俺は死なないし、お前も死なない。ただゲームオーバーになるだけだ。でもな、俺を裏切った。お前は俺を裏切ったんだ」
上野は憎悪に満ちた顔になっていた。
このままじゃ、僕は半殺しにされる。上野君をリタイヤさせるしかない。でも、怖い。僕は怖いんだ。
金田は上野の右足で攻撃され続けた。すると、女性の声が聞こえてきた。
「やめなさいよ。このゲームは暴力はなしでしょ」
放送部の中村がカメラを持ちながら叫んだ。
「はあ、なんだお前、女は黙ってろよ」
上野は中村に悪態をついた。
「僕が悪いんだよ。全部僕が」
金田は自分を責めた。
「何言ってるのよ。暴力をする人間なんて最低よ」
「うっせー、くそが」
上野の暴力は止まらなかったために、中村はそれを止めに行こうとすると、
「少しでも近づいてみろ、そしたらお前は試合を邪魔したことになるんだぞ」
中村はカメラで暴力シーンを撮影しながら、どうするべきか迷ってしまった。
普通ならここで止めに入ればいいのだろうが、カメラで撮影したい気持ちもあるし、このゲームの邪魔をしたくはない。
金田はポケットの銃を取り出し、上田に向けようとしたが、蹴りを入れられて、銃を離してしまった。
「やっぱり、俺を嫌ってるな、こそくなやつめ」
上野の暴力は止まらない。金田はすべてを諦めたような顔になってきた。
「おい、そこの金髪」
金田にとってはあまり聞きなれない声が聞こえた。
「誰だ?」
上野は声が聞こえた方角に顔を向けたが次の瞬間、レーザー光線の発射音とともに上野は消えてしまった。金田は体が痛くて上体を起こすのに時間がかかった。中村はカメラを声がした方角に向けた。
「哀川君」
金田は正一が助けてくれたことに気がついた。
「どうも」
正一はそう言ってその場を去ろうとした時、中村が
「二人は敵同士でしょ。戦わないの?」
と聞いてしまった。
「あ、そうだったな」
正一は金田に銃口を向けながら、近づいてきた。すると、正一は銃をポケットにしまい、金田が離してしまった銃を拾い上げた。
「これがなければお前はリタイヤしたと同然」
と言って金田の銃を右手に持ったまま、その場を離れようとしていた。
「倒さないの?」
中村はカメラで撮影しながら、正一に訊いた。
「だって、金田がリタイヤしたら、転送された場所でまた同じ目に遭うだろ。いくら俺だってそんなことはできないよ」
正一は左手にシールド、右手に金田の銃を持ちながら、再び歩き出そうとしていた。
「だったらもう一つ質問があるんだけど?」
中村が正一に訊いた。
「さっきブレスレットで話があったチーム変更の件だけどチームを変えるってことはしないの?」
「あ、さっきのやつね。この近くにあるんだっけ。俺はチーム変更しないよ。面倒くせーもん」
「でも、ルーズドックって負けそうだって訊いたけど?」
「負けたっていいよ。修学旅行になんて興味ないしね」
正一はそれだけ言ってその場を離れた。
「大丈夫、金田君」
中村が歩み寄った。
「うん、ありがとう」
金田は痛みを堪えながら必死に起き上がった。
なんか少しだけ楽になった感じ。僕は自由になったのか。武器は持ってないから戦いをしなくてもいい。でも、リタイヤする必要もない。とても自由だ。僕は。
金田は急に歩き始めた。何のあてもなくただ歩きたい。何かから解放された感じ。
中村は、歩き出した金田の背中をずっと眺めていた。




