告白
約束の週末。杏は白のノースリーブシャツ、黒のミニスカートの服装で智樹の前に
現れた。この前とは違った大胆さに、智樹は目を白黒させていた。
「おまたせ」
「なんだ、その格好」
「こんなセクシーな服装もなかなか魅力的でしょう。普段お目にかかれない私を今日は
ぜひ先生に見てほしいと思って」
智樹の腹は煮えくり返っていた。本来なら今日は婚約者とのデートの日だった。その
予定を断ってはるばる来たのである。
「今日は僕のフィアンセとデートの約束をしていたんだぜ。相馬のファッションショ
ーに付き合っている暇はないんだ」
「そんなに沙織さんのことが好きなら、今からデートへ行けばいいじゃない。その代
わり私がどうなっても知らないから」
婚約者の名前まで知られていることに、智樹は正直呆気に取られていた。一体どこ
までこの噂は広まっているのだろう。
「君は僕をどうしたいんだ?何の目的があってこんなことを……」
「先生を混乱させたことは悪いと思っている。だから今日ははっきりさせたくて、先
生に来てもらったの」
杏は智樹の瞳の奥を見つめた。智樹は思わず後ろに仰け反った。
「シンプルに話したほうがいいよね。私は先生のことが……」
そう言いかけて杏は言葉を失ってしまった。緊張からなのか次の言葉がなかなか浮
んでこない。
「僕のことが何だって?」
「あっ、やばい」
杏は智樹の右手を握ると、突然走り出した。智樹は訳のわからぬまま、杏に引っ張ら
れていく。何か大事な相談事でもあったのではないのか。このまま何処へ行ってしまう
のだろう。智樹は腕ずくで離そうとも考えたのだが、杏の表情が顔面蒼白になっている
のを見て、諦めた。こんな不安そうな顔をしている杏を見たのはこれが初めてだった。
「どうしたんだよ、そんなに慌てちゃって」
「昔の親友がいたの。こんな所見られたら大変でしょう。だから……」
杏が目撃したのは中学時代の親友のメグミだった。彼女は杏の知らない女友達と歩い
ていた。普通にこちらから話し掛ければ良かったのだが、杏はあのメールのことを思い
出してしまった。重い。あまりにも重過ぎる。だから思わず杏は逃げ出してしまったのだ。
「落ち着いて。彼女達はもう来ないから」
「ごめんなさい。私はもう大丈夫だから」
近くの自販機で購入した水を、智樹は杏に飲ませた。
「ありがとう、先生」
介抱してくれた智樹は非常に頼もしく思えた。やはり不可能であったとしても、自身
の気持ちはしっかり伝えておきたい。気を取り直して杏は智樹を見つめた。
「加藤先生、あなたの事が大好きです。先生に婚約者がいることは十分に承知していま
す。でも前から私の気持ちは伝えたかった。だから告白しました」
みるみるうちに杏の顔が真っ赤になった。智樹の表情を探る。果たして智樹の返事は?
智樹は耳を覆っていた。どうやら目の前を通過したトラックがクラクションを鳴らし
たらしく、智樹には届かなかったらしい。杏は愕然とした。しかしここで諦めてはなら
ない。再度杏はアタックしようとした。だが智樹に止められた。
「おい、ここで話すのはマズいだろ。だって……」
なんと智樹と杏がいた場所は、恋人同士で夜賑わうであろうラブホ街だった。それに
杏も気づくと、さらに顔が赤くなった。どうして来てしまったのだろう。そんな気は全
くなかったのに。
結局智樹への告白は振り出しに戻ってしまった。その後杏は今日中の告白は諦めて、
別の事で智樹に相談して見ることにした。それはメグミの一件のことだった。
「へぇー、メグミっていう子とは最近連絡も取っていないんだ。確かにそのメールは
気味悪いよね。生きていく糧にされてもね……」
智樹は気味悪がらずにちゃんと話を訊いてくれた。こういう相談ができるというこ
とは、やはり頼りになる担任教師だ。
「私中学生の時は、ものすごく視野が狭い子だったんだ。だからクラスの仲間からは
仲間外れにされて……」
中学時代の話を初めて智樹にぶちまけた。今までは明るいキャラクターを少々演じて
いたので、心の中にどこか窮屈な部分があった。それを担任の智樹に理解してもらうこ
とで、杏の胸中はとても穏やかになれた。自然と話している途中で、笑みもこぼれた。