恐怖の再会
部活が終わってほっと一息。杏は近くのコンビ二でペットボトルのお茶を買って、公
園で一人ただずんでいた。
ここは自然が多くあって一番心が安らぐ場所だ。家へ帰っても、母親は仕事に出かけ
ていないので、すぐに帰っても仕方ない。だから塾がある日以外は、よくここへ来るの
であった。学校が終わってしまうと、杏は何だかとても空しくなる。学校では大好きな
智樹もいるし、仲の良い麻耶やテニス部の仲間がいる。だから夕方以降は杏にとって、
全く不必要なものだった。
「杏、元気だった?」
どこからか聞き覚えの声がした。とても懐かしい声。幻聴のような気もしたが、杏の
前に人が立っていたので、そうではないとわかった。
「あなた誰?」
「私のこと覚えてない?嘘でしょう。でも昔と雰囲気が変わったから、わからなくても
仕方ないか」
呟くように派手な女は言った。
「私、メグミだよ。中学生時代仲良くしてもらったメグミ」
「嘘でしょ?」
メグミという名前に杏は足がガタガタ震えた。どうしてここにいるのがメグミにわか
ったのだろう。杏はとても怖くなった。この前街で見かけた時も、もしかして私を追い
かけていたのだろうか。
「驚かせたりしてごめんね。でも私から逃げないで、話だけでもいいから訊いて」
メグミは手を合わせて杏に懇願した。しかし杏にそんな気持ちはなかった。すぐに立
ち上がると、自宅の方へ向かって走り出した。
「ちょっと、誤解だよ……」
最後にその言葉が杏の耳に届いたが、一度も後ろは振り返らなかった。このまま家に
戻るのは嫌だ。杏は智樹のいる高校へ向けて一目散に走り出した。頼れるのは智樹しか
しない。彼なら何とかしてくれるだろう。その一心だけで杏は走り続けた。
職員室の扉を開けると、まだ数人の教師が残って残業していた。ひっそり静まり返っ
た中に智樹の姿があった。
「どうしたんだ、相馬。顔が真っ白だぞ」
走ってきたのにも関わらず、杏は顔面蒼白だった。
「助けて、お願い……」
杏はその場に倒れ込んだ。一体何があったというのだろう。智樹は杏を持ち上げると、
そのまま保健室へ運んでいった。よく見ると、杏は憔悴しきった顔をしていた。そして
悪夢にでも遭ったように大量の汗をかいていた。もしかすると痴漢に襲われたんじゃな
いのだろうか。とにかく杏が再び起きるまで、智樹は傍に付き添っていようと考えた。
2時間後、杏は眠りから目を覚ました。額には大量の汗をかいていて、どうやらうな
されていたようである。近くで智樹が机に向かって何かをしている。杏が起きたことに
は気づいていないようだ。そんなわけでしばらく杏は智樹を観察してみることにした。
智樹は明日の授業の教材を用意しているようだった。右手に赤いペンを持って、教科書
に線を引いている。その横顔がとてもクールで杏は満足気に見とれていた。
「先生、かっこいい」
小声で言ったつもりなのに、智樹に気づかれてしまった。
「何だ起きていたのか、良かった」
「ずっと看病してくれていたんだ」
「ああ、相馬は俺の担任だから。面倒みるのは当然だよ」
担任だとかは関係ない。ただ傍にいれることが杏は嬉しかった。
「さて相馬も回復したことだし、そろそろ帰るか。もうじき学校も閉まるからな」
「ええっ、もうそんな時間?」
学校の中は暗かった。灯りが点っているのは保健室と職員室くらいのものだ。
「自宅まで送っていくよ。まだ万全ではないわけだし、心配だから」
「ありがとうございます」
独占できる時間はまだ続く。この間に話すべきことは、話しておきたかった。そこで
今日起きた出来事をさっそく智樹に話した。
「メグミという人がいきなり現れたんだ。それは怖かっただろうね」
「まるで幽霊みたいにムッと現れて。リアルお化け屋敷だったみたい」
当時の恐怖を例えて、杏は話した。智樹は腕組みをしながら、真剣に聞いていた。
「メグミは相馬に会いたがっているんだな。また現れるかもしんないな」
「家の前で待っていたらどうしよう?それこそ危険じゃない」
「そんな事情では安心して帰せないな。お母さんとは連絡取れたの?」
「今晩は仕事が忙しくて、自宅に帰るのは11時なんだって」
「弱ったな。まあ仕方ない。今晩だけは言い逃れができるか……」
ぶつぶつと智樹は独り言を言っていたが、やがて決心したかのようにこう言った。
「お母さんが帰ってくるまで、僕の家に来るかい?今晩の相馬は一人にしておくわけに
はいかないから」
「マジでいいの?」
「ああ。仕方ないだろう」
「やったあ、先生最高」
智樹の部屋へ行ける。これだけで杏は興奮していた。